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第11話

 ――スキルが上昇しました 料理0.2――

 ――ネズミの干し肉2個を手に入れた――


 薄青い干し肉作成機を包んでいた光が消え、森の静寂が訪れる。高志は中空に現れたアナウンスを読んで何が起こったのかを把握すると、リーベルと目を見合わせ、ふたりで笑みを作った。


「ちょいと待ち時間はありましたけど、予想通りでしたなぁ、旦那」


 なぜか揉み手をしたリーベルが、妙にいやらしい口調で言ってくる。高志は「お、おう」と若干引きつつも答えると、干し肉作成機に歩み寄り、網の上に置かれた干し肉を手に取った。


「おぉ…………こいつは嬉しい誤算だな」


 焚き火の光で干し肉を照らした高志は、そんな感嘆の声を発した。するとリーベルが「すぐ出来たよね!」と目を丸くして言ってきたので、彼は「そこじゃないんだな」とにんまりとした笑みで返した。


「見ろ。焦げ跡が綺麗さっぱりなくなってる。美味そうだぞ」


 干し肉特有の黒ずんだ表面をしたそれをリーベルに見せると、彼女は「おぉー!」とこれまた大げさに驚いた。

 干し肉作成機の棚に置いた肉は両方ともしつこいくらいに火を通したので、ほとんどの表面は炭化しているはずだった。しかし完成した干し肉にそういった点は見られず、実に美味そうな肉質を晒していた。


「何日持つかはわからんが、常識的な範囲で考えて生肉以下という事はないだろう。これで行動範囲がぐっと広がるな」


 出来上がった干し肉に、何か努力の成果といったような手ごたえを感じ、満足感と共に発する高志。リーベルも彼と同じように嬉しそうに笑顔を作り、「だね!」と元気良く同意の声をあげた。


「でも、今のままだと川沿いしか行けないよね。水筒があればいいんだけど」


 キャラには似合わないが、しかし見た目には大いに格好の付いたリーベルが、考え込んだ様子で言った。高志はそんな知的美人に頷くと、「水筒か」と小さくぼやいた。


「ひょうたんや竹があれば手間もかからず最高なんだが、多分ないだろうな」


 森で見た植生は高志に見覚えのないもので、地球にあるそれらが存在する可能性は低いように思われた。もしかしたら似た植物が存在するかもしれないが、それらに出くわす幸運に頼るわけにもいかない。


「となると、手作り? 昔の人はどんな水筒を使ってたの?」


 リーベルが尋ねてくる。高志は記憶を掘り返すと、「革だな」と短く答えた。するとリーベルは驚いたように眉を上げ、「革ならあるよ!」と藪の方へと這い始めた。


「ほら、これ! ネズミを解体した時に大成功が出て、肉と一緒に手に入れたの!」


 毛の付いた手の平大の皮を手に、リーベルが戻ってくる。高志はそれを受け取ると、それをしばらく検分し、そしてリーベルの手元にもう何枚かがある事を確認した。


「毛皮か…………普通はなめして革にしないと腐るとは思うんだが、なにぶんこっちの世界はわからんからなぁ。いずれにせよ、サイズ的に丈夫な糸か紐が必要だな。ツタじゃどうにもならん」


 手の平ふたつ分程度のネズミの皮は、手足や何かの余計な部分を除いてしまえば、かなり小さくなってしまいそうだった。大きいものであれば大雑把に口を縛りさえすれば袋状に出来るが、このサイズでそれをやるのは難しそうだった。


「そっかぁ。まぁ、確かに考えてみればそうだよね…………糸とか紐って、その辺にはないよね?」


「基本的には、無いだろうな。両方とも加工品と考えて良いはずだ。木の皮やなんかから繊維をとって、それを煮るなりしてから縒れば糸にはなる。品質も強度も保証はできんが、使えるはずだ」


「にゃるほど。木の皮ね…………リーベルさんはしっかりと記憶しましたよ。ちなみになめしっていうのはにゃに?」


「ん。なめしっていうのは、毛皮を革、つまりレザーに加工する事だな。柔軟性を持たせて、そして腐らないようにする。確か燻製にすれば腐敗防止はできたと思うが、柔軟性の方は難しいだろうな。タンニンの豊富な植物なんぞわからん。脳を使うとか、死体が残らん以上はどうしようもないし」


「脳っすか…………あれ? 毛皮って硬いの? これふにゃふにゃだけど」


「死後硬直って聞いた事あるだろ? 同じように毛皮も放っとくとかっちかちになる…………はずなんだが、確かに柔らかいな。この世界だとならないのか?」


 高志はネズミの毛皮を弄ぶと、その柔らかさを確かめた。原因も理由も不明だが、どうやらこの世界で手に入る毛皮は、既になめし加工がされている様子だった。


「ひょっとすると、腐りさえしないかもな…………うーん、便利だしこっちとしては都合がいいんだが、何だかもやっとするな。硬さを調節したい時はどうするんだ?」


 妙なやりきれなさを感じつつ、高志がぼやいた。しかししばらくした後、自分の唾液や何かでなめす必要が無い事に感謝しようと自らに言い聞かせ、無理やりに納得する事にした。リーベルの唾液でなめされた革なら特殊なマニアが喜ぶかもしれないが、少なくとも高志にそんな趣味はなかった。


 その後再び拠点の材料集めに戻ったふたりは、何事も無く作業を終え、必要な木材やツタを十分に集めた。夜間に行われたそれはお世辞にも効率の良い作業とはいえなかったが、しかし現実世界での時間という都合もある為、熱心に行った。


 結果としてネズミの肉――干し肉に加工済みだ――が4つと、革が1つ。そして何に使うかわからないネズミの牙だとかいう小さな欠片を手にしたふたりは、簡易防護柵を作り、肉のひときれと蛇の毒はそれらに囲まれた地面へと埋め、その日の行動は終了となった。


 どうやら手に持ったアイテムなりなんなりはログアウトすれば一緒に消えるらしく、それはリーベルが検証済みだった。肉をひとつ埋めたのは非常食としての扱いの為と、今後に持ちきれないような何かを手に入れた際の事を見越した、完全な実験目的だった。


「それじゃあ、また明日な」


 拠点に戻り、ひと通りの作業を終えた高志は、リーベルへ向かってそう言った。両手には干し肉を抱えており、その上にはネズミの牙が置かれている。本人は少し格好付けた調子で言ったつもりだったが、しかし考えてみると実に間抜けだった。


「あっ、うん! 明日! また明日ね!」


 高志の言葉に、蛍の光が流れる遊園地にいた子供のような状態になっていたリーベルが、ぱっと顔を輝かせて言った。彼女は何がそんなに嬉しいのか、槍を持ったまま不思議なダンスを踊っており、その見目麗しさと相まって非常に不気味だった。


「そのダンスは、人前じゃ踊るなよ。じゃあな」


 高志は最後にそう苦言を呈すると、VRデバイスを外し、ほうっと一息をついた。携帯電話の時間は丁度午前1時を指し示しており、彼はゲーム開始からわずか2時間しか経っていない事に、改めて驚きを感じた。


「体感だと、半日近い気がするな…………大体3倍から4倍ってとこか?」


 現実世界とゲームの世界との時間速度の差を、感覚から判断してそう呟いた。向こうに時計がない以上正確には測りようがなかったが、しかしそう大差はないだろうと高志は考えていた。


 彼は手っ取り早く終身の支度を整えると、風呂へ入り、そして電気を消して布団へと潜り込んだ。先程まで体も脳も妙な興奮状態にあったが、しかし暖かい湯船はそれをほぐしてくれ、溜まった疲労は快適な睡眠を約束してくれそうだった。


「…………一攫千金は随分先の話になりそうだな」


 高志が目を閉じたまま、向こうの世界での原始的な生活を思い出しながら、そうぼそりと言った。


 彼は毒殺したい誰かがいなくて良かった、などと考えつつ、眠りに落ちていった。出所が絶対にばれない強力な毒薬など、それこそ売ろうと思えばいくらでも方法はありそうだったが、しかし彼はさすがにそんな事をやる気にはなれなかった。

 鈴木高志は、少なくとも一般的な人々と同程度には、常識的だった。




「ごめんね。ほんっとうにごめんね…………」


 両手を合わせたリーベルが、彼女は普段から座っているがゆえにそうなのだが、ほとんど土下座でもするかのように高志に頭を下げている。高志は呆然とした表情で歩みを進めると、「どうしてこうなった?」と素直な疑問を発した。


 防護柵を作成したその翌日、高志はいつも通りに会社に行き、しかしいつも以上に熱心に仕事をこなし、そしていつもより早めに帰宅した。それは時間をずらす事によって少しでもゲームの世界での昼間の時間を稼ごうとしたからだったが、単純にそちらでの生活がそれなりに楽しみになっていたという事実もあった。


 そして午後9時前という、普段の彼からすれば驚異的とも呼べる時間に帰宅した高志は、ビタミン剤で補強されたつまらない食事をさっさと終え、VRデバイスを通じた世界へと入っていった。


 いつも通りのテイクアウトアナウンスが現れ、見慣れ始めた森の景色が視界を占め、そして予想していた通りに拠点で待っていたリーベルに出迎えられる。そこで高志は何か気の効いた挨拶のひとつでもしようと手をあげかけた所で、突然リーベルに謝られる事となったのだった。


「いつも通り、焼いた肉を乗っけてしばらく待ってたんだけど…………そしたら急に……」


 申し訳なさに満ちた、リーベルの消え入るような声。高志はそこまでする必要はないと感じたが、しかしまずは何が起こったのかを確かめる為、異常の原因へと近付いた。


 目の前には、無残にも破壊された干し肉作成機の姿。


 いったいなにをどうすればこうなるのか、支柱となっていた3本の柱は粉々に砕け、もはや薪としてしか使い道のなさそうな状態となっていた。網棚に使われていた細い木は折れるか曲がるかしており、ロープ代わりのツタは千切れ、棚のフレームに至ってはどこへ行ったのか、存在すらしていなかった。


「何か、巨大なモンスターでも出たのか? 怪我は?」


 自分で言いながらも、例えそうであってもこの惨状になるだろうかとの疑問は抱きつつ、しかし他に思い当たる節がない為に尋ねる高志。それにリーベルは無言で首を振ると、「勝手に爆発したの」と発した。


「ば、爆発? 干し肉作成機がか?」


「うん…………何か、使い方がまずかったのかも…………僕、それで初めて死んだよ」


「そ、そうか。あれ結構堪えるだろ…………って、いやいや、使い方うんぬんの問題じゃないだろ。人が死ぬレベルの爆発って、それもう人知を超えた何かだろ」


「ごめんね…………干し肉おいしかったから、いっぱい使っちゃったんだ」


 まるで背後に「どよ~ん」とでもいった効果音が浮かんでいるかのごとく、落ち込みに落ち込んでいる様子のリーベル。高志は何と声をかけたものかと悩み、考えた。


「…………これは、もしかするとあれじゃないか?」


 こちらの世界の事を考えれば、高志には思い当たる節があった。それは彼からすればリーベルこそ気付いてしかるべき事だとは思ったが、彼女の様子をみるに、恐らく相当慌てるなりなんなりしたのだろうと推測した。

 彼は「……あれって?」と顔を上げるリーベルに、「耐久度だ」と答えた。


「ゲームや何かには良くあるだろ。使い度にカウンターが減っていって、0になると使えなくなったり、それそのものが無くなったりするのが」


 高志の説明に、リーベルが何か希望を見つけたかのような表情をした。高志はそんなリーベルに「そもそも」と前置きをすると、干し肉作成機の方を手であおいだ。


「あんな即席で作った道具に、例え間違いで壊してしまったとしても、そこまで恐縮する必要はないだろう。俺も間違いをやるだろうし、今後いちいち落ち込んでたらきりが無いぞ?」


「うー、でも――」


「でもじゃない。気にするなよ。君がそんなんだと、俺も何か間違いを犯した時には平謝りせにゃならん。気楽にいこうぜ。100歩譲ってちょっとくらいの非があったとしても、それはもう死で償ったとすりゃいいじゃないか」


「んー…………わかった…………」


 少し悩んだ様子を見せた後、リーベルはしょぼくれたままそう頷いた。高志は本心から気にする必要などないと思っていたので、逆にどうしたものかと困ってしまった。


「そうだな…………じゃあ、実際に検証してみよう。また同じものを作るから、使える回数を記録するんだ。記録用に、木に切れ込みでも入れればいいな。それを今回と比較して、同程度の際に同じような現象が起きるなら、決まりだろ?」


「……うん。数えてみる」


「よし、頼んだぞ。俺は君ほどうまくネズミを狩れないし、持ちつ持たれつやってこう。何か他に変わった事はあったか?」


「特には…………あ、でも――」


 話題を変えようと振った問いに、リーベルは思い出したかのように藪の方へと這っていった。高志はなぜいつも藪に隠すのだろうかと疑問に思いつつ、彼女が戻るのを待った。


「それっぽいのを見つけたから、とっといたんだ」


 やがてリーベルは木材と思われる何かを手に戻ってくると、高志にそれを差し出してきた。高志はそれを受け取ると、無言で驚きの表情を作り、少し弄ってから言った。


「お前…………やっぱ凄いな…………」


 それは内側が繊維状にばらけた木の皮で、糸を作るのに十分な長さと強度がありそうだった。




自分メモ 現状 おおよそ


----タカシ----------------

歩き:1.60

走り:1.20

運搬:1.25

騎乗:0.00

夜眼:0.15

登攀:0.40


鑑定:0.25

工作:0.60

火起こし:1.00

医術:0.10

解体:1.75

自然回復:1.15


料理:0.2

肉焼き:0.10


投擲:0.85

槍:0.25


過労死 渇死 毒死

----リーベル----------------

歩き:0.05

走り:0.00

運搬:0.25

騎乗:2.10

夜眼:3.30

登攀:0.05


鑑定:0.50

工作:0.45

火起こし:0.50

医術:0.10

解体:1.75

自然回復:0.75


料理:0.10

肉焼き:1.40


投擲:0.05

槍:1.05


爆死

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