常識人は苦労する
主人公は盗賊♂です。ダークエンドホワイト後のお話になります。
ファンタジー世界では職業ごとにだいたい役割は決まっている。
特に、戦闘ではそれが顕著に現れる。
剣士や騎士は剣や槍を使った攻撃が主で、導師や術師は魔法や精霊を使って攻撃や回復魔法が中心となる。
たまに、武器攻撃と魔法の両方が得な魔法剣士なる職業も存在したりするのだが、「魔法剣士」という名称で、「あぁ剣でも魔法でも攻撃できるんだろうな」と想像できる。
俺も職業は『盗賊』ということで、鍵開けや罠の解除が専門だ。
攻撃も剣士や騎士には劣るがそれなりだし、混乱や眠りの魔法も少し使える。
そう、普通は職業が分かれば、攻撃役orサポート役かが想像できるものなんだが・・・。
ドシンッという音と砂煙を巻き上げて、人間の体長の数倍はある魔物が地面に倒れた。
確実に魔物は生きていないだろう。
なぜなら、その魔物は身体が綺麗に左右に分かれて倒れているからだ。
たまに、身体を切断されていても生きている魔物もいるが、目の前にいる奴はそのタイプではなかったはずだ。
「デカイ割に大したことなかったね。」
頭には青のベール、白地に袖や首元、スカートの裾にベールと同じ青のラインが入ったスカートタイプの祭服。
肩に赤い液体がついた白い斧を担いで、魔物を倒した女司祭のオルフィカは、つまらなさそうに感想を述べつつ俺達の元へと戻ってきた。
もう一度言おう。
斧で魔物を真っ二つに割って何事もなかったように戻ってきた司祭はオルフィカ(女性)。
「大きい獲物だし、強いかと思ったのに拍子抜け。あ~あ、準備運動にもならなかったな~。」
残念そうなオルフィカに、俺は引きつった笑いしか返せなかった。
その魔物、ある国の騎士が何百人かかっても倒せなくて、その国の王様から討伐を頼まれて倒しに来たんですけど・・・。
「こんなのに手こずるなんて、信じられない!あの国の騎士ってすごく弱いのね。」
「・・・・ソウデスネ。」
司祭とは、他の職種に比べて攻撃力・防御力共に劣るが、回復や補助の術が豊富でMPも高く、後方支援部隊として重宝される。
つまりは後衛。
サポートする側。
めったなことでは武器攻撃なんてしない。ましてや素手で魔物が倒せるなんて芸当もしない。
しかし、勇者パーティーの一員であるオルフィカは、司祭にあるまじき攻撃力で立派に前衛攻撃部隊としての役割を果たしていた。
彼女の持つ白い斧は、実は司祭の持つ司教杖で、特注に斧の形に仕上げてもらったらしい。
確かに、斧の所々に教会の印が彫り込まれており、神聖な印象を受ける。
しかし今は魔物の血で濡れているため、聖なる雰囲気はみじんも感じられない。
「じゃあ、私、魔物を浄化してきますね。」
そう言って倒された魔物の方へと向かって行ったのはダークエルフのリュートで、その後ろを勇者パーティー術師のショームが着いていく。
リュートは最近ショームが婚約者として旅に連れて来たばかりの仲間で、回復や浄化の魔法の能力が高く、すごく助かっている。
エルフの中では攻撃魔法に特化しているダークエルフにしては、聖魔法が使えるのは珍しいが大助かりなので文句などない。
「本当にリュートが来てくれて良かったぁ。クラベスとあたしだと、浄化するのに時間かかって大変だったのよね~。」
魔物は倒した後に放置しておくと、その場で土地を腐食させ草木も生えなくなってしまう。
それを防ぐため魔物を倒した後は浄化しなければならない。
けれど、オルフィカは司祭でありながら回復・浄化・補助魔法のどれも苦手・・・・・・いや、壊滅的に出来なかった。
それなのに、魔物は見境なく倒していくというから迷惑極まりない。
リュートが来るまでは、俺がどうにか浄化魔法だけを覚えて、オルフィカと協力して浄化していたが、浄化能力ほぼ0のオルフィカと付け焼刃浄化魔法を使う俺では、浄化するのに3~4時間、ひどい時には半日かかったときもあった。
リュートはそれを数分で終わらせてくれる。
本当にリュートがパーティーに居てくれて良かった。
ただ、少し問題もあるのだけれども・・・。
「うん、浄化終了。これで大じょうっ―――ちょっとショーム下ろして!!」
「浄化で疲れたでしょう?しばらく休んで下さい。」
「これぐらい平気だっていつも言ってるでしょ!自分で歩けるから下ろして!!」
「無理はダメですよ?落ちるといけないのでしっかりつかまってて下さいね。」
そう、最近お約束になった光景だ。
浄化が済んだ後、ショームが必ずリュートに絡みイチャイチャしだすのだ。
「どうかした?クラベス。ショーム達をじっと見たりして。」
つい、ショーム達を見続けていた俺に、オルフィカが話しかけて来た。
「・・・別に。」
「羨ましいの?」
「・・・いや、アイツら、というか主にショームなんだけど、少しは人の目とか気にして欲しいなとか思っただけ。」
正直、TPOをわきまえない行動が非常に迷惑だったりする。
「クラベスは気になるの?他人の目。」
「そりゃぁ・・・多少はな。」
「ふーん。クラベスは気にするんだ。あたしはそんな事気にならないけどなぁ。」
「オルフィカは・・・・そうだろうな。」
少しは気にしてほしい。
せめて、誰彼かまわずやたらと攻撃をしかけるのを止めてほしい。
「そっかな?・・・じゃあ、ごめんね?」
ふわっと、風が動いてオルフィカの香りに包まれたような感覚がした。
俺の視界を埋め尽くすのは、柔らかそうな白い肌と茶色に近い金髪。
瞼で伏せられた目とその瞼を縁取るまつ毛。
そして、唇には柔らかい感触がした。
(って、唇!?)
背中は固い地面、上にはオルフィカが乗っていて、唇を塞がれている。
完全に押し倒されている図だ。
訳が分からないが、取りあえずオルフィカの上体を押し上げて唇を離させた。
もちろんオルフィカの肩に両手を置いて腕をつっぱった。
うっかり胸に手をつきそうになったが、俺の頭は混乱しているなりに身体をしっかりと動かしてくれたようだ。
押し倒されたとはいえ、相手が女性である限り、胸に手を置こうものなら変態扱いされかねん。
「オルフィカ!なっ―――んっ!!」
理由を問いただそうと口を開いた瞬間、またオルフィカに距離を詰められ口を塞がれた。
オルフィカを退けようとして手に力を込めても更に強い力で抑えつけられる。
俺よりも体重はオルフィカの方が軽いハズなのにまったく動かない。
(この馬鹿力!!)
開いた俺の口にオルフィカの舌が侵入して来た。
オルフィカの舌が俺の下に絡み合い、口付けが深くなろうとした時――――。
「そこの2人、いい加減にしてくれませんか。このままだと、今日の宿に着けなくなりますよ。」
呆れと怒りを含んだようなショームの声だった。
「あー、ゴメンゴメン。つい、抑えきれなくて。」
テヘッっと舌を出してショームに答えると、オルフィカは身を起こしてスタスタと歩いて行った。
「貴方達がナニをしていようと構いませんが、せめて隠れてしてくれませんか?非常に迷惑です。」
ショームは俺に言い捨てると、リュートを抱えたままオルフィカの歩いて行った方へ向かって行った。
お前に言われたくないんですけど。
つーか、何で俺が怒られるの?
俺悪くないよな?
俺って一応被害者的立場だよね?
混乱が収まって、取り残されたことに気付いた俺は、慌ててみんなの後を追いかけたのだった。
(世の中って何て理不尽なんだ!!)
俺の心の叫びは誰にも届かない。
盗賊の名前はクラベスです。基本常識人名ヘタレくんです。