好きも嫌いも
時間軸はいつものあたりです。
視点は刈谷です。
食べ物の好き嫌いの話です。
それは、ある日のお昼ご飯のことでした。
「ごめん!そうだった!ごめん!羽ケ崎君はチーズ嫌いだった!ごめん!」
「いや、別にいいけど……」
「ごめん!ピザとかチーズはさみ揚げとかの溶けてるチーズは普通に食べるから忘れてた!あああああああああ!」
舞戸さんが『メイドの名折れぇええええ!』って叫んでいる、本日のお昼ご飯。バゲットサンド祭りだったんですけれど、その中にカプレーゼサンドがあったんですよね。
ほら、アレですよ。トマトとバジルとモッツァレラチーズが挟まった奴ですよ。美味しいですよね。
……美味しいんですけど、これ、羽ケ崎君が苦手なんですよ。羽ケ崎君は、流動性が無いチーズ、嫌いなので!
「……いや、無理だろ。お前自身の分はさておき、8人分の好き嫌いを把握しながら食事を作るのは、無理だろ」
「いや、そこをやらずして何がメイドよっていう話で……ふがいない……ふがいない……」
鈴本がなんとも言えない顔で舞戸さんのフォローをしているんですが、それをかなぐり捨てて落ち込んでいるのが舞戸さんです。プロ意識がね、高い。
「とはいってもなー、俺達、主に羽ケ崎君のせいで好き嫌いの合計が滅茶苦茶多いしなー?ん?」
「いや、僕のせいじゃないでしょ別に」
「いやいや、羽ケ崎君の好き嫌いが一番多いよね!?俺、なんか羽ケ崎君の好き嫌い聞いてめっちゃびっくりしたもん!」
横の方で羽ケ崎君に矛先が向いていますが、そこを『動かざること山の如し!』ってやってるのが羽ケ崎君のすごいところです。こちらもプロ意識っていうか、気位がね、高い!
「それで、君達って何が嫌いなんだっけ……。アレルギーが無いことだけは把握しているけれど、それ以外は自信無くなってきたから、この際、申告しておいてほしい」
……ということで、俺達の食べ物の好き嫌いの話になったんですよ。
まあ、いつものアレですね。『折角なので』っていうやつですね!
「納豆」
トップバッターは鈴本です。うんうん。俺もこれは知ってますよ。鈴本の納豆嫌いは有名ですよ。少なくとも部内では。
「あー……味が、駄目、なんだっけ……?」
「いや……電子顕微鏡で納豆菌を見てから受け付けなくなった」
あー、ありましたねえ。『電子顕微鏡を体験してみよう!』のやつでしょ?俺も見ました!
「ああ……思い出したくない」
鈴本は元々、ちょっと潔癖気味なので、そういうものらしいです。俺は納豆菌かわいいなー、って思いました。人によりますね、こういうの。
「あと、酸味が強いものはあまり好きじゃない。んだが……最近はポン酢は食えるようになった
「あ、それはよかった。君の分のポン酢は調整して出してるのでそれは功を奏してる気がする」
「……そうだったのか」
あっ!知られざる事実が発覚してしまった!そうか、舞戸さん、そんなことしてたんですね。涙ぐましい努力ですね……。
「……元々、食べられないわけじゃないから、そこまで気にしなくていい」
「うん、まあ、いいんだけども。でもできれば美味しく食べてほしいので……」
ううーん、やっぱりプロ意識がね、高い!
「僕はチーズ」
「うん……すまぬ……すまぬ……」
続いて羽ケ崎君です。ですけど……羽ケ崎君がね、多分、部内で一番好き嫌いが多いんですよ……。
「あとマシュマロとか、甘ったるいのは食べ物じゃない」
「鈴本に謝りなさい」
「あと紫蘇は食べ物じゃない」
「それは……えーと、私に謝りなさい」
「雑炊とかお茶漬けもダメじゃなかったっけ?」
「あれは食べ物じゃない」
「方々に謝れ!本当に謝れ!この我儘ボーイがよぉ!」
ね?これです!これですよ!羽ケ崎君が居るから、合宿の時の鍋の具材選びで困るんですよ俺達は!〆の雑炊が駄目っていう人、居るんですね……。世界って、広い。
「羽ケ崎君は……多分、この中で一番、好き嫌いが多いから……」
「いや、僕の好き嫌いが多いんじゃなくて、世の中に食べ物じゃないものを食べられる奴が多いだけだろ」
「呼びましたか」
「自覚あるのかよ」
そして社長は社長で、ね……。まあ、うん、世界って、広いんです。本当に、広いんです……。
「俺は特に好き嫌いはありませんが」
「あ、社長は別にいいです」
続いて社長ですが、社長については多分、ここで特筆すべきことはあんまり無いですね。それは俺も知ってます。
「君はね、こう、『食べられない』のハードルが、めっちゃ低すぎる!」
「自覚はありますよ」
「なので、作る側としては、こう……ちょっと、張り合いが、無い!」
舞戸さんがしょんぼりしています。そうですよね。社長は……何を食べても、『火が通っていれば食べ物です』っていうスタンスですからね……。
「たまには一次大戦戦時下のドイツの再現料理でもいいと思いますよ」
「僕は絶対におがくずとか食べないから。社長1人で食べて」
あ、おがくずパンですね。俺もそれは知ってます。世界史のすみっこを勉強した時に、ちょっと出てきました。
……食べたくは、ないです。だって俺、カブトムシじゃないですよ。というか人間は全員、カブトムシじゃないですよ。おがくずを食べられるようにはできてないんですよ!
「……あ、でも芋好きだよね、君」
「まあ、そうですね」
「あと塩好きだよね、君」
「はい」
そして舞戸さん、ますますしょんぼりしてしまいました。まあ、そうですよね……。
「なので社長には塩多めのフライドポテトがいいのだ……でも、そんなもんを大量に食べさせると健康に悪いので、それはメイドの矜持にかけて駄目なのだ……」
「残念です」
社長は……こう、ブレなさが、すごい。そう。ブレなさが、すごい。
「角三君は……えーと何が嫌いなんだっけ……?」
「……なんだろ」
それから角三君の番になりましたが、角三君は考えています。考えています。考えて、考えて……えっ、自分の嫌いな食べ物って、そんなに悩みます……?
「あー……煮たバナナ」
「そんなもん食う機会ある?」
「うん……闇鍋の……」
あっ、そういえばそうですね。
俺達は以前、合宿の時に闇鍋をやったことがありますが、そこでうっかりバナナを入れた裏切者がいたせいで角三君が煮たバナナを食べることがありました。
「角三君については辛いものが好きなことは知っている……しかし私が辛いもの苦手なので辛いものを作れないのだ……すまぬ、すまぬ……」
「あ、うん、気にしなくていいんだけど……」
ああ、舞戸さんは辛いもの、駄目ですもんね……。合宿でカレーの時にも、一人だけ小さい鍋持ってきて、一人だけ甘口にしてましたもんね……。すみません、俺達、辛口で……。
「……あの、舞戸。ラー油って、作れる?」
けれど、舞戸さんが落ち込んでいたところ、角三君がちょっとそわそわしながらそう聞いたので……。
「作れる!胡麻油っぽいのはあったし!唐辛子っぽいのもあったから!作るね!作るね!」
「うん」
舞戸さんは途端に元気になりましたし、角三君もなんだか嬉しそうです!よかったですね、いい話ですね……。
「針生はたしか、がんもどき!」
「うん!がんも!あんま好きじゃない!」
それから針生のターンです。……えっ!?がんも嫌いだったんですか!?知らなかった!
「あとは……何だ!?」
「えー……ゼリービーンズ?」
「それを作る予定は無いなあ……」
ゼリービーンズ……あー、ぽいふるとか。俺は結構好きですよ、あれ。なんかいいですよね。ちょっと浪漫ありませんか?
「逆にマシュマロとかはあるの?」
「うん。明石から注文を頂いているので、近々マシュマロを作る予定です。なんかね、焚火で炙りたいらしい」
……演劇部の人達は、愉快ですね。いや、いいと思います。生きるのに、こういう日々の煌めきって大事じゃないですか。ね。
マシュマロ炙ることで生まれる煌めきって、きっとありますもんね。俺はなんとなく分かりますよ。
「加鳥はねえ……生野菜全般が嫌いだからねえ……」
「うん。ごめんね、ほんとに……」
加鳥については分かりやすいので俺達全員、助かってます。加鳥は、生野菜が苦手なんですよねえ……。
「でも、シーザーサラダ系のドレッシング掛かってればまあ食べられる、ということが判明したのはデカかった……」
「ドレッシングと野菜が戦って、ドレッシングが勝てれば大丈夫だよ。あと、火を通せば大抵の野菜の戦闘力は落ちるから。いけるいける」
「野菜の、戦闘力……?」
角三君が首を傾げていますが、俺もちょっと傾げたい気分です。いや、でも、分かりますよ。なんか、野菜の個性、みたいなのが消えますよね。
「でもカボチャ以外のウリ科植物全般駄目だよね?」
「アレはね、食べ物じゃないからね。しょうがないね」
「ウリ科植物に謝りなさい」
……それでもやっぱり駄目なものはあるんですね!きゅうりとかスイカとかは、野菜の戦闘力高めみたいです!
野菜の戦闘力って、なんだろう!
「鳥海は……何だ!?」
「んー?さーて、俺の嫌いな食べ物は何かなー?」
「アジのナメロウが好きなことしか分からん!何だ!?何が駄目だっけ!?」
それから続いた鳥海については、舞戸さんが『ああああああああ!何かあった!何かあったぁあああ!』って叫んでいます。頑張ってください!
「……アレだ!ミックスベジタブルだ!」
「ぴんぽーん。でも正確にはああいう形状になったとうもろこしー!」
そして舞戸さん、無事に正解です!おめでとうございます!
「……あの、なんで?理由については聞いてなかったんだけど……」
「えー……味?いや、こういうのってうまく説明できなくない?ん?」
「まあそんなものかもしれないね……」
嫌いなものを嫌いな理由って、確かに難しいですよね。
特に、食べ物って、味と匂いって、一体化してるじゃないですか。だから、味が嫌いなのか匂いが嫌いなのか分からないじゃないですか。
例えば、シイタケの匂いが駄目な人が、匂いだけ焼き芋のシイタケを食べたとして、それが本当に苦手じゃないかどうかって、分からないですよね。
逆に、好きな食べ物も難しいですよね。シイタケが好きな人が、匂いが焼き芋で食感がミカンで味がパッションフルーツのシイタケを食べたとして、それはシイタケと言えるのか……テセウスのシイタケ……。
……それはもシイタケじゃないですね!
「……そしてこれだ。私が分からないのは、君だ。刈谷……君だ!」
はい。そして最後は俺の番です。さあ来い!
「何が嫌いなの!?好きなものしかわかんない!メロンパン好きなことしかわかんない!」
「えー、まあ、嫌いなもの、特に無いんですよぅ」
「そんなことってある?」
「逆に羽ケ崎君はなんでそんなに好き嫌い多いの?そんなことってある……?」
舞戸さんが頭抱えてますけど、俺、そんなに嫌いな食べ物、無いんですよね……。
というか、出されたら全部食べられる、というか。うーん、そういう意味では社長に似ているのかもしれませんけど。どうなんだろうなあ、難しいですね。
「……確か、刈谷の最初の自己紹介は『個性が無いのが個性です』だったな」
「好き嫌いという個性が無い、という伏線回収……!?」
えっ、それ、俺の伏線だったんですか!?そういうことってあるんですね!
「あ、でもから揚げは好きです」
「逆にから揚げが嫌いな人間って居る?俺、居ないと思う!」
「まあ、から揚げが嫌いな人間を探す方が難しいかもしれないね……」
「となるとやっぱり個性が無い個性じゃん?ん?」
から揚げが好きな俺ですが、から揚げを好きであることが人類のデフォルトだとすると、から揚げが好きということは逆に、個性が無いことを示すことになりますね……。うーん、難しい!
「例えば、から揚げの存在を知らず、その他の食べ物全てが嫌いではない人間が居たとします。となれば、その人間は相対的にから揚げが嫌いということになるのではないでしょうか」
「なんかそういう問題なかったっけ……?あ、『メアリーの部屋』だっけ?」
「メアリーの部屋問題にアレンジするなら、その人間はから揚げの味をはじめとした世界の全てを知っていながらにして、から揚げを食べたという経験は無い、という設定にしないといけないですね」
「そしてメアリーが初めてから揚げを実際に食べた時、何か初めて学んだものがあったなら、それがクオリアである、か。……俺達は何の話をしているんだ?」
好き嫌いって、考えると哲学になってきますね。いや、俺達が勝手に哲学にしてるんですね……。でも、世界のあちこちに哲学は転がっているわけですよね。深いですね……。
それから俺達は『から揚げのクオリア』について議論したのですが、まあ、結論は出ませんでした。そりゃそうですよ。俺達が議論しただけで結論が出るなら哲学者は要らないんですよ!
「……ちなみに舞戸。お前自身はどうなんだ」
そしてすっかり忘れていましたが、舞戸さん自身の好き嫌いについては……。
「辛いものが駄目です!それ以外は大体大丈夫……あ、生のユリ科植物が駄目です!生ニンニク生ニラでお腹壊すタイプ!あとカフェインが駄目!」
えっ。舞戸さん、カフェイン駄目なんでしたっけ……?でも、お茶は飲みますよね……?
「茶にはテアニンが含まれ、テアニンはカフェインの吸収を阻害するため、舞戸さんはお茶の類なら飲めます。しかし、テアニンが入っていないため、ブラックコーヒーは飲めません」
「そうなんだよ。空腹に貰い物のコーヒー入れたら千鳥足になったからもう二度と飲まない」
「コーヒーで千鳥足……?」
ええー……初耳ですよそれ。そんなことあったんですねえ……。
「えっ……そんなこと、ある……?」
「ある。カフェイン不耐症なんだよ、私。エナドリ飲んじゃうと動悸がすごいことに……それこそ、こないだ社長が持って帰ってきたベラドンナみたいな植物食べた時みたいになる……」
ええっ……舞戸さん、いつの間にそんなものを食べてたんですか……!?社長も、舞戸さんにそんなものを与えないでください!
「まあ、ベラドンナについては『毒耐性』でかなり効果を軽減できましたからね」
『毒耐性』があるからって、渡らなくていい危ない橋を渡らなくてもいいんじゃ……。
「……ん!?ちょっと待って!ということは、『毒耐性』を手に入れた今ならもしかして私、ブラックコーヒー飲めるのでは!?」
ほら!舞戸さんがまた変なことを!ほら!言わんこっちゃない!
「そんな舞戸さんの為に用意しました。無水カフェイン50㎎です」
そして社長がやってしまいました。そうですよね。社長なら、こうする。うん。
「いける!いける気がする!」
「えー、舞戸さんそれ、大丈夫なのかなあ……やめておいた方がいいんじゃないかなあ……」
「いや、大丈夫でしょ。エナドリに入ってるカフェイン、普通に80㎎とかあるじゃん」
「200㎎ぐらいまでなら急性カフェイン中毒にはならない計算です。カフェインのLD50は2000mg/㎏です」
LD50っていうと、ラットに与えた時5割のラットが死ぬラインですね。……なんで社長はそんな値を暗記してるんですか!?もう!怖い!
「では、いくぞー!」
「でっでっででででっ」
「かーん」
見てください俺達のチームワーク。事前の打ち合わせなしでもナイトハルトのテーマの冒頭ができるんです!
まあ、役には立ちませんけど……でも、ちょっと楽しい。ほらね、こういうところに、日々の煌めきが宿るんですよ……。
「結論から言いますと、舞戸さんはカフェインを控えた方がいいですね。しかし、定期的に少量ずつ摂取して耐性を付けるのも1つの手ではないでしょうか」
「うむ……そうする……」
そして舞戸さんが現在、ダウンしています。勇ましくカフェインを飲んで、そしてダウンです。夏草や、兵どもが、夢のあと。そういうかんじですね……。
「好き嫌いの克服、っていうのとはちょっと違うけど、コーヒー飲めたら飲めたで楽しいだろうしなあ……。お茶も、際限なく飲めた方が、楽しいだろうし……」
「別に無理しなくてもいいんじゃ……」
「いやいや角三君。これはちょっと無理してでも、やってみた方がいいと思う……。だってお茶、楽しいもん……糸魚川先輩が言ってたもん……」
あ、そういえば糸魚川先輩は茶道部と兼部してましたね。そうか、そうですよね。お抹茶って、カフェイン多いんでしたね……。
「ということで、私はカフェイン耐性をちょっとずつ付けられるように頑張ってみるよ……」
「ああ、そう」
「ということで羽ケ崎君も、私と一緒に、どう……?君はマシュマロ耐性か何か、つけてみるってことで……」
「は?やらない」
……まあ、舞戸さんの頑張りは、応援します。がんばれ!
そして、羽ケ崎君の好き嫌いが少なくなるように……お祈りしておきます!がんばれ!




