実験室のバレンタインデイとその翌日
いつもの如く時系列は1話の前です。
視点は本編に登場しない化学部顧問です。
2月14日と言うと、高校がざわめく日だ。
うちの学校も例外じゃなく、今日は女子の荷物が紙袋1つ分、下手すると3つ位、多い。
……バレンタインデー、とかいうらしいね、世間では。僕?うん。関係あるんだなー、これが。
「先生!バレンタインなので!」
……ほら、来た。
「おー、さんきゅねー。ここに名前とクラス書いてって」
「えへへ」
……女子高生ってのは強かで、こう、僕みたいなはぐれもんの教員にチョコ渡しちゃあ、3月14日を楽しみに待つんだよね。
……割と僕は若い方なんで、彼女らのターゲットにされやすい。
……毎年、お返しで悩むことになるんだよなあ……はあ。
そして、そんな浮ついた雰囲気と滅茶苦茶縁遠い場所がここにある。
「はい、今年も去年と同様、闇のゲームの始まりです」
時は放課後。さっき廊下から中庭の隅っこでの男子と女子の初々しいやり取りとかをうっかり目撃しちゃったりして、なんとなく気分がそういうのになってたのに、実験室入った途端これだよ!
全員円になって固唾を飲みながらそれぞれ不敵な薄笑い。……僕のピュアな気分を返してほしいね!
「……お前らは何やってんの」
「あ、先生。こんにちは。先生もどうぞ」
……舞戸が箱を差し出してくる。
中身は……ガナッシュかあ。タイルの様に綺麗に箱に敷き詰めてある。
うん、まあ、どうせ碌でもないもんが紛れてるんだろうけど、一応1つ貰っておくかね。手渡された楊枝で1つつついて口に入れる。
……お。
結構美味いね。なんだろ、ビターなチョコレートの味と一緒にオレンジの風味がふわっと広がる所が好印象。
「はい。と、いうように、普通のは普通です。……先生、折角なんで外れ引いてくれたらよかったのに……」
「……因みに、外れは?」
「唐辛子入ってます」
……そんなこったろうと思ったよ!
「そして、唐辛子の比率はバレンタイン仕様です」
「というと?」
「2:14にしようかと思ったのですが、それだとあまりにも唐辛子率が高いので」
おい!2が唐辛子じゃなくて14が唐辛子だったの!?……おっそろしいことするなあ、こいつ!
「14:2にするつもりで28:2になりました」
……うん、まあ、妥当なんでない?その倍率は。
「さあ、闇のゲームに参加する挑戦者は?」
「あー、じゃあ俺から行きますわー。ドロー!」
なんともノリのいいことで、鳥海は外れくじがあっても引きに行くらしい。
「あ、あたりだ」
しかもあたり。
「えー、じゃあ次俺。ドロー!」
針生がガナッシュを1つ口に入れるも、普通に美味しそうに食べてるから、あたりらしい。
「……じゃあ、俺も」
角三も怖々つついて、食べた。……またあたりみたいだ。
「次は俺か」
鈴本が楊枝に手を伸ばしたところ、針生に阻止された。
「鈴本はなんか貰ってたじゃん!」
……まあ、こいつは、そうだろうなあ。
「だって義理だろ?」
「そういう問題じゃないんだよ!」
……ああ、うん。風当たりが強いなあ。
「しょうがないだろ!貰うの断る訳にもいかないし」
「うわー、これは嫌味ですわー」
「嫌味ですねえ、わー、義理だろ?とか、嫌味ですよねえ」
まあ、この面子だしなあ。
「大体、俺以外にも貰った奴いるだろ。刈谷とか」
……静まり返る教室。
「あ……はい。貰いました。あの、図書委員なんで。図書委員の子に義理で」
あー、うん。分かるわ。こいつにもチョコ配りそうな図書委員に心当たりがある。多分1年の花村あたりじゃないの?
因みに僕はあいつがチロルチョコお徳用パックを片手に走り回ってるのを既に発見している。
「あと羽ヶ崎君」
「……いや、貰ってないから」
「嘘はよくない。俺は見たぞ?鞄の中にあっただろ」
鈴本の言葉に反応して針生が羽ヶ崎の鞄を覗く。
「隊長!発見しました!」
「俺は部長であって隊長じゃないがよくやった」
針生が掲げたのは、シンプルな包装のクッキー。
「……いや、それ、女子からじゃないから」
その言葉に凍り付く空気。
「あー、もしかして紫藤?俺も貰ったわー」
……あ、違った。よかった。
鳥海の説明によると。
紫藤は演劇部の数少ない男子部員で……なので、部の女子から絶対にチョコ、貰うんだそうだ。
しかしホワイトデーに返すとなると忘れそうになるから、という理由で、バレンタインにクッキー焼いて持ってきておいて、女子にチョコもらったら即座に返す、という事をやっているんだそうだ。
うん。紫藤の姿勢は称賛に値すると思うね、僕は。
……で、多分、そのクッキーが余ったから貰ったんだろう。
つくづく運がいいというか悪いというか。
その後、「……ということは、結局まともにもらってるの鈴本だけじゃん!」という結論に達した部員達によって散々叩かれまくった鈴本、反撃に出た。
「いや……お前ら、よく考えろ。……欲しいか?」
「いえ全く」
も、即答で斬って捨てられた!
「僕も社長に同じく」
「僕も要らないかなあ。お返しとかめんどくさいよねえ」
こいつら、お返しに金使うぐらいなら趣味に金使いたい人種だしなあ。
「じゃあいいだろ!俺が誰に何貰っても!」
「それとこれとは話が別なんだなー」
「ほら、外れ引いたら許されるんじゃない?」
なんか鈴本が不憫になってきた所で、舞戸が楊枝と箱を勧める。
鈴本も1つ食べる。も、これも当たりのような。
「……あれ、私、ちゃんと外れ入れたよなあ……」
舞戸が心配そうに箱をのぞき込むけど、そもそもこいつの事だし見て分かるようには作ってないんじゃないの?
本人もそれは分かってるらしく、見てすぐあきらめた。
……そして、羽ヶ崎、社長、刈谷、加鳥、と続いて、外れが出なかった。
「入れた、よなあ……?」
そして、舞戸が1つ食べた所。
「……」
無言で何やら悲しそうな顔をしたかと思うと、凄い速さで実験室を出て行き、流しの方に向かって行った。
「あいつ、自分で引いたの?……馬鹿じゃないの?」
自分で作って持ってきて、自分で外れ引いて、そして羽ヶ崎に馬鹿にされる始末。
……いや、なんというか……不憫だなあ、なんか。
そしてもう二周した結果、2つ目の外れも舞戸が引いたらしい。
もうここまで来ると笑うしかないらしく、本人も苦笑いしながらまた流しへ急行。
「いやあ……平和だね」
「ね」
舞戸が帰ってくるまで大富豪やってる事になったらしく、全員トランプを広げ始めた。
お前らもうちょっとバレンタインっぽい事したらどうなの?
……僕はちょっと気になったので、流しを見に行く。
「あ、先生」
「なんかお疲れ様」
「自分で外れ引いてたら世話無いですよね」
そう言って水を飲む舞戸の表情を見て、分かった。
「それも、在りもしない外れを、ねー」
図星だったらしい。
舞戸が凄い形相でこっち見た。いや、お前、仮にも女子としてその顔はどうかと思うよ?
「普通にあげればいいじゃん」
あいつら、普通に受け取って喜ぶと思うけど。
言ってみたら、滅茶苦茶嫌そうな顔された。
「嫌です」
「なんでまた」
「……変に気使うのも使われるのも嫌です」
確かに、ああいう形でやってたらお返しとかされないだろうなあ。
「でもあげるんだ」
「女子の友達にも配るのでどうせ手間は変わりませんし、折角の学校に甘いもの持ってきてやり取りする日なんですから、乗らないと面白くないじゃないですか」
しっかし、面白くない、ねえ。
……ま、そうねー。こいつらの事だから、なんか面白くないとやらないだろうし、面白くなかったら、きっとこいつらじゃないんだろうなあ。
「ちなみに実は、1つ目は本当に外れでした」
うん。……僕は割とこいつ、好きよ?
実験室に戻ってみたら、机の上で刈谷がブリッジしてた。
「何やってんの?」
「大貧民になっちゃったので……」
……こいつら、ほんとに、楽しいよなあ……。
*********
そして、どっちかっていうと、こいつらが楽しむのはその翌日のような気がする。
「買い出しいってきまーす」
「まて、何の買い出しだこらっ!」
さらっと出て行きかけた針生と加鳥の首根っこを捕まえた。
「足りなくなったんで発泡入浴剤買ってきます」
……確かに、こいつらは現在、某発泡する入浴剤使ったロケットの実験してるけども。
「本音は?」
「15日になって安くなったチョコ買ってきます」
うん、部きっての甘党2人が連れ立ってる時点でそんな気はしたんだよ!
暫くして、実験室から歓声が上がったので見に行った。
机の上にはチョコレート。
ちょっと普段ではお高めで手が出ないような奴とか、ネタ系の面白い奴とか。
……お前ら女子高生かっ!あ、1人は女子高生か。いや、それでも他は男子高校生だっ!
「先生も如何ですか?」
舞戸がちょっとお高め(っぽい)のを1つとってくれたんで食べてみる。
うん、結構洋酒利いてない?いや、僕は割と酒飲みなんで嬉しいんだけど。
「うん。いけるいける」
中々好みだったんで、もう1つ貰った。
うん。美味い。
……何かにやにやとした全員の視線を感じて視線を上げたら、針生が嬉しそうに言った。
「先生、食ったならワリカンですからね」
……あー、やられたっ!
それならもう食っちまえ、ということで開き直って、その後みんなでチョコレート食いまくった。
これは結構いける、とか、ネタチョコも馬鹿に出来ない、とか、品評会まがいの事もやったりして、中々楽しくすごした。
うん。まあ、悪くないよね、こういうのも。
……けど、お前ら、実験もちゃんとやろうね?