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インフルエンザ感謝祭

 その日、俺達は自宅待機を命じられてしまいました。

 ……季節は冬。本来なら、入試の為に俺達高校生は臨時休業になる、という日です。入試をやっているところに登校する訳にはいきませんから。当然ですね。

 しかし、それはあくまで『自宅待機』ではなく、『臨時休業』だったはずなのですが……。


「インフルエンザじゃあしょうがない」

「しょうがないしょうがない」

 はい。インフルエンザです。インフルエンザが俺のクラスと舞戸さんのクラスで流行しまして、そのせいでここ2クラスが学級閉鎖になりました。

 閉鎖とはいっても、元々臨時休業だったわけですから、学業に支障はなく……ただし、『家から出るな』というありがたくないお達しが来たというわけです。

 ……非常に間の悪いことに、この臨時休業の日、俺は外出の予定がありました。なのにそれが駄目になってしまったわけで、多少、落ち込みますね。

 何せ、外出の予定は『冬の化学部会~ボードゲームとアナログゲームにお菓子を添えて~』だったものですから。


 会場を予め予約していなかったのが唯一、幸いだったことですね。俺1人ならともかく、舞戸さんのクラスには舞戸さんの他、刈谷と鈴本と羽ヶ崎さんと鳥海が居ます。流石に9人中5人が欠けた状態でゲーム大会をする訳にもいきませんから。……まあ、4人居れば大抵のアナログゲームは問題無く進行できますが。

 しかし、俺達はゲームがしたかった。9人中5人が外出禁止令を出されていたとしても、ゲーム大会がしたかったんです。




「その結果のオンライン化学部会です」

「いえーい!」

「オンライン化学部会、『インフルエンザ感謝祭』です!」

「いえーい!インフルエンザくそくらえーッ!」

 ……科学の力は素晴らしいですね。

 はい。オンライン化学部会です。俺達は今、それぞれの自宅からオンラインで通話しています。

「平日なおかげで、家のパソコン使い放題!ゲーム大会もやり放題!いえーい!」

 カメラ越しに、舞戸さんが舞戸さんの家ではしゃいでいる様子が見えます。……彼女は確か、自分のPCを持っていません。家族共用だったはずです。しかし、今日は平日。あくまで平日ですから、お家の人達は他に居ないということでしょう。はしゃいでも彼女を止める人は居ませんね。

「あー、あー……聞こえてるか?web上で通話なんてしたことが無かったからな。勝手が分からん」

「うん。聞こえてるよー」

 今回のオンライン化学部会、いきなり開催するには少々技術的な問題が大きい気もしたのですが、そこは我ら化学部、ということで、それぞれに解決してくれました。加鳥や鳥海は何の問題も無くオンラインに参戦できていましたし、恐らくこの面子の中で最も参戦が難しかったであろう舞戸さんに関しても、ご家庭のデジタルカメラをwebカメラの代用にしたりしてなんとか参加しているようです。




 ということで、俺達は早速、オンラインで通話しながらゲームを始めることになった、のですが。

「……とりあえず、加鳥の部屋がヤバいって事は分かった」

「うん?あ、背景はあんまり見ないでくれー」

 ……カメラに映っているそれぞれの部屋や家の様子が見えると、その人の趣味がよく見えますね。

 加鳥の部屋は……いや、止めておきましょう。非常に整理整頓された部屋です。ええ。何が整頓されまくっているのかについては触れません。

「針生の部屋すごいなー。意外と片付いてた」

「意外とって酷くない!?ねえ、酷くない!?」

 針生の部屋は案外綺麗でした。……まあ、意外、と言ってしまっては失礼ですから言いません。

「鳥海は居間から?」

「あ、うん。そう。ついでに今流れてるBGMはうちの時計からでーす」

 鳥海は居間からの参戦らしいですね。どうやら1時間おきに音楽が鳴る時計が居間にあるらしく、どこかで聞いたことがある曲のオルゴールアレンジが流れています。これは俺達がオンラインでゲーム大会をするにあたって、いいタイムキーパーになってくれる気がしますね。ええ。

「鈴本の背景にちらちら見えてるの、何?」

「ああ、これか?クッション」

 鈴本の画面の背景に見えているものについて針生が言及したところ、鈴本はそれを持ってきてくれました。

「触り心地がいいから気に入ってる。こうしてると楽だしな」

 それは、キャラクターをモチーフにしたクッションだったようです。ぬいぐるみにも見えますね。鈴本はそれをぎゅ、と抱いて椅子の上に座り直しました。成程、楽そうな姿勢です。

「……あの、私はだね、私はだね、その、羽ヶ崎君の部屋のお布団の上に見える、その子がすごく気になるんだけれども……」

 ……それから、羽ヶ崎さんの部屋、ですが。

 多分、背景に見えていたのはベッドだと思うのですが、その上に……ぬいぐるみが置いてありましたね。

「ああ……出しっぱだった」

「見せて!見せて!」

 舞戸さんがワクワクした顔をしていたところ、渋い顔をした羽ヶ崎さんがベッドの上のぬいぐるみを持ってきてカメラの前に掲げて見せてくれました。

 ポケットに入るモンスターの奴ですね。タイプ別に進化形が違うかわいい奴の、水タイプの進化形です。

「かわいい!とてもかわいい!私はブラッ○ー派だけれど、シャ○ーズもかわいい!しかし何故、これが羽ヶ崎君のお部屋に!」

「……UFOキャッチャーでとれただけだけど」

 なるほど。可愛かったからついとってしまった、と。気持ちは分からなくもないです。

「あ、それの進化前、うちにいるわー」

 それを見た鳥海が、進化前の茶色い方のぬいぐるみを持ってきて見せてくれました。

「氷タイプがうちにいます!」

 刈谷も氷タイプの進化形のぬいぐるみを持ってきて見せてくれました。

 ……流行ってるんですかね?

「……俺、ぬいぐるみの類持ってないけど、ちょっといいなって思った」

「うん。角三君も買えばいいんじゃないかな」

 なんとなく、この面子の中だとぬいぐるみが似合うのは角三さんな気がしますね。いや、他意はありませんが。


「……あれ?ところで社長は今、何所に居るの?部屋?にしてはなんかちょっと暗くね?」

 そして刈谷が俺の画面に映っている背景に言及してきました。

「部屋……というか、秘密基地?」

「どこだここ。暗いな」

「家の中ですよね?あれ?社長の家、納屋とかありましたっけ?あるのうちくらいですよね……?」

 ……はい。

「押し入れです」


「何故押し入れに」

「丁度いいスペースだったので」

「……ええと、それは部屋を片付けるのが面倒だったから、とかそういう?」

「いえ。俺は元々PCを使う時はここです。押し入れのスペースを生活スペースに転用しているというか」

 寝具はベッドですし、物を入れておくのも下の段だけで事足りるので、上の段は専ら俺自身が入る為のスペースになっています。狭くはありますが、そこそこに快適です。

「いいなー!それいいなー!押し入れに入るのは浪漫!分かる!分かるよ!」

 ……押し入れが浪漫かはさておき、限られた部屋のスペースの中で押し入れを活用することは非常に大切なので。


「ところで加鳥のTシャツが気になるんですわー」

「うん。パジャマっていうのもどうかなって思って」

 カメラに映っているのは、『めがねっ娘』と書かれたTシャツを着ている加鳥です。ええ。めがねっ娘。

「私も『村人』って書いてあるTシャツ着てくればよかっただろうか」

「なんでそんなもん持ってるんだよお前は」

 舞戸さんは……まあ、制服ではない恰好をしています。こちらから見ると非常に新鮮というか、違和感がありますね。

「俺、下半身だけパジャマ!」

「何故そこだけ横着した。そして横着したのに何故カミングアウトした」

 一方、針生は着替えを横着したようですね。確かに、カメラに映るのは上半身だけですが。

「ええと、俺、全身パジャマ……」

「え、なんでわざわざCOしたの……いや、うん。角三君はそれでいいんじゃないかなあ」

 角三さんはパジャマらしいです。いや、見ただけだと普通のTシャツなんですが。

「うーん、次にオンライン化学部会をやる時は変な恰好してきた方が面白いかなー?」

 いや、格好にこだわる必要はないと思います。

 ……しかし、外出するでもなく互いの恰好が分かる時、つまり、オンライン化学部会の時くらいしか、妙な恰好はできませんね。加鳥の『めがねっ娘』Tシャツがいい例ですが。

 そういった服を着るのにはいい機会なのかもしれません。




「やべえ、ゲームやる前から楽しい。なにこれ。楽しい」

「皆の部屋の様子が分かるって面白いなあ」

「今のところ一番面白いのは加鳥の部屋なんだけど」

「うん。見ないでー」

 オンラインで何か、というと、対面よりも不便な気がしていましたが、これはこれで楽しいものですね。

 それぞれの生活の様子というのは、案外見えないものです。ですから、それが垣間見えると新鮮な気持ちになれます。


「さて。じゃあ何やる?」

「あ!じゃあオンラインで対戦できるゲームあるからそれ!URL送るね!」

 そして、対面ではできないようなこともできます。PCを使って行うゲームはアナログ対面ではできませんからね。

「あーっ!刈谷!お前のせいで!お前のせいで俺死んだんだけど!」

「えっすみません。でも俺も死にましたから!」

「……俺も殺されたんだけど」

「でも俺も!死にましたから!」

「お前が死ねばいいってもんじゃない。このヘイトは次のゲームまで持ち越される。いいな?」

「ふええ……お兄ちゃんたち、こわいよお……」

「幼女のふりをするな。その声で幼女のふりをするな」

『ふええ……お兄ちゃんたち、こわいよお……』

「テキストチャットならいいってもんでもねえよ!」

 ……それでいて、オンライン上でゲームをしながら、まるでいつも通りに会話もしている、と。

 なんというか、非常に新鮮な感覚ですね。でもまあ、これはこれでよし、ということにしましょう。




「じゃあ午後はひたすら人狼やろうそうしよう」

「一回やってみたかったんだよねー。夜の間に人狼が相談できる人狼」

 さて、午後は人狼ゲームに興じます。GMは専用のアプリケーションにやってもらうことにしました。

 ……そして、対面人狼では絶対にできないことですが、今回はオンライン人狼なので、『夜の間に人狼同士のチャット』が可能です。対面人狼だとこれができないんですよね。もしやるとしたら、夜の間に人狼同士で身振り手振りだけでそれとなく殺害対象を決める、というくらいですから。

 勿論、人狼同士の相談が有りになると、多少は人狼が有利になります。なので多少、固定配役を弄って人狼側に不利になるようにしました。後はまあ、少人数での人狼なので、ある程度は役職がランダムになるようにして……。

 ……その結果、羽ヶ崎さんと鈴本が2人で組んで共有者として名乗り出て狂人も居ない中2人で村人を食い殺していったり、俺が矢面に立っている中加鳥が完璧に潜伏し続けて勝利したり、針生が狼用のチャットではなく全体のチャットで狼の相談をしてしまう事故が発生したり、舞戸さんが1人狼で潜伏したせいで占い師の鳥海と霊能者の角三君の狼タッグが疑われて沈没したり……と、色々とありました。


 それからもオンラインでしかできないようなゲームをいくつか行いました。要は、GMとプレイヤー、或いはプレイヤー同士がこっそり対話したいようなゲームの場合、オンラインの方が相性がいいわけです。今回はやりませんでしたが、パラノイアとか。

 あとは、そういったチャットを使えば、匿名でのやりとりもできますね。互いに誰が誰か分からない状態で行う人狼は、お互いのプレイングの癖などを推理材料にしにくくて面白かったですね。

 まあ、これはタイピングの速さである程度は誰が誰か分かってしまうというオチがつきましたが。

 ……舞戸さんがとてつもなく速いんですよ。タイピング。なので対面人狼ではそれほど喋らない舞戸さんが、テキストチャット人狼だと一番喋るという珍しいことになりましたね。


 それから、オンラインの機能を用いた遊び方もできますね。『1人2つ適当な単語を出して、その中から2つを選んで特定のweb検索エンジンで検索し、一番ヒット数が少ない者が勝利』とか。『互いに自分の名前で検索して、ヒット数が予想に近かった者が勝利』とか。

 逆に、それぞれが家に居るからこそできる遊びもありました。『それぞれの家の中でお題に合ったものを持ってくる借り物競争』とか。




 ……まあ、こういった遊びで1日、遊び倒した俺達でしたが。

「あ、いかんいかん。そろそろ晩ご飯の支度始めるので一旦お暇するねー」

 夕方、そう言い残して舞戸さんが消えていきました。まあ、そろそろそういう時間ですね。

 ……それから少ししたら、舞戸さんがミュートにしていき損ねたらしいマイクから、何かを刻んだり炒めたりするような音が微かに聞こえてくるようになりました。

「……新鮮」

「うん。新鮮だねえ」

 なんというか……まあ、こうしてオンラインで顔を合わせるとなると、互いの生活が垣間見えますね。さっきの借り物競争の時も思いましたが。

「生活音が聞こえるってなんかソワソワする……」

「そうだな。さっき角三君がトイレに席を立った時も俺達はそわそわしていたが……」

「えっ……え、あ、き、聞こえてた……?」

「冗談だ。水を流す音以外は聞こえてない」

「……オンラインじゃなかったら殴ってる」

 距離があるようで距離が無いようで、妙な感覚ですね。確かに。

 音は聞こえるし姿も見える。しかしクリック1つでそれらを全て断ち切ることができる。揶揄い合うことはできても殴り合うことはできない。

 ……実に現代的、といったところでしょうか。なんとなく、そういった印象を受けますね。




 それからもう少しゲームに興じて、夕飯の支度が終わって戻ってきた舞戸さんを含めてもう1ゲーム人狼をやったところで、第一回オンライン化学部会は終了、ということになりました。

 移動時間が無い分、ゲームの時間を長くとれるのが魅力ですね。しかし……その一方でどうにも、物足りないものは感じました。

 ゲームはできるけれどコミュニケ―ションが不足する、という感覚、でしょうか。説明し難いものですが、この違和感が存在していることは確かです。

 ……今回の試みはまず間違いなく楽しめた内に入りますし、やってみてよかった、という思いもあります。ですから、今日の企画は行うべき企画でした。それは間違いない。

 しかし、やはり……どうにもインフルエンザが恨めしいですね。




 それから土日を挟んだりして俺達の学級閉鎖は無事に解かれましたし、入試も終わって普通の学校での日々が再開しました。

「あー、実際に会ってみると、やっぱりなんか違うもんだなー、って」

「うん」

 俺達は相も変わらずに化学実験室に集合した訳ですが、やはり、オフラインで集まるということは、オンラインでのそれとは性質が全く異なりますね。

「……大富豪やる?」

「やるやる!」

「よし来た」

「あ、ちょっと待って!この試薬片付けたらすぐ行くから!」

 早速、角三さんが引き出しからトランプを出してきて、大富豪が始まりました。

 化学準備室の方から舞戸さんが片付け物をしている音が聞こえてきて、それから舞戸さんがぱたぱたと戻ってくる音も聞こえてくる。それから俺達が1つの机を囲むと、カードが配られ始める。

「あー、やっぱりこれだよこれ。うん。私はこれがやりたかった」

「大富豪はオンラインだと難しいよねえ」

「ローカルルールも多いしな」

 話しながらカードを受け取って、確認して、それからカードを出す順番を決めるためにじゃんけんを始めて……ゲームスタート、という訳ですが。

 ……俺は別に、懐古主義というわけでも、反科学主義というわけでもありません。どちらかというと逆です。

 しかしやはり、こうして対面でゲームに興じるということには、何か格別の楽しみがあるようにも思えますね。


 その一方で、オンラインにはオンラインの良さがありますが。

「オンラインだともっと気軽にできるんだし、2時間だけとかでちょいちょいやってみてもいいんでない?」

「集まる時間さえ取れれば、移動時間も場所も気にしなくていいもんねえ」

「門限とかも気にしなくていいもんね」

「うん。ありがたい……」


 ……まあ、結論から言うと、どういう形式であっても楽しいものは楽しいですね。

 これからも時々、オフラインに混じってオンライン化学部会が開催されることになると思います。

 オンライン化学部会なら、例えば……俺達が卒業した後も、気軽に開催できるでしょうし。今から開催し慣れておくのは悪くない選択肢のはずです。この交友関係を継続したいと思うのならば。


「ということで早速、今週の土曜日にもオンライン化学部会を開催したく候」

「オッケーで候!」

 ……ということで、今回を機に、俺達は時々オンライン上でも遊ぶようになる、のだと思います。

 そういう意味では……やはり、インフルエンザに感謝すべきでしょうか?


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― 新着の感想 ―
[一言] 社長がみんなのこと淡々と大好きでグッときました
[良い点] うむ。 何か起こりそうで何も起きないバランス。
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