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毒を以て毒を制す我ら毒物

視点は例の毒物愛好家の貴族です。

時間軸は本編終了後のどこかです。


ひたすら毒が毒で毒です。

「はあ、しかし本当に、シャチ様の調合なさった毒物は素晴らしい……」

「この、幻覚の魔法の魔法石を粉末にして加える、という発想は一体どこから出てきたのでしょうなあ……」

「この幻覚がふわりと、まるで春風のように我らを包んでくれますな。あくまで幻覚はアクセントとしてのみ存在していて、飲みやすく軽い仕上がりになっている」

「幻覚を引き起こす薬剤をただ使っただけでは、このような軽い仕上がりにはならんのです。敢えて毒物ではないものを加えることで完全な毒から外れ、全体的な仕上がりを優先するという発想。これは1つの芸術ですな!」

 我らは今日も今日とて屋敷に集い、シャチ様の残された毒物を味わっておりました。

 シャチ様の毒物コレクションは多岐に及びます。

 毒の原液、毒鉱石の原石、といった『そのままの毒』も多数蒐集されていますが、そのほかに、シャチ様自ら調合なさった毒、というものがあるのです。

 我々が今、味わっているのもその1つ。シャチ様が気まぐれに調合なさったものらしいのですが、その仕上がりの素晴らしい事!

 ふわふわと柔らかく軽やかな幻覚に包まれて、その一方で体は毒に侵されていく。実に軽やかで優し気でありながら、蠱惑的な魅力と確かな力強さを潜ませた、素晴らしい毒物です。

「このような毒物を嗜めるのも、シャチ様のお陰ですが……もう新作は望めないのですね……」

 ……けれど、これらの毒物を味わいながらも我らは只々、惜しむしかありません。

 そう。我ら毒物愛好会きっての期待の新星であった、シャチ様はもう、ここにはいらっしゃらないのですから。




 幾許かの寂寥感の中、我らはシャチ様との思い出話や毒物談議に花を咲かせていました。

 ……すると。

「おやおや、もう始まっているようですねえ。これは随分遅れてしまったかな?」

 若い男性が1人やってきました。


 ……彼は最近、この毒物愛好会に入会したメンバーです。そして……少々の悩みの種、なのですよ。




 彼が入ってきた途端、室内の空気が張りつめます。毒物の気配に詳しい我らでなくとも、この空気の変化は肌で感じられることでしょう。

 ですが、入ってきた若い男性はそれに気づかない様子で私達のテーブルにまで近づいてきました。

「毒物のテイスティングですか?」

「ええ。シャチ様の調合の中から1瓶開けてみたものです。勿論薄めてありますので即死するようなことはありませんが、あなたはごく少量にされた方がよろしいかと思いますよ。さあどうぞ」

 中には嫌な顔をする者も居ましたが、毒物愛好会のメンバーであるならば、拒否することはできません。私は彼に毒物入りの小さなグラスを手渡しました。

 すると彼は品の無い所作でグラスの匂いを嗅ぎ、それから中身をほんの少し舐めて味わうと……途端に顔を顰めましたね。

「これは純粋な毒ではないですね」

 そして……彼の品評が始まった訳です。


「これは良くない。どうやら毒と幻覚剤を間違えて調合されたようだ。毒自体の効きは悪くないでしょうが、この幻覚剤。これは駄目だ!」

 大仰に言いながら、彼は『話にならない』とばかりにグラスをテーブルの上に戻しました。

「わざわざ魔石を入れる意味が分かりませんね。もっと効果の良い幻覚作用の毒を合わせることもできたでしょう。毒を隠す為ならこれではあまりにも雑だ。これを調合された方はもう少し勉強なさった方がよろしいですね。或いは最初から幻覚作用など持たないただの毒として作ればよかったのです」

 彼の言葉が進むにつれ、他の会員達はひっそりとため息を吐いたり、或いは露骨に厭そうな顔をしたりしましたが、当の本人は気づいていない様子です。

「まあ、毒の部分については悪くありませんね。毒の部分だけならそれなりに出来が良いと評価してもよいでしょう。餅苔の特性を利用した特殊な毒は中々楽しめました。ただし幻覚部分。これは駄目ですね」

 得意げにそう言って、彼は締めくくりました。

「以上が僕の感想ですね」

 ……と、まあ。

 彼はこういう人なので……少々、悩みの種となっているのですよ。




 それから各メンバーが調合してきた毒を味わったり眺めたりしながら有意義な時間を過ごしましたが、新会員の彼はやはりどうにも、少々場を乱しがちですね。毒物愛好会とはいえ、毒を吐きすぎなのはいかがなものかと。

 結局、その日の集会は幾分残念なものとなってしまいました。




 解散した後、私は他のメンバー達と残って少し話をすることにしました。

 話の内容は……例の彼のことです。

「彼は一体何者ですか?毒物を心の底から愛しているようには見えませんが……」

「彼の噂なら聞いたことがありますぞ!何でもいくつものクラブを転々としているらしい、曰くつきの人物らしいですぞ!」

 ……そうですね。私もその話はちらりと聞いております。

 どうやら彼は、社交界に出てからというものの、いくつものクラブや愛好会を転々としているとか。その理由は……先ほどもそうでしたが、彼はどうにも無自覚に、むしろそれを良しと思って毒のある言葉を振りまくといいますか。そのような節がありますので、どのクラブからも出禁にされてしまっている、ということでした。

 毒は必要な時、必要なところのみに密やかに、というのが正しく品のある使い方でしょう。誰彼構わず振りまくものではありませんし、それが正しい事だとも思えません。

 私は老いた身でありますから、若い方の振る舞いにはある程度目を瞑るべきだとは思いますが……彼と同じかそれより若いように見えたシャチ様など、実に品よく賢い振る舞いをされてらっしゃったのに、とも思ってしまいますね。

「彼は次の居場所を求めて我ら毒物愛好会にやって来た、ということになりますね。他に居場所が無いようですし、仕方ないかとも思いますが……」

「そんな情けは無用でしょう。彼もそろそろ分別がついていい年頃なのでは?」

「彼は毒物の知識は一応あるようですが、それでも底が浅い。本当に毒物が好きなようにも思えませんし……何より、シャチ様を冒涜するような言動!実に許し難い!そんな奴を我ら毒物愛好会に置いておくべきですかな!?」

 ……そうなのです。これが私の悩みです。

 彼の振る舞いはあまりにも若さが過ぎるといいますか、あまり良心的ではなく、『愛好会』の理念をまるで鑑みていないものです。それは愛好会の全員が思っています。

 そしてその彼は、我らの神と言っても差し支えないシャチ様までもを冒涜するような言動をする。

 我らは物事に優劣を付けたいわけではなく、攻撃的でありたいわけでもなく、何かの粗探しをするわけでもない……毒物という愛おしい存在をただ愛し、それを楽しむだけの……そう、まるでひっそりと道端に生える毒草のような存在でありたいのです。

 ですが……ひっそりと咲く毒草の花には、毒があります。それは、自分の身を守るための、ささやかな毒です。


「1つ提案があるのです」

 そこで私は、信頼できるメンバー達に声を掛けました。

「我らは毒物愛好会。毒物に恋い焦がれ、それらを愛し慈しむ会です。そこで……かつてシャチ様が仰っておられた言葉を、今こそ実践する時ではありませんか?『毒を以て毒を制す』と」

 メンバー達は頷き合い……そして私達は、確認し合いました。


「彼に、『毒物愛好会』がどういう場所なのか、知って頂きましょう。そして合わないと思ったなら自ら退会して頂きましょう」

「そうしましょう。本当に毒を愛する者だけがここに居るべきです」

「その為にいつも以上に毒の繊細さを感じられる会合にしましょうぞ!」




 そうして次の週、我らはまた、会合を開くことになりました。

 ……ただし今回の会合は『究極の毒』がテーマなのです。

 彼に事前連絡で『次回の集まりは究極の毒を持ってくるように』と伝えたのですが、随分と困惑していました。彼は毒の品評こそすれ、自分の毒を出したことは一度もありませんでしたからね。

 しかしそうと決まったことは彼も守ってくれるわけです。彼は彼の自作らしい毒物を持ってやってきてくれました。

「さあ。それでは早速、毒を楽しんで参りましょう」

 私がそう音頭を取ると、毒品評会は優雅に始まったのです。




 ということで早速、問題の彼が毒を持ってきてくれました。

「これが究極の毒ですよ!」

 出された瓶の中にある液体は、どす黒く、それでいてどこか玉虫のように光沢を帯びていますね。

 ふむ、見た目だけでもある程度の材料は考察できます。

「これが何か分かりますか?」

 彼は我々を試すようにそう言って笑っていますが、私も毒物愛好家。これがどのようなものか、察しはつきます。

「多くの死者を出す為の毒、を目指したのですか」

「ええ。当然ですね」

 ふむ。……まあ、毒の形としてはこれもまた1つ、なのでしょう。このような若さあふれる毒も嫌いではありません。

 方向性としてはこれもあり、かとは思います。……しかし、用意しておいた切り花の葉に一滴落としてみた時の反応を見る限り、少々調合を間違えているようですね。まあこれも初心者故と思えば、むしろ強すぎる毒気の中に混ざる1つの清涼感ともなるでしょう。

「ふむ。そうですか。では次に」

「私が参りましょう」

「えっ」

 毒に対する反応はもう終わりか、とでも言いたげな顔で、問題の彼は声を上げましたが……この後の我々の出す『究極の毒』を見れば、きっと分かってくれるでしょう。


「こちらです」

 メンバーの1人が出した瓶には……毒、というには少々普通すぎる薬が入っていました。

「これは……素早さを上げる薬、ですかな?」

「ええ。体も頭も素早く動く。そのための薬です」

 体も頭も、というと……成程。そういうことですか。これには思わず笑みがこぼれてしまいますね。

「これの一体どこが究極の毒だというんです?いくらなんでもお粗末なんじゃありませんか?」

 問題の彼はそう言って肩を竦めて見せますが……薬を持って来たメンバーは、にこりと笑って答えます。

「おや。聞いたことはありませんか?『暇は無味無臭の劇毒』と」

 要は、体も頭も素早く動くようになれば、その分時間が長く感じる。暇が長く感じる。それこそが毒だ、という冗談なのですね。

「暇は最高の毒です!これはどこにでもあって、誰にでも効く!更に、誰もがきっと感じた事があり、それでいてどうすることもできない!この無味無臭の劇毒は気がつけば忍び寄り、或いは隠れている時にはこちらから歩み寄ってしまうという特性を持ち合わせています。そう。逃げようとすれば追いかけられ、しばらく見ていないと思えばこちらから探してしまうのです。効果としては実に毒の中の毒。じわじわと侵食されていき、次第に焦りと不安が満ち満ちていく。或いは侵されきったならもう逃げられない!それなのに侵されきった時にその自覚は無い!実に素晴らしい毒です!それに……」

 彼の話はそのまま続き、我らはそれを楽しく聞きました。

 彼の『暇』への愛は実に素晴らしいものでした。


「僕はてっきり、本当に『究極の毒』を持ってくる集まりだと思ったのですが?毒物愛好会と銘打っておきながら、こんな茶番を繰り広げるために集まったのですか?」

 一通り話が終わった時、問題の彼はそう言いました。何とも毒々しい物言いですが、ひとまずそれはおいておきましょう。

「まあまあ。では次は私が参りますぞ!」

 続いて、またメンバーの1人が立ち上がります。

「これですぞ」

 テーブルの上に出されたものは……揚げた芋ですね。


「おや、この味わい。豚の脂と牛の脂で揚げているのですかな?」

「その通りですぞ!肉の脂で揚げることで、サックリとした食感と濃厚な旨味を与えることができるのですぞ!更にこの芋の切り方にもご注目頂きたい!皮付きのままくし切りにすることで芋の香りと食感を最大限引き出しているのですぞ!この芋は品種のこだわりこそありませんが、芋を切って油で揚げて揚げたてに塩をサッと振るという単純ながら完成された一連の作り方、濃いめの塩味と芋の旨味、そして油のコクの調和を大切にしておりますぞ!このやめられない止まらない味わい!塩と油を大量に摂取することによる慢性的な病の引き金となる可能性!これは大いなる毒の神のもたらした1つの芸術作品なのですぞ!」

 彼の揚げ芋への情熱と愛は素晴らしいものですね。

「ちなみにディップも用意してありますぞ!シャチ殿のご友人のマイト殿より授けられし『はにぃますたーど』と『ばーべきゅうそーす』、そして『けにゃっぷ』の3種ですぞ!それぞれ風味づけに毒を加えてありますのでそれもお楽しみ下され!」

「これは美味い!」

「む!この『はにぃますたーど』に入れられた毒は毒蜂のものですか!中々面白いものをお持ちだ!配合にも繊細なセンスが垣間見えますなあ!」

「おおお……『けにゃっぷ』の味わいの奥深い事……これは芋が進みますね」

 一頻り我々は揚げ芋を食べ続けました。この依存性の高さ。ここから引き起こされるであろう肥満や肥満によって引き起こされるであろう病。それらを考えるに、これも立派な毒なのでしょうね。




 そうして我々の毒物発表は進んでいきました。問題の彼は『思っていたのと違う』というような顔をしつつ、不機嫌そうにしていましたが……これで自ら退会を決めてくれると良いのですが。


 最後は私の番ですね。

「どうぞ」

 皆の前に出したグラスには、透明な液体。無味無臭無色透明のそれは……。

「水です」

 水です。

「ほほう、水ですか。いやはや成程」

「これぞ究極の毒ですぞ!」

 水は我々にとって必要不可欠な物質です。水を飲まずに生きていくことはできません。

 けれど、水を飲み過ぎれば死にます。

 そう。この世界にあるありとあらゆるもの。それは全て、毒なのです。

 大量に摂取しなければ死なないもの。少量でも死ぬもの。それは種々様々ですが……ある意味では、我々はこの毒物だらけの世界に生まれ、毒物を摂取し続けながら生きているのです。




「納得がいきませんね!」

 さて。ここで問題の彼が声を上げました。

「究極の毒、と聞いてきたのにこれとは。あなた達も単なる勉強不足なのではありませんか?まあ、知識不足を補うための茶番としては面白かったですが」

「そう仰られましても。これが毒物愛好会の方針です。全ての毒を愛し、慈しみ、楽しむ。ただそれだけのことですとも。様々なものの見方があることを知れば、より深く、様々な毒物を愛することができます」

「そうですぞ!特に最後の『水』!この世界全てが毒でできていて、この世界全体が愛すべきものなのだということを再確認できましたぞ!」

「あれは素晴らしかったですねえ」

 私達が答えると、問題の彼は馬鹿にされた、と感じたのか、肩を震わせ始めました。

 これで激昂して帰ってくれればそれで良いのですが。


 ……と、その時。

「どいつもこいつも馬鹿にしやがって!死ね!」

 彼は彼が持ってきていた毒の瓶を開けると……その瓶の口を、私の口につきこみました。




 私の口の中に、どろりとした感触が広がります。

 ふむ、成程。これが彼の言う『究極の毒』ですか。

 中々珍しい味わいですね。毒の種類は何でしょうか?僅かに紅茶のような風味も感じられます。これは詳しく聞いてみたいところですね。

 そして恐らく変身薬か何かの部分なのでしょう。濃い血の香りがします。呪いもかかっているのかもしれません。どうやらこの呪いと前述の毒とが打ち消し合っているようですが、これもまあ、一部の隙を生み出すことで毒の味わいに変化をもたらしている、と感じられます。

「ほら!飲め!飲んで死ね!僕を馬鹿にする奴は全員死ね!」

 問題の彼は私の頭を上向かせつつ、そう言って私が逃げないようにがっちりと組み付いています。

 ……ええ。遊び心の感じられる良い毒です。彼の計算外の部分もあるようですが、それもまた若さを感じさせる良いものでした。

 それを確認したところで、私は……。

「ふンっ!」

 口の中に流し込まれた毒を、鼻から噴射しました。




「おお!見事な逆流でしたぞ!」

「これができなければ毒物愛好家などやっていられませんからね」

 毒物のテイスティングの際にはよく使う手法です。口から入れて、胃の中にまで落とし込まずに鼻から出す。これができると、味わえる毒の種類が一気に広がるのですよ。

 ……ただ。

「あ、あ、ああああ……」

 私が上を向いた状態で鼻から毒を噴射してしまったことにより、問題の彼に毒が見事に掛かってしまっていました。




「おや……彼は大丈夫でしょうか?」

「水は要りますかな?」

 私は口を水で漱いで、ついでに鼻から水を出すことで鼻も洗浄しましたが、彼は毒を浴びた瞬間から様子がおかしいですね。

「もしや、毒物愛好の経験が浅く、毒物への耐性がほとんど無いのでしょうか?」

 これはまずいかもしれません。彼が自分で持って来た毒ですから、彼は解毒剤の類を持ってきていると思っていましたが、彼は半狂乱になるばかりで、解毒剤の類を飲む気配はありませんね。まさか、何の準備も無かったのでしょうか?




 ……そうして毒を浴びた問題の彼は倒れ、のたうち回り……その姿を変えていきます。

 やがてそこに生まれたのは、ぶくぶくと醜く太った巨大な芋虫のような生き物でした。


 その全身はまるで茸の傘の裏側か……さもなくば開きかけの本のページのようにビラビラとしたひだがあり、実際に本のそれのように、ひだの間には文字めいた模様が黒々と走っています。

 ……見るも悍ましい醜い化け物は、グネグネとのたうちながら「ぷるぎぇー」というような呻き声を発しました。これは……目に毒ですし、耳にも毒ですね。

「毒虫の駆除はお手の物ですが……いやはや、これは一体、どうしたものか」

「全く、これだから知識の底の浅い者は……やれやれ」

「竜化薬でも調合したつもりだったのかもしれませんな!失敗しておりますが!」

 恐らく、彼の理想とする毒物の形とは大分異なるのでしょうね。しかしこれはこれで興味深い結果です。

 ……さて。

「さて、少々予定とは変わってしまいましたが」

「我ら毒物愛好会の毒物ぶり、ご覧に入れて見せましょうか」

「『毒を以て毒を制す』ですぞ!」

 うっかり毒物との触れ合い方を間違えた彼を、助けてあげなければなりませんね。

 何故ならば我らもまた、毒物なのですから。




「さっさと正気に戻るのです!必殺毒物!とりゃーっ!」

「えいっ!芋用ディップソースを食べると良いですぞっ!」

「我らの毒物力は世界一です!」

 我々は思うがまま、芋虫と化した彼に毒物を浴びせ続けました。

 芋虫は始めこそ抵抗しようとしていましたが、我らの数の暴力と毒物の暴力には耐えられなかったようですね。その内、すっかり動かなくなってしまいました。




 それから、2時間後。

「はっ!?」

 問題の彼が目を覚ましました。

 その時には彼はもう、人間の姿に戻っていましたね。

「ぼ、僕は一体……」

「おや、意識が混濁しておいでですか?あなたはあなたが持参された毒物によって変身し、暴れ、そして我々が解毒しましたので今こうして寝ておいでだったのですよ」

「解毒!?」

 彼は急に起き上がりつつ、あり得ない、という顔をしていますね。

「そんなはずはない!あれは僕が用意した究極の毒ですよ!?解毒なんてできるはずが」

「『毒を以て毒を制した』のです」

 ですが、現に解毒は完了しました。

 そう。他の毒を大量に、しかし計算し尽しながら浴びせていくことによって、毒の成分を変え、解毒を可能にしたのです。

「そんな……」

「毒と解毒は表裏一体。毒を愛する者であれば、解毒にも当然、詳しいのですよ。あなたも今後もこの愛好会に所属するおつもりなら、最初は毒ではなく解毒について学ばれるとよろしい」

「また馬鹿にするつもりか!」

 彼が手を上げて殴りかかろうとしたのを掴んで止めました。この程度の身体能力も無いようなら、毒物愛好家はやっていられませんからね。

「な、何を」

「気の毒なことですが、このままではあなたはどこへ行っても同じ結果になりますよ。誰彼構わず毒をばら撒くのは、真の毒物愛好会の、そして良識ある人間のすることではありません。我々は全てが毒になり得る世界に居ながらも、自分が他者に接する時には常に無毒であろうと努力すべきなのです」

 それだけ言えばもう彼も、なんとなく自分の言動を振り返ることができたのでしょう。気まずげに目を逸らして、振り上げていた腕からは力が失われました。

 ……なら、もうこれでいいでしょう。


「さて。このようなつまらない話は終わりにしましょう。毒づくだけの人生など、あまりにも空しい。だって世界はこんなに極彩色なのですから!」

 私達は問題の彼を誘って、テーブルへ戻ります。

「そういえばあなたのコレクションを駄目にしてしまいましたね。気の毒な事ですが……代わりといってはなんですが、1つ珍しいものをお譲りしますよ!」

「さあさあ!そんなぶすっとした顔をしているものではありませんぞ!芋だけでは口寂しいだろうと思いましてな、毒入りケーキも持ってきてありますぞ!召し上がってはいかがですかな?」

 問題の彼はぽかんとしたまま、成されるがままに席につき、茫然としたままその後も毒物愛好会の集会に参加することになったのでした。




 それから1か月。

 問題の彼からは音沙汰が無くなりました。

 毒物愛好会が肌に合わない、と思ってやめてしまったのでしょうか。

 それはそれでお互いに良い事だ、と思いつつ、私は今日の毒物愛好会の準備をしていました。……すると。

「どうもどうも!さあ、今日も語らいましょうぞ!」

 いつものメンバーがやって来たところに……1人、別の顔があります。

「表に彼が居たので連れてきてしまいましたよ!」

 それは、問題の彼でした。

 気まずげに目を伏せながら……しかし、彼の手にはしっかりと、持参してきたらしい毒の瓶が握られています!

「ようこそ!さあさあ、今日も毒入り紅茶の準備ができていますよ!存分に語らいましょう!」

 私達は特に何を言うでもなく、彼を卓へと誘います。

 すると彼もまた、はい、と嬉しそうに返事をしながら、卓についたのでした。


 ああ……どうやら我らは、『毒』を制したようですね。


レンチンした芋を油で焼くだけでもフライドポテトっぽくなります。手軽に作れてなんというか、毒です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 愛は毒に含まれますか?!(含まれてそう)
[一言] センセー、粘着性の食品を誤嚥させて窒息させるのは毒で良いですか?
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