悪意の箱の底
時間軸は大体いつもの辺りです。
視点は刈谷です。
ホラーをぶち壊していく話です。
「面白そうな薬があるのですが、材料が『魔王の髪』なんですよね」
こんな会話から始まった、ある日の出来事でした。
「ええー、それ、材料貰ってくるの結構緊張する奴でないの……?」
「しかしそれだけの価値がある薬であると思います」
なんでしょう。魔王様の髪を貰わないと作れないような薬で、それだけの価値がある薬、っていうと……すごい回復薬とかすごい毒とかですかね?
「透明人間になれる薬です。非常に気になっています」
「えっロマンじゃん!よし作ろ作ろ!『転移』は俺に任せろー!」
「やめてー!」
……いや、分かりますよ?透明人間になれる薬って言ったら、もうそれは男の子のロマンじゃないですか!それは分かります!俺も男の子の端くれです!透明人間になるためなら魔王様の髪をもらってくるくらい、なんてことはないですね!あの魔王様自身は透明人間には興味なさそうな気がしますけど、でも、好奇心はあると思いますし!きっと協力してくれると思います!
「これで『透明人間になってしまったらどのようにして視界を得るのか』という永遠の疑問に決着がつきますね」
「あ、社長の興味はそこなのかあ。……悪用しようとしないところが社長なんだよなあ」
「俺だって悪用は考えていますよ。透明になって誰にも気づかれなければ敵地の井戸に毒を投げ込むのも容易である、とか。或いは内部工作して敵組織を内部崩壊させることも容易である、とか。更に或いは、気づかれず敵地に忍び込んで堂々と大将首を獲ることも容易である、とか」
「ああーっそっちかーっ確かにそれも男の子のロマンですわ」
「仮想敵国があることについては誰も何も言わないのか?」
そういうロマン方面でもえっちな方のロマン方面でも、透明人間はロマンです!
「ということで、折角ですから奈落旅行もしてきませんか?あまり見て回れていませんから」
俺、ついていきます!そして透明人間になれる薬を分けてもらいます!だって男の子だもん!
俺達がいそいそと出発の準備をしていると、突然舞戸さんが入ってきました。
「話は聞かせてもらった!折角だから今日のお昼ご飯は奈落ピクニックにしようか!」
どこから聞いてたんでしょうか。いや、どこを聞いていても問題はないですけど。だって舞戸さんだし。
「奈落ピクニック……?」
「ほら、折角あそこ、景色綺麗だし。何なら魔王様も誘って一緒に。うーん、お昼ごはん何にしようね。いっそのこと、お弁当持ってくんじゃなくて、バーベキュー始めるとか」
「奈落バーベキュー……?」
舞戸さんは出かけるとなると大体お昼ご飯をそこで食べたがりますね。いえ、確かに気分が変わって楽しいですよね。俺はいいと思います。
「……まあ、何でもいいが。行くなら早めに出よう。それで飯食って帰ってくるってことでいいか?」
「うん。おっけおっけ。じゃあ皆さんが魔王様の髪の毛の収穫してる間に私はご飯の準備するでな」
なんだかんだ、奈落行きを反対する人は居ないみたいですね。折角だから楽しんできましょう。ちょっと暗いですけど、俺は奈落の景色、結構好きです。
ということで奈落に着きました!やっぱり暗いですね。所々に光る水晶とか光る植物とかがあってぽつぽつ光ってて、ちょっと星空みたいにも見えるのが綺麗ですよね。星の海の中に居るかんじで。
「さて、じゃあ早速魔王様の所に行きましょうか」
「城に居るかな?」
「居るんじゃない?だって魔王様が城から出てるの俺達1回も見たことないじゃん」
まあそんなようなことを喋りつつですよ。俺達は魔王城のドアを叩きます。
「こんこーん」
「はいってまーす」
「それ外から叩きながら言うことじゃないだろ」
ま、まあ、そんなやりとりがありつつ……しかし、城の中は静かです。返事が無いです。
「あれ、もしかしてほんとに不在なの?えー、魔王様って外出するんだ。意外。あはは」
「一応中を見ておきますか」
「えっ……返事無いのに入るの……?」
そして社長が「お邪魔します」と言って一礼しながら魔王城のドアを開けました。開けたんですが、まあ、当然中には誰も居ません。
「俺ちょっと思ったんだけどさ、これで魔王様着替え中とか入浴中とかだったらヤバくなかった?」
「それだったらきっと返事をしていたと思いますので」
「じゃあ恵方巻食べてたとかだったらヤバくなかった?」
「その時に入っても特に問題は無いと思いますが」
「じゃあ着替えながら風呂入ってついでに恵方巻食べてたとか」
「待て待て待て待て、その前提はなんだね針生君よ」
「でも俺ちょっとそういう魔王様見てみたいっすわ」
「……着替えながら、風呂に入るって、どうやって……?」
すごい会話になってきちゃいましたけど、もう俺達中に入っちゃってるんで、もし万一魔王様がそういうことになってても俺達を止めることはできません!
「ま、いいんじゃない?本当に入られたくないなら鍵ぐらい掛けておくでしょ」
「そうだな。それができない魔王じゃないだろう」
まあ結局、別にそんな面白い事があるって訳でもないですよね。だって魔王様ですしお寿司。
「あれっ、今何か聞こえた」
唐突に舞戸さんがそう言って魔王城の奥の方を見ました。
「……呼ばれてる」
「おい、馬鹿、待て」
しかもそのままフラッとそっちに行きそうになったのを鈴本が掴んで止めました。舞戸さんのこの手の行動って結構怖いですよね!
「舞戸。お前、今、正気か?」
鈴本が真正面から舞戸さんの目を見てます。あれは舞戸さんの正気度を測る目ですね!
「うん。正気」
「そうか。だがお前が既に狂気に陥ってるならその返答も信用できないな」
「えっじゃあなんで聞いたの?おかしくない?聞いておいてそれは無くない?」
おかしくない?おかしくない?と舞戸さんは言っていますが、鈴本の言うことも分かるんですよね……。
なんというか舞戸さんがフラッと行動した結果って、まあ、蛇に食べられたり、本の中からしばらく戻ってこなかったりっていう……前科持ちなので!
「舞戸が呼ばれている、というならそいつはトラブルの元だと俺は思うんだが、どう思う」
鈴本がそう聞くと、まあ、残りの皆も似たような反応しますね。
「俺も止めといた方がいいと思う!」
「うーん、正直心配だよねえ……」
「僕もやめといた方がいいと思うけど。っていうか見に行くにしろ、そいつは置いてっていいんじゃない?どうせ連れて行っても役に立たないじゃん」
「ああああああああ!羽ヶ崎君がいつにもましてひどい!」
舞戸さんが落ち込んでいますがそれよりも俺は今のこの状況が気になります。
屋敷の中に魔王様は居ない!なのにドアに鍵はかかっていない!舞戸さんは何かに呼ばれている!こわい!
どう考えてもこれ、何かがおかしいんですよね……。うーん、何が変、って言われると困るんですけど、何かが変、というか、何か、こう、恐ろしいかんじがある、というか……。
「うわー、また呼ばれてるよう……」
舞戸さんはどこかに行かないように角三君にがっちり羽交い絞めにされているので勝手にどこかに行くことはないんですが、なんか益々呼ばれてるみたいで落ち着かないかんじですね。
「……っていうか、なんで舞戸さんだけなんだろーね?俺、全然聞こえないんだけど」
「分からん。変な奴にだけ通じるテレパシーとかなのかもしれない」
「それだと俺に通じない理由になりませんが」
「社長は自分が変な奴だって自覚があるのかーそっかー」
舞戸さんは社長のことで気が紛れたみたいですが、それでもまだ屋敷の奥の方を気にしてますね。
「……ね、ホントに行っちゃ駄目かな。凄く気になるし、行かなかったら後悔するような予感がすごいんだけど」
ここまで舞戸さんが粘るとなると、流石に俺達も考えます。駄目!って言うのは簡単ですけど、何かあるのはまず間違いないわけですし……。
「……なら、俺達が先に行く。お前は後からついて来い。それで、もし何かあったら即座に撤退する。いいな?」
「おっけー!」
結局、鈴本がそう折れる形で舞戸さんは『呼ばれている』方に行く許可が下りたのでした。
「お弁当を食べられる雰囲気ではない」
「この期に及んでまだ食べようとかしてたわけ?どういう頭してんの、お前」
「羽ヶ崎君よりは食欲に振れてる頭してるねえ」
話しながら進んでいくと、段々屋敷の奥の方に行くにつれてなんかこう、厭な気配が凄く強くなってきました。舞戸さんが「また呼ばれてるー」って言ってますが、なんとなく、その感覚分かる気がします。声が聞こえたりするわけじゃないですけど、俺もなんかこう、呼ばれてるみたいな感覚っていうか、引きずり込まれる感覚みたいなのはあります。
「地下に向かっていますね、この階段。舞戸さん、こっちですか?」
「うん。地下っぽいね」
しかもなんか、屋敷の地下に向かって進むことになりそうです。
……絶対なんかある奴じゃないですか!やだー!
十分に警戒しつつ俺達は地下道を進み!そして遂に!辿り着きました!
「うっわ」
地下道を進んだ先にあったもの!それは!
「舞戸。お前は見るな」
「えあっ!?」
……鈴本が舞戸さんの目元を隠したくなるのも分かります。
地下にあったものは、なんと……人間の血と肉と体の一部分とを寄せ集めて作ったような、グロとナンセンスの塊みたいな物体だったのです!
「うげえ……俺、これちょっとどうかと思う……」
「魔王の趣味を疑いますね」
「えええ……これ、魔王様の趣味なのかなあ……?」
「趣味じゃないものを家の地下においとく感覚も理解できないけど?」
「なんで皆さんそんなにさっきから口が悪辣なの!?ねえ何があるの!?まためっちゃ呼ばれてるんだけど何!?何があったって!?この野郎!いい加減教えてくれたっていいじゃないかこの野郎!」
舞戸さんの目元を隠したまま俺達は作戦会議です。うん、あれはですね……ない!
「あの肉の塊に舞戸が呼ばれているとしたら、あれは舞戸を取り込むつもりのクリーチャーか何かか?」
「まあ、その可能性はありますね」
「私取り込まれるの!?」
俺の頭の中には舞戸さんが肉の塊みたいな奴に半分埋もれて同化しながら「コロ……シテ……」ってなってる様子が浮かびました。いや、舞戸さんならそういう状況になっても「コロ……スケ……ナリ……キテレツー」とか言ってくれる気もしますけど!
「ちなみに舞戸さん。聞こえる声というのは、どういったものですか?」
そこで社長、舞戸さんに聞いていいのか分からない事をずばっと聞きました!すると!
「え?なんか、女の子の声で、『殻を割って、私を此処から出して』って」
……。
「え……?あの中、更に何か居るの……?」
「……俺、あれ、ほっといた方がいいと思う……」
「同感だ。俺も角三君に賛成する。あれは放っておいた方がいい。どう考えても怪しすぎる」
滅茶苦茶に怪しい回答が得られました……。
もう舞戸さん、ここから離したほうがいいんじゃないですかね……。
それから、話が進まない、ということで舞戸さんの目隠しが外れました。
「おおー、グロい」
「だから見るなっつったろ」
「うん、まあ、でもグロ画像なら既に君達で散々見てるから耐性ついちゃってるよね、正直ね」
「あのさあ、僕らをこういうのと一緒にしないでくんない?」
あっ、俺もグロ画像は見慣れてます!なのでまあ、うーん、血とか肉とか骨とかでは今更驚かなくなりましたね!
……それって多分、人間としては良くないことなんでしょうけどね……ははっ。
「で、このグロいのどうするん?ん?割ってみる?」
「割ってみる!」
「やめろ。出てくるのは絶対にクリーチャーだろうが」
「いや、でも声はめっちゃ可愛い女の子なんだけど」
「つまり可愛い声のクリーチャーですか」
「皆さん的にはあの中に居るのはクリーチャーで確定なの?」
舞戸さんは不満げですが、俺としてもあれの中身が可愛い女の子な気はしませんね!
「……あれ……あ、ねえ、ちょっとこっち、来て」
1人、ふらふらしつつ地下室の中を見ていた角三君が、俺達を呼びました。
「何かあった?」
俺達がぞろぞろこぞって見に行くと、そこには!
「なんか、書いてあるんだけど……」
『悪意の封印が解けてしまった。もし誰かがこれを見ているなら、天使を解放してくれ』
そう、床に血文字がありました。
「こっわ!なにこれこっわ!」
「こわっ!なにこれ!俺、血文字とか初めて見たんだけど!」
普通の人は普通、初めて見るんじゃないですかね……血文字を日常的に見るってどういう人ですかね?名探偵とか?
「これは……どういうことなんだろうな」
「悪意の封印が解けた、って書いてあるけど。悪意って……」
……俺達の視線は自然と、グロい肉の塊に向きます。
「あれっしょ」
「あれだな」
「あれでしょうね」
「いやいやいやいや!待って!違うって!あれ違うって言ってる!」
舞戸さんを除いて全員がグロい肉の塊を『悪意』と見ているんですが、舞戸さんはなんか違うと主張したいみたいですね。結構粘りますねー。
「な、なんかあれが『殻を割って、ここから出して』って言ってるんだけど……」
「舞戸。もうそれに耳を傾けるな」
「うわーん!耳を傾けるなって言われても!脳内に直接語り掛けてくるんだよ!美少女ボイスが!」
美少女ボイスは気になりますけど、舞戸さんは前科がありますからねえ。
……しかし、美少女ボイス。
「舞戸さん。舞戸さん。その声、俺にも聞かせてもらえないですかね?」
「えっ」
「おい、刈谷」
「いやだって!美少女ボイスでしょ?美少女なんですよね?なら聞かねば!」
「ありがとう刈谷!なんかすごく不純で真っ直ぐな気持ちによってちょっと味方ができた気分だよ!」
不純で真っ直ぐってつまり純粋ってことですよね!欲望100%!男の子ならやっぱり自分に正直に生きていかねばですね!
「えっとね、じゃあ『共有』で」
「はいはい。どうぞどうぞ」
ということで舞戸さんに『共有』で美少女ボイスとやらを聞かせてもらったんですが。
……。
『この殻を破って。私をここから出して』
そんな、透明感のある、それでいて清涼感と甘やかさを兼ね備えた、ちょっと儚げな声が、聞こえました1
「か、刈谷?だいじょーぶ?いや、お前元々だいじょばないかんじだけど……」
針生が覗き込んできますが、全く心配は要りません!いや、要る!
「ものすごく!美少女ボイスです!」
「え?まじ?俺もちょっと気になってきたわー舞戸さーん」
「はいはーい『共有』」
「うわーマジ美少女ですわー」
ということで、鳥海も美少女ボイスを聞いて、それで興味を持った針生も聞いて、情報共有ということで、って言うことで社長も聞いて、その場のノリで加鳥も聞いて……ってやっていって、結局全員聞きました。
「……確かに美少女ボイスだな」
「ね。こういう声の子は多分鈴本の好みだろうなって思ってるんだけど」
「あながち外れじゃないがやめろ」
ということでまあ、その声は俺達全員が認める美少女ボイスであったんですが。
「……あれを、割れって?流石にさあ……」
俺達の目の前にあるのは残念ながら美少女ではなくグロい肉の塊です!
「いや、私呼ばれてるし、絶対何かあるし、魔王様居ないし、これ絶対何かあったんだろうし……割った方がいいんじゃないかなあ」
「逆に考えろよ。魔王が居ない時点でヤバいんだから特にお前はやっちゃ駄目だろ馬鹿なの?」
「ううう、羽ケ崎君がいつにもましてひどい……」
うーん、美少女ボイスを聞いちゃった後だとちょっと迷いますけど、でもやっぱり目の前にあるのはグロい肉なわけで……いや、俺達今更この程度見てもちょっとびっくりする程度ですけどね?でもやっぱりほら、なんか、こう、忘れちゃいけないものってあるじゃないですか!
「……まあ、そうだな。なら、魔王に聞くしかないだろう」
ということで、鈴本が方針を出しました!
「魔王を探そう。あの血文字を書いたのが魔王だったら、魔王は見つからない。逆に魔王が見つかったなら、あの血文字は敵の罠だ。あの肉の塊は割るべきじゃない。それでどうだ?」
「いいんじゃないの?じゃあ俺は城の中探しますわー。あ、角三君は城の外、テラさんで見てきて」
「分かった。羽ケ崎君も欲しい」
「じゃあ羽ケ崎君もシューラさん連れてきてどうぞ」
「何で僕?」
「魔法が使える」
ということで角三君と羽ケ崎君が城の外に出ていきました。まあ奈落は広いですが、なんとかなるでしょう。多分。
「じゃあ俺、上の方見てくるねー!」
「なら俺は地下か。……刈谷、悪いがこっち、来てくれるか」
「あ、了解です」
鈴本は回復系の技が使えないので、危険な場所を探索するなら回復係が居ないとですね!このグロい肉の塊がある地下を探索するのはなんか嫌ですけど頑張りますよ!
そして俺達の分担は決まっていき……。
「じゃあ私はメディレフィアナさんに聞いてくるね」
「誰だそれ」
「女神本」
舞戸さんがそう言った瞬間、俺達全員、思いました!
もうそれでいいんじゃないかな!
「ただいまー。聞いてきたよー」
舞戸さんは女神本を掲げつつ、言いました!
「『奴がいるとしたら、地下の隠し部屋だろう』って言ってたよ」
「あ、隠し部屋とかあるんだ。あははは、流石魔王城」
どうやら女神本さんは魔王様の居場所について、『地下の隠し部屋』って言ってたらしいです。ついでに、『もしそこに居たとしても魔王かどうかは分からんがな』だそうで。
「そこから先は謎解き頑張れって言ってた」
「頑張れって……えええ……」
「どうする?一応地下行く前に他の所も見て回る?」
「いやー、でも魔王様捕まえて聞いた方が早いだろうしなー……うーん」
俺達がこれからどうするか悩んでいると、外から角三君と羽ケ崎君が帰ってきました。
「あ、おかえり。そっちはどうだった?」
「駄目だった」
なんかちょっと不機嫌な羽ケ崎君としょんぼりしてる角三君がいることで、何かあったんだなー、と俺達は知ります。
「見つからないってこと?」
「いや……外に出られなかった……」
……そして、事態が予想以上にちょっとヤバそうだってことを、更に知るのです。
「閉じ込められた、ってことか」
「クローズドサークルでは殺人事件が起こるって相場が決まってるんだよなあ……」
「既にグロい肉の塊はあるからあれでオッケーってことにしてもらえないかなー」
脱出できない、となると、結構深刻ですよね。一応舞戸さんと鳥海がそれぞれ『転移』を試しているんですが、どっちも不発に終わっているらしいです。これはまずいですね!
「まあ……じゃあとりあえず魔王様のところ、行ってみる?」
「そうですね。それが早いと思います」
まあ、そういうことで。俺達はなんかものすごく不安になりながら、地下の隠し部屋に行くことになりました。
「あっ普通に居たんだけど!」
そして居ました!魔王様です!白銀の髪!深紅の目!すごいイケメン!魔王様です!顔面爆発しないかなって俺はいつも思ってますね!
「魔王様!お邪魔してます!」
「すみません。開いていたので入ってきてしまいました。緊急事態のような気がしまして」
俺達が適当に挨拶すると、魔王様はちょっと困惑気味でしたが、まあ怒りはしなかったです。イケメンは心も広いんですね。妬ましい。
「ここに来たなら見ただろうが、今、『悪意』の封印が解けてしまってな。少し立て込んでいるが……まあ、ゆっくりしていくといい」
更に指先1つでお茶セットを出してくれるという好待遇。ほんと妬ましい。
「あの肉の塊が悪意、ですか?」
「そうだな。たった今、封印しているところだ。小一時間もあれば終わると思うが」
魔王様はそう言って笑いました。笑顔が素敵!妬ましい!
「そうでしたか」
社長はそう言って、ちら、と舞戸さんを見ました。舞戸さんは滅茶苦茶釈然としない顔をしています!
「……一度、出ましょうか」
社長に促されるまま、俺達は一度、部屋を出て地下を出て、大広間まで戻ってきました。
「社長!社長!めっちゃ呼ばれてる!私めっちゃ呼ばれてる!」
「とりあえず落ち着きましょうか」
舞戸さんが早速すごい騒ぎようですが、それは角三君がまたがっちり羽交い絞めにしておいて、作戦会議です。
「俺は違和感を覚えました。皆さんはどうですか?」
「え?違和感?どーゆーこと?」
針生はきょとん、でしたが、他何人かは「あー」みたいな顔をしました。
「茶、か」
言われて俺も気づきました。そっか。お茶ですね。
前回、俺達がここに来た時には、魔王様は手ずからお茶を淹れてくれました。でも今回は指先一つの魔法パッチンですからね。確かになんか、違和感と言えば違和感です。
「まあ、忙しかったから、という理由で説明できてしまうが。だが少し引っかかるのは確かだな」
うーん、お茶だけで何か引っかかるのもどうかな、ってかんじで。びみょいですね!……でも、確かに舞戸さんの反応といい、何か気になるのは確かです。
案外、予感、っていうものは馬鹿にならないってことを俺達は知ってますし。うん。
「で?舞戸はさっきから何を無駄にじたばたしてるわけ?」
「呼ばれてるんだよー!ああああああ、脳内どころか心に!ハートに!直接くる!あああああああ」
そして舞戸さんは発狂しかけてます。脳内に直接話しかけられるって、結構ストレスになりそうですよね……。舞戸さんってだいたいいつもこういう役回りでちょっとかわいそうだなって思います。はい。
「……えと、魔王、が、結局……へん、ってこと?」
「まあそうなんだろうけどなあ……ええと、僕の考えなんだけど、いい?」
そこで加鳥が挙手。話し始めます。
「さっきの魔王様、偽物なんじゃないかなってちょっと思ったんだけど」
……。
「いやいやいやいや、流石に流石に……魔王様だよ?偽物に取って代わられるとか、あり得る?だって魔王様だよ?」
即座に否定する針生の気持ちも分かるんですが、でも、うーん……。微妙ですねー……。
「何なら、もしかすると『悪意』が魔王のふりをしている可能性もあります」
「え?じゃあその場合あのグロい肉の塊は?」
「あれはただのグロい肉の塊ということになりますが」
それはそれで余計に怖いっていう!
「なら、どうする?やはり家探ししてみるか?」
皆がもやもやする中、鈴本がそう切り出しました。はい。やっぱりそれがいいと思います。このままもやもやするよりは、情報を少しでも集めるべきです!
「そうだね。悪意、っていうのも魔王が知ってたなら、魔王がそれについて何か情報残してるかもしれないし。調べてみてもいいんじゃない?どうせ帰れないんだし」
「んじゃ、俺は上の方見てきますわー」
「鳥海。舞戸も連れていってくれ。ついでに刈谷も。盾と回復役が居ないところに置いておくとまずそうだ」
……ということで、探索の割り振りを始めました。だってね。やっぱりこういう時に情報を集めて、っていうのはなんかこう、ゲームとかにもよくあるじゃないですか!ね!
と思ったら。
「いえ。あの魔王が本物かどうか確かめる、もっと簡単な方法があります」
社長が、いつもの笑顔を浮かべていました。
「透明人間になる薬を造ればいいんです」
「……あー」
「そっかー、あれが本当に魔王様だったら、髪の毛をもらってくれば透明人間の薬、作れるんだなあ……」
「偽物だったら透明人間になれない薬ができる、ってことか!成程!」
……はい。ということで俺達は、魔王様の髪の毛をもらってきて薬を作ることで魔王様の真贋を見極めることにしました。
これ、絶対違いますよね!?なんか違いますよね!?正しい解法じゃないですよね!?
ということで社長は颯爽と地下に向かって行って、1分後には銀色の糸みたいなもの、つまり魔王様の髪の毛を十数本取って帰ってきました。
「それ、どうやって取ってきたのかは聞かない方がいいか?」
「いえ。特に隠すことでもありませんから。単純に俺が魔王と話して許可をもらっている間に針生に取ってもらっただけです」
「いえーい」
つまりほぼ無許可!
「それ……魔王的に、いいの?」
「まあ、俺が髪の毛掴んでた時点で諦めた、みたいな顔してたよね」
ああああ、なんか、なんか申し訳ない……。
「まあ、これで結論が出ましたよ」
そして社長は試験管の中に魔王様の髪の毛を入れてみて、結論を出したらしいです。早いですね。
「あれは偽物です」
「……そっかー」
……多分、この『地下室の秘密部屋に居る魔王は偽物!』っていう事実って、もうちょっと探索したりとかして分かった方が良かったんじゃないかなって思うんですよ。でもまあ、社長が居るので!しょうがないですね!
「え?じゃあどうする?舞戸さんそろそろ発狂しそうだし、あのグロい肉の塊、切ってみる?」
「そうですね。偽物の魔王の許可を取りに行くと面倒そうですから、勝手にやってしまいましょう」
ということで話が進んでしまいました!早いですね。
「待て。いいのか?取り返しのつかないことになるかもしれないが」
「その時はその時っしょ!」
「あ、じゃあ俺思ったんだけどさ?こう、隠し部屋の入り口塞いどかない?そしたら偽魔王とのバトルは避けられるんでない?」
「えげつな……」
「じゃあ僕が溶接しておくね」
「待て、おい、加鳥!早まるな!いいのか!?本当にいいのか!?」
いそいそと加鳥が地下室の方に行こうとするのを鈴本が止めました。が。
「もういいんじゃない?そろそろ舞戸も発狂しそうだし」
……これには鈴本も反論できません。何といっても舞戸さん、もう発狂しかけてます。
「割ってぇ……あれ、割って……お願いだからぁ……もうやだぁ……」
なんというか、SAN値というものがあったら舞戸さんもう一時的狂気は確実ですね!
「うわーっほんとだ舞戸さんがヤバい!よーし!じゃあ俺行ってくる!影で加鳥の溶接の補強する!」
「なら俺は地魔法で補強しましょうか。羽ケ崎さんは氷で補強をお願いします」
「はいはい」
……ということで俺達は各自の技で地下室の隠し部屋の扉をガッチガチに固めました。なんか、単純な戦闘とかじゃなくてこういう風にスキルを駆使しまくるのってなかなか無いので楽しいですね。
はい。
まあ、結論から言うと、大分頑張りました。
どれぐらい頑張ったかと言うと……偽魔王が全く出てこられなくなるくらいには、頑張りました!
加鳥がドアを『滅光』で溶接し!針生が影を実体化させて扉前を塞ぎ!社長が地魔法で扉ごと石の壁に埋め!羽ケ崎君がガッチガチに凍らせ!俺が光の壁を数枚出し!……という具合にですね、もうガッチガチです。扉なんて無かった。そういうかんじです。俺達の目の前にあるのは壁です。その奥でどんどん叩く音がしなくもない気がしますが、まあ、気のせいってことにできちゃうぐらいには壁ですね!
「じゃあ、切るぞ」
「お願いします」
鈴本はなんとなく嫌そうですけど、まあしょうがないよね、ってことでグロい肉の塊を切ってもらいました。
その瞬間、グロい肉の塊の中から凄まじい光が漏れました。それと同時に、壁の向こうの隠し部屋から絶叫が聞こえた気がしましたがこっちはきっと気のせいです。気のせい。気のせい。ね?気のせいですよ。
……光が収まった時、そこに居たのは銀髪の美少女でした。
「……美少女だ」
「美少女だぁ……」
「ちょっと魔王様に似てるー」
「おおー、鈴本の好みのタイプの子やん?」
「そういう言い方をするのはやめろ」
ほっそりとした体といい、色素の薄い容貌といい、全体的になんとなく儚げな印象の美少女です。
どことなーく魔王様似の美少女は俺達の方を見ると、にこ、ってちょっと笑いました。可愛いですね。ものすごく。
「この子、ちょっと魔王様似だけど、魔王様の関係者かな」
舞戸さんは全く恐れることなくひょこひょこと美少女に近づいていって、こんにちは、なんて声をかけています。止め損ねましたが幸いにも美少女側に敵意は無かったらしく、座り込んだままの美少女が舞戸さんを見てちょっとまた笑っただけでした。
「そうだな。魔王の偽物がどうなったかはともかくとして、本物の魔王がどこに居るのかは気になる」
「魔王様、どう考えてもこの事態に気づいてないってことは無いだろうしねー」
「早く見つけてこの隠し子について聞かなければ!」
「え、隠し子なの……?」
これだけ魔王様似なんですからきっと隠し子ですね!ということで俺達は魔王様を探すことにしました。
魔王様は一瞬で見つかりました。
何故かと言うと、魔王様の方からやってきたからです。
「無事だったか。よかった……」
魔王様は外からやってきて、玄関前あたりで俺達と行き会って、そこでものすごく安心した顔をしました。が、俺はそんな安心顔では誤魔化されませんよ!
「それはいいんですけど隠し子居ますよね?」
「成程。『天使』のことか」
「てんし」
魔王様は地下の様子を見て納得した顔で頷きました。
「ああ。この子は、間違って奈落に落ちてきてしまった善いものの欠片を集めて私の力を与えたものだ」
えーと、確か、そもそも奈落って、なんか悪いものを集めまくって魔物にすることで世界のバランスを保ってる、みたいなところでしたよね。ということは、その工程の中で間違って来ちゃった悪くないものは魔物じゃなくてこの美少女になる、ってことですかね?
「隠し子、と言われて驚いたが、確かにこの子は私に少し似てしまうな。どうしても力を与える過程でそうなってしまう。この子達には申し訳ないのだが……」
「いや、美形に似て幸せだと思いますよ」
この魔王様は自分の顔面が客観的に見てどうなのか、ちゃんと把握しておくべきだと思います。はい。
それから、『天使』の放流式が行われました。
魔王様がもう少し力を与えてあげたら天使は羽と輪っかを得て、そのまま奈落の上空へと飛んでいき……天井付近で光に包まれて、消えてしまいました。
「消えましたけど」
「ああ。あれでいい。元々あれは善きものの集合体であって、生き物じゃない。実体はあるようで無い。姿が消えたとしてもきちんと地上に帰れただろう」
……よく分からないんですが、とりあえずなんか解決したっぽいです。
これでよかったってことだな、と俺達が納得していると。
「ところで君達は、今一つよく分からない、というような顔をしているが……」
はい。まさに俺達、そういう顔してます。ごめんなさい。こういう時、こういう顔以外どんな顔すればいいか分からないの。
「……まさか、事情もよく分からないまま、天使を孵したのか」
そのまさかです!ということで俺は満面の笑みを浮かべておきました!
「RPGとかでさー、よくあるじゃん。必要な謎解き飛ばしてストーリー進めちゃってよく分かんなくなる奴。俺、今、アレの気分」
はい。俺達全員、多分そういう気分だと思います。
……どうやらやはり俺達は、必要な情報を碌に得ないまま重大な決定をしてしまっていたらしいです。
魔王様曰く、あのグロい肉の塊みたいな奴が『悪意』だったんだそうです。
『悪意』は適当なところで魔物に変えて地上に返して消化するわけなんですが、その消化前の奴が暴走してああなっちゃったんだとか。
普段は魔王の力で封印しているらしいんですが、その封印が、悪意が魔法を使ったことによって解けてしまったらしいんですよね。今まで悪意自体が魔法を使うなんてことはなかったらしく、魔王様もこれには対処しきれず。
その結果、『善いもの』である天使ちゃんを作っていたところに『悪意』が力を持って集まって、そこで天使ちゃんを覆ってグロい肉の塊になっていたらしいです。
そしてその間の魔王様はというと、『悪意』の再封印のために奈落中を飛び回っていたらしいんですが、その間に俺達が魔王様不在のお宅を訪問。そこで俺達の魔力を一部吸い取った『悪意』はパワーアップして、偽魔王の姿を作って俺達に接触してきていたらしいですね。しかも魔王様をこの屋敷に入らせないようにする結界まで作っちゃったらしいのですごいですよね。
ということで!つまり!
今回のこの事件!俺達が魔王様のお宅を訪問しなければそもそも起きなかった事件だったらしいんですよ!
……いやほんとすみません。
「君達がここに居ることは分かったから、あとは私の部屋にある『悪意』や『天使』についてのメモを見たり、私が行っていた作業について調べたり、『悪意』が化けた偽物の私には答えられない質問をしたり、とうまくやれば真実に辿り着いてくれるだろうと思った。だが、まさか、そういった道を一切辿らずに真実に辿り着いてしまうとはな」
大体は社長のせいですね!
「まあ、無事に解決したわけだし、君達も無事だったなら本当に良かった。手間を掛けさせたな」
魔王様はそう言って笑って俺達を労ってくれました。勝手に家に入ったことについて一切のお咎めなし!これだからイケメンは!心も広くて完璧!
「ところで、元々は私に何か用があって来たんじゃないのか?」
しかし!例え相手がイケメンだろうとも!俺達は一歩も退きません!それが!化学部過激団なのです!
「透明人間になる薬を作りたいので髪を数本頂きたいのですが」
……ということで。なんだかんだありましたが、俺達は無事、透明人間になる薬を手に入れることができました!
魔王様ほどのイケメンとなると、もうよく分からない用途に自分の髪を欲されても与えてしまうみたいです。もうちょっと警戒心とか持ってもいい気がしますけど大丈夫なんでしょうかね。いや、大丈夫だからこそのイケメンですね、きっと。
「案外楽しいねこれ」
「透明になって町をブラブラ歩くってだけでもなんか楽しいわー」
「人からの反応が無いから、町を歩く動画を見てるみたいな気分になるんだよなあ……」
ということで、透明人間になって遊び倒した俺達ですが。
……鈴本が難しい顔してます。
「どうしたんですか?」
「ん?ああ、いや……少し、気になってな」
何がですかね、と思って聞いてみると。
「結局、床の血文字を書いたのは誰だったんだ?」
……。
魔王様は、悪意の封印が解けてから、1人で解決するために奈落を飛び回りました。誰かへ向けたメッセージなんて、書く必要はありません。
そしてその後、魔王様は自分の屋敷から締め出されてしまいました。つまり、血文字を書くタイミングがありません。
これは……。
「……考えない方が、いい奴、か?」
……多分、そうだと思います!
ということで。何か謎が残る結果になってしまいましたが、俺達の変な体験は幕を閉じたのでした。
……でも俺、思うんですよ。
『悪意の封印を解いてしまった』って書いてありましたが、封印を解いたのは魔法を使った悪意です。
ということは、あの血文字は悪意が書いた、ということになります。
……だからきっと、悪意の中にも、気まぐれな善意とかが、いたんじゃないかな、って。俺は、そう思います。パンドラの箱ってあるじゃないですか。あれも色んな悪い事の他、良い事が箱の底に残ってたっていうお話でしたし、あんなかんじで。
そして、だとしたら、ひとまとめに悪意として扱ったのは、ちょっと可愛そうだったかもな、っても、思うんです。
だから、もし、また『悪意』の塊に出くわしたら……その中に何か善いものが混ざっていないか、探してみようと思いました。
一応、俺達それに助けてもらったようなものですから!ね!




