10人居る
時間軸はいつものどこかです。
視点は針生です。
10人居ます。
「え……だ、誰?」
「やだな、針生」
そいつは呆れたみたいに笑って、言った。
「浦野悠。もう1年以上、同じ部活に一緒に居るだろ?」
如何にもしょうもない友達のジョークに付き合ってる、みたいな顔してるけどさ。けどさ。
「いや、俺、お前の事知らないけど……いや、ほんとだれ……?」
俺、お前の事知らない!
……ちょっと、今日の出来事振り返るね。うん。
今日は舞戸さんが「調味料が足らぬ!調味料が足らぬ!主に塩!」って言うからデイチェモールに買い出しに行った。
ついでにジョージさんのとこで服売ってきたり、エイツォールまで足伸ばしてコロシアムで戦ってきたりとかしてたんだけど、そこでちょっと変な話聞いちゃったのが発端だったんだよね。
なんかデイチェモールから船でちょっと行ったところにある島にある洞窟で怪奇現象が起こるっていう噂話で、まあ、そんなん聞いちゃったら俺達、行くじゃん。
……で、行ってみたらさ、なんかさ……こう……ホラーだったんだよね……。
謎のお札みたいなのとか貼ってあるし、海藻とかでぬめってるし、なんか生暖かいかんじしたし。
俺、別にホラーそんな苦手って程でもないけど、わざわざ好き好んで突撃してく気にはなれなかったよ、流石に。うん。そんなかんじの洞窟だった。
……んだけど、なんか社長が「あそこの巻貝は有毒ですね」とか言いながら中入ってっちゃったし、他の皆も折角なので精神とデイチェモールの人々の安心の為に入ってっちゃったんだよね。
それで、洞窟入って、「何も無いねー」って言って、ちょっと中探索してたらなんかね、地底湖みたいなのあったんだよ。
洞窟の天井に光る石みたいなのが沢山生えてて割と明るくて、水色とかピンクとかの光が水に透けて虹色っぽくなってて、なんかテンション上がった。
地底湖の周りは白くて細かくてサラサラしてて綺麗な砂だったし、水自体も綺麗で(社長が残念がるぐらい毒とか何も無かった!)、見た目も綺麗だったし、ここまで来て何も無しってのも悲しいから、遊ぶことにしたんだよ。
具体的には舞戸さんが即刻水着作って全員で水遊びした。うん、それは楽しかった。割とマジになって遊んだ。楽しかった。
その後砂浜の上で疑似BBQした。本物の浜辺じゃないから暑くないし、むしろ程よくひんやりして丁度いいかんじだし、日差しで日焼けすることも無いけど暗くもない、っていう快適具合だったから、そりゃあもう、時間も忘れて遊ぶよね。
……で、それはいいんだけど、散々遊んで、肉食って、また遊んで、ビーチバレー大会みたいなのやって、舞戸さんが死にかけて、また水に潜ったりして遊び始めて、社長が珍しくはしゃいで皆を片っ端から地底湖に引きずり込むっていう面白い光景が見られて……って各々遊びまくって、でも何も無かった。モンスター出て来るでもなく、なんか変な物体あるでもなく、社長が残念がってたけど、毒物も最初の貝以外何も無かった。
で、最終的に各自適当な岩陰とか、人によっては堂々と洞窟の外で着替えたんだよね。ほら、一応舞戸さん居るから、着替えスペースが最低でも2つ必要なんだけど、丁度よく広いスペースとか無かったから、しゃーなし、1人分のスペースみたいなところを各自探してそこで着替えた。
濡れた状態で着替えるの、なんか久しぶりだったから変なかんじしたけど、まあ、ちょっともたもたしたくらいで普通に着替え終わった。
……で、着替え終わって洞窟の外に出たら、なんかいつの間にか、10人居た。
10人、居た。
当然だけど、俺達9人!俺、加鳥、角三君、羽ヶ崎君、鳥海、社長、刈谷、鈴本、舞戸さん。これで9人!
……なのに!なんでか知らないけど、ふっつーにしれっと10人目が混ざってたんだよ!
それで冒頭のアレだよ!「お前誰?」だよ!マジでホント誰だよこいつ!?
「どうしたんだ、針生」
「いや、どうしたってそれこっちの台詞なんだけどさ」
ちょっと皆どうしちゃったの?って俺は思うんだけど、他の人達全員、それ俺に向けて言ってくるんだよね。10人目も含めてね。なんか超腹立つんだけどこれ。
「だってこいつほんと誰?」
「こいつって……おいおいおい針生ー、こいつは浦野だろー?どしたの?なんか喧嘩したの?」
ええー……鳥海が知らない奴と肩組んでる……。いや、鳥海のコミュ力なら知らない奴とでもいきなり仲良くなれるかもしれないけどさ、いや、でもこれ……え?
「おや。もしかして何か状態異常にでもなっているのでしょうか」
社長まで!やめて!俺に謎の薬飲ませようとしないで!正常だから!俺は正常だから!むしろ社長がその薬飲んで!
「は、羽ヶ崎くーん……」
「……いや、僕に縋られても困るんだけど」
化学部で一番良心が無いことに定評のある羽ヶ崎君(社長と同列一位だけど社長の方は常識と躊躇も無い)に縋ってみたけど駄目だった!羽ヶ崎君も俺のことを『馬鹿じゃねーのこいつ』みたいな目で見てくる!酷くない!?
「そうだよ。僕だよ、針生。どうしたの?体調悪いの?」
「いや、ほんと俺、お前のこと知らないんだけど……」
終いにはその謎の10人目が俺の背中擦ってくるんだけど……いや、ほんと気持ち悪いんだけど……。
……もしかしてこれ、本当に俺がおかしくなってるの?
いやいやいやいや、そんな訳ない。そんな訳ないっしょ。自分で自分を疑い始めたら終わりだって。記憶を疑う前に記憶に疑われるようなカルマは俺背負ってないもん。
……なんか俺以外全員、10人目を普通に受け入れちゃってるんだけど、これ、冷静に考えたら洗脳されてるってことだよね?
ってことは、唯一俺だけまともなんだよね?
……お、俺が頑張らないとじゃん……頑張らないとじゃん……。
が、頑張ろ!
「はいはーい、今日のご飯は地中海風だよー」
とりあえず何もできないまま晩ご飯になった。
いや、だって10人目の『浦野』とかいう奴、ふっつーに他の人達と混じって大富豪とかUNOとかやってるんだもん……。俺が「お前誰だよ!」ってやってると周りの人も困った顔するから、結構心にきたんだよね。うん……。
「地中海風って何?」
「とりあえずオリーブオイルで魚介でトマト。あと豆とか全粒粉とか」
「分かりやすい説明ありがとうございます」
「うむ」
原材料名だけ言われても俺分かんないんだけどね!でも何となくのイメージはついた!
「どうだね、美味しいかね?美味しいかね?」
とりあえず晩ご飯美味しいんだけどさ、いつも通りなんだけどさ……。
「うん!今日も美味しいよ!……あっ、鈴本!僕にもそれ、取ってよ。そっちも食べたいな」
「ああ、分かった」
……知らない奴が1人食卓に混じってるって、なんか、すっげえ、嫌だなあ……。
うん、俺さ、そんなにコミュ障な方じゃないと思うし、むしろこの部で限定すれば、俺ってコミュ力高い方だと思うんだけど。でも、知らない人がこういう混じり方してるってのはコミュ力とか関係無しに嫌なんだなー、って、分かった。
「あ、そうだ。針生、さっき様子が変だったけれど、もう大丈夫?まだ僕の事、分かんない?」
しかも煽ってくるし!如何にも『心配してまーす』みたいな顔で言われると余計に腹立つし!
「いや、ほんとお前誰……?」
「うーん、まだ変みたいだね。ねえ社長。これって様子見るしかないの?」
「一応、薬は処方しておきますよ。しかし原因が分からない以上、下手に手出ししないで経過観察した方がいいでしょうね」
「そっか……うん、針生に忘れられてるのは辛いけど、そういうことならしょうがないか……」
うっわー!腹立つ!こいつ!めっちゃ腹立つ!
美味しいんだけどめっちゃ腹立つ晩ご飯が終わって、舞戸さんがデザートの準備してる時。
「あ、そうだ。僕、新しいスキル試してみたいんだけど、誰か戦闘訓練、付き合ってくれない?」
10人目がそんなこと言い出した。
「悪いけど僕、パス。今日は疲れた」
「うーん、僕もパスかな。ごめんね。ちょっとこの後、武器の整備したいんだ。ちょっと海水浴びちゃったし」
羽ヶ崎君と加鳥はやんわりパス。うん。断ってほしい。知らない奴の新しいスキルとか、絶対駄目な奴じゃん。
「そっか。じゃあ、角三君は?ヒマじゃない?」
「え?あー……んー、と」
角三君はなんか真剣に悩み始めた。あああ、やめてー!やめてー!
「あっごめん。角三君は俺が先約入れちゃったんですわー」
そしたら鳥海という救いの手が!ありがとう鳥海!
「えー、何だよ、先約って」
「手作りビンゴ。あ、浦野もやる?やろうぜ!」
あああああ!でも鳥海!遊ぶ約束入れるのは無しで!断って!10人目断って!
「しょうがないなー、じゃあ今日は室内遊びね」
しょうがないなじゃないんだよ!ホント何なの!?何なのこいつ!?
あああああああああ!
「やった!僕、一抜け!」
手作りビンゴやったら10人目が一位になった。マジ腹立つ。
「案外人読みができないな、これ」
真剣に普通にゲームに参加してた鈴本が自分の紙とにらめっこしてる。うん、その気持ちは分かる。俺、リーチすらしなかったし。
「そう?僕は今回、結構読めたけどなあ」
俺リーチすらしなかったのにビンゴしてる10人目、ほんとに腹立つ!
「やっぱり針生、様子変だよね。ゲームしてたら戻るかな、って思ったけど……刈谷、治せない?」
「一応、掛けてみますか?」
ゲームやりながら刈谷に回復掛けられた。うん。疲れが取れた。
「……針生、やっぱり僕のこと、分かんない?」
その後10人目にじっと覗き込まれた。
「分かるか!」
ので思いっきり頭突きしておいた!やったぜ!ざまーみろ!
「う、うわあー……だ、大丈夫?」
加鳥が俺と10人目の間でおろおろしてるけど俺にだけおろおろしてほしい!
「あのさあ、喧嘩するなら外いってやってくれない?迷惑なんだけど」
羽ヶ崎君は冷たいけど冷たくするなら10人目にだけ冷たくしてほしい!
「……これは睡眠薬を処方した方がいいですかね」
社長はもうやめてほしい!
社長に睡眠薬処方されて寝た。……ふりをした!
いやいやいや、俺だって伊達に忍者じゃないからね!社長の隙を突いて飲んだふりするくらいはできるって。
具体的には、自分の口の中に光が当たるようにして、歯で影ができたところに『影渡り』の応用で異空間作って、そこに薬流し込んで飲んだ振りして無かった事にした!
俺は寝たふりしながら、10人目がなんか楽しくやってる様子を見てた。
……なんか、普通に皆に溶け込んでるの見ると、すっげえ、複雑っていうか、嫌な気分になるなー。
皆が騙されてるってのも腹立つけどさ、それ以上に、なんか、こう……違うじゃん。俺達、会って1年半ぐらいだけど、ちゃんと1年半の時間があって、こうなった訳じゃん。それをさ、何したのか分からないけど、一瞬で仲間みたいになってるのって、なんか……。
……腹立ってきた!腹立ってきた!でも俺は寝たふり続行!
何故かっていうと、隙を探してるから!
10人目、浦野悠って名乗ってたけど、俺の記憶だとそもそも、そんな奴学校にすら居ないんだよね。
いや、後輩とか先輩だったら分かんないけどさ、あいつ、普通の俺達の事苗字呼び捨てだし、こっちも呼び捨てであいつ普通にしてるじゃん。『先輩』とかどっちも付けてないんだから、同学年って事になるじゃん。でも、同じ学年にこんな奴、居なかった。
ってことはこいつ、異世界の不思議現象で生まれた誰かか、或いは誰かのスキルで生まれた何かって事になるじゃん。
……要は、実体がない、はずなんだよね。こいつ。
いや、流石にね?誰か、うちの学校の生徒が化けてる、って可能性はあんまり無いと思う。うん。だってそいつ1人でフラフラしてたって事になるし、そんな奴がいきなり俺達を襲う理由は無いし。大体、流石にそんなの居たら俺達が見つけてると思うし、俺達が見つけてなくてもジョージさんのところの誰かとか、或いは糸魚川先輩が見つけてると思う。うん。糸魚川先輩が見つけてる。絶対。
というわけで!
俺はこの10人目を見張って、何かとんでもない事しそうになってたら他の皆を振り切ってでもぶっ殺さないといけないし……そうじゃないなら、とりあえず、目的が何なのかくらいは探っておきたいよね。
だって俺、忍者だし。相手の素性とか目的とか、探るのが仕事でしょ。あはは。
っていうことで、俺は俺の布団の中に鞄とかクッションとか詰めて中で寝てるみたいに偽装しておいてから、早速他の人の影に潜んで偵察開始!
まずは刈谷の影に入れてもらっとくことにする!
「ねえねえ、刈谷」
「え?あ、どうしたんですか?」
「ちょっと怪我しちゃったんだけど、治して?」
どこ怪我したの?って思ったら、なんか膝すりむいてた。転んだっぽい。あはは。ざまーみろー。
「いいですよ」
10人目、早速刈谷使い始めたんだけど何だこいつ!刈谷は道具じゃないんだぞ!いや!俺達も便利に使わせてもらってるけど!反省してます!
「えーっと……はい。これでどうですか?」
それで1分くらい刈谷が頑張ったら、10人目の怪我は綺麗に治った。
「あ、うん。すごいな、もう治っちゃった。……何度やってもらっても変なかんじだな、これ。ありがとう」
「いえいえ。どういたしまして」
……こいつらお互いににこにこしてるけどさー、なんか今、俺、ちょっと嬉しかったことがあるんだよね。
うん。刈谷の回復、時間かかりすぎ。
普通だったら秒だもん。秒。俺なんてほんと毎秒回復ぐらいの勢いでお世話になる時あるし。その時に秒以上で時間掛かってたら、俺もう死んでるし。あははははは。
……要は、刈谷は今、ふつーに10人目が昔からいた、みたいに振る舞ってるけど、多分、心の奥底っていうか意識の奥底っていうか、そういうところでは、そうじゃないんだ。
そうじゃないから、『浦野悠』の膝の正常な状態が分からなくて、それで回復に時間が掛かったんだ。
よし!望みはまだある!
次、羽ヶ崎君。
「ねえ羽ヶ崎君、ちょっと喉乾いちゃったんだけど」
「舞戸に言えば?」
あっ、羽ヶ崎君は皆に平等に冷たい。ちょっと安心したような、却って安心できないような。
「いいじゃん。水でいいんだけど。駄目?」
10人目が羽ヶ崎君を覗き込んで首を傾げる。男の癖に小首傾げたって別に可愛くないから!そういうのやって許されるのは100歩譲って角三君までだから!
「……はい」
結局羽ヶ崎君、氷でコップ作って中に水入れて渡してあげてた。あーあ、優しい羽ヶ崎君とか貴重なのになあ、それが発揮されるの、俺じゃなくて10人目っていうのはほんと腹立つわ。
「コップは適当に捨てといて」
「ありがとう!」
羽ヶ崎君、ため息吐いてどっか行っちゃうんで、俺はまた別の人の影にイン!
次は傍に居た加鳥だ!
「加鳥、何やってるの?」
「ん?これはね、武器の整備だよ」
加鳥の手元覗き込んだ10人目、やんわり加鳥に押し戻された。うん。そりゃそうだ。加鳥が作業してる時の手元は、社長が作業してる時の手元の次に危ない。入っていったら危険。ちなみにその次に危ないのは調理中の舞戸さん。
「へえ、こうなってたんだ。……これ、綺麗だね」
「ああ、石使ってる部品はそうだよね。それ、僕らでいうところの電池みたいなものなんだけど、傍目にはただの宝石だもんなあ」
加鳥が作業で使ってる部品ってファンタジーな奴だから、綺麗なのはほんと綺麗なんだよね。鉱物割と好きな刈谷と社長がよく釣れてる。
「……ねえ、その電池みたいな奴って、余ってたりしない?」
「あるけど、何で?」
「綺麗だな、って思って」
「……欲しいの?」
図々しいなこいつ!
「うん。駄目?」
10人目が加鳥をじっと見つめてまたおねだりのポーズだわ。うん、こいつ殴りたくなってきた。
「……しょうがないなあ。はい」
そしたら加鳥、ポケットから何かキラキラする石みたいなの出して、10人目に渡しちゃった。渡しちゃっていいの?ねえそれほんとにいいの?
「わーい!ありがとう!」
ありがとうじゃねえよ!お前はもうちょっと遠慮しろよ!
……その後10人目は鈴本と角三君の刀と剣の手入れを見学して、社長特製の謎の薬でちょっと無駄に元気になって(でも不味くてプラマイゼロ)、鳥海と何か駄弁った。
ここまでで収穫って、刈谷に怪我直してもらって、羽ヶ崎君に水貰って、加鳥に電池っぽいの貰って、あと武器の手入れ見学したり駄弁ったり無駄に薬飲んだりしただけなんだけど。
……こいつの目的って、何……?
「さて、そろそろ寝るか」
10人目含めてアナログゲームやってからもう寝るか、ってなった。
「明日何かやる事あったっけ?」
「ああ……針生の調子も見ないといけないだろ。薬の材料が必要なら取りに行く必要がある。またキメラと戦うようなことが無いとも限らない。寝られる時に寝ておいた方がいい」
「あ、そっか」
10人目が俺の布団の方をちらっと見てそう言った。……っていうか、それしか言わなかった!お前それだけ!?それだけ!?あんだけ俺の事『超心配!』みたいな顔しておいてそれだけ!?
「針生、心配だね。どうしちゃったんだろ」
「さあな」
鈴本も俺の布団を見て……それから、ちょっと笑った。
「まあ、明日になれば何か変わるかもしれない。とりあえず寝よう」
「えー、もうちょっと遊ばない?」
「駄目だ。明日に差し支えるだろ」
10人目はなんか不満げだったけど、鈴本の言葉に従って他が全員布団に入り始めたから、それ以上抗議することはしなかった。
……んだけど。
「おい、どこ行くんだ」
布団に潜らず化学講義室から出ていこうとするから流石に皆、そっち見るじゃん。
「ん?舞戸のところ」
「……夜食?」
「まあ、夜食って言えばそうなんだけど」
10人目が、にや、って笑うの見て、それで俺、なんかムカつくじゃん。
「恋人のところに行くのに理由なんて要る?」
……ムカつく通り越して、なんかこう……一周回って、冷静になるじゃん?
舞戸さんの影に移動した。舞戸さんは今日も夜なべ中だった。なんか、縫ってた。何縫ってるのかは分かんね。
舞戸さんが作業してる限り、光はあるから闇もまたある、って奴だし、影ができてれば俺は移動し放題。最近は刈谷の『光球』が舞戸さんの夜なべ用ランプになってるから、安定して影ができてていいかんじ。
「舞戸ー」
「ん?……あ、はーい」
そこにやって来た10人目。舞戸さんがドア開けて出迎えたら、中に入って後ろ手に鍵を閉めた。
「遊びに来たよ」
「こんな夜更けに?いや、寝なよ。私もこれ終わったら寝るよ」
「いいじゃん」
よくねえよ、と思いつつ動向を見守る。俺、忍者だから。ギリギリまで動かない。
「……ね」
10人目が舞戸さんの顔を覗き込んで、にや、って笑った。
……覗き込むのがスキルの発動条件、とかだったりするのかな。気を付けないとな。
「偶には甘えてよ」
10人目が舞戸さんを抱き寄せてなんか更に顔を覗き込む。
……その時、舞戸さん、一瞬、すごく緊張した顔した。
「はい、そこまでな」
舞戸さんがどういう顔してようが俺、気にせずやってたけどさ。
でもとりあえず、触った時点でアウトだよね、ってことで。仲間に危害加えられる前にやっちゃうのが大正解でしょ、ってことで。
舞戸さんの影から出て、10人目の胸をナイフで突いてお仕事完了!お疲れ様でした!
「っなに、すん、だよ……!」
と思ったらまだ生きてた。しぶとい。
「針生らしくないよ、こんなの。ほんとにどうしちゃったんだよ」
「あのな、俺だって怒る時は怒るから。もう我慢の限界だから。っていうかさ、俺らしくない、って、何?何も知らない奴に言われたくないんだけどさあ!」
二発目行こうとしたら逃げようとするけど、お前、自分でさっきドアに鍵かけてたからな?開かないってそりゃ当然じゃん。
しょうがないから『シャドウエッジ』のスタン効果で足止め。倒れたところ一発ぶん殴っとく。
「いいのかよ!僕をここで攻撃したら、他の皆が黙ってないぞ!」
そしたら10人目が何か言った。
「仲間を攻撃するような奴、皆、絶対、許さないぞ……!」
……あー。
そう言われてみれば、まあ、そうなんだけど。皆なんか、こいつの事ふつーに受け入れちゃってるから、なんかそういうスキルなんだろうけど。まあ、他の皆からしたら俺は、『仲間を殺そうとしてる奴』って事になるんだろうけど。
それでもなー、許せないもんは許せないし。いやだって普通に嫌じゃん。こんなの。
「僕を殺せば解決すると思ってるんだったら大間違いだからな!そんな軟な術の掛け方はしてない!僕が死んでも皆、僕のこと思い出して、泣いてくれるんだから……!」
一瞬、躊躇しないでもなかったんだけどさ。
でもまあ、普通に刺すよね。もし俺が10人目を殺したってことで他の人達に嫌われちゃうことがあっても、まあ、ここは刺しとかないとヤバいじゃん。
だからナイフ、振り下ろしたんだけど。
「針生、そこまでだ」
いつの間にか後ろに立ってた鈴本に、腕、止められてた。
どうしよう、って一瞬で頭の中に色々回った。
んだけど。
「これもうちょっと粘ってからって話じゃなかったっけ!?いいの!?これいいの!?」
舞戸さんがなんか、そんな事言い始めた。
「もういい。というか、もういいことにした」
「ええええええ!?予定と違うじゃん!明日の朝までは粘るって話だったじゃん!」
「流石にお前がああなってたら止めもする。針生が出てきたのは予想外だったが」
「うん、あれは私もびっくりしたけども……」
「分かったらお前はケトラミのところにでも行ってろ。もう寝とけ。おやすみ」
「はーい。おやすみなさいませー」
鈴本が舞戸を回収してそのまま窓から舞戸を出した。窓の外に待機してたっぽいケトラミにパスしてまた戻ってきた。
「……針生、そんな顔してくれるな。大丈夫だから。俺達は正気だ。ただ、とどめを刺されると厄介だから止めただけだ」
……ん?え?それってつまりどういうこと?
「よーし!こいつ、折角だから殴っていいよね?よし殴ろ!一番鳥海、いっきまーす!」
「う、うわあああああ!頭蓋骨陥没しましたよ今ので!うわああああああ!」
「刈谷、治して。次、俺、やる」
「う、うわああああああああ!角三君!その釘バットはしまってください!俺は治す道具じゃないんですよ!」
「刈谷。早くして。後つかえてるから」
「うわああああああ!はい!どうぞ!」
……んんー?
「お疲れ様でした」
連れていかれてぼこぼこにされながら治されてる10人目見てたら、社長が俺の横に来た。
「……これ、どういうこと?」
「簡単な事です」
んで、社長が説明してくれた。
「元々全員、相手のスキルに掛かってはいませんでした」
……いや、なんかね。
俺、驚いちゃって全然声も出ないんだけどね。
なんか、全員、ふつうに、演技だったんだって。
……洗脳されたっぽいふりしてただけだったんだってさ。
ね。びっくりだよね。俺、すごくびっくりした。確かにそれっぽいことあったけど、でも全然気づかなかった。
「お恥ずかしいことに、俺は一度洗脳されたのですが」
「えっ?」
「舞戸さんが状態異常回復薬を持っていましたから、それで即座に治してくれまして」
あー、そういや舞戸さん、スカートの中に居る人形達にそういう薬持たせてたっけ。何かあったら舞戸さんが薬でびしょびしょになる奴。あははは。
「そっかー。じゃあ、舞戸さんも一度は状態異常になってたの?」
「らしいですね。即座にメイドさん人形が治したらしいですが。ちなみに他の人達も全員薬塗れにしたのでスキルには掛からなかったようです」
「俺も?」
「はい」
「いつの間に?」
「俺が地底湖に皆さんを引きずり込んだ時です。あの時には既にあの水の中には状態異常回復薬を高濃度に溶かしてありました」
……そういや、社長が珍しくはしゃいで皆を湖に引きずり込んでたわ……。あれ、意味のある行動だったのか……。
しかも言われてみれば、あの後舞戸さんに『お掃除』してもらってない!いつもだったら水気全部綺麗にしてもらってから着替えてたはずなのに!そっか!あれって、薬を落とさない為だったのか!納得!
「……ということで、俺と舞戸さんは薬塗れになったのでそれ以上スキルに掛かる心配は無かったのですが、珍しい相手だったので、目的が気になりました。そこで全員で演技して、敵の目的を炙り出そうと」
「いやいやいやいやいや!ちょっと待って!じゃあなんで俺だけそれ、知らされてなかったの!?」
「面倒だったので」
え、ええーっ!?ひどくない!?流石にそれは、ひどくない!?
「……というのは冗談で」
あ、よかった!社長もついに羽ヶ崎君並みに冷たくなったのかと思った!
「1人、明らかにスキルに掛かっていない不審者が居たならば、敵の視線は自然とそちらにばかり向きます。針生は当然何も知らず、『他の全員はスキルに掛かってしまっている』という動きをしてくれますから、敵の目には如何にもそれらしく映ったことでしょう」
……そ、それって……つまり、俺は、スケープゴートにされてた、ってこと?
うわー、うわー……。
流石、社長だわ……。
「しかし困りましたね」
「何が?」
全部解決じゃん?と思って社長の視線を辿ったら……成程。うん。分かった。分かったよ。
「思いの外、フラストレーションが溜まりました」
……10人目、それはもう、ボッコボコにされてたよ。すごいよ。俺が見たことない技まで幾つか使われてるよ。というか多分、途中から普通に楽しくなってボコボコにしてる奴居るよ。ほら、鳥海とか。にっこにこじゃん!
嘘でしょ、そんなにイライラしてた!?違うよね、どっちかって言うと多分、鳥海とか割と今回の事件一連楽しんでた方でしょ!?
「知らない相手にいきなり親しくされる、というのはこうも疲れるものだったとは。勉強になりました」
うん、まあ、でも社長は珍しく疲れた顔してる。そうだよね。分かる。
「そりゃ、むかつくよ。俺もむかついたけどさ……今まで自分が築き上げてきたものを馬鹿にされてるみたいじゃん。腹立つっしょ、そんなんさ」
「……そうですね。きっと俺もそこに腹が立ったんでしょう」
なんか最初っから質問じゃなくて拷問だったかんじの10人目とその周りを眺めながら、俺と社長はたそがれタイム。
「俺さ。皆割と好きだよ。変な意味じゃなくて。居心地いいっていうか。まあ、腹立つこともたまにあるけどさ、それもしょうがねえなー、って思えるくらいには、好きなんだよ。多分。知らない奴に割って入られたら腹立つくらい、大事だからさー、だからさー……うーん、まあ、だから腹立ったんだと思うんだけど」
うまく言葉になんないんだけど、多分、今回のイライラって、俺達が仲良くなかったら別に起こらなかったと思うんだよね。
「ええ。俺も同感です。……そして、だからこそあの『10人目』はそれが欲しかったのでしょうね」
「あー……そっか」
いい加減ボコボコにされた挙句刈谷にしっかり治された10人目、なんかぐすぐす言ってるけど、なんか、ちょっと可哀相な気がしてきた。
……普通に仲の良い仲間が欲しかったのかなあ、あいつ。
「まあ、寂しかったからという理由で人を洗脳していいのならば、世の痴情の縺れからの事件の全ては許されるべきということになりますので俺はあいつを許しませんが」
「うん」
でもまあ、そこは話が別ってことで!
で、結局。
俺達は10人目の目的を、正確に知ることができませんでした!
何故かっていうと、ボコボコにして治した後に全員で説教してたら、そいつぐずぐずに溶けて消えちゃったから!
……いや、ホラーだったよ。マジでホラーだったよ。結構背筋凍ったよ。人間が溶けるって、ビジュアルかなりヤバいよ。
空気に溶けたみたいに見えたから皆で全力で実験室の換気して、でも特に何があった訳でもないし、まあ、それっきりだったんだけどさ。
……うん。なんかさ、思うんだけど。
あの10人目って、もしかしたら本当に、何かの幽霊だったのかなー、って。
あいつ、俺が二回目刺そうとした時、『皆、僕が死んだら泣いてくれる』って言ってたけどさ。あれ、本当の望みだったのかもしれないな、って。
なんかそう思うような出来事が生前にあって、そのまま幽霊になっちゃってあそこに居たのかもしれない。それで、なんか仲良さそうな俺達が居たから、混じりたくなっちゃったのかも。
何か未練があって、でもそれが解決した、んだったら、いいなー。
……殴られて解決する未練って、あんまり無いような気もするけど……うん、まあ、あははは……。
とりあえず、今後は全員が肌身離さず状態異常回復薬とか持ち歩こうね、ってことになって、それから全員で俺にごめんなさいしてもらって、事件は終了!お疲れ様でした!
……ってなる前に1個、仕事があったんだよね。
「さて。この薬のたまり場になってしまった地底湖をどうすべきか。それが俺達の次の課題です」
「あのさ、社長。俺思うんだけど、いくら敵にバレないようにやるためだったって言ってもさ、地底湖丸ごと1つ薬の池にしちゃう必要、あった?」
「俺は後悔はしていませんよ」
うん。
……とりあえず、俺達は地底湖にも、ごめんなさいしなきゃいけなかったよね……。
後の観光名所『回復の湖』の誕生であった。




