事件は楽しい
1話以前の話です。4人しか出てきません。
「事件は何だ」をプレイしています。
視点は柘植です。
「まずはホームセンターに行く!」
「なら俺は舞戸さんについていきましょうかね」
「その回答じゃゲームにならないでしょ」
「そうですか?なら……とりあえず長袖長ズボンに着替えますか」
「正直僕もホームセンター考えてたんだけど」
「皆ホームセンター大好きだな!私も大好きだけど!」
「まあそれだったら、先に移動手段の入手」
「……ねえ羽ヶ崎君。君、それってつまり、自転車ってことかい?」
「車。許されるでしょ。状況的に」
……と、まあ。俺達はこんな会話を繰り広げた後、尋ねるのです。
「ではこれにて1ターン目終了です。鈴本の回答をどうぞ」
鈴本はにやり、と笑って答えました。
「ゾンビウイルスが蔓延している」
「もう嫌だ……飽きた……」
「手を動かせ。終わらないぞ」
「なぜこんなことを……うううう」
その日、俺達は訳の分からないことをしていました。
「まあ確かに、何で僕らが紙で花作ってんのってのはあるよね」
はい。花紙と呼ばれる類の、色とりどりの薄紙を使って俺達はひたすらに紙の花を作っています。
「化学部の担当、と言われてしまえば仕方ないよな」
「なんで昨日言ってくれないのさ!昨日だったら皆居たし!期限だって1日じゃなかったし!」
「化学部なんて存在忘れてた、ということでしたから仕方ありませんね」
「存在を忘れていたならそのまま俺達に仕事を振り分けることも忘れていてほしかったものだがな」
……今回、俺達は生徒会の命令によって、この作業を行っています。
明後日は卒業される3年生の先輩方を祝う会があります。本校では生徒主体で行うため、基本的に生徒会が運営していくことになるのですが……。
まあ、生徒会が諸作業を部活ごとに振り分けたのが問題だったと思います。生徒主体で行うならば確かにそれなりに都合は良いのですが、部活動というものが毎日ある部活は少ないですし、下手すると毎回人数がきちんと集まることすら珍しい部活もありますし。
そして、そんな俺達に課せられた作業が、このお花づくりです。体育館の装飾用らしいですが。わざわざ提出期限1日前、それも活動日でもない日にこのノルマを申し出てきたことといい、作業の内容といい、まあ、嫌がらせの意図を感じずにはいられませんね。
まあ、なんとかこうして4人だけとはいえ部員が集まったのですから、不幸中の幸い、といったところでしょうか。
「舞戸、お前、早いな」
「そりゃあね、悪いけど君達よりは器用な自信あるよ」
舞戸さんは文句を言いつつ、俺達の1.5倍程度の速度で花を作ってはダンボールの中に放り込んでいきます。女子だから、と言ったら怒られそうですが、まあ、俺達よりは慣れた手つきですね。
「意外と鈴本、こういう作業下手だよね」
「うるせえ」
そして案外この手の作業が苦手なのは鈴本です。薄紙を破かないように1枚1枚捲っていく指先に慎重さが見受けられますが、その分作業は遅くなります。
「……あー、くそ」
そうして1つ花を作り終えてダンボールに投げ込んだ鈴本は、新しい花紙を手に取りつつ、ふと、言いました。
「折角だ。手が塞がっていてもできること、なにかしないか」
「鈴本の黒歴史発表会とか?オーケイ。ぜひやろう」
「それはお前の黒歴史も公表するという覚悟の表明か?いいぞ、舞戸から初めてくれ」
「うん、じゃあ『事件は何だ』にしよう。そうしようそうしよう双子葉類」
「何それ」
……と、まあ。
かくして、俺達はこのゲームに興じることとなったのです。
ルールはそう難しくありません。
まず、回答者1人を選びます。そして残りの参加者は、『事件』を決めます。
そして参加者は全員、『その事件が起きた時、なにをするか』を1つずつ挙げていきます。
全員が1つずつ言ったら、回答者のターン。回答者は『事件』が何であるかを当てなければならない、というゲームです。
……本当に勝敗を決めるなら得点制にしてもいいのですが、今回は暇つぶしですので、単純に全員で成功と失敗を楽しむ、ということにしました。
ということで冒頭に戻りまして。
「決め手は羽ヶ崎君だ。言うまでもないだろうが」
「まあ、よっぽどじゃなきゃ、羽ヶ崎君が盗んだ車で走り出すとか、無いよね」
「ちなみに運転にはご自信が?」
「何とかなるでしょ、オートマなら」
まあ、何とかするでしょうね、羽ヶ崎さんなら。
「あと、長袖長ズボンも良かったな。あれでゾンビものだと考えた」
「実際の所、長袖でゾンビって防げるのかな」
「実際にゾンビがいないので何とも言えませんねえ」
「ホームセンターは王道だな」
「あと浪漫」
「だな」
「まあ、分かる」
「実用性もありますしね」
1ゲーム終えた俺達は講評もそこそこに、次のゲームに行くことになりました。
次の回答者は羽ヶ崎さんです。
「ええー……と、俺は……あー……」
「ねえちょっと、さっさと言ってくれない?」
そして鈴本が言い淀んでかれこれ数分になります。
「あー……じゃあ、適当に水族館にでも行く」
そして言ったのがこれです。
「は?それでもう僕大体分かったんだけど」
そしてまあこのザマですね。
「一応俺も言いますと、俺は映画館か図書館ですね」
「私は家で一緒にスマ○ラやりたい」
羽ヶ崎さんはもう呆れ顔ですが、一応、答えを聞きましょう。
「では羽ヶ崎さん。回答をどうぞ」
「分かりやすすぎ。『恋人ができたからデートに行く』とかでしょ?」
「あたりー」
……まあ、鈴本が決め手でしたね。長考は下手な言葉より雄弁ですから。
「っていうかさ、長考してそれ?水族館?」
「悪いかよ」
「悪いとは言わないけど?でも長考してたんだからもっと面白いこと言っても良かったんじゃない?」
「悪かったな、面白味のない回答で」
「でもいいじゃない水族館。クラゲとか居るし」
「そこでなんでクラゲなんですかね」
まあ、鈴本らしい回答だったとは思いますよ。面白味も、そういう意味では十分です。
個人的な意見になりますが、鈴本はどちらかと言えば静かな人と静かな所に居るのが似合う気がしますし。
「社長は大人しめなんだね」
「ああ、はい。同じ作品の良さを共有できればいいなと思いまして」
「それは確かに悪くないな」
「好きな本の交換とかもできたらいいのかもね」
「それ、好みが真逆だったら悲惨だよね」
「好みが真逆な人と俺が恋人関係になるとは思えませんが」
俺の方こそ面白味が無い気がしますが、舞戸さんと鈴本は何となく分かる、とでも言いたげな顔で頷いてくれているので良しとしましょう。
「舞戸のそれはどうなんだ」
「付き合うなら私よりスマブ○の強い人がいい」
「それほとんど全員じゃん。前に部内でやった時は刈谷とお前で最下位争いだったじゃん」
「確かにまだまだ私は未熟!しかし!もし恋人ができたとしたらその人に恥じないように私、もっと強くなる!というかそうじゃなくても私もっと強くなる!君達全員に勝てる程度に!」
「もしお前に彼氏ができたとしてもそいつはそれを望まない気がするが」
「いいんじゃないですかね。舞戸さんが強くなるのが嬉しいという人と付き合えば」
舞戸さんは舞戸さんらしくて良いと思います。是非そのままで居てください。
さて。次のゲームです。回答者は舞戸さんなのですが。
「……じゃあ初めに、普通の片手鍋を用意して、鍋に水を入れておく」
「具じゃないんですね」
「それはずるいだろ羽ヶ崎君。せめて他に入れておくものがあっても良かったんじゃないか?」
「は?水だけじゃ駄目なの?」
「入れなくても十分ですよ。単に、ゲームの性質からして、鍋に水、だけなのはちょっとどうかというだけです」
「五月蝿い。だったらなんでこのお題にしようとか言ったんだよ無理でしょ僕らには」
……この時点で舞戸さん、既に目が点になっています。まあ、そうでしょうね。正直俺達も何をやっているのか分からないです。
「次は俺か?ええと……鍋を乗せたコンロに火を点ける」
「えっ」
「は?いや、点けるよな?……いや、その前に言うべき作業があるであろうことは分かってはいる。が、コンロに火を点ける、でも一応不正解じゃないよな?駄目か?」
「いや……なら俺は鈴本さんが点けてしまった火を消しておきます」
「えっ?」
「え、何で消したの?」
「水から、が基本だからです」
「そうなの!?」
……と。まあ。こんなところで一周しましたので。
「では舞戸さん。答えをどうぞ」
「いやあのね!?君達鍋に水入れてコンロ点けて消しただけだよ!?分かんないってこんなん!」
でしょうね。
「……あのさあ社長。何でこのお題にした訳?どう考えても僕ら向きじゃないでしょこれ」
「そうですか?適度なミスリードを含む、良い出題だと思ったのですが」
「すまない、社長。普通ならそうなのかもしれないが、俺と羽ヶ崎君にはその知識がほとんど無いんだ」
「せめてもっと簡単な奴にしてよ」
「それでも舞戸さんなら当ててくれるのではないかと。俺は舞戸さんの限界を見てみたくて」
「あのさあ、それにしても無理があるだろ。僕らにも舞戸にも」
「当てさせる気があるならコンロの火を消すより先にやることあっただろうが」
俺達の会話を聞いていた舞戸さんは、難しい表情で考え込みました。
……そして。
「……答えは、『肉じゃがを作っている』」
「……何で分かった?」
鈴本も羽ヶ崎さんもぽかんとしています。正直、お題を考案した俺もさっきのやり取りだけで当てられるとは思っていませんでした。
「まず、鍋って時点で料理。水を入れたから多分茹でるか煮るか。……それで、『水から』って言ってる時点で、なにか根菜を使うものだって分かった」
ああ、やはりそこまで分かったんですね。俺も半ばヒントのつもりでああ言いましたが。
「大方カレーかシチューか、とは想像がついたんだけど、社長が『ミスリードを含む』って言ってたから、一捻りしてあるんだな、って。それで、最初に羽ヶ崎君と鈴本が言ってたこと思い出して……『なにか入れておくものがあっても良かった』っていうのは出汁のことでしょ?多分昆布」
「……すごいな」
「出汁を使うなら和食。それで、『ミスリード』できそうなものといったら、カレーやシチューと材料がほぼ一緒の肉じゃがしか無い」
舞戸さんの限界は俺が想像していたより遠くにあったようですね。お見事、としか言いようがありません。
「分かるものなんですね」
「半分当てずっぽうだけどね。入れておくもの、ってうのが出汁か塩とかかは最後まで分からなかったし。あとは社長の出題傾向で」
「成程、人読みされましたか」
そういえば以前、ビーフシチューの由来について舞戸さんと話していた記憶があります。
あの辺りから見当を付けられたのかもしれません。
「あと、鈴本と羽ヶ崎君が困ってた、っていうのも推理材料になったかなあ。カレーだったらもっと豪快に進んでたと思うし」
「それ馬鹿にしてんの?」
「馬鹿にはしていないけれど、せめて人参の皮を剥く、とかくらいは言ってほしかった!」
……まあ、この分野については、俺達は馬鹿にされても仕方ないとは思いますね。
さて。では、最後の回答者は俺ですね。3人がひそひそ話し合っているのを見ながら紙の花を増産して3分。ゲームスタートです。
「うーん、まずは状況確認すると思う。周りの様子とか、皆居るか、とか」
「なら僕は食料?最低限水があればなんとかなりそうだけど」
「なら俺は一応、武器の調達でもするか。何が襲ってくるか分からないしな」
「武器探しは浪漫だねえ……」
「お前はいつもカッター持ってるじゃん」
「カッターの刃渡りじゃ足りないよ。これじゃ武器としてはひのきのぼう以下だよ」
……と、まあ、これで全員が一通り喋りましたか。
はて。これは一体何が起きた時の想定なんでしょうね。
安全が確保されていない状況……サバイバルでもしているようですが。
武器が必要、というところが気になりますね。危険があるということでしょうか?しかしその割に、舞戸さんはまず周囲の状況確認をしていて、羽ヶ崎さんは食料や水の心配をしています。
つまり、切羽詰まった状況ではない、周囲の状況も分からない。なのに、まだ見てもいないのに、明確に敵は居ると想定されている……?
「……降参です」
結局俺は白旗を上げることになりました。駄目だ、どう考えても納得のいく答えが出ませんでした。
「社長には厳しいよな、これ」
「そんな気はしてたよ」
「ちなみに答えは『異世界に行った』ね」
答えを聞いてみてやっと、なんとなく納得がいったような、いかないような。
「異世界、といっても色々な世界があるのでは?コンピュータが世界を支配していたり人間が滅びていたりと」
「社長にとっての異世界はディストピアなのか……?」
「社長とこういう話してると異文化コミュニケーションしてる気分になれるよね……」
……俺はこの辺りの話題にはあまり詳しくないので、他の人達が共通理解できることが理解できなかったりします。今回もそれのようですね。
「まあ、出題が悪かったでしょ、これは」
「私も社長の限界を知りたかった……ぐぬぬ」
「すみません、俺の限界はここまでのようです」
舞戸さんの期待を裏切ってしまって申し訳ないですが、自分の知識に無いものはどうしようもありません。
「俺も少し、この辺りを勉強した方が良いんでしょうかね」
「勉強する程のものでもないと思うけど」
「性に合わないことを無理にやる必要は無いと思うが」
「うん。社長はそのままでいいよ。というかそのままがいい。そのままで居てください」
まあ、皆さんはこう言ってくれますので、あまり気にしないようにしましょうか。こんな事を考えるのも性に合いませんし。
……と言いつつ、後で少しは調べるんでしょうね、俺は。自分の事は自分が一番よく分かっています。
それから数ゲームしたころ。ようやく、紙の花が規定量完成しました。
「お、終わった……」
段ボール2つ分に山盛りになった紙の花は、なんというか、こう、あまり見るものでもないので物珍しいかんじがしますね。化学実験室に置いてあるともなれば、尚更。
「お疲れ。何だかんだ時間掛かったな」
時計の針は既にそれなりに進んでしまっています。4人での作業でこれだったとすれば、それなりに善戦した方でしょうか。
「ゲームしながらだったからじゃない?」
「でも楽しかったよ。ね?」
「まあね」
ゲームのせいで少しはだらけたような気もしますが、それほど頭を使うことも無いこのゲーム、作業しながらの暇つぶしとしてはそれなりに有用だったように思います。
それに、ゲームと足して2で割れば、紙の花を作るという作業もそれほど苦になりませんでした。
「じゃあ体育館まで運ぶか。羽ヶ崎君、手伝ってくれ」
「はいはい」
「えっ2人でいける?重くない?大丈夫?」
「お前僕の事なんだと思ってんの?これたかが紙なんだけど?」
「まあ、かさばるが2人で運べるだろ。舞戸と社長は適当に片づけしといてくれ」
……ということで、鈴本と羽ヶ崎君が段ボールを持って出ていきました。
が。
「舞戸さん、どう思いますか?」
「絶対吹っ飛ぶ」
「でしょうね」
手早くステープラーや空いたビニール袋を片付け終えた俺達もまた、実験室を出ました。
「歩くことで起こる風!そして歩かずとも風のある体育館までの長い渡り廊下! 1つも花を吹き飛ばされずに移動できるとは!私は!思わん!」
「同感です」
廊下を走れば、既に先の方から「また落ちたんだけど!」と羽ヶ崎さんの苛立ったような声が聞こえてきます。予想は的中、ということでしょうか。
「じゃあ俺達は落ちた花を回収しながら進むことにしますか」
「どっちが多く拾えるか競争だ、社長!」
「望むところです」
言うや否や、舞戸さんが走り出しました。実に楽しそうに。
……歩けば落ちる紙の花を拾う、という面倒な作業も、ゲームらしく行えばそれなりに楽しめることでしょう。
この世界には面倒な事件も多いですが、それらをゲームにしてしまえるプレイヤーが揃ったならば、退屈することはそうありませんね。
……つくづく、良い部に入りました。




