細い腕の価値を問う
羽ヶ崎視点です。
時系列は1話より前のいつかです。
キャラクターのイメージが壊れる恐れがあります。
恋愛要素は例の如くありません。
舞戸の筋肉への執着と、羽ヶ崎のコンプレックスについての話です。ご注意ください。
「……何やってんの」
「見りゃわかるっしょ、腕相撲」
ある日、部活に行ったら何故か腕相撲大会が開催されてた。
「……!」
「中々強いですね、角三君……!」
角三君と社長が対戦してた。社長は細い割に筋肉が無い訳じゃ無いっていうのと……技術が無駄にある。
角三君は単純にその腕を見ればわかる。単純な筋力だ。
見てたら角三君が勝った。
「やっぱり純粋な力には敵わないですね」
「いや……十分だと思う……」
角三君はぐったり机に突っ伏した。お疲れ様。
「うおわっ!?」
「えへへ、俺の勝ちですね」
その隣では針生が刈谷に一瞬で負けていた。刈谷は意外と力が強い。針生はそんなに強くないししょうがないか。
「ほらほらどうした?」
「でああああああああ」
そして何故か、その横では舞戸が鈴本と対戦してた。
「……いくらなんでも、これは無理があるでしょ」
「やっぱり羽ヶ崎君もそう思うか?俺も思う」
手を抜いて拮抗させていたらしい鈴本は余裕ぶって僕と会話した挙句、一気に力を入れて舞戸の手を机に倒した。
「あああ……7連敗……」
「当たり前でしょ、何お前男子に勝とうとしてるの」
その様子を見る限り、舞戸は僕以外の全員と腕相撲してたらしい。馬鹿じゃないの?
「くっそ、せめて一人は討ち取ってやる!部内最弱は嫌だ!よし!羽ヶ崎君!勝負だっ!」
「やだ」
単純にめんどくさいし、もし負けたら、ホントに洒落になんないレベルで恰好つかないし。
プールの時間は何時からか苦痛でしかなくなった。
骨が主張しすぎた、肉の薄い躰を見られるのが嫌だから。
小さい時から元々細かった躰は中学3年の夏にめきめき伸びて、相対的に益々細くなった。
骨ばっかり伸びるくせに、肉は全然つかなかった。食べても食べても太らないし、だから筋肉にもならないし。
肩とか手とか、モロに骨でできてるかんじがして本当に嫌。
腹を横から見たらあまりの薄さに絶望した。細さじゃなくて、薄さ。
おまけに生まれつき肌は無駄に白くて無駄に肌理が細かい。
かといって、そこまで女顔なわけでもないし、そもそも身長は無駄にあるし、骨格は割としっかりしてるし。
せめてどっちかにしてほしいよね、ほんとに。せめてこれで女と見分けつかないレベルとかだったらいっそ諦めついたんだけど。
そんな躰だから、大して力も出ない。
……実は、舞戸は知らないと思うけど、随分前……まだ1年の時の夏ごろ、腕相撲を部内の男子でやったことがある。
当然のように全戦全敗。一見僕と同じぐらい細いはずの社長は僕よりずっとマシな腕をしていた。角三君あたりとは比べるのも嫌になった。鳥海とは足して2で割れば丁度いいかね、なんて話をしたかもしれない。
僕は、僕の躰が嫌い。時々無神経な女子とかに『細くていいよね』なんて言われたりすると凄く腹立つ。
女子にとっては細い事がステータスでも、僕にとってはそんなものドブに捨てたいものでしかない。
永遠に分かり合えない溝があるから女子は嫌い。
褒めてるつもりなのかもしれないけど人のコンプレックスに塩塗り込んでくるから本当に嫌い。
力の出ないこの細い腕が嫌い。本当に嫌い。大嫌い。
結局、「逃げるのか?」と舞戸に煽られて、まんまと乗せられた。一応言っておくと、僕の煽り耐性が無いんじゃなくて、舞戸の煽りスキルが高すぎるだけだから。
舞戸の向かい側に座って机に肘をつくと、にやり、と舞戸は嬉しそうに笑って、同じように構えた右手で僕の右手を握る。
舞戸の手はかさついて荒れてて、全然女子らしくない。
「いくよ?レディー……ゴー!」
瞬間、右手に負荷が掛かった。
何とか右手に力を込めるけど、舞戸の細い腕でも、僕の細い腕と同じぐらいの力はあるらしい。手は拮抗したままどちらにも動かない。
……正直、一生の内でも五本の指に入るぐらい本気出したと思う。
その結果、なんとか少しずつ舞戸の腕を押し返して、やっと舞戸の手を机に押し倒した時には肩で息をするような有様。我ながら情けない。負けなくてよかったけど。
「ほら、無理でしょ。諦めて部内最弱やってろ」
舞戸は本気でそれを悔しがってるみたいだった。
「私もっとムキムキになりたい……そして羽ヶ崎君をへし折りたい……」
終いにはそんなことを言い出したので、針生が大分離れた位置に居たにもかかわらず笑いだして止まらなくなって、加鳥に回収されていった。
「なんでまた?」
鳥海が聞いたら、舞戸は手を握ったり開いたりしながら、言った。
「君達にできる事が私だけ出来ないって嫌だ」
知ってる。
「諦めなよ、お前は男じゃないんだから」
だから、禁句だって分かってて言った。
ゆるり、と、仄暗い舞戸の視線が僕に向く。
本当にしょうがない奴。
埋めようったって埋まらないの知ってる癖に。もう諦めてる癖に。
僕らとの差なんて、性差なんて気にしなくていいのに。少なくとも、お前が思ってるほどには差なんて無いのに。
というか、男だったとしても筋肉無い奴なんて幾らでもいるじゃん。
僕とか。
……嫌なんだけど、しょうがない。右の袖口のボタンを外して、その下に着てた長袖のTシャツの袖ごと肘まで捲り上げる。
細い腕。生白くて細くて、大嫌いな腕。
舞戸の腕は僕の腕より見るからに柔らかそうだったけど、太さだけで比べたら、大して変わんない。
舞戸の手が伸びてきて、僕の手首を掴むと、きれいに手の中に納まりやがった。……本当に嫌。
「僕とお前大して腕の太さ変わんないだろ。満足した?」
「しない」
「……はあ?」
折角僕が恥かいてやったのに?
舞戸は神妙な顔をして手を握ったり開いたりしている。
「質が、違いすぎる。羽ヶ崎君の腕は細いけど……硬い筋肉でできてるじゃない。細いっつったって所詮さあ……マジもんの男子の腕だよ、君の腕は。手も大きいし」
……舞戸は凄く悔しそうだけど、僕はもうそういうのどうでもいい。
「私の腕はさあ、脂肪混じっててさあ、筋肉っつっても所詮やわやわ筋肉なわけよ!手もさあ、卵片手で割るのもやっとなサイズよ!それに比べて君のはどうよ!カッチカチじゃん!腕カッチカチじゃん!……あ、ちょ、笑いやがってこの野郎!」
気づいたら僕は笑ってたらしい。
「こっの!あああああああああ!許すまじ!羽ヶ崎君許すまじ!見てろ!私もっと鍛えてなあ、お前の腕位へし折れるように」
「大丈夫だよ、お前男じゃないけど、絶対女ではないから」
半笑いになってるのを自覚しながら言ってみれば、途端に舞戸は毒気を抜かれたみたいな顔になる。
「……そ?」
「そ」
こんなに筋肉筋肉言ってる、手がっさがさの奴なんて女子じゃない。大体、僕の腕見て男子の腕だなんて言う奴、女子じゃない。
「……そっか」
でも、そうやって、ふや、って笑うとちょっとだけ女子っぽく見える、っていうのは言わない。言ったらこいつ笑わなくなりそうだから。
こいつはあの一件以来女子が嫌いで、僕らが好きなんだと思う訳。勿論友情的な意味で。嫌いの対義語として。で、そこら辺の女子とかに比べて。こいつ僕らの他に友達なんて片手で数える程度しかいないし、だから相対的にそうなっちゃう訳。
……だから、こいつは……僕らと同じようになりたがってるんじゃないかと、思う。つまり、男になりたいんじゃないの、っていう。
ホントに、変な所で繊細なんだよね、こいつ。
因みに僕は、こいつがちゃんと思考するなら、僕らと政治だの大腸菌だの風車だの日本の農業だのについて話せるなら、こいつらしくいてくれるなら別にどうでもいい。
女子っぽいこいつは好きじゃないけど、別にそんなに嫌いでもないからこいつがどうなろうと別にどうでもいい。
「でも私はムキムキを目指すぞ」
「勝手にして」
でも頼むから僕の腕よりは逞しくならないで。じゃないとますます僕は僕が嫌いになりそうだから。