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知らぬが仏、かつ毒を食らわば皿まで

時間軸はいつもの如くのどこかです。

視点は鈴本です。


キャラクターにとって不名誉な情報がちらつきます。ご注意ください。





 

「そういえばここに居る人達、同じクラスだった人達だね」

 ある日。俺と羽ヶ崎君と鳥海と刈谷が4人で大富豪をしていたところ、食事の支度をしていた舞戸が突然、そんなことを言い出した。

「ほら。1年生の時はここ5人、同じクラスだったでしょ」

「ああ……そういう」

 俺達5人は、何故か同じクラスだった。……別に狙った訳でもなんでもない。互いに影響しあった訳でもない。ただ、化学部に入ろうとするような奴が5人、奇跡的に1つのクラスに固まってしまっただけだ。

 社長と針生と角三君と加鳥は別のクラスだったわけだから、本当に、奇跡的、と言うしかない。或いは、何の因果か、と言った方がそれらしいか。

「……思えば、随分皆の印象、変わったなあ」

 舞戸が妙ににこにこしてそう言うので、なんとなく、思い出す。

 1年生の4月。あの時、俺達は……。

「まあ、お互いにお互いをまともな奴だと思っていたからな」

「人狼ゲームっぽかったですよね……」

「でも実際は全員狼っていうね」

「いや、僕はまともだから」

「じゃあ羽ヶ崎君は人狼じゃなくて狂人枠にしておこう。或いは妖狐」

「は?」

 ……俺達は、互いの事が全く分かっていなかった。




 高校生活、初めての日。クラスの担任になった先生の、妙にのんびりとした自己紹介を聞きながら、ああ、今日から俺は高校生になるのだな、と、ぼんやりしたような、はっきりしたような実感を噛み締めつつ、俺は席に座っていた。

 期待よりも不安が大きかったと思う。俺は元々、そういう性質だ。

 ……だが、割と初めの方に、刈谷の自己紹介を聞いて、少し、新生活への期待が増したのは間違いない。

「刈谷です。個性がありませんが、よろしくお願いします」

 これだけ。

 最初の自己紹介で、これだけ。中々に強烈な奴が居るな、と、いっそ感心した。

 ふふふ、と誰かの笑いが漏れたのをきっかけに、クラスの中で好意的な笑いが広がる。

「刈谷ぁ、お前、十分個性的だと思うよー」

 担任の先生の、のんびりとして暖かい評価もあり、刈谷の『無個性』は大変に個性的に受け止められた。

 俺は刈谷を、十分に個性的な奴だと認識したが。


 ……それから他の生徒の自己紹介を挟んで、俺も適当に薄い内容の自己紹介をし、やがて鳥海がかなり個性的かつ社交的な自己紹介を披露した。

 この時点で、俺は鳥海に一目置いた覚えがある。

 喋るのが上手い奴は何をやらせてもできる、というのが俺の持論だ。実際、鳥海は何をやらせてもそつなくこなした。

 ……ただ、思っていたよりは社交的じゃなかった。というのも、何を間違ったかこいつはクラスの中心になるのではなく、化学部という辺境に来ることになったので。

 それから、まあ……趣味が趣味だったんだよな。要は、インドア派極まれり、というか。そういうところも、第一印象には無かったからその後が新鮮だった。


 それから確か、羽ヶ崎君を見て、俺は思ったのだ。

 ああ、多分彼はとても真面目に勉学に励んできたタイプなんだろうな、と。

 線が細く、視線が妙に鋭く、神経質そうに見えた。どう見ても文系じゃなくて理系だよな、と納得できる雰囲気を持っていた。更に言えば、少々体が弱そうに見えたし、運動が出来そうな見た目ではなかった。(実際は運動ができない訳でもなかったんだが。)

 ……そうして俺は、羽ヶ崎君の事を勝手に、真面目で、神経質で、どちらかと言えば社交的なほうではなく、大人しいタイプなのだと思ったのである。

 あながち、間違いではなかった。まあ、神経質な方だし、いい意味で真面目な奴でもある。だが、大人しくはなかったな。決して。社交的ではないが、攻撃的だし。


 そして、化学部に入ることになる奴の中では最後に、舞戸が自己紹介をすることになった訳だ。出席番号順、というもののせいで。……これがあるから、俺は生まれてこの方ずっと、赤城だの青山だの阿井だのという苗字ではなかった事を新年度の度に感謝している。

 ……舞戸は、何と言ったのだったか。よく覚えていないが、逆に言えば、印象に残るような事は特に何も言わなかった、ということなのだろう。

 ただ、読書が好きだ、というような事だけは言っていたような気がする。いや、それはその後に聞いたことだったかもしれない。

 ……そう。読書が好き、と。そして、特に印象に残る訳でもない女子。

 俺は舞戸の事を、てっきり……大人しくか弱い文学少女だと、思ったのである。ああ。一生の不覚だ。




 鳥海の化けの皮が剥がれたのは、早かった。

 化学部に見学に行ったら既にそこには鳥海と刈谷が居て、同じクラスだったこともあって少し話している内に、鳥海の趣味が割とインドア派で、いわゆる『狭く深い趣味の持ち主』であることが分かった。

 俺の趣味は別にどこへ傾倒しているでもなかったのだが、鳥海のような趣味に偏見も特に無かったので、逆に言えばそれで鳥海に同族認定されてしまったような気もする。

 ……そして、鳥海と出身中学が同じだったらしい刈谷は、そんな俺の様子を見て、次第に『個性的』な面を見せてくれるようになった。まあ、単純に言ってしまえば幾分……変態であった。いや、何を以てして変態というのか、自分の中に明確な線引きができているわけではないし、線引きによっては刈谷どころか俺ですら変態の枠の内に入れられてしまいそうでもあるが、それでも、何と言うか……100歩譲っても、刈谷が十分に変人であることはまず間違いない。ああ。間違いない。


 羽ヶ崎君については、発覚がかなりマイルドだった。

 何せ彼は、普通に話している分には只の秀才なので。

 ……ただ、時々、割と口が悪いことにはそれなりに早く気付いた。

 口が悪い割にはそれほど対象を嫌っていないことに気付くのは、もう少し時間が掛かったが。

 それから何かの折りに先輩主催のトランプ大会か何かをやった時、プレイスタイルがあまりにも攻撃的なので、度肝を抜かれた覚えがある。ブラックジャックをやればダブルダウンするし、ポーカーをやればワンペアを捨ててフラッシュを狙いにいくし。

 それからトレーディングカードゲームの類を嗜む人種だと知って対戦するようになる頃には、それなりに羽ヶ崎君がどういう人なのか、分かってきたような気がした。とっつきにくくはあるが、悪人ではない。面白味が無い訳では決してなく、何より、勉強しかできない奴じゃなかった。

 ……尤も、その後1年近く掛けて、またマイルドに認識が変わっていったりもしたんだが。無論、いい方に。


 そして。

 舞戸の化けの皮については、少なくとも、1枚目についてはそれなりにさっさと剥がれた。

 入部を決定した時点で、舞戸の事はそれとなく観察していた。同じ部活の人間同士、ある程度は知っておいた方がいいだろう、と思う程度の社交性は俺にもある。

 ……だが、舞戸は今一つ、話しかけづらい奴だった。何せ、女子だ。俺は用も無く女子に話しかけられる勇者ではない。

 だから代わりに観察していた、んだが……ひとまず、舞戸が読書をそれなりに好む、ということはすぐに分かった。

 入学してすぐに図書室を利用し始めたらしく、休み時間に見る度に、毎回何かの本を読んでいた。

 最初に見た時は、何かの推理小説らしいものを読んでいた。まあ、妥当だな、と思った。

 次に見た時は、星の王子さまを読んでいた。いいんじゃないか、と思った。

 その次は、タイトルは分からなかったが、空の写真が綺麗な小説を読んでいた。夕焼けから曇り空まで、全何巻だったのだか。

 更にその次は、ピーナッツ。完全英語じゃなくて、日本語の訳が付いている奴。その次はローファンタジーの短編集。その次は古典文学。

 ……そしてその次が。

「……舞戸。何読んでるんだ?」

「バトロワ」

 バトロワだった。バトロワだったとも。ああ。思わず俺ですら声を掛けた。

 黒の表紙に赤のロゴ。何処からどう見てもバトルでロワイヤルだった。星の王子さまを読んでいたお前はどこへ行った。

「鈴本君、読んだことあるの?」

「いや、無い」

「結構面白いよ」

 しかも面白いよ、と来たもんだ。

 ……成程、こいつはどうやら、大人しくもか弱くもない、ただの文学少女なのだな、というように、俺は認識を改めた。

 あの衝撃は中々に忘れがたい。




 ……と、まあ。

 類は友を呼ぶと言うが、所詮はそういった連中の吹き溜まりなのだ。この化学部という場所は。

 社交的だと思っていた奴は社交的な以上に大分変な奴であったし、無個性を自称する奴は大変に個性的だった。

 ガリ勉だと思われた奴は真面目なだけではなかったし、大人しい文学少女に思われた奴は大人しくなく、か弱くなど断じてなく、むしろ少女ですらなかった。文学生物だ。あれは男だの女だのではなく、何か、こう、生き物だ。生き物。謎の。

 ……そんな連中が化けの皮を数枚被って集ったこの部で唯一、最初から化けの皮を被っていなかったのは社長ぐらいなものか。あいつは最初から狂人だった。尤も、こちらとしては「こいつ、狂人か?」と疑うところから始まり、「狂人だった」に落ち着くまでに少し時間が掛かったが。まあ、表裏が無いという点では素晴らしいよな。


「私さ、最初、角三君がちょっと怖かったんだよね。今となってはまるで考えられないことに」

「あー……そういや、舞戸さん角三君とまともに口きくようになったのって1年生も終わりの頃かー」

 一方、俺の他の連中も、互いに互いの第一印象が実態からかけ離れてていた訳だ。

「うん。ほら、角三君、無口だし、絶対この人運動部と間違えてここに来ちゃったんだな、ってかんじだったし、黙ってると割と視線が鋭くて怖いし、喋らないし、喋らないし……」

 舞戸は一度人に慣れるとこうだが、意外と人見知りする性質だ。互いにアクションが無い分、角三君とは最悪の相性だったんだろう。尤も、俺達経由で角三君が喋っている場所に居合わせたりなんだりする内にすっかり慣れたらしいが。

「僕は社長の印象が凄すぎて」

「それは全員思ってると思いますよ。だって俺ですら『うわっ』て思いましたもん」

「まあ、おかげで俺達が話すきっかけにもなったけどな」

「うん。私が最初に話すようになったの、社長だもん」

 社長については満場一致の『狂人』だ。

 ……後で聞いてみたら、一応。社長自身は、最初やはり様子見していたというか、社長からすれば大分、狂人度合いを抑えた接し方を心掛けていたらしい。

 それでも非常に合理的な事に変わりは無く、人見知りする奴にでもそこそこ話しかけに行ったため……意外なことに、人見知り連中が最初に打ち解けたのが社長だったりするのだ。つくづく、凄い逸材ではある。

「加鳥はなー……最初、印象薄かったんだわー」

「ああ、それは僕も思った」

「ぽやっとしてるもんね」

 そして加鳥については、気づいたら居た。そんな感覚だ。

 が、始めは影の薄い奴だと思っていたのだが、その内、案外図太いことに気付いた。

 成程、図太い故に揺るがない、それ故に影が薄い。そういう仕組みだったのか、と理解するまでにそこそこ掛かりはした。

 そして図太い上にまあ……色々とアレだった。筆頭はモビル○ーツ。

「針生は……まあ、割と見たまんまだったよね、多分。私そんなに喋らなかったからそもそも第一印象があんまり無いんだけど」

「まあ、割と普通の奴でしょ。社長とかに比べれば」

「普通ってのは俺ら基準じゃなくて世間一般基準で、ですよね……」

「でも趣味は趣味だったんだよなー?」

「それ言ったら全員趣味おかしいじゃん。ロリババアなんて普通の内だよ。私だってロリババア好きだよ。その点、社長を見るがよい」

「やめろ。それ以上は言ってやるな」

 ここはもう、パスだ。パスパス。下手につつくと藪蛇だからな、この辺りは……。


 ……各々、好き勝手言っているが、ま、要はそんなもんなんだろう。

 所詮、会ってすぐの印象なんて、アテにならない。

 第一印象だけで全て分かるなど、慢心でしかない。そういうことなんだろうが……まあ、ここまで変人揃いだとは思わなかったな。ああ。




 妙に感慨深く思いつつ大富豪を再開していると、食事の支度を終えたらしい舞戸が寄ってきた。

「なんというかさ。もしうっかり私がここに居なかったら、君達という非常に奇妙奇天烈な人達が奇妙奇天烈だと知らないまま生きていたわけじゃない。そう考えると、なんというか、まあ、ぞっとするよね。ということで私も大富豪、参加します」

「次ゲームからな」

「平民スタートね」

 配られたトランプを確認すると、まあ、それなりに戦えそうな手札だった。やったぜ。

 ダイヤの3からスタートして、カードを場に放り込んでいく。

 次に出す手札を考えつつ……ふと、それらを妙に楽し気に見る舞戸が目に入る。

 ……さっき、こいつは『ぞっとする』と、言っていたが。

 まあ……それは万人に言えることだろう。ここに居る連中と知り合っていなかったなら、他の誰かと知り合っていたかもしれない。そして、その『他の誰か』がかけがえのない、無二の存在になっていた可能性だって十分にある。

 ある意味、俺達はこの化学部という非常に狭い場所に居るせいで、他の人の事を知る機会を逸しているとも言える訳だ。

 無論、考えるだけ無駄である。

 出会ってすぐに、その人間がどんな人間なのかを知る事など不可能に等しい。そして、その人間がどんな人間なのか知る頃には……もう手遅れなんだろう。色々と。

 ……こいつらと知り合うべきだったか、そうでなかったか。どちらが良かったのかなんて、それこそ神のみぞ知るところなんだろうが、それでも、もう一度選び直せるとしても、俺はこっちを選ぶんだろうな、とも、思う。




「あ、ところで俺、割とケモ系好きなんだけどさー?」

「えっ?」

「ええっ」

「それ今言うこと?」

「いいよね猫耳猫娘。分かるよ」

 ……知り合って早、1年数か月。されど1年超、たかが1年超。

 まだまだ知らないことは多そうである。


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[一言] 社長の趣味知りたい…………………
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