窓はこじ開けるものじゃない
時間軸は174話あたり、視点は刈谷です。
入れ変わっています。ご注意ください。
「うわーうわー、どうしよ、俺、なんかちょっと不穏な話、ちらっと聞いちゃったんだけど!」
学校を元通りにして元の世界に帰る。それが目前に迫った今日この頃、針生がそんなことを言いながら実験室に入ってきました。
「どうしたね、針生君よ」
ちなみに現在、舞戸さんはメイドさん人形たちを筆頭に夕飯の片付け中です。おかげでなんとなく緊張感が無いですね。
あ、ケトラミさんとグライダさんが大量の肉とか魚とか持ってきてくれました。明日の分ですかね。それにしても本当に緊張感が無い!
「不穏な話、とは何ですか?」
「あ、そうだった」
でも社長が聞いてくれたおかげで話が戻りました。よかった。
「うん、なんかほら、居るじゃん。話が通じない奴」
「ああ、福山か」
『話が通じない奴』で通じてしまうのが哀しいかんじです。でも仕方ないですよね。うん。仕方ない。
「『影渡り』してたらさー、福山が話してるの聞いちゃって」
「で、なんて?」
「うん。なんか『すごい道具を手に入れた』って自慢してたんだけど」
……すごい道具、ですか……。一体どういう……?
「なんでも、これで舞戸さんのことが分かるはずだって言ってた」
「……えー、わ、私の……?」
うわー、舞戸さんがすごい顔してますね。気持ちは分かります。うん。俺だって嫌ですもん。ね。
「……分かってどうするんの、こいつのこととか」
「混沌の深淵でも覗きたいんだろう。放っておいてやれ」
なんかにべもないオーディエンス達ですね。こっちも気持ちは分かります。なんか関わりたくないですもん。
一方、舞戸さんは非常に慌てています。
「いや、いやいやいや、ちょ、ちょっと待って、それ何か私に悪いことが起こりそうって事かな!?それ、何とかして阻止したいんだけどどうすればいいのかなあ!?」
「『眠り繭』に入れればいいんじゃないかなあ。寝かせとけば問題ないと思うけど」
前回、福山君は生き返らせたついでに『眠り繭』されてたんですけれど、学校を戻すタイミングで解除しちゃってるんですよね。それからもう一度『眠り繭』するタイミングも無いのでそのままになっていますが。
うん、この機会にもう一回『眠り繭』しちゃってもいいかもしれないですね。なんか、こう、精神の安定のために!
「いや、それは危険です」
が、社長ストップが入りました。
「いいですか、『眠り繭』の発動には舞戸さんの頭突きが必要ですが」
「別に頭突きじゃなくても接触すればいける気もするんだけど」
「それでも接触は必要でしょう。そして、舞戸さんが福山に接触できるということは、福山も舞戸さんに接触できるということです」
「……つまり、その『すごい道具』とやらを使われる可能性があるのか」
鈴本がすごく渋い顔してますね。いや、大体皆、似たような顔してますけど。
「はい。そしてそれは舞戸さんだけではなく、俺達にも言えることです。『すごい道具』とやらの正体が分からない以上、俺達も何かの危険に晒される可能性はあります。しかも相手は俺達と同じ『異世界人』です。何をしてくるか分からない。そして俺達は、相手を殺すことができません。退けることも難しい。福山本人はともかくとして、周囲の反感を買うのは得策ではないので」
うわー、考えれば考える程、厄介な相手ですね。
まず、同じ人間であるはずなのに、言葉が通じない!
俺達と同じく『異世界人』、つまり、どんな能力を使ってくるか分からず、しかも、身体能力は滅茶苦茶に高い!
更に、生き返らせるための道具や材料が勿体ないので、殺すこともできない!変にこちらから手出しをしたら、周囲の反感を買いかねない!
あああああ、これ、どうしたらいいんでしょう?
「……なら、向こうから来るのを待つしかないな」
結局、鈴本がそう言って、終了です。
まあ、こういう時に俺達にできることって、あんまり多くないですよね……。
どうするか、と考えていたら、ふと、ドアがノックされました。
「……これは」
「噂をすれば何とやら、って奴かなー?」
「確認してみましょうか」
それぞれが武器を構えたり、毒のフラスコを構えたり、舞戸さんを掃除ロッカーに詰めたりする中、そっと、鳥海がドアを開けました。
すると。
「こんばんは」
噂をすれば何とやらです!ホントに!ホントに、出た!出ました!福山君です!福山君ですよ、これは!
「……何の用だ」
鈴本が出ました。滅茶苦茶警戒しています。抜刀済みです。いいぞー、やれやれー。
「え、えええ!?なんでそんなに警戒してるの!?」
どの口が言ってるんでしょうかね!なんで警戒されているのか分からないから警戒されてるんですよ!全くもう!
「で。何の用だ。用が無いなら帰ってくれ」
鈴本がそう言うと、福山君は実験室内を見回して、言いました。
「えーと、舞戸さんは居る?」
「居ない。帰れ」
残念ながら舞戸さんは既に掃除ロッカーの中です!そしてロッカーの前には角三君が陣取っています!よって実験室内をどんなに見回しても、舞戸さんは見つかりませんよ!
「え、ええと、じゃあ、どこに居るかとかは」
「知るか。帰れ」
「あの」
「帰れ」
流石鈴本!にべもない!取り付く島もない!完璧なディフェンスですね!
「わ、わかったよ、帰るよ。帰るから……」
福山君は何か懐をごそごそして、1通の封筒を取り出しました。
「これ、舞戸さんに渡してくれるかな」
そして申し訳なさそうに鈴本に封筒を押し付けると、『転移』で消えてしまいました。
……何でしょうね、これ。
「舞戸さん、もう出てきていいよー」
「ういうい」
そうして舞戸さんが掃除ロッカーから出てきたところで、俺達の作戦会議が始まります。
「……さて、これをどうするか、だが」
問題は封筒です。結局、押し付けられちゃったから貰っちゃったんですけども、これ、どうしましょう?
「読まずに燃やすのが一番いいでしょこんなの」
「うわあ、えげつないなあ」
「いや、今後何かあった時の為に、中身が何かは確認しておいた方がいいでしょう。相手の手の内を知っていれば知っているほど対処のしようがあります」
……まあ、なんとなく全員、封筒の中身が何か気になるので。
「じゃあ外に出ましょうか。爆発しないとも限りません」
「全員フル装備するぞ。モンスターが湧き出ないとも限らん」
「ついでにケトラミさんたち待機させといていい?」
「そうですね。舞戸さんはケトラミさんの側に居てください」
全員、ごそごそと準備を始めました。まるで爆弾処理班の気分です!
「よーし、じゃあ開いちゃうぞー!」
そうして俺達は全員フル装備の状態で外に出て、封筒を囲むようにしながら、封筒を開ける鳥海を見守ります。
封筒の封が切られ、中に入っていた紙が慎重に引っ張り出され、紙がそっと、開かれ……。
……開いた紙の上で、ぎょろり、と、目玉がこちらを見ました。そして目玉は凄い勢いでぐりぐり動きます。ぐりぐりと!ぐりぐりと!
「うわあああああああああきっも!きっも!」
「燃やしちゃっていいよねー!?よっしゃ燃やそ!」
そして凄い速度で燃やされました。
紙は燃え、目玉も燃えました。
……。
「え、ええと、今の……何……?」
角三君がすごく困った顔をしていますが、俺達全員、それ聞きたいです。
「……すぐにここを離れた方がいいかもしれません」
が、社長が1人、深刻な顔でそう言いました。何か分かったんでしょうか?
「もしかすると……」
しかし、社長の次の台詞を聞くことはありませんでした。
「舞戸さん!」
『転移』してきたらしい福山君が、舞戸さん及びケトラミさんの傍に現れたので!
その瞬間、凄い勢いで皆が動きました。
ケトラミさんが福山君を尻尾で薙ぎ払い、福山君の手からすっぽ抜けたらしい何かの道具が舞戸さんに向かって飛び、舞戸さんはメイドさん人形たちを動員して盾と成し、更に福山君への追撃と、飛んだ道具の回収のために皆が動き、福山君は宙を舞い、遠くへと飛ばされ……。
その一瞬の後、ものすごく光りました。うおっまぶしっ。
光が収まった時、皆がぐったり倒れていました。
「み、皆大丈夫ですかー?」
声を掛けたら……真っ先に、舞戸さんが起き上がりました。
「……ったく、妙な魔法に巻き込みやがって」
……。
舞戸さんらしからぬ台詞、そして舞戸さんらしからぬ仏頂面と鋭い目つき!なんかおかしいでしょう、これ!
「え、ま、舞戸さん……?」
確認すべく、様子を窺ってみたところ。
「俺はケトラミだ。多分舞戸は俺の体の方だな」
そう言って、舞戸さん……改め、ケトラミさんは、面倒そうな顔をするのでした。
そうして全員が起き上がると、やっぱりなんか全員、様子がおかしいんですよ。
うん、というか、俺以外全員、様子がおかしいんですよ!
「……えーと、確認します」
ということで、改めて確認です。
「舞戸さん、手を挙げてください」
声を掛けると、「きゅーん」みたいな鳴き声と共に、ケトラミさんが手を挙げました。
「で、ケトラミさんは」
「俺は舞戸の中だ!おい舞戸!俺の体でそんな情けねえ声出してんじゃねえ!」
……どうやら、ケトラミさんと舞戸さんが入れ変わってるようです。
なんか……なんか、凄く、凄く不思議な光景ですね……。
「で、ええーと、鈴本は……」
続いて、鈴本に呼びかけてみたところ。
……メイドさん人形の内の一体が、うなだれながら手を挙げました。誰でしたっけこの子、あかねちゃんでしたっけ?
「じゃ、じゃあ、今、鈴本の中身は……?」
鈴本の体の方に聞いてみたところ、表情を変えずに首を傾げる鈴本。ああー……これ、中身がメイドさん人形ですよ絶対……。
「ということは羽ヶ崎君も……」
そして同じように表情を変えずに首を傾げている羽ヶ崎君も同様なんでしょう。羽ヶ崎君の頭の上でもふんもふん、あさぎちゃんが跳ねてます。多分怒ってるんだと思います。多分中身が羽ヶ崎君なんでしょう。うわあ……。
「そして社長は……?」
「あ、シャチは多分僕の中なのー」
社長はハントルさんと入れ代わったみたいですね。ものすごい違和感……あああああ、ヘビがヘビ毒採取しようとしてる!間違いない!間違いなく社長です!あれの中身は社長だ!
「で、角三君は……テラさんですか?」
「はい。どうやら私と角三様が入れ変わってしまったようです……」
きゅ、と鳴くテラさんと、申し訳なさそうな角三君。うん、ここも入れ変わってる。
「針生は」
「ちょっとぉ!なんでアタシ、こいつなのよ!よりによって!アタシの脚一番ぶっ壊してくれた奴じゃない、こいつ!」
うわっ……。
「はーあ、どうせ入れ替わるんなら舞戸とが良かったわぁ。ねえちょっとケトラミ、アンタ代わりなさいよ」
「断る」
……どうやら針生はグライダさんと入れ代わってるみたいですね。うわー、うわー……針生がオカマになってる……。
「えーと、じゃあ加鳥は……」
目の前で加鳥が首を傾げつつ、にこっ、てしました。
そしてモビルス○ツが手を振りました。
……あ、とこよさんと入れ代わったんですね、これ。で、加鳥は早速、とこよさん状態で搭乗して、モビルスー○を操作している、と……。
「鳥海はマルベロさんですか」
「そうですね!どうやら私の頭の1つと入れ代わられたようです!」
ばう、と、マルベロさんの頭の1つが吠えました。あ、あれが鳥海……。
……ということで。
「こ、これ、どうしましょう……?」
唯一入れ代わりの悲劇から逃れた俺がどうにかすべきだとは思うんですけど、これ、どうすればいいのかサッパリです。
社長みたいに不思議な薬を作ることはできないですし。どうすればいいんだろう……。
「……あ、あれ?ここは?」
そんな最中、遠くの方で福山君が目を覚ましました。
……はい。
やっぱりね。俺、思うんですよ。
元凶に解決させるのが一番だと!
「おいてめえ」
でも真っ先に動いたのはケトラミさんでした。
「え!?ま、舞戸さん?ど、どうしたの?」
「てめえが使った道具。あれの詳細を今すぐ吐きやがれ」
「え?え?」
ケトラミさん、今は舞戸さんの恰好ですからね。福山君が混乱していますが、俺は特に補足も訂正もしません。全部こいつのせいですからね!精々困ればいいんですよ!
「今すぐ吐けっつったろうが!それともなんだ?……殺されてえのか?」
ケトラミさん、福山君の胸倉を掴んで、いつの間にか包丁をチラつかせています!すごい!流石はケトラミさん!
「ひっ……え、ええと、その、アレは人が入れ代わるためのもので……」
「ああ!?んなこた分かってんだよ!今回はどうせそれが誤作動したとかそんなとこだろうが!いいか?こっちが聞きてえのは解除方法だ!」
「か、解除?そ、それは……元の道具を使えば……」
そこまで聞いたら、ケトラミさん、適当に福山君を放り出して、吹っ飛んでいった道具を拾い上げました。
「どう使うんだ」
「ええと、ここをこう……あれ?」
……道具は、沈黙しています。壊れちゃった、んでしょうか……?
「おい、てめえ。まさか、戻せねえ、なんて言うんじゃねえだろうな……?」
福山君は『転移』で逃げていきました。うん、こんな気はしてた。
すごい勢いで逃げていった福山君はほっといて、俺達は緊急会議です。
「さぁて、どうしたもんかね……ったく」
「んー、僕はしばらくこのまんまでもいいよ?シャチの体、別にそんなに不便じゃないの」
「アタシはさっさと戻りたいんだけど?何が悲しくてこんな体に入ってなきゃなんないのよ」
「私も特に問題ありません!しかし鳥海様のご負担を考えると、できるだけ早く戻して差し上げたくはありますね」
「私も同意見です。角三様をいつまでも私の体に閉じ込めておくわけにはいきません。早急に対処しなければ」
……緊急会議、とは言っても、そもそも喋れなくなってる人が居るんですよね。
ええと、まず、メイドさん人形たちは喋らないので、必然的に鈴本と羽ヶ崎君と加鳥は喋らない訳です。
さっきから、あさぎちゃんの中に入ってる羽ヶ崎君が不機嫌さを全身で表現してくれてたり、あかねちゃんの中に入ってる鈴本が頭を抱えていたり、とこよちゃんの中に入ってる加鳥が加鳥の中に入ってるとこよちゃんとボディランゲージだけでお話したりしてはいるんですが……。
「ばう!」
「しゃーっ、しゃ、しゅーっ、しゅるるる」
「きゅーん……」
「きゅ」
そして人外と入れ代わっちゃった鳥海と社長と舞戸さんと角三君は、やっぱりそれぞれの体の言葉で喋ってるので全く分かりません!駄目だこりゃ!
「ん?……そうか、ジョージか。分かった」
しかし、ケトラミさんには人外の皆さんの言葉が分かるようです。
「おい、刈谷っつったか」
「あ、はい」
中身はケトラミさんとはいえ、舞戸さんの恰好でこういう言葉を掛けられると変なかんじがしますね。
「どうもよ、舞戸が『道具のことならジョージさんが詳しいはずだ!』とか言ってるんだが。どうだ?」
ということで俺はジョージさんの所に来ています。
「お?どうした?珍しいな」
「あ、どうも……」
ジョージさん、生き返ったばかりなはずなんですけど、既に元気に何かの道具の手入れしてますね。うん、元気そうでよかったです。
「いや、それが……」
「おう、邪魔するぜ」
そして俺の横から出てくる舞戸さんの姿のケトラミさん。
もうこの一言だけで『舞戸さんじゃない』感が凄い!流石はケトラミさん!
「うおっ!?ど、どうした!?何かあったのか!?グレた!?」
「あ、違います。舞戸さんと、ケトラミさん……ええと、軽トラサイズの狼が入れ変わってしまいまして」
ということでジョージさんと、周りに寄ってきた花村さんや歌川さん、相良君なんかにも説明説明。
「ふーん……成程な、話は分かった」
そして分かってくれるジョージさん。流石ですジョージさん!
「ま、それなら俺の専門分野だわな。中身を入れ替える魔道具の類なら確か持ってたな」
しかももう解決!流石ですジョージさん!
「ただ、元の世界に戻るっつうことで、知り合いにうっぱらっちまったからなぁ……」
……。
「買い戻してくるから2日くらい待っててくれや」
「……ということで2日くらい、このままになりそうです」
ジョージさんの所に行ってきた報告をすると、皆さん、凄い反応をくれました。
特に凄い反応なのは羽ヶ崎君。あさぎちゃんの体でものすごく睨んでくるんですが、如何せんボディがメイドさん人形なので全く怖くない!でも怨念は凄まじく伝わってきます!これぞ呪いの人形!
……しかし、凄いですね。メイドさん人形になってても、誰が誰なのかよく分かります。
同じくメイドさん人形になっている鈴本は「やれやれ」みたいなボディランゲージですし、加鳥の方は「しょうがないねえ」ってかんじに加鳥(つまりとこよちゃん)と顔を見合わせて頷いてますし。
「やあねえ、アタシ、2日もこのままなの?はーあ、やってらんない」
針生が女言葉っていうのも新鮮ですね。本人はグライダさんの8足歩行に未だに慣れないらしく、ガシャガシャ頑張ってますが。
「しかし、2日となると、生活に支障をきたしそうですね。角三様は私の体で大丈夫でしょうか……」
角三君がこんなにスラスラ丁寧語喋ってるのも新鮮ですが、それ以上にテラさんの心配の内容が心配です。
「食事は体に合ったものを食べるしかないですよね?ということは私は人間の食べ物を食べるんですね!やったー!」
マルベロさんは喜んでますけど……その、食事、って。
「がうっ!?がう、ぐる、きゅーん……」
舞戸さんが唐突に吠えて、しょんぼりしたように丸くなってしまいました。
……そうですね。舞戸さんのアイデンティティの危機ですよね。
「……おい、刈谷。舞戸が言ってるんだがよ……」
ケトラミさんも、神妙な顔で、言いました。
「食事って、どうするんだ?」
現在、舞戸さんは俺達だけではなく、最早学校の生徒全員分の食事を作っています。毎日のメイドさん人形食堂の様子を見ていれば分かる事ですが、食事を楽しみにしている生徒は多いです。
というか、数百人分の食事を用意できるのが舞戸さんぐらいしか居ないというのが現状でして……楽しみ以前に、このままだと、俺達は食べ物が無いんです!
俺達に対する他の生徒の皆さんからの風当たりは、決して優しくありません。これ以上問題を起こしたら、何かと面倒なんですが……。
「俺も舞戸の体で生肉食う訳にはいかねえからな、なんとかしねえといけねえが……」
「ある程度はメイドさん人形たちがやってくれるのでは?」
「がう」
「『人間サイズじゃないとできないことも多い』だそうだ。包丁使ったり、そもそも肉の『解体』なんかは舞戸が全部やってるしな」
あ、そうなんですね。
……しかし、ある程度はメイドさん人形たちがやってくれるはずです。それは間違いない。
だから、人間サイズじゃないとできないところだけ、俺が……うわああああ、普段の舞戸さんのメイドっぷりに匹敵する働きが俺にできるとは思えませんが!でも、なんとか!なんとか頑張るしか!
「あ、だったら僕、お手伝いするのー。シャチの体も動かし慣れてきたし、舞戸がご飯作るの、いつも見てるから分かるよ」
しかしここでありがたすぎる救いの手が差し伸べられました!ありがとうございます!
でも中身がハントルさんだって分かってても、普通の笑顔浮かべてる社長が怖い。
「なら私も!人間の料理には興味がありまして!」
「私もお手伝いさせて頂きます」
「ったく、しょうがねえな……俺も手伝ってやるよ」
「はあ。全く、しょうがないわねえ。いいわよ、アタシも手伝ってあげる。ケトラミよりはアタシの方が器用でしょ」
そうして人外の皆さんからのご協力も頂けることになり……!
ぽん、と、俺の肩が叩かれました。
そこに立っていたのは、なんとなくにこにこしている鈴本と羽ヶ崎君と加鳥……じゃなくて、あかねちゃん、あさぎちゃん、とこよちゃんの3体ですね、中身は。
3体は胸を張り、親指を立てて見せてくれました。
……どうやら、人間サイズになったメイドさん人形の本領発揮、のようです。
翌朝。
メイドさん人形たちの前に、鈴本と羽ヶ崎君と加鳥……の体に入っているメイドさん人形達が立ちました。
どことなく険しい表情の3人もとい3体は、浮かぶメイドさん人形達を前に敬礼すると、メイドさん人形達が揃って敬礼。
続いて何か無言のやり取り(多分、メイドさん人形語なんだと思います)の後、全員が動き始めました。
俺は包丁でひたすら『解体』をする係です。
どうやらスキルは中身準拠らしく、よって、舞戸さんの体とはいえ、ケトラミさんには『解体』が出来なかったのです。
ケトラミさん曰く、「この程度の獲物、1分でバラしてやるよ!」とのことだったんですが、『解体』が成功すれば一瞬ですので。しかもケトラミさん、舞戸さんの体なのに爪とか歯とか使う気満々だったので。
……変な感覚ですね。『解体』。舞戸さんがやっているのを散々見てきましたが、自分でやるとなるとまたこう、違った感覚です。
多分、俺がやる『解体』と舞戸さんがやる『解体』は微妙に違うんだろうなあ、とも思います。俺の方が若干、精度が悪い。多分。
「ちょっと、ケトラミ。アンタさあ、もうちょっと上手く皮剥けない訳ぇ?」
「るっせえな、舞戸の手が小さすぎるのが悪いんだよ!」
「そーお?ハリウの手だって大してサイズ変わんないわよぉ?」
何だか人外2人が喧嘩してますね。それでも手が止まらないのは凄いです。やっぱりユニークモンスタ―なだけありますよね。
「わー、人間の体って面白い」
「新鮮ですよねえ。特に、頭が1つしか無いっていうところが!」
「そう思うのは、マルベロ、あなただけなのでは……?」
一方、社長と鳥海と角三君、それぞれに入ってる人外3体は、大鍋を運んだりオーブンの調整をしたり、という力仕事です。これもメイドさん人形達にやらせると大変そうですもんね。
……そして。
俺達の誰よりも凄まじい働きをしているのが、人間の体を得たメイドさん人形3体。
凄まじい速度で野菜を刻む傍ら、他のメイドさん人形達への指示を行い、かと思えば超高速で卵を割り、フライパン数台で一気にオムレツを焼いていく。速い。速すぎる!
……体が鈴本と羽ヶ崎君と加鳥っていうこともあり、なんというか、夢でも見ている気分ですね。すごく、違和感。
そうして、メイドさん人形達は食事を粗方作り終えました。あとはスープをよそったり、パンを運んだりするだけのようです。
尚、配膳に必要なメニュー表は俺が書きました。
紙とペンと、昨日使っていたらしいメニュー表を見せられた俺は、見事、物言わぬメイドさん人形達の意図を汲み、メニュー表を書き上げたのです!俺、グッジョブ!です!
そうしてメイドさん人形食堂は本日も無事、皆の朝食を提供し始めました。
メイドさん人形達がオムレツやパンやスープを運び、ジャムやバターを持って飛び回り……。
「……おい、刈谷」
「あ、はい」
「俺はよ、人間の事がよく分からねえが……あれは、ほっといていいのか?」
一方、ケトラミさんが指さす方には。
「……駄目な奴ですね!」
舞戸さんの着替えを漁ったのか、予備のメイド服を持っていそいそと着替え始めている、中身メイドさん人形の男3人!
止めました。全力で止めました。
『なんでこれ着ちゃ駄目なのー?』『これじゃないと落ち着かなーい』みたいな、不服そうな顔をする男3人(中身はメイドさん人形)を前に、何と説明したらよいものか困った俺は、とりあえず妥協点ということで、シンプルなエプロンのみの着用で折り合いをつけてもらいました。うん、仕方ないよね……。
という訳で俺は見事、鈴本と羽ヶ崎君と加鳥の名誉を守ることに成功しました。
……中身メイドさん人形の男3人は、働いていないと落ち着かないようです。他のメイドさん人形達に交じって配膳を始めました。
慄いています。周りの生徒達が、慄いています。何せ、3人とも中身がメイドさん人形だから、無言なんですよ。それがまた何とも……。
しかも、とこよちゃん、あかねちゃんは割とお茶目な性格らしく、配膳ついでにウインク飛ばすぐらいの事はやってくれるわけです。あさぎちゃんは割と礼儀正しい子らしく、丁寧な配膳と態度がまたなんとも逆に、変。
……俺の横で、メイドさん人形3体(中身は男3人)が、なんか遠い目してたり頭抱えてたりしています。
しかも羽ヶ崎君に至っては、何故か俺をじっとりと睨んでくるのです!酷いわ!
「いや……あれをメイド服着てやられるよりはマシ、ですよね?」
なのでそう言ってみたところ、ものすごい怒りのオーラを発したまま、ぷい、とそっぽを向いて腕を組んで座り込んでしまいました。あああ、お怒りだ……でも俺のせいじゃないので仕方ないですよね。うん。仕方ない、仕方ない。
「……これを後、何回だ?」
「2日だとご飯6回だから、あと5回なのー」
胡坐をかいて頭を掻く舞戸さんも、なんか可愛い喋り方の社長も、そろそろ見慣れてきました。
「そうですか、あと5回も!大変ですね!」
「あーあ、さっさと元に戻して貰えないかしら……」
妙に元気で丁寧な鳥海も、オカマみたいになってる針生も見慣れてきました。
そして彼らの横で、真剣な顔で考え込む角三君もといテラさん。
「……あと5回分の食事、ということですが、食材は、足りるのでしょうか……?」
「あ」
……やばいですね。深刻ですね!
そうです!そうですよ、作るのはまだしも、食材はどうしようもない!
狩りに行くにも、いつも狩りをしてくれているモンスターの皆さんは……。
「がう!」
「ばうばう!」
「しゃー」
「きゅ……!」
……中身が全員、人間です!
「おい、刈谷。どうもあいつら全員やる気らしい。適当に食えそうなモンスターが居る辺りに放り出してきてくれ」
でもやる気らしい!
特に一番やる気なのは……間違いない!舞戸さん!舞戸さんですよ!
普段戦えないけれど、よくよく考えたら割と好戦的な性格の舞戸さん!ケトラミさんの体を得た今、大暴れしたいと思っていても不思議ではありません!
というか俺達全員、『なんか不思議な状況になってたらそれを楽しむ』っていう人達でした!うん、なら仕方ないですね!全力で狩りに勤しんでもらいましょう!
……と思っていたら。
ぽん、と、俺の肩が叩かれました。
「うわっ……」
そこに居たのは、メイドさん人形3体。
やり場のない怒りとか悲しさとかその場のノリとかその他諸々とかを存分に湛えた、メイドさん人形3体です!
成程!彼らもやる気のようですね!
「やだー……」
予想以上でした。
海産物も居て、陸の獣も居る1F南エリアにやってきたのですが、全員の活躍は目を瞠るものでした。
まず、舞戸さん。
普段からは考えられない活躍ぶりです。割とケトラミさんの体がしっくり来ているのかもしれません。跳びかかって、爪で裂いて、首の骨を噛み砕いて。……そういう戦い方を、自然にこなせています。うわあ。
鳥海が入っているマルベロさんも凄いですね。頭の内の1つがリーダーとなって残り2つの頭と体を使っています。多分、リーダーやってる頭が鳥海。
一方、角三君は面白いことをやっていました。脚にハントルさん状態の社長を巻きつけながら飛んで、社長の地魔法による爆撃機と化しています。うまい。海の魚モンスターもこれで仕留められているようですね!
針生はなんか、動きが怖いです。『影渡り』してるんだとは思うんですけど、モンスターの影から、いきなり、にゅっ、と現れる超巨大ガラス蜘蛛。そして脚の一突きで獲物を串刺しに。ひえー。
……そして。
人形サイズのマグロ包丁を手に飛び回り、確実に獲物の主要な血管を切り裂いていくメイドさん人形。
ミニチュアサイズのしゃもじ(杖代わりらしいです)片手に、氷魔法の刃で獲物をしとめていくメイドさん人形。
普通に動いているモビ○スーツ。
……うん。
ストレス解消になるなら、良い事ですよね!
そうして食材の確保もできました。もし、モンスターが現れても、この面子でそこそこ戦える事の証明にもなったんじゃないでしょうか。結構不安だったので、何かある前に戦闘力の確認ができて良かったかもしれません。
それから1日程度で、ジョージさんがやってくれました。
「いやあ、助かった。割とさっさと見つかってなあ。買い戻すのに苦労も無く、とんとん拍子だったぜ」
見事、『中身を入れ替える』道具を買い戻してくれたジョージさんによって、無事、皆は元の体に戻ることができたのでした。
「はー……ほんと、嫌な目に遭ったんだけど。おい、舞戸。元はと言えばお前のとばっちりだからな?」
「それはひどい……」
ま、まあ、言葉が通じない人の暴走を舞戸さんのせいにするのはちょっと……。
「俺は空飛ぶの楽しかった」
「私も楽しかった!流石はケトラミさん!パワーが段違いだったね!」
「俺は当分、ヘビにはなりたくないですね。腕が無いというのは思いの外、ストレスになりました」
「脚8本もきっついよ?頭こんがらがるし!」
「んー、頭3つもまあ、たまには悪くない、かなー?」
「僕は二度と御免なんだけど」
「俺もだ」
「僕はちょっと楽しかったかなあ。とこよがどういう風に操縦するのか体験できたし」
楽しかった人も居るみたいですし、まあいいんじゃないかな、と思います。結果的には元にちゃんと戻った訳ですしね。
「しっかし、体入れ替わったからってさー、別に相手の事なんて全く分からなくない?ん?」
そんな中、ふと、鳥海が言いました。
「あはは、だよねー。俺、1日ちょっと入れ替わってたのに全然グライダの事分からないし」
「あ、でもケトラミさん、一度私の体になった事で、こう……どういう風に尻尾で撫でられたら気持ちいいかを的確に理解したっぽい。うん。なんかさっき至福の撫でられ心地味わってきた……」
「あっそ」
そういう理解はまた別な気がしますが……うん。
なんというか。相手と入れ代わったとしても、『相手の事が分かる』とは限らないんですよね。本当に。
「……というかだな。俺はお前らが何を考えているのかなんてサッパリ分からん。だが、交流はできる。お互いの考えなんて分からなくても、友人である事はできる。むしろ、交流を通してお互いを知っていく過程こそが、必要なんじゃないかと、俺は思う」
「時々君って哲学者だよね。そういうとこ好きだよ」
「痛み入る」
「ジョハリの窓、というものがありますが。人は『自分も他人も知っている部分』『自分しか知らない部分』『他人しか知らない部分』『自分も他人も知らない部分』の4つを持っていると言われています。他人を知る、ということは、他人の『自分しか知らない部分』を知ることではなく、『自分も他人も知っている部分』や『他人しか知らない部分』を多く知る、ということなのではないでしょうか」
ふむ。
幸いにして俺達は友達です。相手の事について、知らないことも知っていることも沢山有りますが、それでも友達です。
人付き合いするのに、その人の事をなんでも知っている必要なんて、ないんですよね。きっと。
「分からなくって当たり前だよね、相手の事なんてさ」
「俺、特に福山の事は全然分かんね……」
「あ、うん、それは多分ここに居る人全員分からないんじゃないかなあ……」
……とりあえず、元の世界に帰るまでに、もう騒動が起きないことを祈ります!




