実験室の文化祭
この日、実験室は無駄に明るい。
小学生とその親御さん、時々中学生や、冷やかしに来たこの学校の生徒、或いは時々他所の高校から遊びに来た人とかも来るけど、まあ、大半が小学生かそれ以下だわな。
それに合わせて実験室内も花紙で作った花だので無駄に装飾されてたりする。
小学生どもの目当て?うん、スライム。
ぷるぷる、僕悪いスライムじゃ……の方じゃなく、ホウ砂と洗濯糊混ぜて作る奴ね。当然。
中庭から響く軽音楽部の演奏に掻き消されないように、ひたすら声を張ってスライムづくりの説明してる鳥海と、手伝いしてる糸魚川と加鳥、その横でひたすらビーカーを洗ってる舞戸と刈谷。
……流しにどんどんスライムがこびりついたビーカーが積まれていってるなー。
こいつら2人体制で間に合わないってことは、来年からは紙コップとかの、使い捨ての容器でスライムづくりやる事も視野に入れた方がいいかもね。
スライムづくりの隣の机ではダイラタンシー現象をタライで再現……あ、ほら、片栗粉に水入れて、握ると固まって離すとまたでろーん、ってなる、って奴。あれをやってる。うん、スライムの次の人気コーナーだね。
その横で空気砲の的あてコーナーがあって、その反対側ではエコカイロとかのアレ……酢酸ナトリウムの過飽和・結晶化の実験の実演と、金属樹の展示やってる。説明員として社長が陣取ってるのは、本人が金属樹好きだかららしいね。うん。
それから液状化現象のモデル展示とか、ちょっとしたおもしろ科学的な展示物がいくつかあって、それぞれお客さんが眺めてたり触ってたり。
部員連中が好きそうな火を使う奴とか、爆発物とか、そういう派手な奴は時間を決めて演示する予定。
火薬の燃焼とか、炎色反応とか、テルミット反応とかやる予定だね。うん。ド派手だよねー。
あとは、水溶液の色が変わる奴とか、そういう視覚的に面白い奴を幾つか。
幾つかは今年から始める奴で、幾つかは先輩達の残していってくれたもの。
今日この部屋に展示してある(或いはこれから演示する)全ての面白い現象にはきちんと科学的な理由があって、部員はこの日までに全員が全部、それらを説明できるように練習してる。
毎年1年生は各展示の説明覚えるのに四苦八苦するわけだけど、今年の1年生達は頑張ってくれたからなー。先輩より出番が多いぐらいだね。
社長とか、そこら辺の先輩より安定感あるし。鳥海はこういうイベントの時に光るね。
舞戸と刈谷は……うん。助かる。うん。
それから午前中に1回、シフトの交代があったけれど、相変わらず社長は説明やってるし、舞戸と刈谷はビーカー洗いやってるし、鳥海は小学生相手にスライム教室やってるし。
……何人かはクラスの出し物の方に行っちゃったりしてるみたいだけど、基本的にこいつら……自由時間、というものを全てここで潰すつもりらしい。
「舞戸、刈谷、お前ら今自由時間じゃないの?」
「スライムビーカーが私を欲しているので」
「とりあえず溜まってる分は洗っちゃおうと思いまして」
うん、確かに舞戸と刈谷が消えたらビーカーが足りなくなりそうだけどさ。
……多分、今溜まってる分が洗い終わる頃には次のビーカーがどっさり来ると思うんだよなー。無限ループだよなあ、これ。
「社長、お前は?」
「俺はここに居るつもりです。交代する人がいないみたいですし」
……あー、うん、まあ、クラスの方でごたついたりしてるのかもしれないし、社長は楽しそうだから別にシフト守らない人が数人居ても十分回るけどさ。ま、こいつらの問題だから僕は目を瞑りましょうかね。
鳥海はあんまりにも楽しそうなんで、良い事にしよう。うん。
シフトの交代で来ない人がいたりしたけども、来るやつはちゃんと来たし、抜けない奴はずっと抜けなかったから、人員不足にはならなかったね。
楽しいならいいんだけどさ、このままいくとこいつらの文化祭、完全にスタッフで終わるんだけど……ま、楽しいなら僕がとやかく言う事でもないしなあ。
そして、そうこうしている内に一番の目玉がやってくる。
「あ、鳥海!そろそろ出番!」
「んっ!?もうそんな時間!?……だわ。うわー、時間たつの速い」
そこらへんに居た角三と羽ヶ崎をスライム現場に押し込んで、舞戸と鳥海が化学準備室の方へ駆けこんでいった。
その後に続いて、加鳥ものんびりした調子で化学準備室の中へ入っていく。
そして、一度小学生たちのスライムづくりは中断。お客さん達は椅子に座って、黒板の方へ注目して待ち始める。
「まもなく化学マジックショーを始めます!是非お立ち寄りください!」
糸魚川が廊下で声を張ると、お客さんが更に何人か、実験室内に入ってくる。
……そう。これから彼らが行うのは化学部の文化祭の目玉、『化学マジックショー』だ。
何時からだったかは知らんけど、いつからかこの学校のこの部は、文化祭でマジックショーをやるようになった。
展示しておくには向かないものとか、危険だからお客さんだけで触ってほしくない物とか、そういう物を披露するためには演示形式にするしか無かったんだよね。
……ただ、今年から、ちょっと方向性が変わった。
「それではこれより化学マジックショーを始めます!それではどうぞ!」
鈴本が声を張って、化学準備室の扉をガラリ、と開けると……。
「やあ皆!今日は化学マジックショーを見に来てくれてありがとう!俺は化学戦隊ケミレンジャーのリーダー、トリウミだ!今日は楽しい化学を皆に紹介するぜ!楽しみにしていてくれよな!」
……黒板の前までやってくると、明るい笑顔と声で、鳥海はそんな台詞を実験室の子どもたちに放った。
鳥海はいつもどっちかっつうと明るい方だとは思うけど、それにしたってこの明るさはちょっと異常だよなあ。
「さあ良い子の皆!もうスライムづくりは体験したかな!?皆が作ったスライムはねばねばプルプルのスライムだけど、今日俺が紹介するスライムは一味違うぜ!」
鳥海はどうも、舞台に立つとこーいう振る舞いができるタイプみたいね。
うん、いいんでないの。いっそこの吹っ切れ方は見てて気持ちいいね。
「いつものスライムを作る時に……これ!どこのご家庭にでもあるこの塩を入れて、水分を抜く!……そして丸めて出来上がったものがこちらになりまーす」
どこぞの料理番組みたいな事をやって、鳥海はスライムを塩入りスライムで作ったスーパーボールを取り出した。
そして観客の前でそれを大きく跳ねさせて、綺麗にキャッチ。
鳥海がおどけて一礼すれば観客席からは拍手が起こる。うーん、やっぱりこいつはエンターテイナーの素質があるんだよなあ。
「さて、じゃあ次に紹介するのは……」
「そこまでよ!化学戦隊ケミレンジャー!」
がらっと扉を開けて入ってきたのは、舞戸。……なんだけど、頭に魔女とかが被ってそうな帽子を被っている。
「化学なんてちっとも面白くないわ!どうせやるならもっと楽しい方がいいじゃない!」
舞戸も舞台の上では吹っ切れちゃうタイプらしいけど、舞戸が女言葉らしい女言葉使ってるとすごい違和感。言ったら悪いから本人には言わないけど。
「あなた達の化学なんかより私の魔法の方が面白いって事を教えてあげるわ!」
「な、なんだってー!?」
それから舞戸は綿火薬に加熱したガラス棒を押し付けて瞬間的に燃やす、っていう事をやってのけた。
種が分かっちゃえばなんてこたないんだけど、火が出る物ってビジュアル的にインパクトがあるからね。
しゅぼっ、って音を立てて一気に燃えて無くなる綿ってのは中々面白かったらしく、小学生たちは結構喜んでた。
「どう?あなた達の化学よりも私の魔法の方が優れているって分かったかしら?」
「それは違うよ!」
そして今度は加鳥が扉を開けて入ってきた。
なんで白衣にサングラスっていう不審な出で立ちなのかは聞かないでおいてあげよう。
「化学だって楽しいんだよ!僕がそれを証明してあげようじゃないか!」
加鳥も吹っ切れてるらしいね。なんかいつもと喋り方が違う。けどなんか他2人と比べるとちょっと硬い。
「これからお見せする化学は色とりどりの炎です。皆で火が何色になるか予想してみてね!」
とはいっても、注目している小学生たちに色の名前を色々挙げさせながら、あらかじめ金属塩を仕込んである固形燃料に火をつけていく動作はスムーズだし、会話とのバランスもいい。加鳥は舞台慣れはあんまりしてないみたいだけど、その分子供相手が割と得意みたいね。
加鳥が固形燃料に火をつけて行くと、オレンジ、黄色、赤、黄緑、青緑、青、紫(はちょっと見づらかったけど)……というように、色とりどりの火が現れて、風に煽られて揺れる。
これは炎色反応の実験。カルシウム、ナトリウム、ストロンチウム、バリウム、銅、カリウム……って具合に、教科書に載ってるような奴を並べてあるだけだけど、実際に見てみると中々綺麗なんだな、これが。
青い炎だけはちょっぴり特殊で、銅の塩色反応にクロロホルムを加えてある。そうすると火が青緑から綺麗な青に変わるんだよね。
……ちゃんと演目については僕が確認して許可出してるけど、何をやるか決めるのは基本的に生徒だ。
自主性をもってして楽しい演目を幾つも用意できてるんだから、まあ大したものだよなあ、なんて思うね。
加鳥の炎色反応は小学生たちにも大人気。あちこちから歓声が上がって、前に出て見ようとする子までいる。
「これはショーが終わってからもう一回やるから、近くで見たい子は後でもう一回見に来てねー」
も、加鳥は台本に無い台詞を加えると火を消してしまった。
安全対策もばっちり。えらい。
それから劇の内容としては、化学の楽しさに触れた魔女(舞戸ね)が改心して一緒に化学を勉強する事にする……みたいな締めだったんだけど、まあ、劇仕立ての内容はともかく、実験演目は面白かったし、小学生たちにも楽しんでもらえてたみたいね。
無駄に劇仕立てのマジックショーが終わったら、またそれぞれの持ち場に戻ってスライムを作ったりなんだりし始めた。
加鳥は炎色反応のコーナーにつきっ切り。小学生たちの期待は裏切れないよね。がんばれよー。
そして、それから1時間半ぐらいして、また次のマジックショーが始まる。
今度は刈谷と針生と角三のグループ。
「それではこれより化学マジックショーを」
……糸魚川の台詞が終わるより先に角三がドアを開けてしまって、慌ててもう一度中に戻っていった。
しまらないなー、ったくもー……。
「……マジックショーを始めます。それではどうぞ!」
今度こそちゃんと3人とも登場して、黒板の前に並ぶ。
「こんにちはー!ぼくたち魔法使い予備軍!」
刈谷の台詞に高校生は吹きだすなり苦笑いするなりして、小学生たちはきょとんとして、針生はハリセンで勢いよく刈谷の頭を叩いた。
「見習い!ぼくたち魔法使いの見習い!……きょうはみんなに素敵な魔法をみせてあげるよー」
「た、楽しんでいってね……」
……こんなかんじにとっても不安な幕開けであった。なんだかなー。
が、演目は至って真っ当。
メチレンブルーを使った『振ると色が変わる水のフラスコ』を見せたり、アンモニア水をフェノールフタレインだのチモールフタレインだのの指示薬や、金属塩を作って綺麗な色が出るようなものを入れておいたグラスに注いでそれぞれカラフルな液体を作る、っていうマジックを見せたり、ティーポットに過酸化水素水を入れておいて、そこにヨウ素入れて一気に泡を吹きださせたり……っていう、マジックをやってた。
うまいなー、と思ったのは、演目の割り振り方。
『振ると色が変わる水のフラスコ』はシンプルだから、話で興味を引いたり、話で間を繋ぐ必要がある。
それを刈谷が担当してたんだけど、こいつもやっぱり舞台では吹っ切れられるタイプみたいで、中々上手に喋ってた。最初の『予備軍!』は帳消しにしてやろう。
それから、グラスに色水を作る奴は、角三。あんまり喋らなくてもいいからね。
それから、泡を吹くティーポットは針生。間はつながなくてもいいけど、泡を吹きだすのは突然だからね。それまでに観客の目を惹きつけておかなきゃいけないんだけど、それもうまいことやってた。
こいつら、普段はコミュニケーション能力不足なかんじがする面々だけど、こういう時にはちゃんとできるんだよね。
うんうん、いいぞいいぞ。
そして本日最後の演目は、鈴本、羽ヶ崎、柘植の3人。
……一番不安な仕上がりの3人だった。
羽ヶ崎は頭いいから、演目自体はすぐ決まったんだな。ところが、この3人は文才が無い。
よって、台本ができるまでかなりああでもないこうでも無いしていたわけで……更に言うと、鈴本も羽ヶ崎も柘植も、あんまり舞台が得意じゃないみたいなんだよね。
特に社長は……別の意味でも心配だぞ、ぼかあ。
「それでは本日最後の公演です!お楽しみください!」
今度は舞戸がドアを開ける係だった。
……が、ドアを開けても誰も居ない。
「……あれ?」
そして、舞戸と観客が唖然とする中。
「はははははー」
窓を開けて、そこから社長が入ってきた。なんか棒読みならぬ棒笑いしながら。
……うん。何も言うまい。
「俺は爆弾魔だー」
何も言うまい。
「この学校を爆破しにきてやったぞー」
何も言うまい!
……しっかし、こう、なんというか……社長が着てる白衣がね、硝酸銀とかその他もろもろとか、なんか色々白衣にこぼしてるらしくって、なんかこう……黒い。
薄汚い白衣と棒読みと張り付けたような狂気の笑み。見開かれた目。緊張からか小刻みに震える手。引き攣ったような笑い声。
……控えめにいっても、怖い。
無駄なリアリティで、すっごくこわい。
とことん『狂化学者』みたいなリアリティを追及しちゃった社長は、小学生たちに恐怖を植え付けていった。
ある意味、成功である。
そんなインパクト絶大な社長は、気化したジエチルエーテル伝いに火を付ける、っていうマジックを見せた。
火から離れたところにある綿がいきなり派手に燃え上がるから、結構見ててびっくりするよね、これ。
未就学児なんかは半泣きである。可哀相に。
「この装置をもっと大きくした装置でこの学校を焼き払ってやるぞー」
爆破するんじゃなかったのか。
「そこまでだ、爆弾魔」
でも爆弾魔なのか。
……ここで登場したのは鈴本である。
一応こいつは刑事役なんだけど、制服のワイシャツにズボンにネクタイ締めただけだけどそこそこそれっぽく見えるもんである。
「おや、警察の邪魔が入ってしまったようですねえ。なら俺はさっさと退散することにしましょう!」
出番が終わったとなるや否や、社長は窓からベランダへ消えていった。
うん、今の台詞だけすごく滑らかだった。心の底から嬉しそうだった。お疲れ。
「くそ、逃げられたか」
「やれやれ、昨今の警察は無能だな」
そして、鈴本に続いて出てきたのは羽ヶ崎である。制服のワイシャツにズボンに白衣着てるだけだけどそこそこそれっぽく見えるもんである。
……羽ヶ崎の役は、『物理学助教授』である。うん、何も言うまい。
それから、鈴本と羽ヶ崎が『爆弾魔の残した手がかり』を解析する、というように劇は進んでいった。
「この紙から犯人の指紋を検出できるはずだ」
鈴本が床から拾い上げたのは、レシートと、白紙2枚。
それからレシートにドライヤーの熱風を当てて、感熱紙を黒くする。すると、指紋の所だけ白く残るんだよね。これは有名。
次に、白紙を昇華させたヨウ素であぶりだす。すると、指紋の所に付着したタンパク質と反応して、やっぱり指紋が出てくる。
中々小学生たちも面白がってるね。
ちなみにこのマジックはこの後、小学生たちの指紋を採る、って事で再演する予定らしい。
指紋あぶり出しマジック2つを見せたところで、羽ヶ崎の番。
最後に残った白紙1枚の一部に火のついた線香を当てると、そこから一気に紙が燃え進んで、文字の形に焼け落ちる。
これも、そういう薬剤で予め紙に文字を書いておいた、っていうものなんだけどね。
「これは……3-2!そうか、3年2組に爆弾を仕掛けたということだな!」
ちなみに3年2組の教室では今頃お化け屋敷やってるはずである。現代ホラー風のやつ。
「ならさっさと行ったらどうだ。警察はこれ以上恥を上塗りするつもりか?」
「ああ、恩に着る!」
……そして、鈴本が『爆弾魔を追って』実験室を出ていったところでマジックショーは終わり。
化学マジック自体はそこそこ楽しんでもらえたみたいだけど、劇自体は……なんか……社長に全部持って行かれたマジックショーだった。
「これからさっきの指紋検出マジックをもう一度やります。自分の指紋を取りたい人は前に出てきてください」
最後に残った羽ヶ崎が固い調子で呼びかけるも、小学生たちはちょっとしり込みしている。
それを見かねて鳥海と加鳥がヘルプに入ると、ちらほら、と小学生たちが前に集まって来て、その内たくさんの人数で指紋採りが始まった。
うん、適材適所。
「お疲れ」
指紋採りの輪から出てきて椅子に座ってため息を吐いている羽ヶ崎に声を掛けると、恨めし気な顔をされた。
「疲れました」
なんだなんだ。別に僕のせいじゃないだろーに、こいつってばもー。
「……僕、ああいうの向いてないです」
「うん、知ってる。お疲れ」
「全部の公演、加鳥とか鳥海とかがやればいいじゃないんですか」
「まあ、学校だから。君らは高校生なんだし、何事も経験経験」
実に先生っぽいことを言ってやると、羽ヶ崎はますます恨めしそうな顔で僕を見てくる。
こいつも大概格好つけねー。まあ、見てて面白いんだけど。
それから、精神に深刻なダメージを負ったっぽい鈴本を慰めて、ベランダで黄昏てた社長を慰めた。
うーん、面白い。
「舞戸!差し入れよ!お疲れ様。食べちゃいなさい。刈谷も食べていいわ。柘植、あんたもずっと入ってるでしょ。一旦抜けなさい。……鈴本、羽ヶ崎。あんたたちいつまで凹んでるの。はやく食べなさい。さもないと溶けるわよ」
おやつ時になったころ、途中で糸魚川がアイスを数個とドーナツを幾つか持って帰ってきた。
どっかのクラスで売ってたものを買ってきたらしい。
うん、こいつの気遣いは凄いね。
これ、ドーナツだけにしたら、こいつら延々と放置しただろうし。
「あ、ありがとうございます。頂きます」
「わーいアイスアイスー!」
「……頂きます」
「ご馳走様でーす」
溶けものなら食べざるを得ないからなー。
マジックショーで精神を削られた後輩たちは、隅っこの方のビニール紐で区切られた一角(STAFF ONLYって書いた段ボールの切れ端がくっついてる)にしゃがんでアイスを食べたり、ドーナツを齧ったりし始めた。
んで、それを見て満足げな表情になった糸魚川がスライムのビーカー洗い始めたんだけど。
……明らかに、速度が。
「あ、先生。大丈夫ですよ」
「いやあ、糸魚川1人じゃ大変そうだし」
およそ、こいつ実験器具を割ったりするような人種じゃないからそういう心配はないんだけども、速度が明らかに足りてない。
うん、さっきまでビーカー洗ってた舞戸と刈谷の速度が異常だったんだなー。これ。
ま、後輩思いの先輩に免じて、僕もビーカー洗いになることにした。うん、こんな日ぐらいは生徒気分でもいいかもしれんね。
差し入れを食べた後も彼らの仕事は続く。
しっかし、楽しそうなんだよなー。
やってることはそんなに楽しいか?ってかんじなんだけど、でも楽しそうなんだよなー。
……お祭りの空気がそうさせてる、ってだけじゃあないと思うんだよね、これ。
そうこうしている内に文化祭一日目は終了。
明日もあるけど……どうせ皆、明日も一日、実験室に居るんだろうね。
連中、実験室が大好きみたいだから。




