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嫌悪の行方は

羽ヶ崎視点です。

時系列は69、70話あたりです。

キャラクターのイメージが壊れる恐れがあります。

恋愛要素は例の如くありません。


「鈴本!」

それは一瞬の出来事だった。

鈴本が刀を、火を吹くトカゲみたいなのに突き立てた瞬間、トカゲの傷口が光って。

何かを考えて行動できる時間なんて無かった。

「『アイスシールド』!」

爆炎が溢れて、何も感じなくなった。




目が覚めたら、講義室の天井があった。

……生きてる。死んだかと思った。

あの時僕は確かに、『アイスシールド』を僕じゃなくて鈴本の前に展開した。

多分、僕が確実に生き残るよりは、鈴本と僕とで死ぬか、2人とも生き残るかの方がいい気がしたから。

起き上がろうとしたら体のあちこちが灼けつくみたいに傷んだ。まだ火傷は治りきってないらしい。

痛みから目を逸らして部屋の中を見回すと、刈谷と鈴本が眠っているのが見えた。死んでは無さそう。

死なれたら困る。何のために僕が死にかけたと思ってんの。

……あれ、なんだろ。変な感じがする。

僕は生きてる。確かに生きてるけど……何かが足りない。何が足りないんだろう。……気持ち悪い。自分のことが自分でよく分からない。


ちょっと混乱してたら、がらり、とドアが開いて、加鳥が顔を出した。

「あ、羽ヶ崎君起きたんだ。具合どう?」

「そんな悪くない。火傷が治りきってないみたいだけど、それぐらい」

「『清風』。ごめん、僕もまだMP回復しきってなくて。今はこれだけで勘弁してね」

加鳥も疲れ切った顔をしていた。効率の悪い回復スキルを延々と使っていたんだろうから無理もないよね。

「無理しなくていいから……っ」

喋る途中で喉がひりついて咳き込んだ。乾いた喉が擦れて痛い。ああくそ、最悪。

「ごめん、水もらえる?」

「ああ、うん。持ってきてるよ。飲める?」

返事代わりに加鳥が持ってきてくれた水を受け取って飲んだら喉のひりつきが楽になった。

「なにか欲しいものとかある?」

まだ何か、胸に穴が空いたみたいな、何かが足りない感覚は続いていた。でも、何があればこのかんじが埋まるのか分かんない。

……確か舞戸は前死にかけた時、自分の中身がごちゃごちゃになって混乱してたらしい。僕もそれなのか。死にかけた後遺症とか?だったら舞戸の話聞いたらマシになるかもしれない。あいつは、記憶の上では一回死んでるんだし。

「舞戸、呼んで。聞きたいことがあるから」




「入るよー」

しばらくしたら、ノックの音がして、ドアが開いた。

「舞戸」

舞戸が見えた瞬間、なんか、色々分かった。

まず、舞戸がなんとなく、目が泳いでる。という事は、舞戸は僕に対して何かした、って事。

それから……舞戸見たら、なんか、落ち着いた。僕が探してたのは……どうも、こいつらしい。

なにそれ、気持ち悪いんだけど。なんでこいつなんか探さなきゃいけないの。訳分かんない。

……それも原因は舞戸なんだろうけど。

「お前、僕になんかした?」

「した」

それは想定通り。

舞戸は近くの布団を僕の横まで引きずってきて、そこに正座した。

「調子どう?」

心配そうにのぞき込んでくる目がうっとおしい。

「最悪。なにこれ。何なのこれ。お前何したの」

多分、舞戸は死にかけた僕をどうにかするために何かしたんだとは思う。そうは思うけど、苛立ちは舞戸に向けるしかない。

「ぐ、具体的にはどのようにお加減が悪いのでしょうか」

説明するなんて絶対しない。というか、お前のその不安そうな目が気に入らない。

「で、何したの」

舞戸の問いを無視してもう一度聞くと、舞戸は暫く逡巡するような素振りを見せてから、

「ちょっと頭貸してね『共有』」

とか言って、僕の顔を両手で包むようにしたかと思ったら、顔を近づけて額をくっつけてきた。

心臓に悪い!

「だからそれやめろって!」

抵抗しようにも、情報が急に流れ込んできて抵抗どころじゃなくなった。




……舞戸が、細っこいデザインのグラスの前にいる。……僕の命の形がアレらしい。むかつく。なんでこんななの。命ぐらい、せめてもっと……考えるだけ無駄か。

グラスの中に、金属光沢のある液体が絶えず上から降ってきて、グラスの中身を押し出していく。

グラスの中身は薄青の液体。薄い硫酸銅水溶液みたい。

それから舞戸は、金属光沢のある液体に馬鹿みたいに手を伸ばした。手がどうにかなったらどうすんの、と思ったけど、その液体は手をすり抜けてグラスの中に落ちた。

それから舞戸は少し考えて……膨らんだ形の……咲きかけの花の蕾みたいな形のグラスを取り出した。

中身は真っ白い、もしそれが動かなかったら固体だと思うだろう、っていうぐらいに只々ひたすら透明感なんて全く無い、本当に真っ白い液体で満たされている。

それで……本当に、馬鹿。

その、舞戸のグラスで、上から降ってくる液体を受け止め始めた。

一滴受け止めただけで、その異常性は分かった。

痛い。

凄く痛い。それから……怖い。自分が失われていく恐怖感で押しつぶされそうになる。

なのに、舞戸は自分のグラスで僕のグラスを守ろうとするのを止めない。

嫌だ。こんなの僕は望んでない。こんなの……馬鹿みたい。


舞戸のグラスの中身が4分の1失われた頃、やっと金属光沢のある液体は降ってこなくなった。

それから、少しずつ、グラスの底にたまった液体は消えていって……後には、中身の少なくなった僕のグラスと、舞戸のグラス。

舞戸は暫くそれを眺めて……舞戸のグラスの中身を僕のグラスに移し始めた。

さっきとは比にならないレベルの恐怖と痛み。

自分を流出させて、なんで平気でいられるの。なんでこいつは、こんなに馬鹿なの。むかつく。ほんとにむかつく。

本当に、




「……おーい」

気づけば、視界の端から出てきた手が目の前でひらひらしていた。

馬鹿の手だ。

「お前、馬鹿なの?」

「君よりは馬鹿な自覚はあるよ、そりゃ」

「そうじゃなくて、」

違う、言いたいのはそういうことじゃない。

「ああもう、なんで」

なんて言ったらいいの、こういうのは。

「……なんでお前そうなの?」

「そう、とは?」

「あんな怖いし痛いのに、なんで自分の中身減らしちゃうの!?馬鹿なの!?いや馬鹿でしょ!絶対馬鹿だ!」

勢いに任せて言葉を口から出してみたら半分ぐらい罵倒になったけど構わない。だってこいつ馬鹿だから。

「別にあんなことしなくても僕のグラス?の中身増えるまでほっとけばよかったじゃん!」

知ってるけど。こいつがそうしない気持ち悪い奴だって知ってるけど。

「……いや、むしろ私の分量もっと少なくても良かったんだよ。で、羽ヶ崎君がさっさと起きて回復してくれればさあ、そっちの方がいいんだし」

僕の考えてることが凄く非合理的なことも分かってるけど、けど、だけど、分かってるけど、許せない。

「あのさあ、僕の身にもなってくれる?折角お前無傷で済んだのにさあ、何で、そうやって、わざわざ」

僕のせいで、僕より弱いくせに傷つくなんて、許せない。


少し、迷ったみたいに視線を彷徨わせてから、僕をのぞき込んで舞戸は言った。

「いや、だって、君が逆の立場だったら、そう、しない?」

「しない。僕はそんなに馬鹿じゃないから」

返すと、舞戸はなにやら考え込んでしまった。どうせ失礼な事考えてるんだと思う。

……僕が、舞戸の立場だったら。

多分、できない。僕はお前みたいにつよくない。

……ほんとに、むかつく。

「なんでお前そんな馬鹿なの」

「うん、ごめん」

「お前なんか死ねばいいよ」

「うん」

舞戸は何気ない風に手を伸ばして、僕の頭を撫でた。

その仕草が、まるで親が子供をあやすみたいで。

こいつは僕の友達の1人で。元々対等な立場で。こいつは滅茶苦茶弱くて、僕の方が強くて、なのに……今は、舞戸が僕よりずっと高い位置に居るような気がして、うざかった。




舞戸が帰りかけた時、急にそうしなきゃいけないような気がして、思わず翻った舞戸のスカートの裾を捕まえていた。

勿論舞戸は転びかける。いい気味。

「何をする」

「僕側の説明がまだなんだけど」

この奇妙な感覚の説明をしている内に、だんだん僕自身の整理ができて楽になった。

言葉にするっていう事は大事なことだと思う。

舞戸曰く、その内この感覚は無くなるだろう、との事。舞戸も忙しいらしいし、これ以上引き留めるなんてしたくない。

こいつは僕の友達の1人で、対等な立場で、僕より弱い。

だから……僕はこいつに甘えるべきじゃない。

……まったく、どっちが弱いんだか。

ホントに……ああ、嫌い。

嫌い。

舞戸が出ていくのを見て、布団に頭まで潜りこんでも、すぐには眠気は訪れなかった。

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