ああ、小市民
例の如く、いつもの時間軸です。
視点は角三です。
一番最後にどうでもいい挿絵が試験的についています。メイドさん人形です。
嫌な方はスクロールしすぎないようにご注意ください。
朝起きたら、実験室の机の上に、果物の山ができてた。
どうしたの、って舞戸に聞いたら、何とも言えない顔をされた。
「異世界でしかできない事をね、やろうと思ったんだよ」
……知ってる。
俺達、ここ数日、全員そういうつもりで色々やってる。
「それでさ、思ったんだけど……この世界って、食費、タダじゃない」
うん。
「どんな高級食材でも、言っちゃ悪いけど、君たちの肉体労働で済んじゃうじゃない。お金で買えるなら、私がドレス縫っちゃえばそれで大体済むし」
うん。
「そこで角三君に質問だ。……君さ、元の世界で、果物って、どのぐらいの頻度で食べてた?」
……果物?
そんなに食べるものじゃない、と思う……。
……ええと……。
「覚えてない」
「ああ、うん。君、そんなに食べることに頓着無いものね……」
元の世界で、毎日どんなもの食べてたか、あんまり覚えてない。
……どんなもの、っていうか、どんな、メニュー、献立……っていうか。
食事に果物がついてたかなんて、覚えてない。
「……ええとね、まあ、うん。多分、あんまり高頻度じゃなかったと思う。日本において果物ってさ、高品質化の一途を辿ってるから……高くて美味しい果物しか存在しないんだよね。だから正直、わざわざ高いのに果物を買うって事はあんまりないと思うんだ」
そうなの?……多分、そうなんだろうけど。
「そこで私は考えた!……異世界に居る間に、いっぱい果物食べとこうって……」
……。
「肉とかじゃ、ないんだ」
「……いや、だってさぁ……お肉だと、君たちの助力が必要じゃない。でも、果物だとほら、メイドさん人形にお願いするだけで済むから」
舞戸の言葉を裏付けるみたいに、がらり、と実験室のドアが開いて、メイドさん人形たちがぞろぞろ入ってきた。
みんな、1つずつ果物抱えてる。……大きい奴は切ったり転がして運んだり、複数人で運んだりしてる。
「オーライオーライ。潰れやすいのはこっちね。……ありゃあ、オレンジは切らないでほしかった……あ、うん。朝ごはんに出すから」
メイドさん人形たちが舞戸の指示で、果物を机の上に積んでいく。
……蟻の行列っぽい。
しばらく見てたら、メイドさん人形たちはまた外に出て行った。
やっぱり、蟻の行列っぽい。
その日、俺達はデイチェモールの闘技場に遊びに行った。
加鳥が、景品になる鉱石が欲しいんだって言ってた。だから多分またガン○ムが増えると思う。
今日はバトルロイヤル形式。一対一じゃないから、念には念を入れて全員で参加することになった。
……舞戸は留守番。舞戸が闘技場なんて行ったら死ぬし……。
……ちなみに、俺達、出場する時にはハンデを付けて戦う。じゃないと、フェアじゃない、らしい。
「そうか。それであんなに果物が大量にあったんだな」
鈴本は闘技場のステージの中央と片足を鎖で繋いで戦ってる。強い。
「俺、アップルパイ食いたい!某ハンバーガーチェーンにあるような奴。中身がとろーんってしてる奴!」
針生は両腕を後ろで縛って戦ってる。強い。
「パイ生地は作るのが面倒らしいですから、出てくるのは早くて明日なんじゃないでしょうかね」
社長は目隠しして戦ってる。強い。
「んー、なんか、言っちゃ悪いけど舞戸さんって貧乏性だよね?異世界に来てまで考えるのが食べ物の値段っていう……あ、角三君、右お願い」
「ん」
鳥海は俺と両手両足を背中合わせで繋いだような状態で戦ってる。めんどくさい。
「でも言われてみれば確かに果物、高いですよね。果物に限ら……うわ!は、羽ヶ崎君、勘弁してくださいよう」
足枷付けられてる刈谷の頭上を氷の塊が飛んで行った。
……羽ヶ崎君は、杖を取り上げられて、詠唱?ができないように口も縛られてる。だから魔法のコントロールが上手くいかない、らしい。だから羽ヶ崎君、イライラしてるみたい。こわい。
「どうして皆喋りながら戦ってるんだー、えいっ」
加鳥は射撃禁止で戦ってる。……加鳥が人殴るの、初めて見た……。なんか……衝撃的。
「んー、暇だからじゃない?」
「これもハンデって事でー!」
……結構俺達、酷いハンデだったと思うんだけど、喋りながらでも……もう、ステージ上に俺達しか残って無かった。
賞品の鉱石は早速加鳥がほくほくしながら持って行った。よかったね。
「じゃあ、僕は5号機作ってくるよ」
で、消えた。
……あれ、4号機、あったっけ……いつの間にか作ったのか。
「さて、その間暇だが、どうする?」
「人狼できる人数じゃないよね。舞戸さんも居ないし」
帰ってきたら、舞戸は果物を加工してた。暇そうじゃなかった。実験室が戦場だった。怖かった。
「舞戸もみみっちいよね。なんでわざわざ果物なの?他にも高い食べ物なんていくらでもあるじゃん」
「自力で集められないから、だって」
……なんとなく、羽ヶ崎君が嫌そうな顔した。でも羽ヶ崎君が嫌そうな顔する時って、あんまり嫌に思ってない事が多い気がする。
「……高い食べ物って、何?俺、フカヒレぐらいしか思いつかない」
「メロンはどうですか?……あ、果物か……」
「んー、よく鮪の初競、なんてやってたりするけど、鮪はもう食べたっけ」
「燕の巣、とかいう食べ物もあったな。この世界にあるかは知らんが」
「サフランという香辛料はとても高価な事で有名ですが」
「え、それ、美味しいの?」
……言われてみたら、高い食べ物って、味が想像できない。どこにあるのかもよく分からない。
「……食べて、みる?」
……貧乏性、かな。いや、いいよね、このぐらい……。
「フカヒレって鮫の鰭だろ?」
「そうだね」
だから海に来た。
……前、海に入った時、鮫みたいな生き物が居たの、覚えてたから。
「……沖まで泳ぐの?これ」
「いいえ、もっと簡単な方法があります」
泳ぐとか嫌なんだけど、って、羽ヶ崎君が嫌そうな顔をしたら、社長が嬉しそうな顔をした。……嫌な予感がする。
「鮫は、血に寄って来るんですよ」
……。
社長は、近くに居た針生の短刀を抜いて、ばっさり、ばっさり……手首、切った……!
「これで寄ってくるはずです」
それで、傷口から血が出てくるのを、海にぼだぼだ垂らしてる……!
「いやいやいやいやいや!ちょ!なにしてんの!」
「刈谷―!刈谷―!」
「あああああああもおおおおおお!」
……俺、何も、見なかった事にする。
傷口なんて今までも散々見てきたけど……笑顔で自分の手首切って、ぼだぼだ血垂らしてる社長は……なんか、違った。
社長の手首を刈谷が治したりしてるうちに、海が不穏になってきた。
「鮫だな」
「鮫だね」
「鮫ですね」
「わーいフカヒレが泳いでる!」
社長の血の匂いにつられたのか、鮫……みたいな何かが、いっぱい来てた。
「ということで、羽ヶ崎君、お願いします!」
「どれ?」
「んー、とりあえず全部やっちゃって、分別は後でする、ってんでいいんでない?」
「あ、そう。『アイスピラー』」
鮫みたいな何かは、海から生えた氷の柱に刺さって海上に出てくる。
それを鈴本と針生が回収して、砂浜にぽんぽん放り投げてくれる。
……ええと。
「鮫……なの?これ?」
牙が刃物みたいだったり、鰭が刃物みたいだったりする。
「鰭が刃物の奴はフカヒレとして食べらんないね」
「鮫の肉って食べられるんですかね……?」
……鈴本と針生が帰って来た所で話し合って、全部持って帰って舞戸に何とかしてもらう事になった。
邪魔なら『お掃除』で消してもらえばいいよね、って。
社長が、『食べ物としての燕の巣を作る燕は海岸に居るんですよ』って言ってたから、そのまま海岸を探してたら……なんか、いた。
「燕ですね。模様も尾も燕そのものなので。探せば巣もあるかもしれません。近くに洞窟が無いか探しましょう」
「いや待て、おかしい。俺の記憶が正しければ燕は鎧なんぞ着てはいないし、体長2mなどという巨体でもない」
……俺達の上空を飛んで行ったのは、でかい、鳥。
2mぐらい。鎧着てる。羽が鋼色してた。多分刃物になってる。
「大きいという事は巣も大きいという事です。複数個集める手間が省けますね」
燕は燕じゃなかったけど、社長は社長だった。
見つけた洞窟の制圧に少し時間が掛かったけれど、燕の巣……っぽいものも採れた。でかい。俺が余裕で入れるサイズ。
……そういえば、舞戸、前、『でっかい空豆があったら鞘の中で昼寝したい』って言ってた気がする。
……空豆、見つかったら持って帰ろ。
「今日は中華だね」
「肉もいくつか獲って帰るか」
「高い肉ってなんだろ」
「黒毛和牛……?」
「流石にそれは異世界に無さそうですね」
「あったら怖いよね」
「つよそう」
黒毛和牛、どんなモンスターになるんだろ……。
多分、角がでかくて、体もでかくて、不味いと思う。
それから肉をいくつか獲って、帰った。
舞戸が、加鳥を動員して鮫の解体してた。窓際に転がってるのが鰭だと思う。
「君たちも!大概!貧乏性だよね『解体』!なんで全部獲って、『解体』!持って帰ってくんのさっ!『解体』っ!」
舞戸の体よりでかい鮫は、解体した後の処理も大変そうだった。肉運んだり、骨を処理したり。
……ええと、ごめん。
「スケールは舞戸よりでかいでしょ」
「だから何だ!十分君たちも小市民だっ!『解体』!『解体』!『解体』!」
「『お掃除』しちゃえばいいんでないの?」
「勿体ないじゃん!」
「やーい舞戸さんの貧乏性―」
「同じ穴のなんとやらだよ!全員小市民だ!小市民!」
……しょうがないと思う。
俺達、全員普通の高校生だから。小市民……うん、小市民だと思う。
その日の食事は、フカヒレ(でかい)の煮た奴と、燕の巣( でかかった)のスープと、肉まんとか肉の角煮とか色々だった。
……フカヒレ、なんか、とろん、ってする春雨みたいな……美味いかって言われると、良く分かんない。
燕の巣はもっと分かんない。なんだろ……これ。
「普通に肉の方が美味いっていうね」
「駄目だ、俺、高いもの食っても美味さが分かんない」
「金出してまで食べるものでも無い気がするよね」
全員、そういう感想だった。
……だって、小市民、だし。
「明日は何獲ってくる?」
「他、高いものって何があるだろうね」
「できれば調理方法が分からなくない奴でお願いします……」
でも、食べてみたい。だって、小市民、だし。




