異世界N分クッキング
時系列はお馴染み158話と159話の間です。
視点は羽ヶ崎です。
今日は雨。
角三君は「テラと雨の中飛んで来る……!」とかって訳分かんないこと言って出てっちゃったし、加鳥は「ちょっと思いっきり機体動かして来ようかなあ」ってやっぱり出てっちゃうし、針生は「肉食べたくなってきたから獲ってくる!」って消えたし、社長は「雨の日にしか生えない毒草を採ってきます」って居なくなった。
更に言うと、鈴本と鳥海はデイチェモールで1週間に1回やってるっていう闘技大会に行っちゃったし、刈谷はその回復役として動員されてる。
……つまり、僕と舞戸だけが実験室に残された、って訳。
「雨の日だし、ちょっと温かいものの方がいいかなあ」
舞戸が窓の外を見ながらそんなことを言う。
確かに舞戸には肌寒いのかもね。
「寒いのお前だけだと思うけど」
『温冷耐性』を持ってる癖に、舞戸は寒さや暑さを僕たちより感じてるみたいだから。
やっぱりスキルの精度が違うんだろうけど。
「そっかあ。……羽ヶ崎君、何か食べたいものある?」
「別に無い」
つれないなあ、とか言いながら舞戸はまた考え始めた。
「……針生が何獲ってくるかによる、かなあ……別に獲ってこなくてもお肉、あるのに……」
だったらそれ無視して何か作ればいいじゃん、って思うんだけど、舞戸はそこが妙に律儀。
「……じゃあ針生帰ってくるまで暇なんでしょ。暇つぶしの相手してよ」
1人でやる神経衰弱も飽きたから、ぐちゃぐちゃにして山にして切り直す。
「ん。了解。何やる?2人だとあんまり選べないよね」
「ブラックジャックとかでいいんじゃないの」
2人でやるには丁度いい。ディーラー無しの1対1になるけど。
「スプリットとダブルダウンは?」
「やりたきゃやれば?僕はやらない」
「じゃあ私もいいや。めんどくさいし。同じ数字になった時はどうする?」
「ドローでいいでしょ。1対1なんだし」
カードをそれぞれ2枚ずつ引く。
僕はQとKが出たからスタンド。
舞戸は1枚目が2。3枚目をヒットしてから少し考えて、もう1枚引く。
「あー、バストした」
2、5、6、で4枚目がK。運の悪い奴。
「……ところで、掛け金ってどうする?」
「9回やって勝ち数が多い方が勝ち、とかでいいでしょ。チップ用意するの、めんどくさい」
「そうしようか。じゃあ1回戦は君の勝ち、っと」
舞戸はカードを切り直してまた2枚引く。
……1回戦、無かったことにしないんだ。へー。
「グワーッ!またバスト!」
「お前欲張りすぎ」
結局、舞戸は4回バストして、3回点数の差で負けた。
「はあ、羽ヶ崎君の勝ちだね」
しょんぼりしながらカードを切り直して机の端に置く舞戸を見て、なんとなく。
「で、僕が勝った訳だけど、お前なんかしないの?」
「え、なんかするの?」
そういう事言ってみたら、舞戸の顔が面白いことになった。
「え、ええと……じゃあ、うん、羽ヶ崎君が食べたいものを夕飯に作ろう。それでどうかね」
「それ、献立決まってお前が楽するだけでしょ」
意図が見え見えなんだよ。
言ってやったら舞戸はますますおろおろする。
「え、じゃあどうしよ」
……何させたら面白いかな。
……うん。
「あのさ」
「ただいまーっ!肉獲ってきた!」
……そこで丁度針生が帰ってきた。
「うわあ、立派な鳥だね」
「でしょー?なんかおいしそうだと思って」
「うん。じゃあ処理しちゃうね。羽ヶ崎君、ごめん。とりあえずこれは持越しって事でよろしく!」
……体よく逃げられた。
舞戸が鳥に包丁を入れる。
それだけで鳥が捌かれて、羽と肉と骨と臓物、といった具合に分かれる。チートでしょ、これ。
「羽ヶ崎君、なんかやろー」
僕は針生に誘われてまたブラックジャックを始める事にした。
「ちゃららっちゃっちゃっちゃっちゃ、ちゃららっちゃっちゃっちゃっちゃ」
ヒットかスタンドか悩んでたら、歌がそこで終わった。最後まで歌えとは言わないけど、なんでそこで切るの。
「とりあえずオーブンで骨焼いてきてね。いつも位でいいから」
気になって見てみたら、舞戸が例の人形達に指示してた。指示すると人形達は鳥の骨を集めて持って飛んで行く。
……オーブンは、鳥海と刈谷と加鳥が協力して作った奴。
昔ストーブがあった位置に設置してある。
そこでなんか作業してるのは、火を起こしてるんだと思う。あの人形達、一丁前に魔法使うから。舞戸の眷属らしく、雑魚い魔法しか使えないみたいだけど。
「手羽は漬け焼きにしよう」
醤油とオレンジのジャム?か何かを混ぜた液に手羽先とかを漬けていく。
「胸とももは……胸は鳥ハムにして保存でもいいか。ももは香草焼きにでもしようかなあ。照り焼きだと味が被るよね。塩ベースかな」
鍋でお湯を沸かしはじめたり、香味野菜を刻んだりしながらなんかぶつぶつ言ってる。
……今日は鳥三昧になるらしい。
何時の間にか、僕も針生も舞戸の観察に移行してた。
いや、なんか見てて新鮮だし。ブラックジャック飽きたし。
舞戸は胸肉の方をまな板に乗せる。
胸肉に調味料擦りこんで、密閉できるビニール袋にそれ突っ込んで空気抜いて、沸騰してから少し冷めたお湯に投入。
……投入してそれっきり。ほっとくらしい。
「そんなんで火、通るの?」
「案外通るよ。火が通りすぎるとぱさぱさになっちゃうから。ビニールに密閉して火通すと胸肉でもジューシーに仕上がるよ!」
へえ。そう。明日には忘れてる気がするけど今は覚えておく。
もも肉の方にも下味付けたら、石の皿にのせて、『冷蔵庫』に入れておく。
……『冷蔵庫』って言っても、例の人形の中で『プチアイス』が使える奴が冷やしてる箱、っていうだけなんだけど。
「あ、骨焼けたか。いかんいかん」
人形に呼ばれて舞戸が慌てながら鶏ガラをハタキではたいて、それとさっきの骨と、香味野菜とかを一緒に煮はじめた。
「出汁取ってスープ……トマト味にすれば被らない、かなあ」
ぶつぶつ言いながら今度は野菜を刻んだり。
……あんなに色々一度にやっててこんがらがんない訳?
「羽ヶ崎君、あれ、今何やってるか分かる?」
「全然」
人形も色々動いてるし、色々同時進行しすぎだし。
大体、僕ら、そういう知識無いから。
「……あ、バストした」
針生は中断してたブラックジャックに戻ることにしたらしいから、僕もそれに付き合う。
「お前も欲張りすぎ。なんで15でヒットするの」
舞戸も針生も、こういうのが凄く下手。
「次行こう!次!次はバストしない!」
……って言ってバストするんでしょ。きっと。
針生、舞戸と下手さ加減が似てるから。さっき舞戸はそういう事言ってバストしてたから。
「ただいま」
ずぶ濡れの角三君がほくほくしながら帰ってきた。
「お帰りなさいませ。もー、なんでこんな濡れて来るかなあ。風邪ひくよ?」
「楽しかった」
微妙に噛み合って無い会話しながら、舞戸は調理の手を止めて角三君を『お掃除』して乾かす。
……なんで『お掃除』で乾くの?毎回思うけど、訳分かんない。
「これ、お土産」
角三君が果物みたいなのを差し出す。
「お。ありがとう。食後に切ろうか」
舞戸もほくほくしながら果物を持ってまた調理に戻っていった。
……こっちは3人になったし、大富豪にシフトしようかな。いい加減ブラックジャック、飽きた。
「ただいまーっす」
「ただいま。優勝してきたぞ」
「酷かったです……」
「お帰りなさいませ。そんなこったろうと思ったよ!」
意気揚々と鈴本と鳥海も帰ってきた。刈谷はあんまり元気じゃないけど。3人共やっぱりずぶ濡れ。
舞戸がまた飛んできてハタキではたく。
「俺達はハンデとして足枷を付けて戦ったんだが」
「ま、体のいいモーニングスターが1個足につきましたよ、ってなもんで。便利だったよ。足枷」
「俺の仕事は対戦相手を治すことでした……」
……うわ。主催者と対戦相手が可哀相なんだけど。何それ。
「で、土産だ。優勝賞品、っていうことでな」
鈴本が何か瓶を舞戸さんに渡す。
「飲み物らしいぞ。酒じゃない事は確認してきた」
「そっか。じゃあこれも食後に開けてみよう」
やっぱり舞戸はほくほくしながら調理に戻っていった。
「ただいま戻りました」
「ただいま。ごめん、舞戸さん、ちょっといいかなあ。びしょ濡れになっちゃって」
で、社長と加鳥も戻ってきて全員帰還。
「お帰りなさいませこのずぶ濡れ小僧共め!ええいはたいてくれるわ!」
舞戸は調理も殆ど終わったらしくて、もうすぐにハタキではたき始めた。
「うん。雨の中での操作も楽しいね」
「有意義な採集でした」
こっちも楽しそうで何よりだよね、ほんとにさ。
「そうかいそうかい、それはよかった。さ、ご飯にしようね」
興奮冷めやらぬ、ってかんじの2人をスルーして、舞戸は食卓の準備を始めた。
「手伝いますよ」
「そうかね、ありがとう。じゃあこれ運んでもらっていい?」
……ま、いつも通りの事なんだけど。
……で。夕食になった。
割と美味しかったんじゃない。針生が凄く満足げだった。ま、食べたくて獲ってきたみたいだし。よかったね、ってところだけど。
デザートになった果物と飲み物も悪くなかった。
「この鳥俺が獲ってきたんだー。美味しかった?」
「悪くなかったな。どこで獲ってきたんだ?」
「南の方の草原地帯あるじゃん。そこからもうちょっと西に行くとさ、ちょっと林みたいになってて、そこに居たから獲ってきた。あ、でも獲る時注意ね。こいつ雷落としてくるから」
……ま、モンスターでも死んで肉になったらもう食材だし。
食後。
「あれ、羽ヶ崎君どしたの?水飲む?」
「いや、ブラックジャックの」
舞戸は忘れてたみたいだけど僕は覚えてたから言いに行った。
「うげ、覚えてたか。……で、何をご所望で?」
舞戸は嫌そうな顔しながらこっちを窺ってくる。
……。
「明日は魚ね」
「え?あ、うん。……うん?うん、良いけど……」
「獲ってくるから」
そう言ったら、舞戸がなんか嬉しそうになった。
「うん!了解!どんなのでも獲ってきてよ。頑張って美味しくするから!煮つけかなあ、焼き物、フライ……うん、実物見てから決めるね」
嬉しそうな舞戸ほっといて講義室に戻って布団を敷く。
明日も忙しくなりそうだし、なんか疲れたし。
ちなみに僕、別に魚は好きでも嫌いでも無い。




