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ある術士の話

時間軸は96,97話あたりです。

視点はあのホモ術士さんです。

そういう話なのでお気を付けください。






俺はしがない魔術師だ。

普段はまあ、冒険者兼傭兵、ってな使われ方してる。

そこそこに評判はいいぜ?魔術関係の戦闘員で俺みてえに節操のねえ……仕事を選ばねえ奴はそんなに多くないんでな。

金さえ出るならどんな仕事でもやる。護衛でも、モンスター討伐でも、儀式魔法の協力でも、私怨でこいつに痛い目みせたい、っつう依頼でも、何でもやる程度には節操ねえな。

……そんな時、そこそこ実入りのいい仕事が舞い込んだ。

『魔王軍から神殿を守る簡単なお仕事』っつう奴だな。

神殿にたった総勢9名の魔王軍が来て、あっさり騎士団を潰していった、っつうのが事の全貌だ、っていう話はなんとなく伝わってたからな。勿論、いざとなったら逃げりゃいい。

それを抜きにしても、単純に神殿に潜り込めて、かつ高収入な仕事、ってな訳だ。申し込まねえ理由がねえ。

俺はその時エイツォールに居たんだが、エイツォールの広場に行きゃあ、神殿行の空船が出てたからな、移動も苦じゃなかった。『傭兵として参加する』って言えば誰でも乗れたからな。相当切羽詰ってたんだろ。そんな状況で神殿も流石に出し惜しみできねえ、って訳だ。

そんな状況なら、普段はできねえような事もできちまうんじゃねえの?っつうのは思ったな。

神殿に伝わる武具・秘宝・秘術。幾らでも考えつくだろ?

そういう情報はそれ相応に高く買い取ってくれるところがあるからな。副収入も期待できる、ってこった。




……っつうことで、俺は金蔓もとい神殿に行ったわけだが。

すげえのが居た。

6人、すげえ美形が居たのよ。剣士が2人に術士が2人、神官1人、射手1人、って所か。

そいつら見てたら、強さも段違いだったな。

……ほらよ、いくら猫の手も借りたい状況でも、雑魚雇ったって意味ねえだろ?だから採用試験、っつうのが一応ある訳。

つっても単純に実力を示せばいいだけだからな。俺は得意の幻術であっさり合格貰ったぜ。

で、さっさと俺の試験は終わったんで、他見てたんだがな。

さっきの美形の術士枠が順番に試験官の前で魔法を使った。

1人目は、オーソドックスな土魔法だったな。ただ、その威力と正確さが半端じゃなかった。

精密すぎて本当に人間がやってんのか怪しい位だったな。

で、2人目だよ。

使ったのは、見たことのねえ魔法だった。

風が氷の粒を地面に叩きつけていく。氷の粒は小さくても硬く、地面にぶつかったら地面が抉れる有様だ。

天候魔法の系統なのか、風魔法と氷魔法の複合なのか、全然分かんねえ。

……で、だ。

その魔法使ってる術士がな、中々好みだったわけよ。あ、俺、男でも女でもいける性質なんでね。

華奢な躰とか白い肌とか、そんなすげえ魔法を涼しい顔でさらっと使ってる表情とかがな。中々よかった。

ま、魔王軍も今日明日に攻めて来る訳でもねえだろうし、お近づきになる機会もあるだろうと思ってたんだけどよ。

俺は相当に運がいいらしい。

傭兵は基本2人1組で1部屋を割り当てられてたんだが、相部屋がその術士だった。




部屋に荷物を置いて旅装を解いて、寝台に腰掛けた所で、全身びしょ濡れになった例の術士が部屋に入ってきた。

そいつは珍しいことに黒髪だったんだが、髪が濡れて白い肌に張り付いてるのが中々良い眺めだったわけよ。

一瞬、呆けたね。見てみりゃ分かる思うがな。あれは芸術の域だったぜ?

「あんたが相部屋か」

「そうみたいだね」

なんつーか、愛想のねえ態度だわな。美形は美形なのに態度で損してねえか?

そいつは荷物を適当に置いて、俺に構わず濡れた服を着替え始めた。

ま、とりあえずそれに自己紹介してみたんだが。

「ハガサキ。術士」

っつう、また何とも素っ気ねえ返事しか返ってこねえ。

もうちょっと会話を楽しもうっつう気はねえのか?

ハガサキは俺の事は居ないものとして扱ってるのか、気を遣う様子も無い。

「アンタの試験、見てたぜ。あれ、何の系統の魔法だ?天候魔法か?風と氷の複合?」

「なんでそんなこと教えなきゃいけないの」

ちょっと話しかけても、この調子だ。

……ま、そうだわな。自分の手の内ホイホイ明かすような奴は術士に向いてねえ。

そういう意味ではハガサキは術士向きなんだろうけどよ。

「ま、いいや。手の内晒したくねえのはお互い様だろうしな。しかし、あの魔法凄かったよな。よくそんな細い体であんな魔法打てるな」

氷の粒をあの速度で打ち出すってのに、この細い体はびくとも動いてなかった。

俺は魔法の為だけじゃねえが、そこそこ鍛えてる。魔法には反動があるもんもあるし、戦闘になったら魔法が使えても体が動かなきゃ死ぬことだってざらにあるしな。

そういう意味で、この華奢な術士に興味がある訳よ。

……ま、そういう意味じゃなくても興味あるんだけどな?

「まるで女みてえじゃねえの。しかし、躰もだが、アンタ肌白いな。……北の方の出身か?」

濡れた服を遠慮なく脱いで晒された肌はやけに白い。骨ばった躰の鋭角的な線と相まって中々にそそる。

北のアーギスとかククルツとかの人間は色白な事が多いんだよな。やっぱそっちの出身かもしれねえよな。

俺の視線に気づいたのか、ハガサキはちら、と俺を見る。

「それにしても背丈と骨格がアレだけどよ、正直」

「さっきからさあ」

賛美の言葉を続けようとしたら、冷たい声に遮られる。

で、今までまともにかち合わなかった視線が、ガッツリ合った。

氷みてえに冷え切って鋭い視線だった。

「……何、人の事じろじろ見てんの?ヘンタイ」

その嫌そうな顔と冷え切った視線に、正に射すくめられたね。

いや、冗談じゃなくってよお、これは運命の出会いかもしれねえ。

「いいね、いいねその表情。俺、そういうの嫌いじゃねえぜ?」

口笛を吹きつつ賛美を重ねたら、ますます視線が冷え切る。ああ、いい。ゾクゾクする。

「ああ、そう。僕は嫌いだから。『アイスビュレット』」

んで、眉ひとつ動かさずにそう言ったかと思うと、何の躊躇も無しに魔法使ってきやがった。

……その氷の弾丸をモロに食らって、俺は寝ちまった訳だが。

ますます燃えてきた。あの氷の化身みてえな奴が融けるとこを見てみてえ、と思ったね。




それから食事の時とか、話しかけようとしたんだが、するする逃げられて全然捕まらなかった。

夜になって、部屋で寝ずに待ってたらやっと戻ってきた。

「おい、どこ行ってたんだよ。早めに寝ねえと体もたねえだろ。いつ魔王が来るか分かんねえんだぞ?」

「アンタには関係ない」

で、にべも無くハガサキは寝台に入って寝ちまった。

……寝てる所をちょっと頂こうかと思ったら、ハガサキの寝台を囲うように氷の壁がいきなり出てきた。

警戒されてんのか。ま、だろうな。




朝起きたらもうハガサキは居なかった。ったく、隙のねえ奴だよな。

朝食を摂る時にも見つからねえし。

……で、神殿の人のありがたーいお話っつう奴を聞いたりして、また傭兵は各自自由行動になった。

俺は適当に欲しい情報を集めるべく色々やったりなんだりして適当に時間を潰してから部屋に戻った。

そしたら、居た訳よ。

寝台に腰掛けて、杖の手入れしてたな。

ただ、その杖ってのが、明らかに適当な造りっつうか、合ってねえだろ、っていう代物なのが気になった。

「なあ、その杖、合って無いんじゃねえのか」

声をかけると、反応があった。

「ああ、やっぱそういうの分かるんだ」

お。こういう話なら興味あんのか?

「ま、一応この道で長いんでね。……なんか理由でもあんのか?」

合ってねえ杖を使う、っつうのは、術士にとっては相当な理由があるはずだ。

聞いてみたら、ちょっと迷うみたいなそぶりの後、話した。

「拾い物。あったから使ってるだけ」

……ま、つまり、『話せる理由じゃありません』っつうこったろうな。

……じゃあ、あれか。

「よっぽど特殊な『失われた恩恵』でも付いてんのか?」

それ以外に考えられねえし。

「……そっち、詳しいの?」

お。お。おお。なんか食いついてきたな。

やっぱこういう方向に興味あんだな、こいつは。

「そういうのも仕事で扱ったりするしな」

しっかし、こっちに興味がある、ってなると……そうだな。こいつを釣る為なら惜しくもねえか。

「そうだな、この神殿の秘宝、騎士団長と大司祭の証、とか、興味ねえか?」


「……それ、何」

やっぱり食いついてきたな。じゃあここでちょっとばかり、焦らしてみるか。

こういうのは駆け引きって奴が大事なんだぜ?

「そうだなあ、何だと思う?」

ま、どうせ分かりっこねえ、ってたかをくくってたんだけどよ。

「アミュレット」

……あっさり当てられちまったから、マジで驚いた。

「……なんだ、知ってんのかよ」

「アンタこそ、なんで知ってんの」

ま、知ってたとしても、どこまで知ってるかはまた別の問題だしな。気を取り直していくか。

「俺は汚れ仕事も請ける性質でな。ちょっと後ろ暗いこととかもやってる訳よ。で、この機会だろ。神殿っつうお堅い組織に入り込むチャンスだったわけよ」

そこでハガサキの目が少し細められる。……ま、告発されたって証拠はねえんだ。白切ればいい。何なら逃げちまってもいいんだし、気にはしねえさ。

「で、まあ、俺のツテに、そういう出所の情報ってのを売り買いしてる所があってな?折角だから神殿のお宝の情報でも売ってやろうと思ってな。そこで神殿のお宝の情報をちょっとばかし買ったのよ。つまり、騎士団長と大司祭が持ってる、っつうアミュレットの情報だな。後はそしたら、俺はその情報を頼りに傭兵としてこの神殿に潜り込んだって訳よ。尤も、肝心の騎士団長様も大司祭様も見つからねえんだけどな」

勿論、嘘混じりだ。

情報を売るってのに買ってたら割に合わねえ。ここら辺は誤魔化した。

それに騎士団長ももう見つけて幻術にかけて色々聞き出してるしな。

「へえ。……それ、どういう性能なの」

「お?アンタもそういうのに興味あるのか」

やっぱりこういう話が好きなんだな。もしかして同業者か?いや、こんな美人が同業やってたらもっと噂になってるか。

「……悪い?」

ちょっとばかし『融けた』目は十分俺を満足させてくれたが、同時にもっと欲しくなる。

「いや?別にぃ?……アンタも本当にあるかも分かんねえアミュレットなんかに興味あるんだな」

できるだけ情報は漏らさない。俺だって持ってる情報はそんなに多くねえからな。

「……で?それ、どういう代物なの」

知りたい、って顔に出てるな。

思わず顔が緩む。

「おっと、俺だってこの情報掴むのに危ない橋渡ってんだ。そうそう簡単に教えられるかよ。こういうのにはちゃんと対価を貰わねえとなあ?」

対価、を強調しつつダメ元で言ってみた。あしらわれたらあしらわれたで面白そうだし、と思ったんだが。

……驚いたことに、ハガサキはその白く長い指で、着ていたシャツのボタンを1つ外した。

……これだけ美人なんだし、こういう事にも慣れてんのかもな。それはそれでいい。

「で?」

「せめてもう1ついかねえ?」

調子に乗ってみたらまたあの氷の視線だ。ったく、たまんないね。

「……ったく、お高いね。……ああ、そのアミュレットはさっきも話したがとにかく状態異常だの精神に働きかけるものだのを無効にする。混乱させられたり、眠気を増幅させたり、あと麻痺させられたり、操られたりするのも無効だな。ただし、プラスに効果のあるものは通す。気持ちを盛り上げる、とか、眠気を覚ます、とか、な。……勿論欠陥もあるんだが……はい、ここまでだ。続きは追加料金の後で」

自分でも調子に乗ってると思うが、それでもいけるっつう確信もあった。

その証拠に、暫くした後ハガサキが折れてもう1つボタンを外す。

焦らしてくれるね。やっぱ慣れてんだろうな。

「もうちょっとサービスしてくれてもいいんじゃねえの?」

「続きは?」

折角だから強請ってみるが、相変わらず表面的な態度はつれねえな。

「……へいへい。で、そのアミュレットなんだが、どうしたってたかがアミュレット1つでそこまで完璧なものを作れるわけがねえ。となると、発動を常に装備者の負担で行ってんのか、或いはアミュレットの効果が完璧じゃねえ、って事になる。或いは両方か。……けどよ、装備者が発動の為に精神力削ったってよ、普通の防護魔法幾つ重ね掛けするのと同等だと思う?普通に考えたら並の精神力じゃ常に発動しておくなんてできやしねえんだよ。……で、更に俺は決定的な証拠を見つけました。はい、ここまで」

俺が台詞を切ると、ハガサキはまたボタンを1つ外す。

が、俺も動かない。散々焦らしてくれたんだからな。これぐらい良いだろう。

そう思って粘ったら、勝った。

ハガサキは残りのボタンも全部外す。

前が完全に開いたシャツから白い肌が覗く。これで今までに何人落としてきたんだか。

「で、証拠って?」

「……なあ、シャツ脱」

「脱がない。これで十分でしょ?で、証拠って?」

粘った方がいいんだろうが、俺もいい加減限界だった。

「はあ……話したら代金払ってもらうぞ?……あのな、前任の騎士団長。少し前に辞めたんだけどな?その理由ってのが……ほら、王都で少し前に剣闘士大会が あったろ。あそこに8人の騎士を連れて出たらしいんだな。ところが、そこに出てた異国人の女の、声、だったのか、あれは。……その声を聞いて、躰が動かなくなったんだとよ。アミュレットも装備してたのに、ってな。それで辞職、ってさ。ほら、これで俺の持ってる情報は全部話したぜ?」

自分でも馬鹿じゃねえのかと思うが、調べた事を洗いざらい吐いた。

それをしてもいいと思える程度には、俺はこいつに落とされてるらしいな。

「嘘。考察がまだでしょ」

しかし、とことん欲しがってくるね。

でも俺の方はもう打ち止めなんだがな。

「そうだなあ?……この続きは全部脱いでから」

ま、勝負だと思ってハッタリかましてみる。事を済ませてから適当にでっち上げでもすりゃあいい。なんなら逃げちまっても……いや、それは少々惜しいか?

こういう事に慣れてるんだろう、ハガサキに手を伸ばしても、全く動じなかった。

……と思ったんだが。


気づいたら、床で伸びてた。

……うお、腹が痛む。鳩尾のあたりが打ち身になってんな、こりゃ。

部屋にハガサキはもういなかった。荷物も無い。

……やられたな。くそ。道理で動じない訳だ。中々肝が据わってやがる。

やることも無いんで部屋を出ようと思ったら、ドアノブの余りの冷たさに手を離した。

嫌な予感がするんでもう一度掴んで、ドアを開けようとしたが……開かない。

凍ってるな、これは。

……この部屋に窓はあるが、出られる程でかくもねえ。

ったく、とんでもねえ奴だな……。




その日の夜、ハガサキは部屋に戻ってこなかった。

……っつうか、それから会うことが無かったな。

食堂とかで見かけることはあったが、俺が近づこうとするとすぐ逃げる。全く捕まえられなかった。

そうこうしてる内に中々の美人なねーちゃんが新しい大司祭として名乗りを上げたり、魔王の脅威が去ったとか言い出したりなんだりして、傭兵の仕事もなし崩しに無くなっちまった。

ここもかなり怪しいからな。その内突っ込んで調べてみてえ所ではあるが、とりあえず俺も一旦エイツォールに戻ることにした。

……ま、アミュレットの情報は手に入ったしよ、そう考えればそこまで悪い結果でもねえよな。うん。

ハガサキの方も、まあ、そこそこに楽しかったしな。残念ではあるが。

……そうだな、あの様子じゃあ、ああいう仕事を他にもやってんだろ。アーギスの方にでも出りゃあ、またなんかの機会にお目にかかれるかもしれねえな。

……なんてことやあんなことを考えつつ、俺は馬車に揺られてエイツォールに戻った。

さて、帰ったら真っ先にアーギスかククルツでの仕事を探すかな。


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