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ある質屋の店番

時系列は93話前後です。

視点は歌川です。

朝起きたら、まずはカーテンを開ける。

日の光が差し込んで部屋が明るくなると、それに反応して椎名さんが起きて騒がしくなるから、それで花村さんと池田さんと岬さんも起きて、女子は全員起きる。

身支度したら一階の台所で朝食の支度を。

男子を起こしに行くのは岬さん。岬さんがドアをノックするだけで三浦君が起きて騒がしくなるから、それで男子は全員起きる。

寝ぼけて支度の遅い加持は二度寝してる時があるから、私が叩き起こしに行く事もある。

……ジョージさんを起こすのは決まって花村さん。

花村さんは容赦がないから、流石のジョージさんも寝てられないみたいね。

それでも毎朝懲りずに寝坊するんだから、こればっかりは呆れるしかないわね。


こうして私達の一日は始まる。

「今日の店番は歌川と加持で頼むな。他の奴で仕入れついてきてくれる奴はついてきてくれや」

ジョージさんはパンを齧りながら指示を出す。

店番は基本的に二人一組。その他、ジョージさんの仕入れについていく人や、適当にのんびり過ごす人、町に食料品や日用品の買い物に行く人、家事をやる人、と、適当にその時々で仕事を分配して私達は生活している。

「今日は何の仕入れー?」

椎名さんが聞くと、ジョージさんはにやりと笑って返す。

「壺だな。とびっきり怪しい奴」

……また碌でもないもの仕入れてくるのね、きっと。

この店はお金に困ってる訳じゃ無い。

ジョージさんはお金と言わず、何でも増やせるから、商売なんてしなくたって生活していけるのよね。

それでも商売するのは世間体、ってだけじゃなくて、ジョージさん自身の興味とか趣味とか、そういうものなんでしょう。

だって、そうでもなきゃ、なんで質屋が仕入れに出るのよ!

……そうね。この店は質屋、っていうよりも、買取も行う雑貨屋、の方が近いのかもしれないわね……。

「へーっ、おもしろそー。今日はついてこっかな」

椎名さんも大概、変なものが好きだから。特に武器の類が好きみたいね。

最初は良く分からない子だったけれど、さっぱりしてて好感の持てる子だし、色んな事に一生懸命な所は美点だと思うし、結構好きよ。

「僕はパスで。なんだかタラのリエット食べたくなっちゃったから今日の買い物とご飯は僕の当番でいいですよね?」

「あ、なら私も混ぜて」

海野君はお料理が上手。池田さんもお料理が趣味だから、気が合うみたいね。

この二人のおかげで私たちの食卓は豊かになってるわね。

「俺もジョージさんの方についていくかな。今野は?」

「あー、俺はパスで。倉庫の掃除でもしとくわ」

相良は良くも悪くも真面目よね。別に怪しい壺の仕入れなんかに付き合わなくてもいいと思うけれど。

ジョージさんに何かあったとしても椎名さんだけで戦力は十分だと思うわ。

……バーサーカー、は、伊達じゃないのよね。

今野はきっと今日も倉庫に吊ってあるハンモックで昼寝を楽しむんでしょう。

ちゃんと掃除もやってもらうけれど。

「私もジョージさんの方に行ってみます」

花村さんも結構、変なもの、好きなのよね。

……花村さんの好きな変なものの筆頭はジョージさんだと思うわ。勿論、変な意味じゃなくて。

「加持君は店番だよね、じゃあ僕も居残る」

「おーおーそうしろ。歌川と2人とか落ち着かねーからな、助かる」

鏑木君は……なんというか、不安ね。

加持によく懐いてるんだけど、懐くなら相良とか海野君にしておいてほしい所だわ。

加持は要領がいい分色々得よね。鏑木君に懐かれたのも要領の良さのせいなのかもね。

「歌川、塩取ってくれ」

ジョージさんが私の横に置いてある塩の瓶を指す。

今日の朝食はパンとベーコンエッグと紅茶。

私はベーコンの塩気だけで十分だと思うんだけれど、ジョージさんには足りないのかしらね。

「あ、ジョージさん、腎臓悪くしますよ!」

「俺は減塩して長生きするよか、食いたいもん食って早死にしたいね」

花村さんの言葉ものらりくらり。

……一理あるって思っちゃうのは、私もジョージさんに毒されてるって事かしら。危険ね。




「んじゃ、店番頼むわ」

「いってきまーすっ!」

ジョージさん達が出かけてしまって、それぞれ好きなようにバラバラになった。

……私達が来てから、ジョージさんは好きなように仕入れに行けるようになった、って喜んでる。

元々そういう事が好きな性質なんでしょうね。あまりお客さんの来ない店でずっと店番してるよりは、外に出て怪しい壺を漁ってる方がジョージさんらしい、って思うんだけど。

カラリ、とドアのベルが鳴る。

「いらっしゃいませ」

……あまりお客さんの来ない店、は、もう無い。

私達が来てからお客さんが増えたみたいね。

「あら、今日の店番はウタガワさんにカジ君なのねえ」

よくいらっしゃるこのエーリアさんは、このお店の裏の鍛冶屋さんの奥さん。

「おはようございます。今日は何かお探しですか?」

「ええとね、傷薬。あるかしら」

傷薬。

……怪我人でも、出たのかしら。

「ありますよ。どんな種類が良いですか?……あの、旦那さん、お怪我を?」

「いいえ。ほら、今、神殿で人員の募集をしてるでしょう。旦那がそれに参加する、っていうんでね。剣も鎧も家にはあるけれど、薬とかは無いもんだから」

加持が隣で何かを探すフリをして蹲る。……笑ってるわね、これは。

……今、神殿から傭兵の募集が大体的に掛かってる。

これは、魔王が侵攻してきたからで……その魔王っていうのが、舞戸さん、なのよ、ね……。

裏側を知ってる分、複雑だわ……。

「そうですか。じゃあ、携帯に便利な形の薬、探してみますね」

加持をカウンターの内側に残して、とりあえず倉庫から薬を探すことにした。




エーリアさんに軟膏の傷薬を売ってしばらくしたら、またお客さん。

「いらっしゃいませ」

なんだか……運の悪そうな顔の男性ね。

「あの、すみません。運が良くなるお守りとかって、ありますか?」

また加持が笑いを堪えてるみたいだけれど、本人は至って真面目なんでしょう。

「あの、神殿の募集に応募するんです。僕、凄く運が悪くて……だからせめて普通の人並には運が良くなりたいんです。じゃないと魔王と戦って生き残れない気がして……」

魔王があの舞戸さん、っていう時点でそれはまず大丈夫だと思うけれど。

「探してみますね。少々お待ちください」

途中で本を抱えた鏑木君を見つけて、加持と一緒にいてやって、ってお願いしてから倉庫に『運が良くなるお守り』を探しに行く。

……あるのかしら、そんなもの。




倉庫で昼寝してた今野を起こして一緒に探したら、それっぽいものが見つかった。

それをお客さん……ワディさん、というらしい……に売って、また暇になった。

鏑木君が持ってきてた本を1冊借りて、読みながら暇をつぶして。

……この世界の言語って、この世界独特の物みたい。

だから最初、この世界に来た時は、文字が読めなかった。

でも、ずっと眺めてたら何時の間にか『翻訳』っていうスキルを手に入れて、それからはすらすら読めるようになって。……本当に不思議な世界よね、この世界は。


今読んでるのはこの世界の童話集。

1つ目は、傲慢な貴族が死者を蘇らせる薬を求めて破滅する、っていうだけの内容。

……この世界では人を生き返らせる事は禁忌なのね。怪我は幾らでも魔法で治すのに、どこで線引きするのかしら。

2つ目は、勇敢な少年が地の底を冒険して、地上に青空を取り戻す、なんていう冒険譚。

でも、この少年は結局地上には帰れないのよね。なんだかちょっと考えさせられる内容だわ。

3つ目を読もうとしたところで、丁度お昼時になって。

……お昼ご飯の準備を手伝わなきゃね。作るのは池田さんと海野君に任せちゃうけれど、配膳位は手伝えるから。

お店のドアに『準備中』の札を掛けて、午前中の営業は終わり。




タラのリエットとバゲット、サラダとスープのお昼ご飯を食べたら、営業再開。

午後もお客さんがちらほらやってきて、大抵皆、神殿の人員募集の為の道具を買っていった。特需、ってやつかしら。

今、神殿の人員募集の為に、デイチェモールの広場に『失われた恩恵』を使った空飛ぶ船が定期的に周ってくるみたい。

ここから神殿まで、馬車で半日、って所だけれど、空飛ぶ船なら2時間弱で着くみたいね。

……っていうのを、夕方帰ってきたジョージさん達から聞いた。

なんで、って、ジョージさん達、怪しい壺を買った足で、『神殿に売り込み』に行くために空飛ぶ船に乗ったみたいなの。

……それで、そのまままたデイチェモールに帰ってきた、っていうんだから、神殿の人にとってはいい迷惑だし……ああもう、仕入れに行ってこれなんだから。

「で、これがその壺」

……更に、その怪しい壺、っていうのが……。

「梅干し入ってそうだな」

「えー、アタシは味噌だと思った」

まあ、そういう見た目の壺で。

「……糠床よ、これ」

……中身は、糠床、だったのよね……。ええ、確かにこの世界の人にとっては怪しいでしょうよ。

「……あ、きゅうり漬かってる」

「でも状態はよさそうね。丁度いい漬かり頃じゃない?この壺、魔法の品なのかも」

……結局、その『怪しい壺』は、『中に入れた糠床がずっと元気な、漬けたものが漬かりすぎない壺』だったの。

なんていうか……ジョージさんと一緒にいると、過去にこの世界に来た『異世界人』が、何をやってたのか垣間見えて……時々、凄く、力が抜けるのよね……。

「ま、いーや、飯にしようぜ」

「今日のご飯、何ですか?」

「このきゅうり切ってみようか」

……こうして、私たちの一日は大体過ぎていく。


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