毒温泉旅行記
時間軸は158話と159話の間です。
視点は鳥海です。
毒温泉に入ります。
帰る前の異世界堪能旅行の最中の事。
「見てください。温泉ですよ」
「そうか。社長には温泉が見えるのか。俺には毒の沼地しか見えん」
んー……俺にも歩くとHPが1ずつ減ってくアレに見えるわー。
……っていう、毒沼地帯。
足元には毒物の池が湯気を上げている。
なんていうか、社長が嬉々として池の水(っていうかお湯?)を集めるレベル。
そして辺りは毒ガスでいっぱい!硫化水素とかそんなチャチ……でもないか、うん、まあ、そういうのじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしい奴だぜ!
んーと、多分毒沼が温泉状態になってるのが原因なんじゃないかなー。
なんていうか、社長が嬉々として集気瓶でそこら辺の空気を集めるレベル。
そこから分かる通り、地面がなんか温かい。
「地熱発電に丁度良さそうな立地ですよね」
社長がなんか言ってるけど、まあ、そんなかんじだよね。
……と、まあ、そんな立地なんで、マジで温泉もあった。
毒沼じゃ無い奴。あ、いや、訂正。
そこまで毒沼じゃ無い奴。
……まあ、んー、俺ら、『毒耐性』あるから。
だから、毒ガス真っただ中でも毒風呂でも平気っちゃ平気なんだよね。うん。ちょっと精神衛生上よろしくないだけで。
「折角だから入る?」
針生はノリと好奇心で生きてる気がする。生き急ぎすぎだぜ!
「……この毒ガスの中でか?」
「この毒入ってそうなお風呂にですかあ?」
「どうせ効かないですし、いいんじゃないですか?」
んー、社長は毒風呂に入りたいだけな気がするなー。
「……そういえば私達、お風呂というものに入るの、先輩の所で入った時以来だね……」
舞戸さんはちょっぴりお風呂に心惹かれてる模様。まあ、こんなんでも一応女の子だし。
「……僕は入ってもいいけど」
羽ヶ崎君も興味が……あ、違うか。んー、ツンデレ。
「折角だし、『毒耐性』を鍛えるってのもいいんじゃない?」
折角だから俺も賛成派に回ったら、皆折れた。
うん。もう必要ない気もするけど、トレーニングだと思えばいいんじゃない?ね?
折角の異世界見物旅行なんだしさ。
「できました」
社長が5分でやってくれました。
なんということでしょう。
あまりにも風通しの良かった温泉周りの地形も『土魔法』で様変わり。
目隠し用の壁が付き、のびのびと温泉に入れるようになりました。
天井はすのこ状につけ、敵襲への備えと明るさの確保を両立しています。
更に、温泉は2つに区切られて、舞戸さん用のお風呂と俺ら用のお風呂に分かれています。
これで同時に全員入れますね。
そして、温泉の脇には脱衣スペースも完備。
岩石の壁が棚になっている所に社長の気遣いと遊び心が感じられます。
……ってかんじ?かな?うん。
んー……できれば、この周りの毒ガスも劇的に変えて欲しかったんだけど、それはそのままっていうね。
流石社長の技ですわー。
「じゃあ、この布、手ぬぐいに使ってね。後で私が『お掃除』するまでずぶ濡れでいいなら着衣入浴も可。浴衣もあるから使いたかったら使ってね。じゃ、私はこれにて」
舞戸さんは一気に言って布の塊を3つぐらいぽすぽす置いて、そのままお風呂に入っていった。
……うん、手ぬぐいと浴衣と帯だわ。
「……舞戸さん、なんか嬉しそうだねえ」
「毒風呂に入るのが楽しいとか訳分かんないんだけど」
まあ、あんなんでも一応多分女の子だし。
……いや、女の子関係ないのかな?単純に温泉好きなだけなのかな?
「湯加減いいねえ」
「けっこういい温泉だねー」
もう加鳥と針生はすっかり馴染んでる。
着衣入浴って絶対風呂入ってるかんじがしない事請け合いだったから、全部脱いで入ってる。
「慣れれば毒風呂もそこまで悪くないな」
鈴本が遠い目しながら浸かってる。ま、俺達毒は関係ないから、気にしさえしなければ結局はこれも只の風呂なんだよねー。
「お風呂、久しぶりですもんね」
なんだかんだ言って俺達やっぱ日本人なんだなー、って。
一応舞戸さんの『お掃除』で清潔は保たれるけど、それとこれはやっぱ別ですわー。
はー、良いお湯ー。
「見てーくらげー」
針生が手ぬぐいでくらげ作って遊んだり。
「……角三君、のぼせたなら上がった方がいい」
「……うん……」
角三君がのぼせて沈みかけたり。
「折角ですし他の所にも入りますか?」
「はあ?もっと毒が濃い所入るってこと?正気?」
社長が狂っ……あ、これは平常運転か。サーセン。
……まあ、そんなこんなで楽しく温泉を満喫してたんだけどさ。
「なんか出てきたぎゃーっ!」
……なんか突如、壁の向こう側からそういうかんじの声が聞こえまして。
ばっしゃんばっしゃん水の音がしたなあと思ったら、地面が揺れて。
……あっこれあかんやつや。
「下から来ます!」
社長がなんか言ったけど気を付けようがないよねー。しょうがないよねー。
あっという間にべきべき地面が割れて、俺達は温泉のお湯ごと地下の空洞に落っこちた。
「下から来るとは」
横と上は気を付けたけど、下は完全ノーマークだったもんね。いや、どうしようも無かったと思うけども。
「……舞戸は?」
「ここだよー」
……っていっても、ちょっと先は暗くて殆ど何も見えない。
「あ、明り点けますね」
「いや待て刈谷!……俺達の装備を考えろ」
ああうん、ZENRAだよね俺達。
……あー……装備が何もないって、ヤバいかも。『転移』できないや。
「暗くて助かったあ……」
ね。いや、まあ、そのせいで舞戸さんが見つからないんだけども。
「俺は着てるから別にいい……」
角三君はのぼせて先に上がってたから浴衣着てるんだよね。うらやま。
「鳥海、『転移』は……」
「うん、腕輪外して温泉入ってた」
「私もバレッタ外してしもた……」
あー、舞戸さんの方も駄目かー。
参ったね、こりゃ。
地上が見えないっすわ。
多分埋まっちゃったんだろうなー。
……となると、この高さで装備無しで、って事で、ちょっと脱出は面倒かも。
「……よし。分かった。こうしよう。舞戸、聞こえるか?」
「おーいえあー」
「……何か着てるか?」
「シャネルの5」
「そうか。右腕以外にステルスかけろ。そして目をつぶれ。何も見るな。いいな?」
「いえっさー」
成程―。これで被害の拡大は防げますわー。舞戸さんがステルス搭載してて良かった!
「できたよー」
「よし。じゃあ刈谷、明り点けてくれ」
「了解でーす。『光球』」
刈谷が光の球浮かべて辺りを照らすと……。
「ぎゃー!腕と手ぬぐいが浮いてる!」
「ホラーだねえ」
手ぬぐいは目隠しみたいだね。うん。
「よし、舞戸、そこにいるな?目は閉じてるな?」
「手ぬぐいで隠してるよ」
「そうか。ならいい。角三君、浴衣、いいか?」
「え、あ、うん」
角三君が着てた浴衣を脱いで鈴本に渡す。鈴本がそれを空中の手に持たせる。
「何も見ずに着られるか?」
「余裕」
で、それを舞戸さんが着る。……んー、いや、なんていうか、浴衣が浮いてる。こういうモンスター居た気がするなー。マントと剣だけの奴。なんつったっけ。
浴衣を着終った舞戸さんはステルスを解除。
暗い所だし、できるだけ味方の位置が分かりやすい方がいいもんね。うん。
「……で、どうする?この高さで、しかも出口が塞がっちゃってるけど」
「あ、それならさ、あっちの奥に何かちらっと光が見えたから、あっちに行ったらどこかに繋がってるかも」
お。それは有力情報。
「よし。じゃあそっちに行ってみよう。いいか?」
まあ、全員から普通に賛成の声が上がる。他に手段が無いもんなー。
「……しかし、だよ、諸君。ここで1つ疑問に思ってほしい。何故この高さを落ちて私が死んでいないか」
……そういや、そうだね。
舞戸さんって自分の身長の半分ぐらいの高さから落ちると死ぬ……って事は無いけど、この高さ落ちて生きてるのは不自然っすわ。うん。言われてみれば。
「何故私が生きてるか、っつうとだな。……なんか、どろっ、としてぬめっ、としてもふっ、とした何かに着地したからなんだよ」
……どろっ、ぬめっ、で、もふっ?
「モンスターか」
「その可能性は非常に高いと思われる。私が着地した後、ずるずるっ、て動いてどっか行ったけど、まだそう遠くへは行ってない気がする」
あー……ますます装備が無いのが不安だなー。
俺とか角三君とか鈴本とか、得物が無いとホントになにもできない気がする。
「僕は杖無しでもそこそこ魔法使えるけど」
「俺も使えますが、この土地のモンスターともなれば毒は効きにくいでしょうから、あまり戦力として期待できないと思って下さい」
まあ、毒系のモンスターが出そうではあるよね。うん。
「俺も光魔法が一応使えますよ」
「僕も弱くなるけどビーム撃てるよ。風魔法もちょっとはできるよ」
「俺も闇魔法は撃てるかなー……でも、真っ暗で影ができてないからやっぱちょっと厳しいかも」
「……俺、そこら辺の石の破片とかで、『エネルギーソード』できると思う」
角三君は戦える、けど、盾も鎧も無いんだよね。無理はできないと思う。
やっぱり戦力はかなり落ちる。
装備が無いっていうのはなー……。
「仕方ないですから、俺と羽ヶ崎さんを中心に戦う事にしましょう。刈谷は照明係と回復もしないといけないので、MPを節約してください。角三さんは、状況を見て動いてください。鎧も盾も無いですから、安全第一で」
まあ、結局こうなった。
魔法が効かない相手が出たら角三君で何とかなるかちょっと試してみて、それでも駄目だったら、諦めて逃げて、鈴本と針生で空飛んで天井を崩せないかやってみる、っていうかんじかな?
「じゃあ、舞戸は悪いが運ばれてくれ。目隠ししている以上お前を歩かせるわけにはいかない」
「いえっさー」
「鳥海、いいか?」
で、舞戸さん運搬係は俺になった。
……ま、そうね。
装備が無い以上、タンクとしての戦い方はできなさそうだし、魔法も特に使えないし。
空も飛べないし回避に特化してる訳でも無いから、今回一番役に立たないのは俺と舞戸さん、って事で。
「んじゃーちょっとごめんねっと」
舞戸さんを持ち上げる。安定感考えて横抱きかなー。鈴本が前やってたみたいに俵担ぎにするのはちょっと可哀想だよね。
……。
「重くてすまんね」
うん、補正もあるし、そこまで重さは感じないんだけどね。
なんていうか、うん。
うん。……でもこれ、舞戸さんなんだよなー。
「……えっと、大丈夫?」
「え、ああ、うん、平気」
返事しなかったからか舞戸さんが不審げっていうか不安げに聞き直してきたから答えたけど、ちょっと問題かなー。
何が問題って、まあ、なにがなんだけどああいや何でもないっす。ういっす。
「あ、光、見えるね」
最後尾って凄く新鮮ですわー。
最前列を行く羽ヶ崎君とか加鳥とかも今新鮮なんだろうなー。
「……ただ、外の光にしては色が」
「紫っ!」
……んー……あれは、外の光、っていうよりは……。
「あ、なんかいるね」
「『アイスコフィン』」
そしてなんかいたらしく、相手の出方を見るより先に羽ヶ崎君が氷の棺桶にそれを詰める。
……。
「え、嘘、これで終わり?」
刈谷が照らして確認してるのかな、あれは。
「あー……完璧に凍っちゃってますね。多分毒液のモンスターだったんだと思いますけど、だから冷凍されたら動けなくなっちゃうタイプっていうか」
後で聞いたら、ベト○ターとか、ベト○トンとか、そういうかんじのモンスターだったらしい。
うん、そりゃ、凍ったらアウチだわ。
「で、光ってるのはこれですか」
そのモンスターの居る所の奥に、妖しく光る紫の石があった。これが光源かー。外じゃなかったかー。
「……これは……」
多分『鑑定』したっぽい社長の表情が変わった。
「『毒の源』だそうです。持って帰っていいですか?」
「好きにしろ……」
「じゃあ早速」
半分呆れたみたいな鈴本の許可を得て、嬉々として社長は台座みたいな所からその石を外す。
……と。
「あ、消えちゃった」
凍ってたモンスターが消えた。
「この石はここら一帯の毒を固定していたもののようです。台座から外すことでその効力を失って、この毒のモンスターは消えたんでしょう」
あー、そういう奴なのね。へー。
「……で、どうやって帰る?」
「しょうがないので、俺が土魔法で足場を作って、天井を変化させます。落盤の危険もあるので覚悟してください」
あ、そういう。
俺はてっきり鈴本と針生が頑張るのかなー、とか思ってたけど、よく考えたら社長が頑張った方がいいよねー、うん。
んで、社長が頑張った結果、落盤っていうか、落石は数回あったけど、なんとか外が見えるようになった。
社長が作ってくれた階段を上がっていって外に出て。
「あ、毒の霧が消えてる」
「毒沼も温泉になってますね」
なんということでしょう。さっきの石をとってきたせいか、さっきまでの毒っぷりが消えてた。
やー、正に劇的っすわー。
「俺もっかい風呂入りたい……湯冷めした……」
「いや、諸君、その前に装備見つけないとだな、帰れないぞ、私達」
「あー……」
……結局、日暮れまでお風呂に浸かったり装備の発掘したりしながら過ごして、なんとか装備を全部回収。
「色々あったけど楽しかったねー」
「……俺は当分、温泉、いいや……」
……ま、こういうのも偶にはいいんじゃないかと思うけど。
「また入りに来ようよ」
「その時は着衣入浴でな」
ね。偶には、ね。
後のメイドさん人形温泉街である。




