透き通ったヒーロー
時系列は作中と最終話後です。
視点はソックスレー抽出器です。
ソックスレー抽出器です。
ソックスレー抽出器です。
ちわっす!自分、ソックスレー抽出器ッス!
え、ご存じないッスか?
まあ、そういう分野に興味のある方じゃないと自分の事知らなくても普通だと思うッス。
自分、名前の通り、物を抽出するのに使って頂いてるッスよ。
仕組みは興味があったら調べてみてくださいッス。きっと感動していただける事請け合いッスよ!
そもそもッスねえ、俺の何が凄いかって、二重構造のガラス管の曲線美とその機能性が……
……しかし自分、今までずっと倉庫の棚の中でして。
ああ、きっと新品のまま使われずに、いつか地震か何かで割れてこの生涯を空しく終えるんだー、って、半分諦めかけてたんスよ。
でも最近は殆どフル稼働させて頂いてるんスよ!
道具冥利に尽きるッス!
……俺を使って下さってるのはちょっと不思議な方達ッス。
……えっと、その方達って、人形なんスよ……。
人形。
あ、ひとがた、じゃなくて、にんぎょう、ッス。あの紙のぺらい奴じゃ無いッスよ。布とかでできたふかふかしてる方ッス。
そのふかふかのお人形さん達が俺を使ってるんスよ。
……そりゃ、驚いたッスよ。
俺も理系の端くれッスから。非現実的な事に直面してかなり慌てたッス。
しかも、最初はそのお人形さん達、俺の使い方危なかったんスよね……。
落としそうだったり、すり合わせンとこが上手くいってなかったり。
ヒヤヒヤもんでした。
けど、舞戸先輩が丁寧に俺の使い方をそのお人形さん達にレクチャーして下さってから、お人形さん達の俺の使い方は一気に良くなったッス。
それに、なんてったってふかふかッスから。傷つけずに操作してもらえるんスよね。
その時にそのお人形さん達が舞戸先輩のお弟子さん、っつうか、そういうのだって事も分かりました。
それで、それから俺は、ほとんど毎日ミントの抽出をさせてもらえるようになったッス。
そのお人形さん達の燃料らしいッス。詳しい仕組みは全然わかんないッス。
俺、ファンタジーとかメルヘンとか良く分かんないんで。
……分かんないんスけど、まあ、働けてうれしい事は確かなんで。ハイ。
今日もミントの抽出頑張るッス!
でも、そんな日は永遠には続かなかったんスよ。
なんかこう、揺れて、光って。
気づいたらまた棚の中に居たッス。
ずっと俺がしまわれてた棚ッス。
梱包もそのまんまで、俺、なんか夢でも見てたんスかね……。
……ずっとそのままッス。
俺はまた、使われない道具に逆戻りしちまったみたいッス。
いや、あれはもしかして、俺が見てた幻覚だったのかも……。
……寂しいッス。
……棚の中はずっと暗いんで時間の経過って人の声とかで把握するしかないんスけど、多分、夜だったと思います。
棚ががらがら、っていきなり開いてびっくりしてたら、あのお人形さんが2体いたんスよ。
あれ、おかしいな、って思ってたら、俺は担がれて、運ばれて。
……気づいたら、広い広い草原でした。
お人形さん2体は俺を担いだままふわふわよたよた飛んで行って、その草原に建ってる建物の中に入っていきました。
……そこには、なんとなく、窓から見たことがあるでっかい狼さんとか、俺の仲間みたいな素材感の蜘蛛さんとか、そういう方々もいらっしゃいました。
……それから、フラスコ先輩もそこにいらっしゃいました。
『おー、ソックスレー抽出管。お前も連れてこられたか』
先輩はなんだか嬉しそうでした。
フラスコ先輩も俺と同じように、新品のまま棚にしまわれてたらしいッス。
俺達違う棚に居たんで、ミントの抽出に使ってもらえるようになるまではお互い知らなかったんスけど。
『えっと、先輩、ここは』
『あの世界だろ。多分』
……まあ、多分そういう事なんだと思うッス。
ただ、お人形さん達は元気が無くて、何体かは寝たまま動かなくなってました。
元気のないお人形さん達が数体がかりで俺達を組み立てて、ミントを詰めて、水を入れて、良く分からない原理で火を点けました。
……つまり、抽出ッス。
久しぶりの仕事に喜んでたんスけど、お人形さん達は仕事が終わったらばたばた倒れちゃいました。
……ソックスレー抽出器は、ほっとく時間が長い抽出器ッス。
だけど、だからっつって、完全に放置していいわけじゃないんすよ!溶媒が漏れて揮発しちまった分を足したり、火加減調節したりしないといけないんスから!
なのに、誰もそういう調節をしてくれないッス。
『先輩、これってヤバくないっすか?』
『ヤバいな。このままいくと、俺もお前も中身が焦げ付く。そうしたら下手すりゃ、実験器具生命の終わりだ』
あー……そうッスよねえ。
……どうしましょう。周りにはもう動いてるお人形さんが居ないッス。
え、えええ、こ、これは……ピンチっす。
そうしてる内に、溶媒が少なくなってきたッス。
あとはもう煮詰まって焦げていくだけっす……。
俺は覚悟を決めたッス。
お人形さん達が動けなくなったのは、ミント抽出液が切れたからだと思うんス。
原理は分からないけど、とりあえずこのお人形さん達、ミント抽出液が燃料らしいッスから。
だったら、それが補充されればいいんスよ。
俺の中には、まだ落ち切ってないミント抽出液とミントの出がらしが残ってます。
これがあれば、1体は動けるようになると思うんス。
……柘植先輩がなんかの時に、ちょっと言ってました。
この世界は残酷な位、望めばそれができてしまう世界だ、と。
望めば。
……このお人形さん達は、俺に実験器具生をくれたッス。
使われない道具に意味なんて無いんスよ。
だったら、俺はこうするッス!
男ソックスレー抽出器!覚悟を決めたッスよ!
『おい、馬鹿!やめろ!』
俺はフラスコ先輩から外れて、台の下で倒れてるお人形さん達めがけて落下して、割れて中身を
『……あれ?』
気づいたら、フラスコ先輩の上で抽出やってました。
『あ、ソックスレー抽出器!気づいたか!見ろ、お前のおかげでまた動き出したぞ』
フラスコ先輩が教えてくださって見てみたら、そこかしこをあのお人形さん達がわたわた動いてたッス。
そして、その内の1体が俺をみていきなり敬礼したッス。
そしたら、他のお人形さん達も一斉に俺の方を見て敬礼して。
『あ、あの、俺割れたんじゃ』
あれは夢じゃなかった、って事ッスよね?
『覚えてないのか。まあ、無理も無いな。お前は人形の上に落ちて、それがクッションになって割れなかったんだ。でもミント抽出液は零れて、その人形を復活させた。あとは俺に溜まってた抽出液を使って他の人形も復活して、って具合だ』
……ああ、そ、そんな幸運が……。
『ははは、良かったじゃないか、ソックスレー抽出器。お前はこの人形達のヒーローだ』
『やめてくださいよ、先輩。照れるッス』
でも、言われて見れば、お人形さん達の視線はどことなく尊敬を含んでるみたいで、なんかちょっと嬉しいような……。
どうも!自分、ソックスレー抽出器ッス!
今、『メイドさん人形帝国本部』でフラスコ先輩と一緒に働いてるッス!
自分たちの仕事は、お人形さん達の燃料になるミント抽出液を作ることッス!
それから、もしお人形さん達が俺達の事を忘れたら、フラスコ先輩と一緒にガタガタやって気づいてもらうのも仕事ッス。
この世界は、望めば何でもできる世界ッス。
そこに生き物かどうかなんて関係ないッス!
なので、俺達はとりあえず、ちょっと動けるようになったッス!
すり合わせがおかしかったら自分たちで動いて勝手に直すッスよ!
俺達は考えてるし、感じてるし、そしてついでに動くようになったッス。道具としては邪道かもしれないけれど、それでも俺は今の俺に満足してるッス!
さあ、今日も仕事ッスよ!俺達がこのお人形さん達の活動を支えるッス!
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……なんつーかよ、とこよ達が勝手に動き出した時点でなんかおかしい気はしてたんだよな。
だっておかしいじゃねえか。
普通の人形だぞ?カトリが作ってたような、あの、なんだ。うぃんうぃん言いながらそこら辺掃除する機械。あれならまだ分かるぜ?あれは勝手に動く。動いて然るべきだよな。うん。
けどよ、とこよ達は違うだろ。いくら舞戸とパスが繋がってるっつったって、限度があるだろうが。
……けどよ、なんつーんだ、あれ。いや、あいつ。あのグライダみてえな素材でできてる奴だ。
あいつまで、動き出しやがった。
……何なんだ?一体。なんでこいつらは動いてやがるんだ?
……あれか?舞戸の頭ン中にあった、『付喪神』って奴か?
いや、流石に神、ってぐらいなんだから、そうそう簡単になるもんでもねえだろうし……。
……くそ、駄目だ。分からん。
ああ、止めだ、止め。こういうのは気にするだけ野暮ってもんだよな、ああ。
あいつは動いてるし、考えてるし、感じるんだ。それに違いはねえ。
……今はそれで充分だろ。




