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実験室の外の花見

時系列は1話前です。

視点は化学部の顧問です。

「花見でもする?」

提案してみたら思いのほか食いつきが良かった。


「せんせー!ビニールシートが発掘されました!」

「せんせー!場所を確保してきます!」

鳥海と針生が勢いよく実験室を出て行く。

今日は天気もいいし、桜も丁度満開だし、「花見でもする?」って提案したんだわ。

普段は僕からこういう提案はしないんだけどね。こいつらなんか煮詰まってたし、たまにはいいんでないの?って。

実験も早めに終わっておやつ時だし丁度いいわな。

舞戸と羽ヶ崎と加鳥が買い出しに行って、他が総出でビニールシートとか紙コップとか、そういったものを発掘する作業に従事。

花見の場所は図書館の裏手あたりになる予定らしいね。

あそこは丁度でっかい桜の木があって綺麗だから。


買い出しに行ってた連中も戻ってきて、花見が始まった。

「桜だね」

「咲いてるね」

……以上!

こいつら花を見るほどの風情の欠片も持ち合わせちゃいないから、単純に遊ぶいい機会を手に入れた、位のノリなんだろうなあ。

適当に買ってきたお菓子とかをつつきながら、連中の桜談義が始まる。

「死体が埋まってるんだっけ」

「梶井基次郎か」

舞戸が桜の木の根っこを見ながら中々に文学少女的な事を零すと、鈴本が反応した。

「……別に美しさが信じられない、って程でもない気がするけど。普通に花弁があってがくがあってめしべとおしべ付いてて」

「それが死体から出る『水晶のような液体』でできている、とはにわかに信じられないな」

ここ2人はこういう話ができるみたいけど、他は完璧に理系男子共なんで付いていけてない。

「何、それ」

「梶井基次郎の『櫻の樹の下には』っていう奴。主人公がさ、桜があまりに綺麗なんで不安になって、その理由をこじつけて安心しようとした結果が『桜の樹の下には屍体が埋まっている!』なんだよ」

「え、何それ意味分からん」

……うん、まあ、深く考えるもんでも無い気がするし。

彼らにとっては名作もそんなもんかもしれない。

「まず桜が綺麗で不安になるのが分かんない」

まあ、針生はそもそも不安なんつーもんを持ってるのか甚だ疑問な所はあるな。

不安っつうもんを持ってるならこいつはもうちょっと早くから宿題始めるだろうし。

「その下に死体が埋まってるっていう発想になるのも分かんないよねえ」

中二病こじらせてるう、と加鳥がくすくす笑う。

現代っ子の感覚だとそうなっちゃうのね。

「死体が埋まってるって思ったら安心する、っていうのも分かんないっすわー」

うん、まあ……そういう理屈をどうこう、っていう話じゃないし。あれ。

「え、でもなんかいいじゃないですか。桜の樹の下には死体が埋まってる、って、なんか良くないですか?」

刈谷はこういう所が繊細でいいと思うよ、僕は。

「……え、なんかやだ」

角三は別の方向に繊細だなー。

「日本全国の桜の木の下を掘り返したら、1体2体、死体が出てきてもおかしくないとは思いますが」

社長がなんとも物騒なことを言うけど、まあ、あながち無い話じゃないね。

「影響された人もいるだろうな」

「でもそういう人は残念ながら逆に桜を見て安心できなくなっちゃうんだろうね」

埋めた本人はそうだろうね。

うん、想像力が豊かで大変よろしい。

「でも桜も選ばないといけません。ソメイヨシノは結構病気に弱いので、下手に根を傷つけたら簡単に枯れるんですよ。ですから死体の隠し場所にソメイヨシノの樹の下、というのはお勧めできません」

あー、そういやそういうのも聞いたことがあるな。

枝が折れただけでも枯れる事があるんだっけか。

「え、じゃあ社長的に死体の隠し場所のお勧めは?」

「そもそも隠さないといけないような死体を出すのが間違っています。やるなら糖尿病にしておいてから打つインスリンの量を間違えたり、カフェインを大量に与えておいて睡眠障害にして交通事故を狙ったりする方がいいです」

お前らは人を殺す予定でもあるのかっ!

「死体が出ちゃった時は家畜に食わせるのがいいって聞くけど」

羽ヶ崎、お前はどこでそれを聞いたんだっ!

「埋めるときは人があんまり入らないような山の中に6m位穴掘れば大体大丈夫らしいよ」

「海に沈めるのってどうなの?」

「錘付けても浮いてきちゃうらしいから良くないんじゃない?」

「燃やすのにも光熱費かかるしなあ」

……こいつらはどこでこういう物騒な知識を身に着けてくんのかなー。

折角の花見だってのに、もうちょっと風流な話題はないんか、お前らは!




それから大分物騒な話題が続いて、その後でいつものようにトランプで遊びだした。

「はい角三君ウノって言ってないー!」

「……あ」

針生に指摘されて角三がしょんぼりしながらカードを2枚引く。

「はい、上がり」

羽ヶ崎が赤と青の4を重ねて出して上がり。

「ウノって」

「残り2枚から上がったんだから言う訳無いでしょ」

ウノって、同じ数字のカード2枚をとっとくと上がりやすいよね。

「あー、いいなー、ドロツー」

「あ、よかった、あったよ。ドロツー」

「え、あ……針生、ごめん、ドロフォー」

「え!?俺!?」

あー……角三はさっき引いた2枚の内の1枚がドロー4だったのか。

人生万事塞翁が馬。




ちょっと職員室行って戻ってきたらなんかやってた。

「あっくそ!もうちょっとだったのに逃げた!」

「気流を読まないと取れないよねえ」

割り箸片手に、落ちて来る桜の花びらと格闘してた。

……掴む気らしい。

「あ」

そんな中、角三が声を上げた。

「……とれた」

そして自慢げに割り箸の先に挟まれた桜の花びらを見せる。

おー、凄い。

「とれました」

社長も取れたかー。粘るなあ。




それからもう少し粘った所で、風が出てきて寒くなってきたのと、桜の花びらがますます掴みにくくなったっていうことでお開きってことになった。

結局角三と社長と刈谷が掴めただけだったみたいね。

「やっぱり綺麗だけど不思議でも怖くも無いなあ」

シートとかを片付けながら舞戸がぼやく。

「俺達ももう少し年とったら分かるのかもな」

「分からない方が幸せなんじゃないの、そんな病んでるような感覚」

そうね。僕もそう思うよ。

「……でも、夜に見ると、ちょっとそんなかんじする時、無い?」

でも角三の言う事も分かるんだよなあ。

なんつーの、もちっとこう、昼間よりもこの世ならざるものに近くなるかんじはするね。

いや、それ、夜に見ると大体全部そうなるって話かもしれないけど。

「夜桜?んー、俺は怖いとか不気味とかとは思わないかな。なんか神秘的だとは思うけど」

「綺麗だよねえ、夜桜も」

「来年は春の合宿、もうちょっと遅らせて桜が咲く位にしましょうよ」

何やら楽しそうに来年の計画を話してるけど、お前ら来年はもう受験生だからな。

いや、あんまり根詰め過ぎても良くないとは思うけどさ。

「……まあ、この世界のどこかには死体が根元に埋まった桜の樹の1本や2本あるだろうさ」

鈴本がそう言って桜の木を見ている。

「そう考えるのも浪漫だよね」

「浪漫ですね」

……舞戸の考えてる浪漫と社長の考えてる浪漫は別物のような気がするんだよね。うん。

「来年もお花見できるといいなあ」

「お弁当持ってきてもいいかもね」

「え、やだめんどくさい」

「えー、羽ヶ崎君めんどくさがりー」

そんなことを言いながら実験室に帰っていく連中を見て、こいつらはあと何回お花見できるのかね、なんてことをふと思った。

少なくともあと1回は、できる、っつうか、やると思うけど。

……なんか、卒業して全員バラバラになるのか、ずっと長く一緒にいるのか、全然想像つかないんだよね、こいつら。

仲はいいし、一緒に居てお互いに良い関係だし。

できれば後者が良いと思うけどね。

桜って1年に1回、ほんの1週間ぐらいしか綺麗に咲いてないけど、そこに意味があるとしたらこういう事なのかもしれんね。

……再来年もお前ら、お花見できるといいね。


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