1年上から見る彼ら
時系列は1話前と1話後から最終話までのどこかです。
視点は糸魚川です。
私が舞戸に初めて会った時の事、よく覚えてるわ。
あれは入学式から数日の事ね。
桜が見苦しくなってきた頃、舞戸が部活の見学に来たの。
あの子が一番乗りだった。誰よりも先に見学に来たのよね。
実験室の後ろのドアが遠慮がちにそろっ、と開いて、目が印象的な可愛い女の子が覗いてたのよね。
……あああああ、可愛かったわ!あの時の舞戸、本当に可愛かったわ!今も可愛いけど、あの時の舞戸は永久保存ものだったのよ!
……で、その私達だったんだけど。
「あ、いらっしゃーい」
その時の部長が、全然気が利かない木偶の棒みたいな奴だったのよね。いらっしゃーい、とは言ったけれど、だからどうしろ、っていうのよ。
だってその時、私達全員、4月の終わりにある科学教室の為に……花紙で、お花作ってたのよ。
真ん中の机をみんなで囲んで。
花、折ってたのよ。
舞戸の可愛さと気まずさが重なって時間が止まった感覚だったわね。
……普通、化学部の見学に来たらお花部だった、っていうんだったら、帰ると思うのよね。
なのによ?
「あ、適当に入ってー。そこら辺に鞄置いてー」
とかって部長が言ったら。
「……お邪魔します」
ぺこん、ってちょっと頭下げて、入ってきちゃったのよ。舞戸。
……私、その時なんとなく、この子はこの部に入るな、って思ったわ。
それから慌ててお花片づけて、実験をちょっとやって見せたのよね。
科学マジックの類の。ちょっと見栄えのいい奴。
確か……酢酸ナトリウムの過飽和、ね。
少量の水と多目の酢酸ナトリウムを試験管の3分の1になる位まで入れて、それを加熱して溶かして、溶けたら水に静かにつけて冷ます。
冷めたら、その中に酢酸ナトリウムの結晶を1粒だけ落とす。
そうしたら、試験管の中に入れた粒を種にして、酢酸ナトリウムの結晶の華が咲く。
科学教室でも人気の展示の1つね。
結晶が広がって試験管の中が結晶に浸食されていく様子を見て、舞戸は試験管に手を伸ばしたのよね。
それで、「あ、やっぱりあったかい」って。
……酢酸ナトリウムはエコカイロの原料になってるのよ。お湯で溶かして、衝撃を加えて結晶化させる。その時に熱が発生して、それで暖を取る。
だからまあ、当然温かいんだけど。……説明を先回りされたみたいで、ちょっとびっくりしちゃって。
で、そこら辺でだったわね。
……男子が1人、やっぱり覗いてたのよ。
ええ。柘植ね。
……柘植は先輩と話で盛り上がっちゃって、舞戸とは全然喋らなかったわね。
……ええ。そうね。
舞戸があいつらとまともに話し始めたのって、結構後になってからだったのよ。
その次の日も舞戸は遊びに来てくれた。
その日はもう何人か1年生が見学に来てたわね、確か。
舞戸はその中に居た女子に話しかけられて、何か話し始めて。
……あの時は割と普通に見えたのよね。1年生の女子同士で仲良くやれたらいい、位にしか思ってなかったし。
ただ、舞戸よりは化学に興味が無いように見えたわね。今思えば当然だけど。
……そう。それで、その日は舞戸の他にも何人か、今うちに居るのが来てたのよ。
針生と鳥海と羽ヶ崎と刈谷、だったかしら。
綿火薬を手の上で燃やして遊んでたわね。
あれ、ちゃんとできてて湿気てなければ、手の上で燃やしても一瞬で燃えるから熱くないのよね。
……それで、舞戸もそっちが気になり出したみたいで。その女子と一緒に綿火薬の机に寄っていって。
その女子は嫌がってやらなかったけれど、舞戸は嬉々として綿火薬を手の上で燃やしてた。
舞戸はそういう子だ、っていうのはその時になんとなく分かったわ。
自分の興味のある物を恐れない。理性で行動できる。
……実際はちょっと違ったかもしれない。あの子、火をあんまり怖がらないのよね。
いっぱい使ってるからなんでしょうけど。
綿火薬の説明をぼんくら部長から聞いてる舞戸を見て、ますます私は舞戸が気に入った。
ちゃんと化学に強い興味があって、好奇心が強くて、理性で行動できる子。
しかも可愛い。
もう、最高よ。
しかもしかも、あの子の作るプリンって、凄く美味しいのよ……。
秋休み中にお楽しみ会みたいなのをやったことがあって。
その時、女子は1人1品何か持ってくる、っていうことにしたのよ。
なんでって、舞戸の得意料理がプリンだ、って聞いたから。先輩権限で。つい。出来心で!
……衝撃だったわね。家庭でこんなにふるふるっ、としてて、とろける舌触りの、しかもそれでいてくどくないプリンが作れるんだ、って。
凄く美味しくて、余ってたのも貰ったわね。ええ。反省はしていません。
美味しいものを食べるのに遠慮してたら食べられないもの。食べるわよ。私は、私が食べたいものに遠慮なんてしないわよ。
……因みに私はその時にクッキー焼いてきたんだけど、罰ゲームに使われたわね。
『大富豪で大貧民になったものは糸魚川が焼いてきたクッキーを食え』っていう具合に。
ええ。分かってるわ。あれはちょっと失敗したわ。もちろん次やる時は成功するけれどね。
……ええ。そうね。
私が舞戸を可愛がったから、っていうのも他の女子が退部した原因かもしれないわね。
もちろん、ちゃんと女子は全員平等に扱ったつもり。
でも、舞戸は実験の腕も良かったし、何より、気が利くのよ。凄く。
ピペットが欲しいな、って思ったら、もう舞戸はピペット持ってきてるのよね。
ガスバーナー点けなきゃ、って思ったら、もう点けてるの。
人の行動の先を読んで必要な物とか事とかを予測するのが得意なのよ、舞戸は。
……だから、実験する時に手伝いが欲しかったら舞戸を呼んでた。
それを間違いだったとは思わないわ。
6月の科学展に出展する時は舞戸を共同研究者として発表した。正しいわよね。実際、最後の方は舞戸と一緒に計画立ててたし、質疑応答も舞戸が答えることがあったし。
そんなのだからあの子は秋の科学展に出す時は一人で研究して出展して、県の科学展にまで出すことになったのよね。
……そうね……その頃だったかしら。舞戸が他の部員と話し始めたのって。
多分最初は柘植だった。
あいつはそういう話をしたくてしたくてたまらない奴だから。
鉱物か毒物関係の話でも振って、それで舞戸が『面白い奴』として認識されたんでしょうね。
知識があって、楽しく自分の興味の土俵で議論できる相手だったら……あいつは女子でも男子でも、なんなら人間じゃなくても気にしないでしょうよ。
そうしたら、少しずつ他の1年生も舞戸と話すようになるのよね。
化学の話から脱線して、ゲームの話してることもあったわ。舞戸も結構好きみたいだから。
それで、科学展に出展する頃には結構仲良くなってて、出展が終わったら、もっと仲良くなってた。
夜遅くまで残ってポスター作ったり、質疑応答の練習したりしてたから。
私もその時に舞戸と仲良くなれたんだと思う。
なんだかんだ言って、やっぱり長くいれば仲良くなるのよね。人間って。
それに趣味が合えば尚更よ。
舞戸はすっかり溶け込んで、8人のよき友人と、私や他の2年生っていうよき……よかったわよね、よき先輩、って、言ってもいいわよね?うん。よき先輩を手に入れた。
時々プリンを後輩に強請る先輩でも、よき先輩で在れたと思うわ。
そうして私達は3年生になって、受験勉強で忙しくなって、夏前に引退した。
……舞戸の事ばっかり言ってるけれど、別に同学年の部員と仲が良くなかったなんてことは無かったわ。
後輩たちには負けるかもしれないけれど、私達だって休日に一緒に出掛ける程度には仲が良かったもの。
だから、夏休みが長く感じられたわ。
ずっと実験室に居て、エアコンも利かない中で実験して、馬鹿やって、騒いで、思いっきり遊んでたのに、今年はそれが無くて。
……あんまりにも夏休みが長いから、勉強が捗ったわね。ええ。それは良かったかもしれない。
でも、だから舞戸達には時間を大切にしてほしいな、って思った。
1年しか先輩じゃないけれど、先輩としてアドバイスする事があるとしたら、それだけね。
1秒1秒を楽しむこと。それだけ。
私も後悔はしてないわ。遊び足りない気もするけれど、こんなもんでしょう。
でも、舞戸は別よ。
もっと楽しく無きゃ駄目。
私よりも楽しく無きゃ、絶対駄目。
それから私は推薦であっさり大学が決まっちゃって、暇になっちゃって。
……それでちょっと京都に一人卒業旅行したりして。
やっぱり友達が居た方が楽しいだろうな、って思ったわね。一人も嫌いじゃないけれど。
ちょっと寂しくなって、お土産を後輩たちに配るために茶道部に行って。
……そこで、私たちはまた楽しい事に遭遇した、って訳。
異世界なんてね。中々滅多に体験できることじゃないし。
……でも、私の代の化学部員は他にいなかった。
皆自宅のちゃぶ台で勉強が捗るタイプだったから、学校に残って勉強なんかしてなかったの。
それだけが、この世界にきて残念だったこと。
でも、後輩達は居て、しかも凄く頑張って元の世界に帰る手段を探してた。
その後輩達が学校に居た全員を引っ張ろうとしてて。凄く格好良くて、凄く素敵で、楽しそうに見えた。
……そんな後輩達の先輩でいられた、っていうのが、この世界に来て、いいえ、来なくても、来る前から嬉しかった事。
……それから、舞戸のご飯を、特にプリンを凄くいっぱい食べられた、っていうのも良かった事ね。ええ。




