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死は彼らを分かたない

時系列は110話と123話とそれ以降の何処かです。

司祭長(大司祭)アリアーヌ視点です。

酷いです。

色々酷いです。

恋愛云々の話になっています。これは酷い。

アリアーヌさんが嫌われても文句言えないレベルです。

相当な覚悟を持ってお読みください。









「酷い人」

「……は?」

そう言うと、彼は少し意外なほどに気の抜けた声を出しました。

「あなたが魔王を見る目で分かりました。あなた、魔王が好きなんでしょう」

きっと彼からは、私の表情は逆光になって見えない。




私は彼に恋をしました。

それは多分、初めて会った時。彼が身分を隠して只の異国人として神殿に来た時。

彼の瞳に射貫かれたようで、その時の感覚は今も熾火の様に胸に残っています。

それから彼が、この世界を滅ぼそうとする魔王軍の1人だという事が分かって、懺悔する日が続いて。

そして彼は、また現れた。

……彼が持ち掛けたのは神殿とこの世界を守る計画でした。

多分、その時に分かったんです。

彼が見ているものは私じゃないっていう事が。

……残酷な人。

せめてもっと、もっと徹底的に私を誑かして利用しようとしてくれたら、私も彼を嫌いになれたのに。

中途半端に真摯なせいで、私は彼を嫌いになれない。

彼は神殿とこの世界を救いたいだけなんだと、痛いほど思い知らされました。

そこに私は本当なら必要ないんでしょう。きっと代わりなんて幾らでもいる。

彼は私が私だから私に話を持ち掛けたのではなく、司祭長アリアーヌであるから私に話を持ち掛けたのでしょうから。

熱に囚われているのは私だけ。彼はあの夜の月光のように、ただ冷たく真っ直ぐなだけ。




だからこんな意地悪な事をわざわざ言いました。

……駄目で元々で魔王に彼と話させてくれるように頼んだら、あっさり承諾されてしまったんだもの。そういう星の巡りだったんでしょう。

「……多分、あなたが考える好き、とは違いますよ」

暫く考えた彼は、そういうことを言いました。

本当に残酷な人。

「余計に性質が悪いわ。だって絶対に越えられないんだもの」

「そうですね」

至極あっさりと私の言葉を肯定しさえするんですもの。

もうちょっと困ってくれたっていいと思うのは我がままでしょうか。

「昨日の晩、そういえばあなたは一言も、私に甘い言葉の1つも言ってくれなかったわ。あれだけロマンチックな状況だったのに」

そう言って初めて、少し彼が動揺したのが見えました。

伏せられた睫毛が闇色の瞳に濃く影を落とすのを見て、意外と睫毛が長いのね、なんて思ったりして。

「嘘は言いたくなかったんです」

言葉さえ嘘でなければ嘘にならないなんて事はないでしょう。

けれど、少なくとも言葉の上では、彼は嘘なんて一つも言わなかった。

彼は自分の心を裏切らなかったのだから。

彼は自分に嘘を吐かない道を、器用に選んで進んだだけ。

「そういう所、素敵だと思います。だから私、好きになったんですもの」

言葉にしたら、さっきよりももっと反応がありました。

彼ほどの人なら、好意を向けられることなんて幾らでもあるのでしょうに。

「でもやっぱり、私じゃあなたの一番にはなれないんでしょう?」

「……はい」

彼はずっと黙って視線を床に彷徨わせるだけだったから、私自身に追い打ちをかけるみたいに言葉を続けて。

それで、もうこれでお終いにできるんです。勝手に熱に浮かされて勝手に想うのも、もう終わり。

短い恋でした。


「不思議な方。あなたと魔王を結ぶものは一体何なのかしら」

声は震えていなかったんじゃないかしら。

諦めはもうとっくについていたのだから。

「友情と尊敬です」

今までの歯切れの悪さが嘘みたいに、はっきり彼は答えました。

もしかしたら、彼自身、自問自答していた答えなのかも、なんて思ったり。

「愛では無くて?」

「愛も恋も存在しません」

彼が帯びた異国の剣のように鋭くはっきりと、彼は断定しました。

「……私、友情と尊敬に負けたのね。ちょっと複雑です」

「……そうですか」

私にとって恋はとても大切なものでした。

でも彼にとってそうである訳じゃ無いんですよね。それは分かります。

「俺に言葉が足りていないのかもしれません。自分でも違和感がある」

突き放すような言葉の後に、ゆっくり彼は喋り出しました。

「本当に尊敬していて、大切な仲間だと思っています。そしてそれは、今の俺にとって何よりも大切なことなんです」

「間違っていないと思います。愛や恋がこの世で最も尊いなんて欺瞞もいい所だわ……でも、それは本当にそう思っている場合よ」

彼はきっと嘘を吐いていない。

少なくとも、彼自身に対して嘘だと思うような事は言っていないのでしょう。

でも、それじゃ私は納得できないんです。

「本当にあなたは魔王に対して何も思っていないのですか?彼女が他の人にとられても何も思わないの?」

彼が魔王に対しての思いを隠しているような気がして、どうしても納得できないんです。

「そういう話がお好きなんですか」

彼の目が私に向けられて、背筋が凍るような気持ちがしました。

冷たくて鋭い視線。

……なんで忘れていたんでしょう。彼がその気になれば、私なんて一瞬で殺されるのだというのに。

「……これは私のわがままです、から。……答えてくださらなくても結構です」

彼から視線を逸らすと、空気がふと緩むような感覚。

「友人の門出を祝う気持ちにはなると思いますよ」

さっきまでの空気が嘘のように、また穏やかな調子で彼はあっさりと言いました。

「そう、ですか」

やっぱり納得できません。

言葉はあっさりしている癖に、じゃあなんで、あなたの瞳はここじゃない何処かを見ているの。

……でも彼はこれ以上言葉を重ねる事はないのでしょう。


「……アミュレット、お返しします。ありがとうございました」

そう言って彼は、私が彼にあの夜預けたアミュレットを、私に差し出しました。

「いいえ、それはあなたが」

「これからあなたにますます必要になるでしょうから」

あの魔王に対抗するために必要になる、と、言いかけて、その魔王と彼の間にあるものに思い当たりました。

……なら、こんなもの、いらないわよね。

「……そう、ですね。返してもらった方が良さそうだわ」

アミュレットを受け取って自分の首にかけて、その冷たさと重さを感じて。

「近いうちにまた来ると思います。また、それまで」

そう言って彼はテラスに向かって足を進めていきます。

「はい。魔王さんにも、よろしくお伝えください」

その言葉が聞こえたかどうか、という所で、彼の姿は消えました。

静かになった部屋を、窓から差し込む光が照らしているばかり。

「変えなきゃ、ね」

私が何を思っていても、時間も魔王も待ってくれない。

私にできることは、神殿を変える事。

そうしているうちに、私自身も変わっていけるでしょう。

神の元に生きて死ぬと決めた命ですもの。今更、何を。

……何を。




その日のうちに、私自身が大司祭として名乗りを上げました。

その時にあのアミュレットを掲げて、大司祭の証として。

そうして神殿は大きく変わっていくことになりました。

私自身は、色々な人と会って話して、色々なことを決めて、そしてその合間を縫うようにして調べものを続けました。

神殿の正しい歴史を調べて、魔王の手から守らなければ。

……そう思って始めた調べ物は、その内意味を変えていきました。

神殿の歴史は思っていた以上に曖昧で、魔王と女神様が本当に戦っていたのかさえ、分からなくなりました。

そして、女神様が、今もいらっしゃるのかどうかさえ。

少なくとも、今伝わっている歴史は、かなり捻じ曲げられたもののようです。

……あの魔王は、この神殿を見て何を思ったのでしょう。

それを考えると、居ても立ってもいられなくて、禁書棚にも手を伸ばして。

そうして私はこの世界の歴史の断片を知っていくことになりました。




正式に大司祭になる日の前日の夜、魔王がやってきました。

一人です。

「……今日は、お一人なんですね」

「あいつは置いてきた。……そう残念そうな顔をするな、傷つくではないか」

言ってみたら、そんな言葉が返ってきて驚きました。

魔王、も、こういう冗談は言うんですね。

……ちょっとだけ、魔王が身近に感じられたような気がしました。


それから魔王に進捗を話して、素直に色々な事を言いました。

女神がこの世界に居ないのではないか、という事さえ言ったのに、静かに微笑んでいるだけで。

……この魔王、という存在がますます分からなくなりました。

「……あの、失礼かとは思うんですが……聞きたいことがあるんです」

だから、その勢いで、凄く失礼な事を聞いてしまったのです。

「魔王さんは……あの方のことが好きなんですか?」


「勿論。……恐らくお主の思う好きとは違うのであろうがな」

静かに微笑みながら魔王ははっきりと答えました。

それは、彼の答えと酷く似ていて。

「……じゃあ魔王さんがあの方に抱いているものは?」

少し、声が震えてしまったかも。

もしかしたらこの次も、と思って。

「尊敬と友情だな」

……ああ、やっぱり。

凄く悔しい。

「異性間で友情が続くとでも?」

凄く嫌な事を言ったと思います。

だって、だって、こんなの私は知らないんですもの。

こんなに強固な関係なんて。

……嫌な事だっただろうに、魔王は表情一つ変えずに、凄まじい事を言いました。

「いつかは終わりがくるだろうな。あいつらは最高だ。恋人としてどうなのかは知らんが、少なくとも、友人としては最高の連中だし、尊敬できる連中だ。あんなに面白い連中なんだ、そう遠くなく、恋人ができたりするだろう。その時には、私は居ない方がいい」

さらり、と魔王はそんなことを言って、優雅にカップに口を付けました。

……あの時、彼が言いたかったのは、こういう事だったのかもしれません。

彼が、『素直に祝福する』と言ったあの時、彼が見ていたのもそういう未来だったのでしょう。

「終わりが来ると分かっているのに一緒に居るの?」

「異性間の友情は成り立つと信じているからな」

……きっと彼は、彼女が誰か知らない相手と結ばれたとしても、本当に心から祝福するのでしょう。

今なら納得できます。

彼らの世界は、真っ直ぐで鋭くて、私には触れられない世界なのでしょうから。


「あの人は……あの人も、あなたとの間にあるものは、友情と尊敬だ、って、言ったんです」

カップの中身を空にして、魔王に伝えると、ほんの少しだけ、驚いたような表情になりました。

「本当に、酷い人たち。……ねえ、魔王さん、私達、お友達になれますか?」

……ありえない事を言ったと思います。

でも、魔王は私の手を握ってくれたんです。

「これからも、よろしくお願いしますね」

こうして私は違う世界に生きている人と友達になりました。




神殿はそれからも大きく変化し続けています。

まだ神殿はこれからです。ここが踏ん張りどころよ、って、自分に言い聞かせながら、毎日なんとかやっています。

こんな私でも、神殿を、この世界を変えることができるなら、それに勝る喜びはありません。


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