カーテンコールはもうちょっと後で
時系列は112話以後から大体140話位までのどこかです。
視点は演劇部の明石です。
演劇部が戦います。
「愛してる。死んでも愛してる」
真っ直ぐな目に応えるように、私も真っ直ぐ見て。
柔らかく、できるだけ綺麗に笑いながら。
「ちくわ大明神」
そして大爆発っ!
「『崩壊』はあの2台詞だけできちゃうんだな、っと。メモっとこう。他にもっと良いのってあるか?」
「あれ以上に『崩壊』するものってそうそうないんじゃないかなっ?」
やっほー、私、明石千尋!身長163㎝、体重は内緒!
趣味は演劇!特技は演劇!好きな食べ物は舞戸が作ってくれたベーコン、嫌いな食べ物は特に無いよっ!
何やってるのかって?
そりゃー、私たちのスキルの特訓だよっ!
今やってたのは、『崩壊』!
演劇をいきなりぶち壊すことで大爆発を起こすっていう技だよっ!
これのいいところは、さっきみたいに台詞2つだけでできちゃうって事と、その火力っ!
もっと長くやって雰囲気を高めればもっと高火力な爆発になるんだよ!
欠点は演劇がそれで終わっちゃうってことだね。
ちゃんと続いてた演技なら、それをそのまんま続けた方がいい事の方が多いし、これは『どうしようもなくなった時』の技だねっ!
……あるいは、さっきみたいに「愛してる」「ちくわ大明神」だけで倒せちゃうような敵用だね。
私達演劇部は、こうやって演技することで戦うんだ。
なりきる、っていうのが私たちの得意技!
最強の剣士に『なりきる』ならば、私は最強の剣士にも、魔法使いにもなれる。
絶世の美女から悪の魔王まで、演技の幅は無限大だよっ!
空想の世界、演技の世界では人間は皆完全フリーダム!いくらでもなりたいものになれるし、やりたいことができるんだ!
……私たちは、それを具現化する能力をこの世界に来て持った、ってこと。
「次の戦闘では新しい脚本をやってみたいんだ」
戦い方を考えて、指揮をとってくれるのが副部長兼脚本家の紫藤だよっ!
私達の戦いは、演劇。
だから、その戦闘に合わせた演劇の脚本が必要になってくる。
そりゃー、もちろん、即興でやるのだって面白いけど、そのキャラクターの性格とか、過去とか、そういうのがきっちりしてる方が『なりきる』事は簡単だし、その方が完成度が高いんだよね。
だから、私達には脚本が必要。
どう動くか分からない敵に対して、決まった脚本で演じる。多少のアドリブは入っても、それは変わらない。
それでも破綻しないように脚本を作る、っていうのは大変だと思うよ。
でも、紫藤はそれができるから……好きこそものの上手なれ、って、ホントだよねっ!
というわけで、部員全員に脚本が配られたよ!
……ふむふむ。
おもしろいなー、これ。
敵のモンスターを『呪いでモンスターにされた恋人』として扱うのかー。
それを倒して呪いを解くと同時に最愛の恋人を失う、っていう悲恋ものだねっ。
これは力が入りそうだよっ!
……おー。
そっかあ、もし主人公が『恋人』にやられかけても、仲間が声を掛けることで話を進められるのかー。
フォローもばっちりだね、これなら。
苦戦すればするほど強くなれる脚本だから、すっごく強い奴に会っちゃった時にはこれかな。
できればやりたくないような、すぐにでもやってみたいような、変なかんじ。
私、そこまで戦うのは好きじゃない。
けど、自分の演技が形になって見えるっていうのは面白いし、そういう意味では戦うのも好きなのかもね。
お昼ご飯を食べながら、全員で脚本の読み合わせ。
「やめて!もぐもぐ、目を覚まして!」
「駄目だ、もう聞こえてない!もぐもぐ」
「くそっ、遅かったか……もぐもぐ!」
……お昼食べながらやると、緊張感に欠けるよね。
この世界に来て、『女優』なんていう職業になっちゃってから、脚本を読んで覚えるのが凄く早くなった。
それは皆一緒みたい。
だから、一回読み合せたらもうすぐにでも演技できちゃう!
楽しいなー、楽しいなーっ!
こんなにさくさくできるなんて、楽しすぎるよっ!
一回通してみたら、結構出来が良かった。
皆、すごく演技が上手くなっちゃったからなー。形になってすぐに見える、っていうのは効果絶大だよっ。
紫藤がもうちょっと脚本を直したりして、これでとりあえずこれは完成!
あとは滅茶苦茶強いモンスターが来たら、これを『上演』する。
……うー、楽しみなような、来てほしくないような……。
って思ってると、来るんだなっ!こーゆーのがっ!
「何あれ、エリンギ?」
「エリンギっぽいね」
向こうのほうから、のしのし何かがやってくる。
よく見たら、でっかいきのこ……エリンギっぽいね!
「でっかいなあ」
「エリンギ何本分だろーねー」
「いいからお前らスタンバイしろ!『上演』だっ!」
皆で見てたら紫藤に怒られた。
分かってるって!
いーじゃんちょっとっくらいエリンギに見惚れたってさー!
……あれ、倒したら焼いて食べよっ!
えへへ、エリンギのベーコン巻き……。
「『只今より上演いたしますは『氷雨:第三部』。悲しき愛の物語でございます』」
『音響係』の夏木が放送すると、『照明係』の森ちゃんが『架空』の照明を落とす。
それだけで、あたりは真っ暗になる。
演劇はスキルを通して、『架空』を本物にする。
……開演。
「『さあ、天秤にかけろ!お前の恋人か!俺達全員の命か!』」
「『いやだ、選べない!俺には選べない!』」
「『こうしている間にも!見ろ!町の人達は死んでいくんだぞ!』」
金子が示す方に、半壊した町が、逃げ惑う人々が現れる。
……ううん、ずっと、あった。最初からあった。
今、見えるようになっただけ。
そして、でっかいエリンギがそこに引っかかって止まる。
エリンギが暴れる度、町は壊れていく。
そして、そこにあるであろう、人の命も。
「『お前がいつまでも腑抜けた事言ってるなら、もういい。俺達だけであれを片付ける!』」
そのセリフと私を残して、皆は町の方へ走っていく。
「『俺は……』」
私は、主人公になる。主人公になって、葛藤する。
恋人を呪いで化け物にされて、絶望する主人公。
「『愛してるんだ、本当に、愛してるんだ。世界一大切なんだ。あいつが居ない世界なんて、生きていたってしょうがないんだ』」
愛する人が愛する人でなくなり、そしてそれを殺さなくてはならない。
でも、もう答えは出てる。そこまで含めて、主人公。
「『でも、お前なら、こうしろ、って……言うんだろ?』」
手の剣は、化け物の首を一刀で刎ねる業物。
神から与えられた伝説の剣。
「『エゴかもしれないけど、こうしないと救われないんだよ!俺の手で終わりにしないと!せめて!』」
化け物にされた恋人に向かって駆ける。
街並みが私の後ろへ飛んでいく。
そして、跳躍。
真っ向から、向き合う。
呪いで化け物にされた恋人に。
……。
「でもエリンギなんだよねっ!」
「ちょ」
……その瞬間、大爆発。
「エリンっ……エリンギっ……!」
「やめ……耐えてたのに……耐えてたのに……!」
『崩壊』が発動しちゃったみたいだね。
「おい明石ぃいいいいいい!てめえええええええ!」
……うん!『崩壊』の過去最大威力をマークしたよっ!
「いや、だってさ、エリンギだよ?無理無理、せめてドラゴンとか、いっそゾンビとか、そういうのならさあ、いいけどさあ……恋人がエリンギ……」
「無理だな」
「無理だよね。明石もしょうがなかったと思うよ。結果として美味しくなったしいいんじゃない?」
そう!あの『崩壊』の爆風で、巨大エリンギは真っ黒焦げになっちゃったんだよね。
でも、ちょっと表面削ってみたら、中は丁度よく焼けたエリンギそのもの!
醤油をちょっと垂らしてみんなで食べてる所だよっ!
なんだか凄く美味しいよっ!
「結局新しい脚本自体の威力は分からなかったじゃねーか!」
「いたっ!」
紫藤に殴られた。
うん、ごめんね。
「ったく……いや、でも、エリンギは……無いな」
「無いでしょ!あれが恋人だったら別の意味で泣くよっ!私はっ!」
「だよねえ」
「紫藤も諦めろよ。もういいじゃん。ほら、食え食え」
エリンギはでっかかったからね!いっぱいあるよっ!
「『……よかったのか』」
「『言うな。お前まで殺したくなる』」
『俺』は、仲間を睨む。
そいつが逃げていった所で、もう一度、墓石に向き合う。
空っぽの墓だ。
何もこの下には埋まっちゃいない。
あいつはゴーレムの動力にされて、そのままゴーレムと一緒にバラバラになって死んだ。
だから、あいつの死体は残っちゃいないんだ。
そして、それをやったのは『俺』だ。
俺があいつを殺した。
悔んじゃいない。そうするしかなかったんだから。
「『なあ、これ、受け取ってくれるか』」
墓の上に、指輪を置く。
あいつに渡すはずだったものだ。
「『……結婚、しよう』」
墓の上で、実のなった桑の木が風に揺れる。
「『これにて『氷雨:第三部』は終幕でございます』」
結局その脚本は、次の日に出てきたでっかい石の巨人相手にもう一回やって、大成功を収めた。
うん、やっぱりこうじゃなきゃね!
……エリンギは、無いよっ、やっぱり!
この巨人の死体(?)なんかになるかなー?
大道具とかもそろそろ新しいのが欲しいなって思ってたんだよねっ!
なににしよっかなー。
「おいおいおいおいおいおいおいおい!来てる!なんかまた来てる!」
……って、思ってたら、紫藤が慌てて声をかけてきた。
見てみたら、向こうの方に今度は金属の巨人がいるのが見えた。
……わーおっ!さっきのより固そうっ!
でも、『俺』の剣なら、あの位、なんてこたぁない!
「再上演だ!お前らスタンバイしろ!」
「イエッサーッ!」
今日のカーテンコールはもうちょっと先になりそうだねっ!




