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実験室の四月一日

時系列は1話前です。

視点は化学部顧問です。






「おはよう。宿題進んでる?」

今日は春休みなんだけれども、部活の日だっていうんで、僕も駆り出された。

どうせやることと言ったら、新入生勧誘の為のあれやこれやだから、別に僕がいなくてもいい気もするんだけどもね。

……まあ、今日という日は、絶対見てた方が面白いだろうなー、っていうのもある。

「俺、まだ数学が終わってないんだー」

「ダウト」

ほーら、来た。

「お前が『数学が終わっていない』だと?『数学以外も終わってない』だろう?」

鈴本がにやりと笑って針生に言うと、針生が渋々といった様子で、ポケットに手を突っ込んで星の形のチップみたいな奴を鈴本に手渡した。

……うん。




「おはようございます。さっき角三さんから遅れる旨の連絡が入りました」

社長がさらっと嘘ついて入ってきた。

角三はさっき自販機に飲み物買いに行ったんだけど、角三が出ていってから来た鳥海と刈谷には分からない事なんだよね。

「そうですかー、寝坊ですかね?」

「引っかかりましたね」

社長がにやり、と笑うと刈谷が頭を抱えた。

「社長が仕掛けてこない訳ないじゃーん。ドンマイ!」

鳥海が刈谷の肩を叩いて笑う。

そして、刈谷は社長に星の形のチップを手渡す。

……うん、まあ、今日はそういう日……じゃねえよっ!なんで競技と化してるんだよ!




まあ、予想はしてたけど、今日は『嘘を嘘と見抜けない奴は化学部で生活するのは難しい』という事で、四月一日、エイプリルフールに便乗した嘘つき大会をやってる模様。

朝来た瞬間から始まってたから、多分、事前にルールとか決めておいたんだろうなあ。

こいつらのこういう方向に向かう努力が僕は割と好きよ。

「嘘を嘘と見抜けなかったら見抜けなかった奴は騙した奴に星を1つ手渡します。逆に、嘘を見破られたら騙した方が星を渡さないといけません。星の持ち数は1人3個です。持っている星が0になったら負けです」

「さらに本日の12時の時点で星が3つ無い奴は午後罰ゲームを実施!」

「ちなみに嘘を吐いた吐かれた以外での星のやり取りもアリです!買収したりするのもアリってことで!」

……ああ、うん……それさ……うん、なんでもない。


そして、彼らは一見普通に部活を始めた。

「という訳で、ビラはこんなかんじでいい?」

舞戸が幾つかビラのデザインを考えてきたらしく、机に並べている。

「このイラストはどうしてこうなったんだ。何故爆発している」

「事実を記したまでだよ」

そういや、社長が前爆発させてたなあ。

「化学部ってこんなにカッコいいロゴで名乗るものじゃないと思う」

「じゃあもうちょっとゆるくする?」

いや、別にいいんじゃないの、ビラなんだし。

「……活動日間違ってる」

「えっどこどこ」

「……星」

えっ嘘っ!?

……角三が舞戸から星を巻き上げた。

いやー、こういうこともあるんだねー。

まさか角三が。角三が。

……まあ、なんというか、こいつの事だから後でまた巻き上げられるんだろうけどなー。




「じゃあ部活動勧誘期間は以上の見世物を用意、ということでいいか」

今年は結構派手にいくらしい。

炎色反応の実験とか、ニトロセルロース燃やすとか、気化したジエチルエーテルを金属板の坂に流してそれに火を点けるとか。

なんつーか、派手。

炎色反応は適当にぶち込んどけば大抵何とかなるし、ジエチルエーテルは下準備殆ど要らないんで金属板曲げたりするだけなんだけど、ニトロセルロースは予め作っておかないといけないし、かといって作ってから放置しておくと湿気って燃えにくくなるし。しかも反応が上手くいかないとこれまた燃えにくい。

派手さを追求するならちゃんと作らないとね、っていう事で、彼らは代々先輩たちが残してくれているレシピを元に、ニトロセルロースづくりに励んでいるのだった。

……実際はちょっと湿気ってる、位の方が火が見えて派手かもしんないけどね。

上手く出来過ぎると燃えるのほんとに一瞬だからさ。

「えっと、脱脂綿どこにしまったっけ」

「薬品庫の奥の棚の一番右の引き出し」

鳥海の疑問に答えた舞戸は炎色反応の『適当にぶち込んでおけば』の方をやってる。

……っつっても、ゴミ箱から空き缶拾って来たり、洗った空き缶切って縁を潰したり、と、やらなきゃいけない事は多いし、汚れ仕事になるから舞戸以外やりたがらない。

というか、他がやりたがらないの見越して舞戸がやってるっていうか。

「あ、あったわ。舞戸さんありがとー」

「ダウト!あるわけないでしょ!私が今朝脱脂綿全部移動させたんだから!」

「あーやられたー」

鳥海が戻って来て星を舞戸に渡す。つまり嘘に嘘をつかれたのをカウンターしたのか?高度だなー。

しかし、コレで舞戸はまた星3つかー。

4つあるのが鈴本と社長と角三、2つしかないのが針生と刈谷と鳥海。

……まだ羽ヶ崎と加鳥が動いてないのが不穏だな。

この二人はことブラフゲームに関しては強いみたいだし。

……あ、もしかして星3つを維持して戦わずして勝とうとしてる?




「あとは明後日位に出して乾燥させればいいか」

「じゃあもう今日の部活終わり?」

「やらないといけないことは終わりじゃないかなあ」

さて、ちょっと職員室行って戻ってきたら、羽ヶ崎が舞戸にカウンター食らって星1個を失った以外は特に何も無く進んでた。

……というか、意外だなー、なんで羽ヶ崎が舞戸にばれたんだろ。

「じゃあ大富豪?」

もう全員の答えを聞くまでも無く鳥海がトランプを引き出しから出して切り始めた。

「そういえば古典の宿題終わった?」

「えっ何それ」

「え、あったっけ」

「ダウト」

加鳥がさらっと針生と角三をひっかけて、羽ヶ崎にカウンターされた。

それで+1だから十分だろう。

「あれ、俺、これリーチ掛かってる?」

「掛かってる」

針生は残り星1つだからあと一回でゲームオーバーだ。

うん、僕は絶対こいつはゲームオーバーになると踏んでる。


「じゃー8で切って4で上がり」

「俺も10のダブル出して7で上がり」

「私も2出」

「あ、ジョーカー使う」

「酷い!ならばスぺ3だ!」

「あっ酷い」

「まだスぺ3出てないの分かってんじゃん馬鹿じゃないの?」

まあ、なんというか、分かって無くて多少おバカなのが針生だからなー。

「ちなみに罰ゲームってどうすんの?なんか決めてんの?」

「各自1つずつ考えて紙に書いたものがこの袋の中にっ!」

あー、自分が引く可能性を考えたらあんまりハードなのにはできないし、かといって他人が引く可能性を考えたらつまらないのは書きたくない、ってなるわな。

「見てもいい?」

「いいですけど、口には出さないでくださいね」

はい、と鳥海が袋を寄越してくれたので、中身を見る。

「……うわあ」

うん、何も言うまい。

「先生、口に出てます」

いや、これぐらいはいいでしょ。

「やーただいまただいま。今お手洗いに行ったら窓が割れてた」

「ダウト」

「いや、まじで」

舞戸が羽ヶ崎から星を巻き上げる。

……なんだろ、羽ヶ崎は舞戸に弱いの?

「窓割れてたのでとりあえず先生にご連絡です」

「そっか、うん、どうもね」

さて、じゃあそれはちょっと報告してこなきゃいかんね。

また職員室行ってこなきゃーなー。




帰ってきたら針生が脱落してた。

「あ、やっぱり?」

「やっぱりって何ですか先生!」

そして角三も脱落してたのは分かるんだけど、羽ヶ崎も脱落してた。

「……なんでお前も?」

「知りません」

舞戸が星5つでにまにましてるから多分また舞戸にやられたんだろーなー。

……こいつの意外な一面を見てしまった。

「ちなみに俺は星8つです」

あ、社長はもう安泰だね。

「というか、何をやってこんな短時間でこんなに星が動いたの」

「ちょっとした雑談ですよ」

……社長はなー、こいつしか持ってない知識が幾らでもあるからなー。

「塩よりグルタミン酸ナトリウムの方が致死量が多いと言ったら簡単に引っかかりました。カウンター失敗で大いに稼がせていただきましたよ」

……え、つまりホントなの、それ。

へー、知らんかった。

「それからベートーベンの失聴は鉛中毒だという話をしたらまた」

あ、それは知ってる。

……となると、むしろ脱落が3人だけっていうのが不思議なんだけど。

「その後舞戸が良く分からない無駄知識で一通り稼いで」

「加鳥がまたマニアックな知識を……」

……うん、益々不思議になってきた。

「その結果トイレに行った俺が星3つで残り、刈谷が2つで残っています」

あ、成程。

鈴本と刈谷は逃亡という手段に出た訳だ。うん、賢い。

でもあと数分で星を1個以上取らないと刈谷も別室送り……じゃないか、罰ゲーム対象だけど。

「ところで今日俺のパンツはピンクなんですけども」

そういう訳か、刈谷がこういう事を言い出した。何言ってんだこいつ。しかし。

「奇遇だね、私もだよ」

舞戸もそう言った為、全員思考が停止したらしい。

巧いなー。

……今のこいつらの脳味噌の中、当ててみよう。

『こいつがピンク色のなんか持ってるか!?いや、でもこいつの事だから今日の為にわざわざ買うという事も考えられるッ!』

だ。多分。

刈谷のパンツの事は全員忘れてるんじゃない?これ。

「……ダウト」

結果、悩んだ末に鈴本が絞り出すような声でそう言った。

「んー、俺もじゃあダウトで」

「僕はいいや」

「じゃあ俺はダウトで」

そして。

「残念ながら本当なのだよ、諸君。星を寄越すんだ」

「そして俺のパンツについては嘘なのに突っ込まれなかったので全員星を寄越せ下さい」

……まあなー。

僕も良く分からんけど、多分、婦人物の下着って3枚セットとかで買うとピンクが1枚ぐらい入ってるんじゃないの?いや、知らないけど。

「これで俺は星7つですねぇ」

刈谷がほくほくしてる。

「私も星が7つになったよ」

舞戸もほくほくしている。

……そして、この残り時間なのに鈴本が星1つ、鳥海が星2つになるという喜劇。


結局鈴本も鳥海も星会得ならず。

そりゃあ、このゲームのルール上仕方ない。

このゲーム、攻める場合、『嘘をついて見破られる』時は星をとられるけど、『嘘じゃない事を言う』場合には、自分の星は絶対に減らない。しかも、上手く引っかかれば相手から星を貰える。

そして、慎重な性格の鈴本はそのドツボに嵌まるし、鳥海は攻めてみても時間の関係で結局はイーブンで終了。


「それじゃあ競売タイムに入ります。制限時間は今から10分です。それではスタート」

ここまで再現しなくてもいいと思うんだけどなー。

まあ、こいつらがどういう交渉をするのかは気になるから、見物させてもらおっと。

「……舞戸、お前はきのこかたけのこかで言ったらたけのこだったよな」

早速鈴本が舞戸に交渉を持ちかけている模様。

「俺の鞄に入ってるんだが、食っていいぞ」

「……星1つとたけのこ1袋、っていうので、どうだね?」

あ、釣られた。

「……1袋しか持っていないんだ」

「じゃあ残り1つは誰かから買うんだな」

ここはこれで交渉成立みたいだね。

「舞戸さーん!罰ゲームより酷くない事だったらなんでも言う事1個聞くから星3つちょうだい!」

針生は自分を売りに行った。

……多分、あれは針生が書いた奴なんだろうなー。自分が引くことをもっと考えろよっての。

「断る」

まあ、断るわな。他人の不幸は蜜の味っていうし。

「じゃあ刈谷!」

「ええっと……じゃあ、星3つ、どうぞ」

え、いいんだ。

「わーいありがとう!刈谷大好き!」

まあ、刈谷ならそこまでえげつない事はさせないよなあ、多分。

「……社長、星1個、売ってくれないか」

「嫌です」

「加鳥は」

「うーん、嫌」

鈴本はさっきから交渉が難航してるね。まあ、しょうがないね。

「角三はいいの?」

「……いいです」

潔い。

「羽ヶ崎は?」

「あと星を3つ以上余分に持っているのは舞戸だけです」

そうだねえ。

「僕はあいつと交渉するのは嫌です」

……まあ、多分潔い。

「鳥海は?」

「まあ、折角だしいいかなーって」

いいのか。肝が据わってるなー。


「はい、じゃあ終了。星が3つに満たなかった人は別室送りです」

……あ、よく見たらこの袋、『別室』って書いてある。妙に凝ってるような凝ってないような。

「……『語尾に『にゃん』を付ける』……にゃん」

「うわあ、あんまりしゃべらない角三君が引いても面白くない」

舞戸が残念がってる所を見ると、これを書いたのは舞戸らしい。

うん、まあ、針生あたりならともかく、角三が引いても面白くないわな。喋らないから。

ますます寡黙になるだけっていうね。

「『先生の肩たたき10分』かー。んー、当たり引いた?」

また僕をこうやって罰ゲームとして使うー。

まあいいけど。

「ほら、気張って叩け」

「うーい」

座ると鳥海が肩を叩き始めてくれる。役得だけど複雑だなー。

「先生」

気づいたら羽ヶ崎が目の前に立ってた。

「好きです」

僕の後ろで鳥海が「ぺひゅっ!」とかいう変な声を出して呼吸困難に陥る。おーい、肩たたきが止まってるぞー。

「……紙、見せてみ?」

真顔の羽ヶ崎から紙を受け取って見てみると、案の定「愛の告白をする」って書いてあった。

だから何故僕の所に来る!

「そうかあ、うん、僕も割と君、好きよ?」

こんなしょーもない事やる所とか、舞戸に星巻き上げられるところとか。憎めない性格してるよね。

そして鈴本も紙を引く。

「……なあ、『末っ子』なんだが、これは何をすればいいんだ」

「全員お兄ちゃんって呼べばいいと思うよ」

あー、書いたの鳥海か。

「そうか。分かった。お兄ちゃん」

そしてまた鳥海が呼吸困難になった。背後で五月蠅い。

「お兄ちゃん達、そろそろ昼飯にしないか?」

全く照れもせずに真顔で全員(舞戸含む)を「お兄ちゃん」呼ばわりしていく鈴本。

「ところでお兄ちゃんはお兄ちゃんに買われたんだから言う事聞けよ、お兄ちゃん」

お兄ちゃんお兄ちゃん五月蠅いけど、つまり針生と刈谷の事だろうなあ、多分。

「えーと……じゃあ……ゴミ捨て、お願いします」

刈谷は迷った挙句、一杯になったゴミ箱の中身を見てそう言った。うーん、甘い。

「わーいオッケー!」

「おいお兄ちゃん、それはずるくないか」

「もうちょっと……厳しくてもいいと思う、にゃん……」

ほら見ろ、可哀相な連中から抗議の声が上がってるぞ。

「まあ、星をとる交渉力があったっていう事だから!」

そして針生はゴミ袋を持って消えていった。

「来年もやろうね、これ」

加鳥が楽しそうに笑いながら昼ご飯を広げる。

「リベンジマッチだな」

……来年もこれやるのかー。

「来年はきっと1年生が入って来てもっと楽しくなるよ」

「そっかー、俺達ももう先輩かー」

そうだね。だからもうちょっと先輩らしく、落ち着きある行動を……いや、それ言っちゃうと楽しくなくなっちゃうな、こいつら。




ちなみに、新入部員が入らないという悲劇まであと3週間。


折角なので、感想欄で返信させていただいた内容ですが、全員分の「ぼくのかんがえたバランスのよさげな罰ゲーム」です。



舞戸「黒歴史を1つ提供」

鈴本「邪気眼を発症する」

羽ヶ崎「パン買って来い」

柘植「下記の戦略ゲームをプレイした上で感想を述べる(期限1週間)(以下略)」

角三「先生の肩たたき10分」

針生「舞戸さんの制服借りて着る(舞戸さんがこれ引いたらもう一回)」

加鳥「語尾に『にゃん』を付ける」

鳥海「愛の告白をする(対象は問わない)」

刈谷「末っ子」

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― 新着の感想 ―
こういう回すごく高校生らしいけどそれぞれのキャラもあって好き
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