ピンク色の平穏
時系列は1話付近、140話付近、最終話、最終話後なので、ある意味これも蛇足です。
錦野視点です。
キャリッサとシュレイラの話を含みます。
想像はしてたけど……母さんが卒倒した。
俺は錦野悠斗。17歳。
ひょんなことから、異世界に飛ばされた。
俺は選ばれた存在だったのかもしれない。なぜなら俺は、その世界に行く時に得られる能力を選べたからだ。
強大な力を手に入れて、気まぐれで一国滅ぼす。
魔法を使えるようになって、人々を救済して回る。
なんなら、世界征服も面白そうだ。
魅力的な案は幾らでも出てくるけれど、折角の異世界だ。
俺は、前々からの夢だった『チートでハーレム』を希望した。
それからは嘘みたいに楽しい日が始まった。
人とのコミュニケーションが苦手だった俺も、目を合わせた人を魅了できるという事に気づいてからは、人と目を合わせるのも苦じゃなくなった。
しかも、この世界では、俺はイケメン、って事になるみたいだった。
街角の美女が、俺を見てため息を吐く。今までの俺だったら別の意味でため息を吐かれてた所だ。
そして、俺と目を合わせれば、どんなに気位の高い女でも、たちまち俺に魅了された。
どんな女でも、なんなら、男でも。……あんまり男は魅了したくないんだけどな。
……まあ、折角の異世界だ。こうなったら、この世界、とことん楽しんでやるよ!
手始めに、そこら辺の女を魅了して一晩の宿を借りた。
俺はこの能力以外無一文だったし、腹も減ってたし。
次の日から、道行く美女を魅了して歩いた。
折角の異世界なんだから、巨大ハーレム作ってやるぜ!っていう気概で。
そして、不動産屋を魅了して、格安で豪邸を買い取り、そこに美女達と一緒に住むことにした。
最高の毎日だった。
俺が働かなくても女が貢いでくれるし、その女たちは俺に夢中だったし。
俺は異世界を思うがままに満喫していた。
そんな風に1月程度でハーレムを築き上げたある日。
俺は、嫌がる女の子を連行する兵士たちを見つけた。
「嫌!離してよーっ!」
「大人しくしろ!禁忌を犯す魔女め!」
女の子は抵抗するも、屈強な兵士たちには敵わず、持ち上げられてそのまま連れて行かれてしまった。
街の人達のざわめきに聞き耳を立てると、どうやらその女の子は凄く良い子だったんだそうだ。
……何より、その女の子は……凄く、可愛かった。
俺は一人でこっそり、その兵士達の後を付けた。
馬車に乗られてからは、そこら辺にいた人を魅了して馬を借りて、その馬を魅了して乗りこなして追いかけた。
兵士たちは王城に入っていく。
俺も門の所で止められたが、魅了すればフリーパス同然だ。
俺の能力は、人に対しては無敵だった。流石チート、ってところだな。
その後堂々と王城に侵入して、堂々とそこら辺の人からさっきの女の子の情報を集めた。
さっきの子は犯罪者で、このまま地下牢に拘留されて、後々は処刑される予定なんだ、って聞いた。
でも、俺にはさっきの子がそんな悪い子には見えなかったんだ。
そうしてその日の夜、こっそりと、俺は王城に侵入した。
情報は昼の間に集めたから、侵入するのなんて、何の苦労でも無かった。
ザル警備もいいとこだな。
足音を忍ばせて地下に進むと、女の子のすすり泣く声が聞こえた。……多分、あの子の声だ。
見張りの兵士が俺を見て槍を構えたが、慌てずに目を合わせる。
「通してくれないか。俺はこの奥に居る女の子を助けたいんだ」
目を合わせてみても、手ごたえが薄い。
……流石に、見張りになるだけのことはある。ガードの固い奴って事だろう。
「だ、誰ですかあなたは。駄目ですよ。奥に居るのは大罪人ですから。出すわけにはいきません」
「大罪っつったって、命を作っただけだろ?」
まだ効かないのか。……少し焦る。
「使うならまだしも、作ることに罪は無いはずだ。ましてや、命なんてそうそう作れるものじゃないだろ?その技術を持った若い研究者を殺していいのか?」
「それは……王が決める事です」
「その王が間違ってたらどうするんだ?この研究は間違いなくこの国を、いや、世界を変える。それを王が殺そうとしてるのはなんでだ?……いいか?王は怖いんだよ。優れた研究は莫大な富を生む。それで自分の地位を脅かされるのが怖いんだ。今お前が俺とあの子を見逃してくれたら、お前は歴史に名を残す事になるぞ」
とにかく、時間稼ぎのつもりでひたすら喋りまくった。
延々と必死に喋っていたら、遂に兵士にチートが効いたらしく、なんか言って牢屋の鍵をくれて、こっそり通してくれた。
そのまま牢の間を抜けていくと、一番奥の牢屋に、昼間見たあの子が居た。
乱暴に連れてこられたのか、あちこちに擦り傷ができて、泥や埃で、そして涙で汚れている。
その子は俺に気付いて顔を上げた。
「あなたは、誰?」
「僕は、ユート・ニシキノ。君を連れ出しに来たんだ」
それが、俺とキャリッサとの、最初の会話だった。
後は簡単だった。兵士はそのままキャリッサを連れ出すのにも、見て見ぬふりをしてくれた。
そのまま城の抜け道を通って外に出て、用意していた馬車にその子を乗せて、一緒に帰った。
キャリッサは疲れていたのか、安心したからなのか、馬車の中で僕に凭れて眠ってしまった。
ピンク色のさらさらした髪が僕の肩にかかって、甘い香りをさせる。
その時、いつも、他の女を攻略した時みたいな達成感とか征服感とかは無くて、ただ、安心したような、ほっとしたような、そういう気持ちがしていたのが自分でも不思議だったけれど。
……今思えば、アレは運命の出会いだったんだと思う。
キャリッサは、錬金術師だった。
この国で禁忌とされている『命の製造』に成功して捕らえられたんだという事を後で聞いた。
でも、普段はそんなことを微塵も感じさせない、只の明るくて元気で、ちょっとわがままな、とっても素敵な女の子だった。
……その内俺は葛藤するようになる。
無邪気で明るいキャリッサを見ている内に、チートで女の子たちを侍らせる事に罪悪感を感じるようになってしまっていた。
折角の異世界なのに、俺は夢から醒めてしまったように、重くて冷たい思いを抱えている羽目になってしまったのだ。
ユート・ニシキノは、完璧だ。
性格も良くて、何でもこなせて、たまにできない(騙しきれない)部分があっても、『かわいい』って言って許してもらえる。
顔もいい(らしい)。そして謎の魅力があるんだそうだ。
でも、錦野悠斗は、そんな人間じゃない。
性格は陰湿で、何もできなくて、何かできても特に何も言われない。
顔は平凡だし、魅力的な所なんて何もない、つまらない人間だ。
だから、俺はチートを解くことができなかった。
俺は、チートなしで好かれる自信なんて、全く無かった。
……まあ、結局、同じ学校から他にもこの世界に来ている人がいて、その人……舞戸さんのせいで、というか、おかげで、っていうか、ハーレムは瓦解した。
喪失感があったのも確かだけれど、それ以上に重荷が無くなったような、ほっとしたような感覚もあった。
やっぱり、人間分不相応な事はしちゃいけないのかもしれない。
それで……キャリッサは。
何故か、キャリッサは、居なくならなかった。
わざわざ戻ってきた。
それどころか、前と同じように俺の事を好きでいてくれるみたいな、そういう接し方をしてきた。
……訳が分からなかった。
なんでチート効果が解けても一緒に居てくれるのか、本気で分からなかった。
こんなに可愛い女の子が俺の事なんて好きになってくれるわけがない。
そんなことは俺が一番良く分かってた。
なのに、キャリッサは「あたしのユートへの愛は本物なのっ!」なんて言って、僕の側にいてくれる。
良く分からない。
キャリッサのことも、自分の事も、良く分からなかった。
「ねえ、ユート、ユートはさあ、あたしの愛を信じてないでしょ」
二人きりになって、キャリッサはそう言って僕に詰め寄ってきた。
図星だった。けれど、むしろ信じられる要素なんてどこにもないんだから、当然の事だ、とも思う。
「……あのね、ユート。ユートはね、『失われた恩恵』が無くったって、あたしの王子様なの。処刑されるはずだったあたしを攫ってくれた、あたしのヒーローなの」
この世界ではチートの事を『失われた恩恵』って呼ぶらしい。
けれど、俺がキャリッサを助けられたのも、その『失われた恩恵』によるものだ。俺自身の力じゃない。
「あたしね。最初っから、『失われた恩恵』なんて、掛かってなかったよ。それでもユートが好きだよ。……どうやったら伝わるのかなぁ」
……えっ?
「え、だって、最初に目が合った時……」
「えっ?……あ、ユートは知らなかったんだね。……あのお城の地下にはねぇ?魔法も、『失われた恩恵』も、ぜーんぶ封じる陣が組んであるの。なんでそんなこと知ってるかって?へへーん、それ組んだのがあたしだからっ!あたしって天才でしょ!」
「……えっ?」
え、じゃあ、あの見張りの兵士は……。
「あたしは『失われた恩恵』なんか無くったってユートが好き。最初っから好き。ずぅーっと好き!ねえ、あたしの愛、信じてくれる?」
あれ、どういう事だ?
じゃあなんであの兵士は俺を見逃したんだ?
……結局俺はその時、混乱したまま頷いた気がする。
……その後も、ずっとキャリッサは一緒に居てくれた。
それどころか、キャリッサのお姉さんのシュレイラも何時の間にか一緒に居るようになった。
キャリッサもシュレイラも、俺の何処をどう気に入ったのか全然分からなかったけれど、ずっと一緒に居るうちに俺はそれを受け止められるようになった。
だから俺達は、一緒に俺の世界に帰る事にしたんだ。
シュレイラとキャリッサは孤児の姉妹で、身寄りもなかったから、この世界を離れることにそこまで抵抗も無かったらしい。そして何より……やっぱり良く分からないけれど、俺の事が、大好きだから、らしい。
そうして俺達は俺の世界に帰ってきた。
光が収まった時、俺が居た場所……中庭の東側の渡り廊下に、俺達はいた。
「……ここがユートの世界?」
「変わった所だな。この床は何でできてるんだ?」
キャリッサもシュレイラも、知らない世界にいきなり来たんだ。
きっと、不安がったりするだろうと身構えていた。
……んだが。
「で、ユート。お前の家はどこだ?お義父様とお義母様にご挨拶もしたい。それから、私たちが働く場所も考えなくてはいけない。ぼーっとしている時間は無いぞ。……ふふふ、そういう所も愛おしいな」
「ユートのお母さんとお父さんってどんな人ぉ?」
……2人の様子を見る限り、そんな心配はいらなかったみたいだ。
しっかり者のシュレイラに尻を叩かれて、俺たちは帰る……ことに、した、んだけれど……。
……二人は、凄く、滅茶苦茶、そりゃあもう、目立った。
都会から離れた小さな町じゃあ、コスプレにしか見えない髪と瞳は、凄く凄く、目立った。
服は舞戸さんが縫ってくれてたから、そんなに目立たなかったけれど。
……俺は、父さんと母さんに何て説明しようか考えながら学校を出て、駅まで歩いて、二人分の切符を買って、電車に乗って、家に帰った。
「どうしようか。いきなり異世界人の嫁が来たらお義母様はきっと驚かれるに違いない。なんとご挨拶するのがいいだろうか」
「良く分かんないけどぉ、あたし達がユートの事愛してるってちゃんと分かってもらわなきゃねっ!」
……。
「しかし、ユート。この国では重婚は許されていないのだろう?ならキャリッサを正妻という事にして、私は愛人にしてくれ」
「えっ、いいの?お姉ちゃん」
「ああ。愛人にはキャリッサより私の方が向いているだろう。それに、愛人の魅力というものもある」
「えっ、えっ……じゃ、じゃあ、時々交代ねっ!お姉ちゃんっ!あたしも時々愛人やりたいーっ!」
……。
「しかし、私達に働き口はあるんだろうか」
「ユートが前言ってたアキハバラってとこかなぁ?やっぱり」
「この世界の錬金術であるカガクを極めるのも面白そうだが……それはやはり趣味かな」
……。
凄く、心配だ。
俺、先走った?
……いや、でも、後悔はしない。
俺はこの二人を愛してる。キャリッサとシュレイラも、俺の事を愛してくれてる。
それに、この二人以上に愛せる人なんて、これから先の人生でもう居ないと思うんだ。
若気の至りかもしれないけれど、やって後悔するより、やらずに後悔する方が嫌だった。
「ユート?ここ?わあ、ここがユートの育ったお家ね?きゃはは、楽しみぃ!」
「ああ、緊張するな……第一声ははじめまして、息子さんを下さい、だな?」
「いや、とりあえず結婚とかの話は最初置いておいてくれ……」
で、冒頭に戻るけど、母さんが卒倒した。
その数分後、父さんも卒倒した。
……結局、俺に似た両親は混乱から脱出できない内にキャリッサとシュレイラに押し切られた。
混乱するととりあえず相手の言い分を聞いちゃう、っていうのは遺伝らしい。
それから多分、このチャンスを逃したらこのできの悪い一人息子に嫁が来ることなんて今後一切ない、っていう危機感みたいなものも混乱の中にあったんだと思う。
……俺には今まで恋人どころか友達もいなかったけれど、それが良かったと、ホントに思った。
とりあえず2人は「ホームステイする外国人」みたいな扱いで収まった。
不思議な事に、キャリッサとシュレイラの戸籍は何とかなっていた。
この世界に来るときにうまく組み替えられたんだろうか。
それでなんとか、2人の住所をうちって事にして、2人はそれぞれアルバイトを始めたりして、1年もしたら、生活基盤はすっかり整っていた。
……ところで、うちは自営業だ。
自営業の、電機屋。
細々と電化製品を売ったり、修理したりして生活してるような。
……キャリッサもシュレイラも、すぐに電化製品の仕組みを覚えて修理とかができるようになったから、父さんはそれで完全に陥落した。
元々可愛い女の子に弱かったからしょうがない。
母さんは色々複雑そうだったけれど、とりあえず矢鱈と懐いてくる賢くてできのいい「娘達」に、ついに陥落した。
ずっと娘が欲しかったらしいからしょうがない。
近所の人達にも2人は、『悠斗君のところに来た外国人の嫁さん』として受け入れられた。
……俺は17年間生きてきて初めて、案外この世界って緩いんだなあ、と、いう事に気付いた。
……いや、俺の周りが緩すぎるだけなのかもしれない。
「おっ、キャリッサちゃん、今日も可愛いねえ」
「やだぁ、田中のおじいちゃん、いっつもそーいうことばっか言ってぇ」
「おはようございます。早速ですが、テレビの様子を見てもよろしいでしょうか」
「ええ、こっちよ。シュレイラちゃん。終わったらおまんじゅうとお茶用意してあるから食べていってね」
……平和だ。




