蛇足
本編最終話の蛇足です。
鈴本視点です。
蛇足です。人によっては読まない方がいい蛇足です。
ご注意ください。
光が収まった時、俺達はそこに居た。
「……うわ、窓の外が森じゃない」
窓の外を見た羽ヶ崎君が感慨深げに呟く。
「帰って、きた……んですかね」
校舎は歓声に包まれていて、何事か、と理由が分からない先生たちは首を捻っている。
……殆ど時間のずれも無く帰ってきたらしい。
時計は午後5時過ぎを指している。
俺達があの世界に飛ばされたときの時刻と変わり無い。
そして、バタバタと音がして、すぐに加鳥と針生と角三君が、少しして鳥海と刈谷が走って実験室に入ってきた。
「……なんか、雰囲気違う、ね」
角三君が感慨深げに実験室の中を見回す。
確かに、舞戸が使ってた織機とか、布団とか、調理器具とかが無くなってる。
俺達も何か月ぶりか、制服を着ていた。毎日着飽きたと思っていた制服が懐かしくなる日が来るとはな。
「僕ら、帰ってきたんだねえ」
加鳥も窓の外を見に行く。
「うわー、電線が懐かしくなる日が来るとは思わなかった」
針生も並んで窓の外を見て興奮している。
「え、俺も電線見たい」
「あ、俺も見ておきます……うわ、本当に電線だ」
……全員、どこかしら空元気を出すようにはしゃいで、そして、少しするとこういう結論に至った。
「……で、舞戸は、どこだ」
演劇部の明石さんにでも捕まっているのかと思っていたが、それにしても遅すぎる。
「まさかあいつ、なんかしくじった?」
羽ヶ崎君が頭を抱える。俺も抱えたい。
「いえ、どちらかというと、多分……舞戸さんをコンパスが指した事と関係があるんじゃないでしょうか」
そうなんだよな。
……あれも、もっときちんと解決しておけば良かったんだ。
良くも悪くもあいつは普通じゃなかった。
けれど、こんな所でまで普通じゃなくてもいいんじゃないか。
「……探す?」
「そ、だね。俺、体育館の方見てくる」
その内、角三君と針生が実験室を出て行った。
居ても立っても居られなくなったらしい。
「じゃあ、僕は昇降口の方、見てくるね」
「俺は3F見てきますわ」
「あ、じゃあ俺は保健室とかの方、見てきます」
加鳥と鳥海と刈谷も出て行く。
「……どうする?僕らも行く?」
羽ヶ崎君は、動かない。
「……いえ、待っていましょう。舞戸さんが帰ってくるとしたら、ここですから」
社長も動かない。
俺達はあの世界に飛ばされた時、ここに居た。
だから、舞戸も帰ってくるなら、ここだろう。
「いなかった……」
それから少しして、全員意気消沈して帰ってきた。
「……舞戸さん、もしかして一人で……あの世界に」
「やめてよ、やめてよ……」
涙もろい奴らが鼻を啜り出した。
いたたまれなくなって、席を立った。俺は思っていたよりずっと気が短いみたいだ。
……所在なく実験室を歩き回っていたら、実験室の隅に鞄が積んであるのが目に入った。
部活を始める時に、全員分あそこに纏めて置くのが習慣だ。
その中に、舞戸の鞄があった。
そして、その中に、丁寧に折り畳まれた制服も。
……舞戸は取り残されたんだろう、という事が、はっきりしてしまった。
下校時間が迫る。
「お前らそろそろ片づけ―……うおっ!?え、どうした!?なんで泣いてんの!?」
顧問の先生が実験室に入って来て、驚く。
「なんか今日、生徒全員変だけど。……なんかあったの?」
……俺達は顔を見合わせる。
先生は知らない。
俺達があの世界で何をしたのか、何があったのか、知らない。
どれだけあいつを支えて、どれだけあいつに支えられたのかも、知らない。
「先生、聞きますか?」
人に話したくなったのは、俺の感傷だ。
「……ん。聞こう」
けれど、感傷的になっていたのは俺だけじゃ無かった。
俺が話し始めると、少しずつ全員、口を挟むようになってきて、最終的には全員で話しているような有様になった。
俺達は自分達自身のを整理するように、先生にあの世界での事を話した。
何か尋常でない気配を感じたのか、先生は下校時刻を過ぎても付き合ってくれた。
「ん。分かった。……それで舞戸、っていう……うん、ごめんな、僕はその子の事、覚えてないんだけど。……その子を待ってる、ってのは分かった。けど、そろそろ帰れ。もう7時半すぎてる」
一通り話し終わって、先生はそう言った。
先生は、舞戸の事を覚えていなかった。
覚えているのは俺達だけなのかもしれない。
「もうちょっと……」
針生は机に突っ伏したまま、動こうとしない。
……いや、全員、席を立とうとしない。
「……先生、科学展の前は8時まで残ってましたよね、俺達。もう少し待っていてはいけませんか?」
社長がそう言うと、先生は困ったような顔をして、少し考え込んだ。
「……僕さあ、ちょっと職員室にノート忘れてきた。取ってくるから、それまでには帰ってろよ」
そして先生は苦笑して、実験室を出て行った。
……融通の利く先生で良かったと思う。
とてもじゃないが、こんな気持ちのまま帰れない。
時計の針が動く。
もうすぐ8時になる。
「……そろそろ、帰らないとまずく、ないですか」
刈谷が困ったように、誰にとも無く零す。
「やだ」
も、針生の鋭い声に突っぱねられて、所在無げに視線をさまよわせて、すみません、と、また誰にとも無く零した。
「……僕、帰るわ」
羽ヶ崎君が席を立って、鞄の方に歩いて行く。
「羽ヶ崎君は」
「僕は!……僕は、僕も、納得、いかないけど!……じゃあどうしろってんだよ!」
針生の咎めるような声に、羽ヶ崎君の激昂が返ってくる。
怒鳴った後で八つ当たりに気付いたのか、羽ヶ崎君は気まずげに視線を彷徨わせる。
「……ごめん」
「いや……」
お互いの気持ちも分かるから、なんとなく気まずいまま、時間だけが過ぎる。
帰ると言っていた羽ヶ崎君も帰らないでそのまま居る。
……止めて欲しかっただけなのかもしれない。
「でも、もう帰ろう。で、ご飯食べて、寝よ。明日の朝、また来よう。……そうしないと、舞戸さんが怒るんじゃない、かなあ」
加鳥が針生を机から引き剥がす。
「そ、だね。待ってたら舞戸さんに怒られそうな気が……」
その時、ふと、薬品庫へ続くドアが気になった。
それは全員同じだったらしい。
なんとなく、全員黙ってドアを注視していた。
……その時、何があった訳でも無いのに、唐突にそれは開いた。
「ただいま」
そして、唐突にそいつは現れた。……いや、違うな。帰ってきた。
「お帰り」
……呆気なさ過ぎて、只、お帰り、と。
俺達はそう言う事しかできなかった。
けれど、それが嬉しかったらしい。
舞戸は力の抜ける笑顔でもう一度、ただいま、と、言った。
……こうして舞戸は帰ってきた。




