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4話

少年は鏡の前でじっと己の姿を凝視していた。



✴︎


少年は望まれて生まれ、両親から愛情を惜しみなく注がれて育った。


『通った鼻筋はお父さんにそっくりね』


そう言ったのは父方の叔母だった。


父方の親戚筋の集まりに父と二人、初めて顔を見せた少年を、父に似た、母に似た、とそれを皮切りに褒めそやした。


目の形は母親似、大人しいのは小さい頃の父に似た、笑い方は母に似た。



『その可愛げのない性根は誰に似たのかしらね』



静かに、だが、吐き捨てるように言った祖母の言葉にしん、と場が静まり返った。


『お母さん、それは…』

『可愛げは、お母さんのお腹の中に忘れてきちゃった』


険しい表情の父の言葉を遮って、少年はにこりと邪気のない笑顔で言い切った。


しん、と再び静寂が訪れた。


その痛いまでの静寂を破ったのは一番おしゃべりな叔母だった。


『ま、まあぁ!だったら仕方ないわよね』


『そ、そうか、それは叔父さんも仕方ないと思うぞ!』


気が動転しているのだろう、親戚の誰かが空笑いながらそれに応じた。


その場の空気を払拭しようと懸命に努める親戚一同の明るい笑い声で場は収められた。


少年は大きく引きつる祖母の顔に溜飲をさげ、呆気に取られた顔の父に僕は大丈夫だよと笑いかけた。


その後、帰路についた父の態度は一見いつも通りに見えて、どこかぎこちなかった。




「『通った鼻筋はお父さんにそっくり』」


少年はポツリと呟く。


「『目の形は母親似』」

「『大人しいのは小さい頃のお父さんそのまま』」

「『笑い方がお母さんにそっくり』」


鏡の前でポツリ、ポツリと言い聞かせるように呟く。


「『可愛げのない性根は…』」


言葉を止め、じっと己の姿を見る。


父と母のいいとこ取りと言われたまだ幼い容姿を。


その目は隠れた何かを探すように動いていた。


少年はため息をついた。


「『可愛げのない性根は』生まれつき」


強いて言うなら


(「彼女」に似た)


少年はあえてその言葉を飲み込んだ。


この性根は父と母の子供として生まれる()の「彼女」だった自分から記憶と共に受け継いだ。


そう、あと1年もすれば結婚していたであろう「彼女」。


少年はギュッと目を閉じる。


脳裏に浮かぶのは父と母の幸せそうな顔。


あんな事がなければ、「彼女」だって同じ幸せを感じる事ができた筈だった。


目を開けば、昏い感情(いろ)を乗せた眼差しとぶつかった。


本来ならば、何も知らず、ただ純粋に父と母の愛を受けて育つ筈だった。


だが、黒い記憶がその愛を受け取る事を躊躇させた。


愛しい筈の両親が、自分を取り巻くこの世界が、憎くて妬ましくて仕方がない。


神様は、一体何を考えて、こんなに辛く悲しい記憶を残して少年に生を与えたのか。


この記憶さえなければ幸せになれたかも知れない。

けれど、この記憶があるから少年は「彼女」の最期の願いを叶える事ができるのだ。


ひょっとしたら、神様はこんな悲しい終わり方をしない為に記憶を残したのかもしれない。


そんな事をふと、思いついた。


思いついたけれどもう、手遅れだと少年は自嘲する。


例え神様が、こんな筈じゃなかったと嘆いても、少年は引き返さない。


何故なら「あの男」はまだ生きているからだ。


警察に捕まり、刑務所に収監されてはいるが、生きている。


「彼女」の生を、幸せを奪ったように、「あの男」から生きる希望の全てを奪ってやるのだ。




ゆるさない



決意を固めた少年の奥底で「彼女」の声がこだました。

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