3話
とある総合病院で一つの命が産声を上げた。
赤ん坊には記憶があった。
強い衝撃
愉悦に歪んだ昏い眼
拾い切れない甲高い音。
迫る黒。
そして己を呑み込んだ闇。
そして気がつけば、その闇を真っ白な光が灼いた。
灼かれた瞬間脳内に鮮明に浮かぶ数々の記憶。
それが何かを知らない生まれたばかりの赤ん坊は恐怖に泣いた。
たすけて!たすけて!
どれくらいそうしていただろうか、赤ん坊は暖かいものに包まれた。
「どうしたの?何も怖くないのよ」
耳に馴染む心地よい声に赤ん坊は恐怖を忘れた。
その温もりと心地よさを赤ん坊は生まれる前から知っていた。
感触こそ違うものの、赤ん坊はこの温もりと共に過ごしてきたのだから。
するり、と赤ん坊の中で記憶がほどけた。
解けた記憶が再び結んだ新たな記憶は、赤ん坊を包むそれとは違った、けれど、心地よい記憶だった。
様々な人達の怒った顔、泣いた顔、笑った顔、それのどれもが赤ん坊にとって懐かしさを生む。
赤ん坊の頬を再び涙がボロボロとこぼれる。
「あらあら、今度はどうしたの?」
優しい労わりの声に我慢を知らぬ赤ん坊は声を上げて泣いた。
かえりたい
かえりたい
と。
なぜ、と思った瞬間、恐怖と温もりの記憶が交差した。
そばにある温もりがうろたえるのも構わず、赤ん坊は更に激しく泣いた。
記憶が何かは赤ん坊にはわからない。
けれど、赤ん坊は本能でそれだけを理解した。
自分は全てを奪われたのだ。
あの黒い記憶が暖かい記憶の先を奪い、その色で黒く塗り潰したのだ。
赤ん坊は泣き続けた。
かえせ!
かえせ!
赤ん坊の意識の底で何かが叫び続けた。
こんなはずじゃなかった!!
赤ん坊は力の限り泣き続けた。
かえせ!
かえせ!
そうして泣き疲れた赤ん坊は眠り沈む。
眠りに沈んだ赤ん坊の中から、小さな泡がぷかり、と浮かび、一つの意思が弾けて消えた。
ゆるさない