2話
こんなはずじゃなかった…。
男は目の前の光景に目を奪われながら、呆然と思考した。
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男はサラリーマンだった。
愛する妻も娘もいた。
安月給ながら、それなりに幸せだった。
そんな男に転機が訪れた。
一人の男が投資の話を持ちかけて、欲を出してその話に飛びついたのが始まりだった。
妻はそんな男に何度も訴えた。
「そんな上手い話がある筈がない」
と。
男は妻の言葉に耳を貸そうとしなかった。
その話に乗った結果、男は家族と財産を失った。
絶望した男は酒と博打にのめり込み、気づけば男はヤクザ紛いの下っ端稼業に身をやつしていた。
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(畜生…五万もスっちまった)
男はパチンコ帰りの交差点で盛大に舌打ちした。
直後に感じた侮蔑の空気に視線を向ければ、周囲の人間がさっと視線を逸らす。
(どうしてこうなった…)
男は暗澹たる気持ちでぼんやりと車の行き交う目の前の光景を眺めていた。
時折走る自転車の一台に何と無く目が留まった。
仕事帰りなのだろう、幾分疲れをにじませながら、それでも平和そうな顔で自転車を走らせる女。
女がこちらに視線を向けたのは一瞬だった。
初対面である筈のその女の顔がぎょっと強張ったのを見た瞬間、男は無性に苛立った。
それはただの条件反射だった。
通りがかっただけで吠えたてる犬や、あからさまな侮蔑を声高に口にする「まっとう」な人間に対する、威嚇と言う名の自衛手段。
女が目を逸らし、目の前を通る瞬間、男は蹴り上げるふりをした。
筈だった。
足にかかった衝撃。
ガシャン!
直後に見たのは青ざめ引きつった表情で自転車ごと転倒する女。
道路側に女が頭から投げ出され、直後にクラクションと急ブレーキの常ならざる音。
車の運転手の恐怖に染まった表情。
頭を上げた女の頭が車のタイヤの位置に都合良く止まった。
ひしゃげた頭部、上がる怒号と悲鳴。
そんなBGMを耳にしながら、全てがスローモーションのように鮮烈に男の脳裏に焼き付いた。
こんなはずじゃなかった。
周囲の男達に押さえつけられながら男は思った。
パトカーと救急車のサイレンが遠くから聞こえた。
「まっとう」に生活を送っていたであろう、見知らぬ女が気に食わなかった。
ちょっと脅してやろう、そうすれば、恐怖に引きつった女の顔に、あわよくば、すっ転びでもすればいい笑いの種になり、こちらの溜飲も下がる筈だっった。
最初の二つは予想通りで、最後は余りにも予想外な結果となった。
こんなはずじゃなかった
男は繰り返す。
警察に引き渡され、されるがままの男は繰り返す。
こんなはずじゃなかった
パトカーに押し込まれ、周囲との音が遮断され、車内の内線のくぐもっった音声と警察官達の声すら男の中を素通りしていった。
こんなはずじゃなかった
繰り返す内に訪れる心の闇の静寂にぷかり、と浮かんだ一つの聲が男の中でぽつり、と響いた。
ざまあみろ