第参話
「あたしは星乃詩穂。とある『祓い屋』の助手……みたいなものかな」
俺はその言葉を反芻しつつ、目の前の女性を見つめる。裏なんてちっともなさそうなその笑顔を見る限り、彼女が嘘をついているようには思えない。だから俺は、素直に感想を言うことにした。
「……いやそれじゃ全然分かんないんすけど」
「えっ何で!? どこが?」
むしろその説明で分かれって方が無茶だろ、と初対面のしかも年上の女性に言うわけにもいかないので、
「えと、主に『祓い屋』の辺りが」
「えっ『祓い屋』分かんない?」
だいぶオブラートに包みつつはっきり言ったつもりだったが、彼女の天然さはそれを上回ったようだ。そんな単語俺のこの16年の人生の中で一度として聞いたことないんだが。いや、似たような単語は見たことはあるけど、それ中学の時にハマってた漫画でだぞ。あんな厨二病全開みたいな漫画に出てきた単語をリアルで言う人なんて初めてだっての。
「……なんかすごく言いたいことありそうだね」
「あ、分かります?」
「んもう、君ってそういうとこ凪さんに似てるなあ……まあ凪さんなら遠慮容赦一切なくはっきり言ってくるだろうけど」
「……すんません、お願いだからこれ以上俺の知らない単語や名前出すのやめてください」
「あっ、ごめん! じゃあ一つずつ説明するね」
最初からそうしていただきたかったものだ。
「まず、凪さんっていうのはあたしと一緒に旅してる『祓い屋』さんね。今は別行動してるけど」
「はあ……」
旅って……何なんだこの人……。
「で、『祓い屋』は……一言で言うなら、幽霊と戦って祓う人のこと、かな?」
「!?」
またユーレイ!? なんかここ最近の俺はユーレイと縁でもあるのか? だとしたら今すぐスッパリその縁を切りたい。そんなホラーやオカルトめいた話に巻き込まれるなんてごめんだ。
「あたしは『祓い屋』じゃないから、正直それ以上のことはよく分かんないかな……でも、そういう人がいるんだよ。何漫画みたいなこと言ってるんだって思うかもしれないけどね」
「……思ってます」
「正直だね……」
「それは昔から言われてます。んで……何で昨日の話を聞くんすか? 見てたんすか?」
「ああ、凪さんに聞いたの。高校生くらいの男の子が悪霊に襲われかけてたってね。で、あの大通りの周辺にいた男子に片っ端から声をかけてたんだけど……」
悪霊……やっぱユーレイなのか? でも、祓い屋とかユーレイとか怪しいにも程があるしな……ってかこの辺の男子高校生にひたすら声かけてたのか、この人。通報されなくて何よりだったな。
「けど……何すか?」
「……ひょっとして、君が『そう』なの?」
「へっ!? な、何でそう思うんすか!?」
「だって、普通の子はまずあたしが話を聞きたいって言った時点で『知らない』って言うか無視するかだよ? あたしのことを怪しんでるわりに、あたしが何であの事件を調べてるのかとか、あたしが何者なのかとか聞いてくるのって、普通はそういう反応しないし……何か知ってるんじゃないかなあ、ってね」
「…………」
意外と鋭いのか、もしくは俺がうっかりしてただけなのか…… 後者の可能性が高いな、うん。しかもここまで言われてしまったら誤魔化せる気がしないじゃないか。俺、もともとそんな口が巧いわけじゃないし、ましてや女の人相手なんて勝てる気がしない。……彩月なら大丈夫なのかなあ。あいつの言葉は人を惹きつけるし、議論とか得意だし。
……こういうときに、無意識のうちに彩月を引き合いに出してしまう自分がなんか嫌だな。あいつが俺よりすごい奴だっていうのは分かりきったことじゃないか。
「……仮に俺が『そう』だったとして、何が聞きたくて、聞いて何をするつもりなんすか? その『祓い屋』さんとやらに頼んで、ユーレイ退治してもらうとか?」
「悪霊自体はもう祓ったって言ってたよ」
「へっ!? こういうのって普通被害者から話聞いて原因を探るってのが目的じゃないんすか!? もう解決済み!?」
「だよねえ、仕事早いよねえ」
仕事早い、とかそういうレベルじゃないよなあ……しかし、もうユーレイは退治しただって? 確かにあの影は消えたわけだけど、あのユーレイをどうこうしたのがこの人の言う『祓い屋』なんだとしたら、それは……
――『気をつけて』
……あの……拳銃持ってた女?
そこに気づいた瞬間、俺の意志は固まる。今まではいかにこの女の人の追求を逃れるかというのを考えていたが、そんなことも言ってられなくなってきた。あの女に会えるというのなら、この機会を逃す手はない。あの女に会って、あの影は何だったのか、『気を付けて』とはどういう意味なのか、いろいろと聞きたいことがあるんだ。……でも……。
「……話しても、いいっすけど」
「けど?」
「その代わり……俺の話も聞いてくれませんか」
「話? どんな?」
「最近俺、それこそユーレイっぽいものにいろいろ巻き込まれてるんすけど……そのゴタゴタを解決してくれるって言うんなら、協力するっす」
「…………」
餅は餅屋と言う。だけど、ただ話を聞くだけのつもりだったのにこんな面倒くさいことを頼まれるなんて、この人からしてみれば迷惑極まりないだろう。しかもこの人自身は『祓い屋』じゃないんだし。意地が悪いのは重々承知の上だ。だけど正直あの女よりも、これからの俺の身の安全の方が優先事項だとは思っている。俺にとってもわりと深刻な問題だからな、アレ。
「……さっきの『何でこんな質問をするのか』ってのに戻るんだけど……凪さん曰く、この街には妙な『霊気』が満ちてるらしいんだよね。そうじゃなきゃ、あんなに大っぴらに悪霊が出てきたりなんてしないんだってさ」
「……霊気……」
「そしてその中心は、例の悪霊に襲われかけた男の子だとも言ってた。つまり君ってこと」
「俺!?」
「そう。あたしにはさっぱり分かんないけどね。でも凪さんが言うんなら間違いないと思う」
……あの拳銃女の言葉が頭を過る。『気をつけて』ってそういう意味か? 分かったこともあるが、分からないことの方がどんどん増えていく。
「だからさ、あたしが手伝うよ」
「え?」
「もちろんあたしだけじゃ何もできないから、凪さんには連絡するけどね。でも、情報収集のためだけじゃなくて、あたしは君を助けたい。だから君の周りのトラブルを一緒に調べて、解決したい。ダメかな?」
「…………」
この人、重度のお人好しだな。でも……ありがたい申し出なのは確かだ。そして、その好意が素直に嬉しい。今までは誰にも言えなかったことを話せるっていうのはすごくスッキリするものなのだと、初めて知った。
「……俺から言っておいて、ダメなんて言うわけないじゃないっすか」
「やったぁ! じゃあ、これからよろしくね! えっと……」
「そっちが喜ぶのっておかしくないすか!? ……あ、えと……俺は高槻光希っす」
「光希くんね! いい名前だねえ」
「いきなり名前呼び!?」
「君もあたしのこと名前で呼んでいいんだよ? あたしは気にしないからさあ」
「俺が気にします。……よろしくです、星乃さん」
「君って強情だねえ……」
「……ところで、これからどうするんすか? 調べるって言っても、何か手がかりがあるんすか?」
「ごめん、あたしは全然分かんない!」
「えええええ!?」
この人本当に大丈夫かよ!? さっそく後悔しそうになってきた……これで良かったんだろうか?
こうして、俺は星乃詩穂と謎の協力関係を結び、俺の周りのゴタゴタを調べることになったのだった。




