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トロイメライ=シンドローム  作者: 音央
第壱章「邂逅」
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第弐話

『光希は、何で忘れていられるんだ』

『……何がだよ、彩月』

『あの時のこと、あの人のこと、どうして忘れてられるんだ。あれは忘れちゃいけないものなのに。覚えていないといけないことなのに』

『だから、何の話なんだって……』

『…………』

 彩月は非難と同情を込めた目で俺を見た。

 それが……俺と彩月の最後の会話だったんだ。


***


 ……眠い……疲れが驚くほど取れてない。疲れって言っても、肉体的じゃなくて精神的なものが大きいから、寝りゃいいのかと言われたら微妙なんだけどな。

 下校途中の謎の黒い影事件があってから丸一日。あの後警察の事情聴取を受けたが、たいしたことは話せなかった。警官はちょっと不機嫌そうにしてたけど、んなこと言われても俺だって何が起こったのか分からないんだから仕方ない。まあ高校生だということで夜遅くなる前に帰してはくれたが、親に連絡されたのは痛かった。警察の事情聴取よりもよっぽどキツい尋問が待っていた。『俺にもよく分からない』が通じるだけマシだった……のかな。

 そうだ、あの拳銃を持ってた女……彼女については誰にも何も言わなかった。いくら何でも怪しすぎるが、状況から考えて俺を助けてくれたんだと考えていいだろう。彼女とはもう一度会って聞きたいことはたくさんあるが、それはなるべく2人だけの方がいいんじゃないか……そう思う。警察やら家族やらの第三者がいると、こっちもあっちも詳しい話ができないんじゃないだろうかと思うんだ。ま、勘だけど。

 そして俺は尋問から解放された後自室のベッドにダイブし、気がつけば12時間睡眠をとっていたわけだ。これで今日が平日だったら冗談じゃ済まなかったな。起こされなくても大変だし、起こされたところでまともに学校なんか行ける気がしない。幸いにも今日は土曜日だった。もう夕方だけど。

 ……夕方、か……。

 俺はゆっくりと立ち上がった。体はかなりだるいが動けないほどじゃない。なんとなく、昨日の黒い影事件の現場……まあ、普通の街角なんだが……に行ってみようと思った。ここでいろいろ考えてても仕方ない。調べるならまず現場からと言うじゃないか。……俺なんかが調べたところで、何が分かるわけでもないだろうけどさ……ほら、あれだ。ひょっとしたらあの女に会えるかもしれないし。よし、そうと決めたら早速行こう。思い立ったが吉日。即断即決、それが俺の目標である。あくまで目標であって、今自分がそういう人間かと聞かれたなら答えはノーだけどな……うう、なんか違う意味で凹んできたぞ。とっとと外の空気吸って気分入れ替えよう。

 俺は軽く身支度をして、家を出た。


***


 土曜日の夕方となるとわりと人が多い。この街角は平日の真っ昼間でも人通りがあるから当然か。小さい頃から、事件に巻き込まれないようにこういう広い道を通って帰るように言われてたっけ。……この道通ってもなんか変な事件に巻き込まれたけどな。

 辺りを見回す。特に何か変わったものがあるわけでもない。あの事件が起こったのは昨日の話のはずだが、あまりにいつもと変わらない人々の往来を見て、まるで遥か昔の出来事だったかのような錯覚を覚える。いや、むしろ……昨日の騒ぎは現実だったのかという疑念さえ生まれる。夢だとか気のせいだとかだったらよかったんだけどな、いっそ。

 ……あの女もいないみたいだ……。

 俺は一本路地に入る。少し路地に入り込んだだけで人は一気に少なくなる。大通りの喧騒が嘘みたいだ。だからこそ『知る人ぞ知る』みたいな店があったりして探検にはもってこいなんだが、子供はだいたい路地に入るなって言われている。まあ、俺はそんなことを聞くガキじゃなかったから堂々と路地の奥の方まで入り込んで、その頃から優等生だった彩月に止められたりしたっけな。

 ……あれ……あの時の……何かから逃げてる記憶の時も……そうだったんだったか? 何か思い出せそうな気がする。だけど、あの時のことを思い出してしまうのが本当にいいことなのか……そう思ってしまう。

 その時だった。


――『   』


「……!?」

 何か声が……聞こえた気がする。そして悪寒が身体中を駆け巡る。間違いない、昨日のと全く同じ現象だ。まさか、また何か起こるのか!?


――『みつき』


 今度は聞こえた。はっきり聞こえた。

 男の声か女の声か、それさえもよく分からない。だけど今のははっきりと聞こえた。気のせいなんかじゃない。確かに何かが、俺の名前を――『光希』の名を呼んだ。

 体の震えを抑えながら振り返ると、少し遠く、路地のさらに奥に人影が見えた。

「……彩月?」

 顔は見えないから、誰かは分からない。それなのに、ふとそう口にしていた。声に出すと確信がいっそう深まる。あれは彩月だ。彩月が俺を呼んだのだ。だが彩月は眠り続けているはず……まさかユーレイ!? いやでも死んじゃいないし……だけどあれは絶対に彩月だ。間違いない。

「彩月……なのか?」

 俺が呼びかけても、人影はピクリとも動かない。

「……彩月……お前は……どうして……」

 声が震える。体も震えている。その場にへたり込んでしまったっておかしくない。だけど俺はふらふらと、人影の方に歩き出した。

 アレはヤバい、危険だ、近寄っちゃいけない!

 そう叫ぶ俺の本能とは裏腹に、体はゆっくりと、しかし確実に人影の方へと進んでいく。震える手を伸ばす。もしアレが本当に彩月なら……聞きたいことが……



「きゃあっ、そこの男の子、危な――――い!!!」



 その女性の声と同時に、頭に強い衝撃が走る。

「あがっ!?」

 ……一瞬マジで意識が飛んだ。何なんだ!?

 あまりに突然の衝撃にもともとふらついていた体は耐えきれるはずもなく、ガクンと膝をついてしまう。視界がチカチカする……つーか軽く吐き気さえする。ふと視界の中にソフトボールが現れ、これが襲撃者の正体だと俺は直感する。なんて威力だ。誰だこれを投げやがった奴!!

 くらくらする頭を片手で押さえながら顔を上げるが……そこにはさっきまでいた人影はなかった。気がつけば体の震えもないし、悪寒も消え去っている。吐き気は……ボールの衝撃のせいということにしておいて……あれか、この激突で現実に引き戻されたとか、そういうやつか。そういう意味では感謝すべきかもしれない。むっちゃ痛いけど。

「ごめん! まさかこんな路地に人がいるなんて思ってなかったんだよー!!」

「あ……えと……」

 そう言いながら現れたのは、俺より少し年上らしい女性だった。大学生くらいか? ポニーテールと日焼けした肌、そして片手にはめられたグローブ。つまりこの女の人がボールを投げた犯人ってわけだな。それにしても、結構美人で細い人なのに……あのボールの威力……人って見かけによらない。

「本当に大丈夫? 病院行った方がよくない?」

「い、いや、大丈夫……です」

 本当はめちゃくちゃ痛いけどな。

「そっか、よかったあ……あ、ところでボールぶつけた上にいきなりで悪いけど、聞きたいことがあるの」

「はい?」

「昨日、なんか大通りで騒ぎがあったそうじゃない? そのことについて、何か知ってたら教えてほしいんだ」

「……え」

 騒ぎって……あの黒い影事件のこと……か? この女性はいったい何者なんだろう。警察って感じには見えないが……。

「ええと……あなたは……」

「あ、そうだね、素性も明かさないで話しかけるとか怪しいよね。あたしは星乃ほしの 詩穂しほ、とある『祓い屋』の助手……みたいなものかな?」

 女性はそう言って屈託なく笑う。

 星乃詩穂……彼女との出逢いがこの事件の始まりであり、そしてここから先の俺の未来を決めるものとなることを、この時の俺はまだ知らなかった。

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