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付喪語  作者: 七織
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悠鳥の涙

「お爺さんが? んー、確かにたまに剣とか振ってたりしたの見たかな。前にさ、骨董品見せて貰ったって言ったじゃん? それそれ。私が剣道だからって薙刀渡されて「これは平気だからちょっと振ってみろ」って言われた時は困ったなー全然違うのに。今思えば平気って何の事だったんだろ。弓? 弓も見たことあるけど……どうかしたの?」

「少し気になることがありまして。ありがとうございます」






 気まずい空気というモノは誰しもが嫌うものだろう。

 何を言うべきか分からず、口を開こうにもタイミングがわからない。形容し難い澱んだ調和が出来ていて、静寂を壊す勇気が出ない。

 それは仕事であったり学業であったり、はたまたサークル活動やバイトかもしれない。

 悲しいことだが、ふとした瞬間に襲ってきて逃げられないことが多いものだ。

 逃げれば後でしっぺ返しをくらうか、軽蔑されるか。

 早く終われと、そう心中で願いながら時の流れを願うのだ。

 何ら自分を追い詰めるモノのない家へ帰ることを願って。


 そんな安息の地たるはずの自宅の中で霜月は今、気まずい時間の只中にいた。

 

「茶だ。飲むといい」


 断るわけにもいかず、かと言って今の状態で飲むわけにも行かず霜月は出された湯呑を近くに寄せる。

 それを何も言わず見つめ、目の前の少女、儂檸は静かに自分の分の湯呑に口を付ける。

 湯気の立たせる湯呑を見ながら、霜月はどうしたものかと考える。

 気まずい第一要因である少女、儂檸は九十九と同じ九十九神だという。

 霜月にとってそれ自体はどうというものでもない。既に九十九という実例を目の当たりにしている。

 隣の家の奥さんも弓のことは知っていたし、先日倉庫で霜月も少女が持つ弓を見ている。

 疑う霜月に儂檸はいくつか祖父の日常を語りもした。間違いはない。


 九十九と同じ祖父の友人、という事になるのだろうかと霜月は儂檸を見つめる。

 儂檸は九十九の様に幼くはない。霜月よりもやや下と言った辺だろう。

 幼さ故の丸さをどこか残している九十九とは違い、その容姿は完成されたものだ。目元や視線に柔らかさは見受けられない。

 伸ばされた髪は後ろで一つに縛り、服は袴。弓の入った古風な弓袋と現代的な矢筒は今はその背後に置かれている。

 一本棒が入ったように背筋を伸ばし正座をしている姿も相まり、清廉とした氷の芸術の用な印象を霜月に抱かせる。

 霜月自身本物を見たことはないが、武人というものがいるのならばこのような存在かもしれない。

 

 この儂檸に対し、霜月は少しばかり粗相をした。いや、少しというのもおかしい。何せ下手をすれば殺しかけたのだ。

 強盗と間違えたと言えば多少は同情を得られるやもしれぬが、それで納得しきれるものでもない。

 それに儂檸は祖父の友人でもある。扇の九十九と違い存在を知らなかったと言え、自分が祖父から託された内の一つでもある。

 正直な話、「やっちまった」という思いが霜月の中で消えないのだ。

 仕方がなかった所もあるとは言え消しきれるわけがない。事実、即刻の土下座外交であった。

 その続きで今この場があるのだ。正直、何を言うべきなのか霜月にはとんと思いつかない。

 相手が許してくれているのかもわからない。正直、隣の家に事情を聞きに行ったまま戻らずどこかへ逃げたかった。


 それともう一つ、気まずい理由がある。

 九十九が拗ねたのだ。それも酷いレベルで。

 何があったかは知らぬが荷物のように小脇に抱えられた挙句放り投げられ、そのまま無視されて床に頭をぶつけられたのだ。

 今はあぐらをかいた霜月の足の上に座り、一升瓶抱え「やってられねー」とばかりにそれを傾けている。

 そこから動く気もなく、霜月が動こうものなら足をバンバン叩いてくる。正座できないのもそれが原因だ。

 アルコールが回ってかぼんわりと暖かくなってきた飲んだくれの体を感じながら、霜月はさてどうしたものかと考える。

 一応最初の理由として、儂檸が話があるからというわけでここにいるはずだが。


「えーと、指、大丈夫か? 血が出てたけど」

「直ぐに止まったさ。気にするほどでもない」


 軽く掲げた儂檸の手の指には絆創膏が貼られている。そこを噛み切ったのは霜月だ。覆われきれていない部分に強く噛んだ歯型が未だくっきりと残っている。


「あんな状態だ、事情を知らなければ勘違いされてもしょうがない。迷わず殺意を向けられたのは面食らったがな」

「本当に申し訳ない。それと、出来ればどうしてあんな状況になっていたのか教えて貰えないだろうか……?」

「変に気を使わないでこれ。自然体でいい。……そう、だな。あの状況は何と言うべきだろうか」


 考えるように儂檸は一度、湯呑を傾ける。


「外に出ようと思ってな。そうしたら私を見つけたそこの小さいのが先輩風を吹かせたんだ。適当に聞き流しているとやれ敬いが足りないだの若輩者だのとやたら偉そうで煩くてな」

「ほうほう」

「だから腹に拳を当てて一発トン……とだな」

「いや、ちょっと待ってくれ。理解は出来たが色々とツッコミどころがだな」

「何と言われようとそれがあの場所であったことだ。酷く弱かったな」


 それが本当なら九十九が拗ねているのも理解出来る。先輩風を吹かせて一発で黙らされるたのは少しばかり心に来ただろう。

 儂檸に対し偉そうにあーだこーだ言う九十九の姿が霜月には簡単に想像できる。

 霜月からしたら小さな少女が言う言葉だとやんわりと聞き流せるが、同じ九十九神である身からしたら煩かったのだろうか。


「かーっ! これだから荒くれは。ロクに言葉も交わせず手を出すとは、脳まで筋肉で出来ているのではあるまいなぁ?」


 酒瓶を傾けんぐんぐ一気飲みしながら九十九が儂檸に言う。酒臭い。


「胴体ばかり育ったように見えても頭がそれではのう。やってられんわ。猿じゃ猿」

「……」

「ひぅ!?」


 無言で儂檸に睨まれただけで九十九が身を小さくする。酒瓶を抱きしめ、霜月の腕を掴み自分の体を抱きしめさせるように回させる。

 怖いなら強がらなくてもいいもの。そう思いつつ霜月は空いた片手で若干涙目になった九十九の頭を撫でてやる。

 トン、と九十九が背中を完全に霜月に預けてくる。


「余り怖がらせないでやってくれ。話があるんだろ? 本題があるならそっちを話してくれ」

「それもそうだな。話といってもそう大層なものではない。まず一つはこれからも……いや、今後も、と言うべきか。この家で厄介になる。何、手間はかけさせん。面倒だというのならそこのとは違い自分の分の雑事は自分でする。ただ”居る”ことだけ認めて貰えれば迷惑はかけない」

「金銭はどうするつもりじゃ? 飯を食らうだけでも迷惑じゃぞ大ボラ吹くでないぞこのさ、ブフ」

「言いたい気持ちはわかるが少し黙ろうね九十九」


 霜月は九十九の唇を手で覆って言葉を遮る。二人の間で変にこじれて気まずくなるのは困る。

 ムームーと呻き声を上げる九十九はやはり酔っているのだろうか。どけろとばかりに抑えた九十九の手を噛もうとし、舐めてくる。

 ちょろちょろと手のひらを動き回る九十九の舌は生暖かく、妙なくすぐったさが霜月の手に伝わり何とも言い難い感覚が霜月を襲う。


「……人型でいれば空腹は覚えるが、いざとなれば食わずとも生きられる身だ。必要最低限以外、本来の姿でいるのも有りだろう。その点でも君に迷惑をかけるつもりはない。今の季節なら外で眠っても死ぬことはない」

「そこまでいかなくていい。好きにしてくれ。九十九も変なこと言わないし、あんたも……儂檸も変に挑発すること言わないでくれ」

「分かった。君に迷惑をかけるのは本意ではない。善処する。――二つ目は、私は名を授かるつもりはないという事だ」

 

 湯呑を下に置き、真っ直ぐに霜月を見つめながら儂檸はそう言い切る。

 その神妙で強い言い方に霜月は少しばかり理解が及ばない。


「名を授かるって、九十九に名前つけたみたいな事か? そんな畏まらなくてもその名前が気に入ってるなら別にいいんじゃないか」

「……まさか聞いていないのか?」


 驚きに儂檸の瞳が大きく見開く。

 霜月には分からぬが、何かあるのだろうか。


「何も知らぬというのにそこの九十九に名を付け、そいつはそれを受け入れたのか?」

「新しい魂がどうたらって言ってたな確か。欲しいって言われたから付けたぞ」


 その言葉に再度驚愕の表情を浮かべ、儂檸は九十九に視線を向ける。


「事実じゃよ。こちらにも色々とあっての。お前が気にすることではないわ」

「そうか。酷く軽率で軽蔑すべきことだが、納得しているのなら何も言わないさ。好きにするといい。ただ、その輪に加わるつもりはない」

「ふん、好きにしろ」


 互いに剣呑な雰囲気のまま二人は互いに見つめ合う。


「何だおい九十九。あれ何か意味あったのかおいこら。あと手がベタベタで酒臭いぞこのやろう」

「そぉ坊が気にすることではないよ。最初からああすることは決まったいたしの。そう言った意味で特に意味はないから気にするでない」


 後ろ手にペチペチと九十九が霜月の頬を叩く。

 これ以上聞いても九十九が答えてくれないのは霜月にもわかった。深入りしたいわけでもない。どうしても気になったら儂檸にでも後で聞けばいいだろう。

 取り敢えず霜月は仕返しに九十九の頬をむにむにと揉みしだき返す。

 そんな二人を儂檸は呆れたように見る。


「取り敢えず現状私が言いたいことは以上だ。受け入れてもらえて嬉しいよ。というより、抵抗がないことに逆に驚いたがな」

「九十九が既にいたし、爺ちゃんとの約束だからな」

「そうか。それはありがたく、羨ましいことだ」


 儂檸は自分の湯呑を持って立ち上がる。

 矢筒を背負い、弓袋を肩にかける。そうしてみると高校時代に見た弓道部のようにも見えるが、纏っている雰囲気だけは全く別だ。


「少し出かけさせてもらう。さほど遅くなる前に戻るので心配はしないでくれ」

「わかった。……それと一つ聞きたいんだが、今後もこういったことはあるのか?」

「こういったこと、とは」

「九十九と来て儂檸が来た。その次が来る可能性はあるのかってことだ。というより、何か条件でもあるのか? 分かれば助かるんだが」


 一度来て二度目が来た。ならば三度目がこない保証はない。昔から二度あることは三度あるとまで言われている。

 祖父との約束を違えるつもりはないが、それでもこれ以上増えられても色々と困ることも出てくる。

 もし次が来るのが分かるのなら、あるいは来る条件がわかるのならそれにこしたことはない。


「そう言えばそのことについては言っていなかったな。結論から言えばその可能性はかなり薄い。心配する必要はない」


 何らかの確信があるように儂檸が言い切る。

 

「言い切れるってことは、やっぱり何か条件でもあるのか?」

「ああ。そもそも君は私たちの成り立ちについてそいつからどの程度聞いているんだ?」

「……確か、長い時を経た物に宿った魂、それが人の姿を得たもの。魂はそれに関わった人の思いが結晶化したもので、負の感情の方が強い。だったっけか」

「呪いなどについてはどうだ?」

「聞いたぞ。負の感情が変な力を得て周りに影響を与えるんだろ」

「そこまでは知っているのか……そこまでしか、というべきか。ふむ」


 暫し言う言葉を探るように儂檸は目を細め中空を見つめる。

 霜月が知っている知識は言ったとおりだが、どうやらまだ色々とした事情があるらしい。

 九十九があえて言わなかったのか、言う必要がなかったのか。


「長い時を経た物が須らく私たちのように成り果てるワケではないのはわかるな? そうであるなら私たちの同類はもっと世に溢れているはずだ。昔の物を飾る施設があったはずだ」

「まあ、それは確かにそうだな」


 博物館や美術館、資料館のことを言っているのだろう。

 昔の品はその時代の風俗や宗教、食生活などを知る上で大事なものだ。発掘は全国で行われているし調査もまた同じ。

 国宝などは数百年以上の由来を持ったものなどザラにある。それが九十九神になっていないのは、確かにおかしい。


「君が言った成り立ちは大凡あっているよ。だがそれだけでなく、条件がいくつかまだあるんだ。いや、それを満たさずになる事もある以上、条件と言い切るのも悪いな。成りやすい環境、というべきだろう。一つ目は何よりも『人に使われたもの』だ」

「それって当然じゃないのか?」


 一般に言われている九十九神は人の道具の成れの果て。使われなくなった道具の妖怪といったところ。

 人が使う、というのは大前提だと霜月は認識している。


「当然のように思えるが、そうでもない。作られただけで人の手に渡らず仕舞われるという事もある。例えば奉納品を作る際は一つでなく複数作るんだ。そのウチ最も出来の良い物が『真打』などといって帝や朝廷などに送られる。選ばれなかったものは近くの神社に奉納され日の目を見なかったりな」

「見る機会なんかはあるかもしれないが、実際に使われる事はないって事か」


 何となくわかったような気がして霜月は頷く。


「二つ目は『忘れられる』こと。人の思いが結晶化するというのは色々と手間でな。ある程度の時間が必要なんだ。施設に飾られて不特定多数の視線に晒される、なんてのは余計な『思い』がぶつかってしまい邪魔になるんだ」

「氷を作る際にお湯が入ったり、水を棒でかき混ぜたるような行為ってことか?」


 極寒の地でも川はあるし水は凍らずに流れている。あれは水が動くことで氷結を妨げているのと表層部の氷の層が寒気を遮断しているためだ。動く物体を凍らせるとなるとより一層温度を下げる必要がある。

 にやりと儂檸が笑う。


「理解が早いな、それに近い。もっとも、遠ざけられればいいわけだから少数の人間だけが知っていたり、忌避や嫌悪、拒絶なんていう理解を拒み遠ざける感情でもいい。例外的だが、そんな不特定多数の視線や思いをモノに介さぬ程の、圧倒的なまでの『負の思い』でも背負っていれば、これもまた別だろうがな」

「風呂桶に墨汁を一滴程度垂らしても色は変わない様なものか」

「ああそうだ。ただどちらかといえば、墨汁に水滴を垂らしても何一つ変わらない、と言ったほうが近いな」


 漆黒のそれは色を変えず、何のゆらぎにもならない、という事か。変わらぬというよりも、余りにそれが強く飲み込んでしまうのだ。

 話を聞く限り確かにそこらの博物館などにある物の九十九神化は無理だろう。


「最後、三つ目は『喚び水を持つ』事。これが今後新しいものが現れないだろうと思える理由だ」

「呼び水? それって確か、井戸の水を引く際なんかに使う最初の水とか、物事の発端とかって意味のやつか?」

「うむ、その喚び水だ」


 何となくズレがあるように霜月は感じたが、合っているようなので取り敢えず先を促す。


「要は『顕現する切欠』だ。知っているか? 氷を作る際、十分に冷却されたのに水のままでいることがままある。その際その水を氷にするのにどうすればいいのか」

「過冷却だろ。氷にするには外部から衝撃を与えればいい。指で弾いたり揺らしたりだな」


 例えば雪は小さな埃があったほうが出来やすい。結晶の核になるからだ。

 外部からの刺激、というのは往々にして物体の変化を助ける。

 本来、水が凍る際は水の内部に温度の差が出来て水の対流が起こる。これが刺激となる。

 だがゆっくりと時間をかけて凍らせると対流は怒らず氷点下以下になっても水のまま、という状況。過冷却状態になる。


「それと同じだよ。眠っていたものを揺り動かす刺激が必要なんだ。止水に波紋を作るための投げ込む石がな。それは物理的なものに限らず、例えば――近くにお仲間がいる、とかね」

「……九十九こいつか」


 腕の中、穏やかな寝息を立て九十九はいつの間にか眠っていた。

 頬を赤くし酒瓶を抱えて眠るその姿は酔っ払いのそれだ。頬をつつけば眉を寄せ顔を背ける。

 一升瓶の中身は気づけば殆どなくなっており、それがこの小さな体に収まったのかと霜月は呆れてしまう。

 中々に高い酒で霜月も後で飲もうと思っていただけに少しの落胆もある。

 取り敢えずの腹いせに霜月は嫌がる九十九の頬を縦縦横横丸かいてのノリでむにむにと引っ張ってやる。


「九十九と呼んでいるそいつは君が思っているよりも存外に大した奴だ。その姿に合わず随分とでかい石で影響もそれだけある。事実、本当にたまにしか姿を出せなかった私が、こうして恒常的に人型を取れている。……逆に言えば、そのことがあったのに姿を現したのが私だけな以上、これ以後に現れる可能性は低いというわけだ」

「なるほどな。確かにそういう事なら心配する必要はなさそうだ。その三つが条件か」


 『人に使われ』『忘れられ』『呼び水に起こされる』

 長い時を経て、主に強烈な悪意を塗り固められ出来る存在。

 何となくだが霜月が今まで思っていた『付喪神』と違う印象の話だ。

 もっとこう、静かで寂しくほのぼのとしたイメージが霜月の中にはあったのだ。


「最初に言ったが、条件ではなく成りやすい環境だ。例外はいくらでもある。その娘の影響が及ばぬ封の中にいるやもしれん。……では、私はそろそろ出させて貰うとする」

「引き止めて悪かったな。教えてくれてありがとう」

「この程度のことならいくらでも教えるさ。大抵の事は知っておいて損はない」


 逆に言うならば、知らないほうがいいこともある。

 霜月は何故か、そう感じ取ってしまった。


「遅くとも日が変わる前には帰る。ではな」


 そう言ってさっさと儂檸は出て行ってしまった。

 郊外だけあってこの辺りは夜になると明かりも少ない。日が変わる前、というのは流石に遅くはないだろうか。

 仮にも見た目は未成年と成年の間ほどの女性。補導なんて事になったら色々とあれだ。

 そもそも暗くなれば風景や道の印象も変わる。ちゃんと帰って来れるのだろうか。

 少し前、夕方に散歩に出た九十九が警官に手を捕まれ途中まで帰ってきた事を霜月は思い出す。

 警官に窘められた九十九本人は頬を膨らませ愚痴を言っていたが、勘違いされてもしょうがないのは確かだ。


「まあ、なるようになるか」


 ふと、ずっと九十九の頬をむにっていたはずの指に小さな痛みが走る。

 いつの間にやら九十九は起きていたらしく、むにっていた霜月の指に復讐だとばかりにガジガジと噛み付いていた。

 体を返し、今にも眠りそうな変に据わった瞳が霜月を向く。


「ふぃふぁは、ふぁにをふぃてひる」

「何言ってるかわからん。取り敢えず指を離せ」

「勝手にふぃとのほーをちじくりゅまわひゅなど、はじを知れはひを。しゃー」

「酔っ払ってて結局わけが分からん。呂律ちゃんとしろ酔っ払い」


 九十九の体をゴロンと畳の上に転がす。

 笑いながら霜月の文句を言い畳を叩き始めたのを見ながら霜月は立ち上がる。

 あそこまでいけば絡んでも疲れる。どうせ直ぐに再度寝始めるだろう。そうしたらタオルケットでもかけてやればいい。

 

 九十九の唾液に濡れた手を洗い、様子を見に戻ればやはり九十九はうつ伏せで寝ていた。

 それでも酒瓶をしっかりと掴んで離さぬのに呆れながら霜月は乱れた九十九の着物を直し、タオルケットをかけてやる。

 

 風がざわりと吹いた。揺れる庭の枝葉を霜月は一人で眺める。

 近くから聞こえる小さな寝息だけ。家は静寂に包まれていた。

 するべきこともない。九十九の眠気に当てられたのだろう。自然と霜月はあくびをしていた。

 そのまま仰向けになった霜月の意識は、ゆるりと春の陽気に溶けていった。




 



 その日、霜月が起きたのは夜になってから。九十九は時計の針が十をさしてからのことだった。

 儂檸は心配が的中し、日が変わる少し前に警官に連れられ帰ってきた。

 どうやら迷っていたらしい。前に九十九もお世話になった警官で顔なじみになりそうなのが霜月には何か嫌だった。

 気まずそうに視線をそらす儂檸の横、「ああ、また君か」みたいな視線を向けてくる警官は適当に注意をして帰っていった。

 確実に顔と名前を覚えられたこと。そして次の機会がすぐまたありそうな予感が霜月には悲しかった。

書こうと思っていた要素がまだ三分の一ほどあったが、文字数とか流れの都合で次の話に。15日までに完結させたい

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