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付喪語  作者: 七織
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鳴動の回顧

デレの無いクーデレとはクーデレと言えるのだろうかというどうでもいい疑問。


テーストテストー僕あーしたテストー

何やってるんだろうね僕

 呼び水という言葉がある。

 低きに留まった水を導くために外部から満たす水。

 また、ある事柄が起こる切っ掛けであり、他の何かを揺り動かし誘い込む標べ。


 『シンクロニシティ』『経験場』という言葉がある。

 難事とされる事象、その『始めの一』が成功すると同時、まるで示し合わせたように他も同じ結果を示し始めるというオカルト世界の同調理論。


 表面張力で保たれた水面に一雫垂らすように。

 過冷却された水に飛沫を飛ばす如く。

 その最初の雫が、抑えれられていた中身を漏らし始める。

 まるで手を伸ばしこちらへと導くように。

 

 










 


 

 昨今は環境問題がよく槍玉に挙げられるだろう。

 やれ地球温暖化だやれ二酸化炭素だ。自称識者が叫び省エネが推奨される時勢。

 企業はクールビズを掲げ国は排出量の枠を金で売り買いする時代だ。

 そしてそれに真っ向から歯向かの如く、暑くもない中空調をガンガンに効かせた空間に霜月はいた。

 

 耳を澄ませば声ではなくどこかで動くクーラーの静かな電動音が聞こえてくるほど静かだ。けれどそこにあるのは耳を刺す静寂ではなく肌に染み込むような暖かな静けさ。

 空気は湿り気を含まず、けれど喉が渇くほどではない乾燥度合い。暑さや寒さと無縁な肌が空間に同調するかのような適温。

 酷く広い空間にはいくつもの仕切りが立ち並び幾つもの列に分けられ、隅の方には開けた空間が設けられ多人数でなく個人向けの椅子やテーブルが備えられている。

 全三階建てからなる建物はどこも同じだ。古ぼけた、けれど決して不快でない匂いで満たされた、停滞した微睡みのようなこの空気が満ちている。


 そんな知識の蔵、大学の図書館の片隅の仕切られたテーブルで霜月は本を読んでいた。

 長期休暇も終わり講義もポツポツと始まり始めた。第一回目の説明だけだったそんな午前終わりの今日、霜月はキャンパスの中見えたこの場所にふらりと来ていた。


 市街地から離れたやや山あいに作られた大学が霜月の通う大学だ。そんな立地だけにキャンパスは広く緑がよく見える。季節によっては山に熊が出ることもある。

 一般教養の講義棟や文学部は麓に、そして他の学部は山の上や街中に点在し朝は短い山登りをしている多数の学生を見ることができる。

 図書館は山の上、麓、そして他学部に一つずつ。規定時間であれば在学生なら好き勝手に出入り出き時期によってはテスト勉強で席が埋まりきっていることも多々。

 霜月がいるのは麓の第一分館。既に貸出処理を終えた小さな文庫本を適当に捲り、時折手を止め目的の場所を読んでいる。


「あれは寄木細工なのか」


 目的のページを見つけ霜月は小さく呟く。

 霜月が調べているのは先日見つけた箱に関するものだ。中身が空だったあの箱、あれに関することが分かればもう片方も何かわかるかもしれないと思ったのだ。

 調べるものは三つ。箱と、一部変質した中に敷かれていた布。それと箱を結んでいた紐。

 そのうち箱は寄木細工というモノらしい。文字通りいくつにも分けた木のパーツを寄せて組み上げたもので、使う木材の色や刻んだ模様、形で様々な文様が描かれる。

 日本での歴史は凡そ二百年。傷や日に焼けた色から最近の物ではなかったはずだ。だとしたら中身も最大であってもそれ相応の年代のはずだが……


「色合いというか、劣化がなぁ……」


 霜月が疑問に思うのは敷かれていた布だ。調べる三つに入っているのも理由がある。

 素人目に見ても、明らかに箱と布の年代が違うように思えたのだ。

 感触を思い出し、拙い記憶を探ればあの布地は絹、なのだろうと検討をつけている。

 霜月の考えが正しければあれは元々入っていたものでなく途中で入れられた物。だが、そこで止まってしまう。

 絹の年代鑑定、というものが出来るかは知らないが、できたとしても霜月にはつてなどない。それにそこまでする気も起きない。

 調べてみて分かったらラッキー、その程度で調べているのだ。


 既に絹については調べたがロクな収穫はない。貿易の品だの過去には税として取られただの高校時代に習ったような知識ばかりしかなかった。

 取り敢えず箱については分かった。残りの項を適当に捲りながらボーっと霜月は眺め……ふと目に入った絵に指を止める。

 そこには先ほど寄木細工の所に載せられていたのと同じ箱の写真があった。

 項目は『細工箱』


「……“内部や表面に細工がなされた箱のことで、一定の動作をしなければ開かれないように作られた箱。『からくり箱』『秘密箱』とも言われる。元々は貴重品を隠すために使われていたが、危険物を子供などが触れぬようにする為の隔離用にも用いられた。日本では十九世紀に箱根で作られ、そこで作られた箱は寄木の技法の装飾が多々用いられる”か。もしかしてあの箱もそうだったのか? いやでも、開けるとき変に弄った記憶は」


 あの部屋での感覚は何となくだが体に刻まれている。虚空を見上げ思い出しながら、その時の感覚を体に宿し再現する。

 記憶を思い出し、何のことはないじゃないかと霜月は笑って目を瞑り、闇の中に思い浮かべた箱を開けるべく手を動かす。

 確か、そう。ただ自分は左右を持ち、右の親指で上蓋の角を斜めに押しながら左手で下を左下に回してから……


「……何で。え、あれ……ちが。どうして、こんな動き」


 何の疑問さえなくしたその動作に霜月の手が止まる。

 今改めて思えばこれは明らかに変というより他ない。開けるなら上下に力を入れるだけでいいはず。なのになぜ、こんな開き方を。

 迷わず、息を吸うかの如く自然に。

 まるで、開け方を知っていたかの様に。


 目を閉じた闇の中、ぽかりと開いたあの箱が霜月の目の前に確かにそこにある。

 何もない空間に今にも溢れ出しそうなナニカを湛え、何故か酷くオカシナモノに霜月は見えてくる。

 静かな空間で、箱だけしかない闇の中。霜月の背が、ゾクリと僅かに冷たくなる。


「バカバカしい。勝手な思い込みだな」


 息を大きく吐き霜月は目を開ける。箱の像は消え目に映るのはなんの変わりもない図書館だ。

 疲れてるのかな。そう思いつつ霜月は横に積んだ別の本を開きその中を読み進めていく。

 ふと、そんな霜月の背中が背後から叩かれる。


「よう、久しぶり織守」

「久しぶりだな香月。お前が図書館とか珍しいな」


 香月憐こうづきれんは霜月の級友だ。同じ高校出身だが当時は付き合いは余りなく、高校時代の香月に関する記憶は霜月には一切と言っていいほどない。

 大学に入ってから同校出身のよしみで仲良くなった友人である。


 ソツのない端正な中性的容姿に不敵な笑みを浮かべ、縁のない眼鏡が酷く似合っている。好みなのかよく着ている白のシャツが細身の体に合い、全体として芯を通した清浄さを出している。

 もっとも、中身を知っている霜月としてはそれが全く別物だと知っているが。


 テーブルの仕切りに腕を載せ、香月がこちらに顔を出す。


「インテリ派に転向したんだ。今度からはそう、プロフェッサーとでも呼んでくれたまえ友よ」

「了解した。じゃあ今度から出席の欄にはプロフェッサーとちゃんと書く事にする」

「……それは実に困る。どうやら私は今日で廃業らしいから変える必要はないぞ」


 霜月が知る限り香月はおよそ真面目といえる学生ではない。

 内容は余り知らないがバイトやサークル、そして遊びで出かけることが多く講義を遅刻したり休むことが多い。その際に代返を霜月が受け持っている。

 霜月は代返をしレポートやレジュメなどの回収を。香月はどこからか知らないが手に入れた過去問過去レポを。それが二人の間の取り決めだ。

 香月ほどではないが霜月もそこまで真面目と言い切れない。テスト前には二人で集まってテスト勉強をする姿がよく見られる。


「旅行に行くと言っていたけどもう帰っていたのか? 何か土産があるなら出してもいいぞ」

「今回は忘れなかったさ。ちゃんとあるから安心しろ」


 ほれ、と小さな木彫りの人形を渡される。

 どこかに付ける紐や小さなチェーンが付いているわけでもない。土産物屋で売っているようにも見えないが、一体どこで毎度こういったものを買ってくるのか霜月は不思議だ。

 霜月は前に何度か香月にサークルの会合に呼ばれたことがある。適当に肉を食べたり集まって酒を飲んだりした。それ以外にも一人旅をすることも多いらしい。

 

「私は借りっぱなしの本の返却期限を大幅に過ぎていてね。催促がうるさいから返しに来たんだ。霜月は何か調べ物か?」

「ああ。少し気になることがあってな」

「へぇ。……『箱の形状と種類』『織物の歴史』『結ぶという行為‐宗教学見地からの解釈‐』……それと『扇と扇子』か。えーと、頭でもおかしくなった?」

「至って正常だ失礼な。爺ちゃんから貰った物があってさ、ちょっと気になったことがあったんだよ」

「噂に聞く霜月のお爺さんか。なるほど」


 ふーんと呟きながら香月はペラペラと積まれた本を捲る。そして直ぐに飽きたのかそれを閉じる。

 腕を組んだまま香月はアクビをし、浮かんだ涙を拭う。

 

「そんなに眠いのか?」

「まあね。実は帰ってきたのが朝七時でまだ寝てないんだよ。これから帰って爆睡する予定さ。……その前にさ、良ければ昼食食べない? 朝からまだ何も食べてないんだ」

「いいぞ。知りたいことは一通り調べたし、これは借りていくからな」


 図鑑などと違い文庫本は小さい。

 読んでいた本を最後に素早く流し、一つだけ気になった部分を途中少しだけ読んでカバンに詰め霜月は立ち上がる。

 身一つで前を歩く香月について霜月は図書館をでる。

 歩く方向からして向かっているのは大学食堂である『アルト・カフェ』だろう。そこのカレーは中々に美味い。


 歩みを早め香月に並びながら、霜月は先ほど最後に読んだ本を思い出す。

 偶然見つけたそれは本の題通りの紐に関したものでなく、和紙に関して書かれた項だった。

 そこに書かれていたことは『和紙で結ぶ』という行為に関しての意味。

 その箇所を思い出しながら、霜月はいつの間にか置いてかれた香月に呼ばれ駆け足で走っていった。



『――古来日本において物理的、物質的意味よりも象徴的意味が尊ばれる事が多々あった。それは結ぶという動作にある拘束する、閉じるという行為でもまた同じである。

 何かを封じる、または閉じ込める際に分厚い錠前が掛けられようと、封印されなければ封がされたとは考えられなかった。

 この封印は結び目を細く折りたたんだ紙(或いは和紙)で更に上から結び、両端を切り落とす。其の後に上から印を押したものである。これによって初めて封印がなされたと取るのである。

 この精神的、道徳的封印は非常に重く取られ、確認された例はないがこれを破ったものには死罪が下るとされていた――』

 










 昼食後に香月と別れ、霜月はそのまま自転車で帰宅していた。チャリで帰宅まで半刻以内。良い距離である。

 免許自体は長期休みで既にとっているのだが、生憎金銭的にそれを使った乗り物を用意する機会がない。そこまで離れているわけでもないので霜月は未だにチャリだ。

 バイクを持っている香月には何か買ったほうが楽だと言われているが、そこまで不便を感じたこともないので取り敢えず後回しである。


 自転車を庭において霜月は玄関へと向かう。

 大学に連れて行くわけにも行かず九十九は家で留守番だ。暇だと何度か拗ねられたが答えるわけにはいかない。

 留守を預かる間することもなく外に出かけることがあるらしく、何度か姿を見られ隣の奥さんに知っているかと聞かれたこともある。

 変な噂が立っても困るが、されとて一人で家の中に居続けろというのも酷なのは理解してる。霜月として強くも言えないのだ。

 ありがたいことがあるとすれば出かける際着物でなく、この間霜月が買い与えた服を来て出かけてくれること。普通の少女として認識されていることだ。

 

 一体何をしているか。また拗ねてはいないか。生憎体当りされるのはもうごめんだ。

 つらつらと考えながら霜月は玄関を開け中に入る。


――そして段を上がったところにいた一人の女性と目が合った。


「え?」

「ああ、来たか」


 それは予期した少女、九十九ではなかった。背も高く九十九とは似つかぬ別の、女性と呼ぶにはまだ早く、少女と呼ぶには少し薹が立つ。

 服は上は白で下は黒。確か袴、と言った和装のはずだ。

 ピンと張ったように背は真っ直ぐに。長い黒髪は後ろで人に纏められ一筋になって垂らされている。

 こちらを見つめる切れ長の双眸は静かな色を湛え、綺麗、ではなく美しい、と言えるその見惚れる顔立ちに酷く適合している。

 まるでそこだけ張り詰めた静謐で澄んだ空気が流れているよう。見ているこちらの心が貫かれる様な錯覚さえある。

 背に背負われた、布の袋で包まれた2mに届くだろかという長さの棒状の何かも溶け込み一つの場を形成している。

 

 だが、そんなことは霜月にはまだどうでもよかった。

 知らぬ人間がこの家にいることも。

 その相手が美しい女性であることも。

 その女性が腰元に鞘に入った凶器にもなる得るだろう短刀を指していることも。

 『それ』に比べればどうでもよかった。



 その女性が『あの扇』を胸元に差し、

 まるで反応を示さない九十九を小脇に抱えていなければ。


 

 『それ』を見た瞬間、霜月の靴は女性に向かって一直線に飛ばされていた。


「――っ、何を?!」


 答える必要などなく霜月はもう片方の靴も飛ばし、カバンも投げ、近くにあった傘を掴みそのままの勢いで女性に接近する。

 狙うは顔。まだ出会ってから二秒と立っていないだろう女性に寸分の躊躇いもなく霜月は傘の先を向け、その顔を抉るべく突き出す。

 ダンッ!! 霜月が突いたのは何もない場所の壁。僅かな差で避けた女性が大きく凹みの出来たそこを見て目を丸くして驚愕の表情を浮かべる。


 躊躇い無く壁を突いたせいで痺れ、反動から霜月の手から傘が落ちる。

 無手だが距離は近い。そのまま霜月は女性の顔めがけ殴りかかるが、女性は空いた方の手を霜月の腕に合わせその拳を逸らす。

 ならばと目の前にまで迫った女性の腹部を蹴ろうと足を上げ、その途端衝撃が走り霜月の体がぐらりと揺れる。足を払われたのだ。

 バランスを崩した霜月の口を手で覆い、女性は体当たりをするように体重をかけ霜月を押し倒す。床に倒れきる寸前、霜月は受身を取るが全身に衝撃が走る。


 覆う手の指を噛み切ってやろうか。霜月が指に歯を立てるが痺れが抜けぬ体では力がろくに入らず、僅かにしか肉に食い込まない。

 無理やり抜いた指から出た血を拭いながら女性は霜月を離して起き上がる。

 そして霜月の体の上に女性は抱えていた九十九と扇をポイと放り投げ、降参だとばかりに手を上げる。

 

「お前の狙いはその子だろう。誤解だ、やめにしよう」

「家主の居ぬ間に忍び込む強盗風情が何を言っている?」


 歯に付いた血を飲み込みながら霜月は言い放つ。

 祖父の親類縁者なら霜月は一通りはあったことがある。顔を覚えていない者もいるが会えば思い出すし、それにこれだけ若い女性はいなかったはずだ。

 そもそも家には鍵をかけていた。合鍵を含めこの家の鍵を持っているのは霜月が知る限り自分と九十九、それと父親だけ。

 近所の人間と考えることもできるが、ならば九十九の状態が色々とおかしい。

 服装は気にかかるが目の前の女性は盗人。そう考えるのが自然だろう。


 小さく呻き声が聞こえる。どうやら九十九は気を失っているわけではなく単に項垂れていたらしい。

 体の上の九十九を抱えその胸元に扇を差し込み、霜月は女性を伺いながら立ち上がる。そんな霜月に女性はおかしいものを見たように口元を抑え笑う。


「私が盗人だと? おかしな話だ。忍び込む必要などなくずっと前から居たというのに」


 女性は背に背負った棒状のものを手に取りその袋を解いていく。

 離せとペチペチ叩いてくる九十九を無視する霜月の前、現れたのは波を打つ曲線の木の棒。それは弓と言われる武具だ。

 そして、その弓を霜月は知っている。

 先日あの箱が会った部屋で立てかけられていた姿を見ている。


 ずっと前から居た。その意味を、腕の中でもがいている存在を思い出し霜月は察する。

 そして同時に、霜月はさっき自分がしたことを思い出し冷や汗が吹き出てくる。


「えーとだね、まさか君はその……」

「お察しの通りだ。そこでバタバタ暴れている娘の同類だよ」



梓弓あずさゆみの付喪、濃檸ノノウだ。以後よしなに、と言いたいがそこまで仲を深めようとは思っていない。まあ宜しく頼む」

 

 

 悩み、取り敢えず霜月はまず土下座をした。

 抱えていた九十九はゴツンと頭が床にぶつかり痛そうだった。

キャラは増えたがデレを書く予定は特にない。

九十九一強は絶対に崩さぬ。

そして今回もタイトルは多分適当。

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