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赤のミスティンキル  作者: 大気杜弥
第二部
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第五章 魔境の島 (二)

(二)


 “壁の塔”ギュルノーヴ・ギゼ。

 白い塔は、島の北西の突端――険しく切り立った岸壁から天を貫くようにまっすぐそびえ立っており、高さは四フィーレにも及ぶ。人工建造物としては他に類を見ない大きさである。唯一、匹敵するものは西方大陸エヴェルクにある世界樹くらいのものだろう。ただしあれは自然の創りだした奇跡だ。


 この塔は魔導王国ラミシスの非常に重要な防衛拠点であった。他国に攻め入るためではなく、防衛を目的として建造された。

 魔導師が編み上げた魔法を塔の構造が増幅させ、スフフォイル海に向けて強力な魔法障壁を展開させることができた。この壁は忌まわしい呪詛を持っており、アズニール軍をたやすく壊滅に追い込むほどの絶対的威力を持っていた。ラミシスの防衛体制は鉄壁だったのだ。

 しかし魔導師ディール率いるアズニール王朝軍は、次にはドゥール・サウベレーン達と共に攻め入り、龍の膨大な魔力をもって魔法障壁に対抗し、激しいせめぎ合いの果てについに障壁を突破したのだ。魔導師達は次なる障壁をすぐさま作りあげたものの、急造の魔法障壁では大いなる龍の力に勝てなかった。そしてこの地で龍と魔導師による戦いが繰り広げられる。三日三晩にわたる攻防の果てにアズニール王朝軍は“壁の塔”の攻略に成功、塔は陥落したのだった。


◆◆◆◆


 時は現在。

 襲いかかってきたゾアヴァンゲル達を討ち果たしたミスティンキルとウィムリーフは、再び蒼龍アザスタンの背に乗って空を飛び、陸地を目指した。ただし霧がまとわりついてくるため、おおよその方角しか分からない。そこで地に詳しいヒュールリットは先行し、道案内役を務めるのだった。

 ミスティンキルもウィムリーフも今や精魂使い果たし、龍の背びれに寄りかかって茫然としていた。初めての戦闘行動。しかも竜との戦いである。

「あんな化け物をよく倒せたもんだな、おれ達は……」

 誰に呼びかけるでもなく、ミスティンキルは独りごちた。

 二人は各々の水筒から水を口に含み、またため息。その間の抜けた顔では“竜殺し”の勇者の名が泣くというものだが、それでも二人はぼうっとしたままだ。なんにせよ生きていてよかった。それが二人の共通した認識であろう。

 やがてウィムリーフが口を開いた。

「あの竜達は、塔に巣くっていたのかしらね? そして彼らの縄張りの中へとあたし達が進入したものだから攻撃を仕掛けてきた――。」

「さてな。ともかく、あんな連中と真っ向から戦うのはもうこれきりにしてほしいよな。これからはもっと平穏に、遺跡の探索をしたいもんだぜ」

「本当ね、ミスト」

 言ってウィムリーフは微笑む。

「でも、備えは万全にしておかないとね。これからはいろんなかたちで、様々な困難が待ち受けているに違いない。あたし達は特別に身体を鍛え抜いてるわけでも、剣技を習得しているわけでもない。けどその分、身体の中に力を持っている。純然たる赤と青という魔力をね。大きなその力を魔法に変えて、危険をくぐり抜けていきましょう。大丈夫、あたし達ならきっとできる!」

 二人はまた口に水を含んだ。

「そういやさ――最後の龍を倒したときのウィム、凄かったな。竜を二匹、一瞬のうちに消しさっちまうだなんて。あれこそ必殺の攻撃魔法だ。――月での魔導復活の時、ウィムにもちゃんと魔導は継承されてたんだな」

 ミスティンキルは戦いのことを思い出す。ウィムリーフが発した二本の青い氷柱が一瞬で竜達を貫いて、青白い光とともに消滅させたことを。当の本人たるウィムリーフの顔を見るが、彼女の表情は今ひとつ冴えない。

「ごめん。覚えてないのよ。あの時――いきなり襲ってきた竜を目の前に見てしまって、あまりの突然な事に動けなくなるし頭は混乱するし――真っ白。とにかく怖くて目を閉じたのは覚えてる。死にたくないって思ってね。……それで次に意識が戻ったときには眼前で竜が消え失せるところだったのよ」

 ウィムリーフは懸命に当時の様子を思い出そうとしているが、その間の記憶だけはぽっかりと抜け落ち、空白のままなのだ。しかし実際に、攻撃の魔法はウィムリーフによって発動された。

「今までだって、何度あたしが願っても魔法は発動されなかったのに、今回は発動した。……本当にあたしの力だっていうの? 分からない……」

「ふうん。あれはウィムの本能がそうさせたのかもしれないぜ? ここ一番って時にはウィムも強力な魔法が使えるかもしれない。お前さんは頭がいいから、おれ以上に力を引き出せると思うよ。……まあでもこれから先、そんな大それた魔法を使わずにすむに越したことはないんだがな。危険な目なんかあいたくねえし」

 気にすんな、そう言ってミスティンキルはウィムリーフをいたわった。一方のウィムリーフはまだ合点がいかない様子で晴れない笑みを浮かべた。

 やがて霧がぱあっと晴れ、太陽が顔を見せた。


◆◆◆◆


 冒険家一行はいよいよ島の上空に入り、“壁の塔”にさらに近づいた。

 天へ突き抜けるようにまっすぐ伸びる、板のような造形の建造物はまさに壁そのものである。

 ミスティンキルら二人はそびえ立つ塔の存在感に圧倒されていた。遠くからでも表面に描かれた壁画が見事だと分かっていたが、こうして近くで見ると精緻を極めていることがよく分かる。石を彫って創られた見事な芸術品だ。しかも単なる作品ではない。人や獣、龍を象った図像は、それ自体に意味を含ませていることが伺える。塔の形状や色、中央の魔法陣――これらの図像を総括することによって、魔法的な力が生み出されるのだろうか。かつての魔法障壁や、今しがたの微弱な魔力を含んだ霧のように。


「魔法的になにか意味があるんでしょうね。図画にしても建築の様式にしても。中央の魔法陣もほんとう、見事なこと。……これは描かなきゃならないわ! 意味なんか、今は分からなくてもいい。図書館かどこかで文献をあたってみれば、なんかしらの答えは出るはず」

 戦いで疲れていることも忘れて、ウィムリーフは自分の荷袋をがさごそとあさり、画材用具を探し出した。彼女の、この冒険にかける情熱は相当なものである。

「見つかった! まあなんにしても、すべては着地してからね――アザスタン。聞こえるかしら?」

 ウィムリーフの呼び声にアザスタンが【応】と答える。

「夕方も近いだろうし、今日はそろそろ終わりにしましょう。塔のそばに降りて、寝床を設営しないと。……ミストもそれでいい?」

 ミスティンキルは黙ったまま、こくりと頷いた。彼の腹時計はそろそろ夕方近いことを告げている。

「あたし達が疲れたざまじゃあ、島に跋扈ばっこする悪鬼や怨霊相手にやられちゃうわ。とにかく英気を養わないとね!」

【ならば約束どおり、私の案内はここまでだ。私は自らの領域へ戻る】

 ヒュールリットが告げる。

「ヒュールリット、あなたは来ないの?」

【ああ。ラミシスの王を打ち倒したという過去の因縁があるゆえに、私はその因縁に縛られて動けなくなる恐れがある。つまり呪いだ】

 朱色の龍は答えた。

「なら、仕方ねえな。もともとおれ達だけで行こうとしていたんだから、あんたを煩わせるわけにもいかねえだろう。ここでおさらばだな」

 と、ミスティンキルは淡々と言った。

【――だが、ふむ。貴君らを捨て置くのは私の義に反する。竜殺しの勇者達よ、魔境を巡る冒険家達よ、もし貴君らに危険が迫り、助けを求めるのならばいつでも参じよう。赤水晶クィル・バランを天にかざし真円を描き、貴君らの名を明かしたあとにこう唱えるがいい。


“ケルスタ・アーンエデュヴイガック・ノマ・ヘウルリェット(召致に応じよ、汝が名はヒュールリット)”


――と。さすれば私は駆けつけ、助けになろう】


 それからアザスタンは巨大な塔をくるくると旋回したのち、塔の入り口近くを選んで着地した。周辺には高い木はそびえ立っていない。塔が日光を遮ってしまっているためだろう。

 背中に乗っていたミスティンキルとウィムリーフはおのおのの荷物を背負って飛び降りた。

「さあ、ようやく到着ね!」

 ウィムリーフは晴れ晴れとした表情でそう言い、大きく気持ちよさそうに伸びをした。ミスティンキルもひさびさの土の感触に思わず顔をほころばせた。

【――では私は戻る。この地はまさに魔境。何があるか分からぬから気を許すなよ。ミスティンキルにウィムリーフ。貴君らに誉れあれ。そしてデューウ《はらから》よ、龍王様よりの使命を無事果たしてくれよ】

 朱色あけいろのヒュールリットはそう言い残して北方の空へと飛び去った。来るとき同様、猛烈な速さで。みるみるうちに彼の姿は空の彼方へ見えなくなっていく。

「ありがとう、偉大な龍、朱色のヒュールリット!」

 ミスティンキルとウィムリーフは手を振ってヒュールリットと別れた。

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