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赤のミスティンキル  作者: 大気杜弥
第二部
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挿話二 ウォレにて

 ミスティンキル達がゾアヴァンゲルと戦い、ついに打ち倒した頃、その彼らを追っているハーンとエリスメア父娘を乗せた船、“凪の聖女”号はデュンサアルに近い港町ウォレで錨を降ろした。ここからエマク丘陵へと登り、一週間ほどでドゥロームの聖地デュンサアルへとたどり着く。


 この時期にグエンゼタルナ海を航海するなど天候の面からとうてい不可能なのだが、風の魔法を駆使するエリスメアのおかげで海は鎮まり風は良い方向になびいた。本来陸路で一月かかるところを船で四日と、大幅に旅の行程を短縮できた。

 “風の司”とはかくあらんとばかりに大いに活躍したエリスメアだが、昼夜分かたず天候を操っていた負担はとても大きいものだった。船が港に着くやいなや、彼女の集中力はぷつりと切れ、倒れてしまったのだ。


◆◆◆◆


「ごめんね、父さま。……ああ、いえ、兄さま」

 宿屋の一室、今しがた医師の診療を終えたエリスメアはベッドに伏したまま、申し訳なさそうにハーンに言った。

「そんな、お前が謝る必要なんて無いよ。この旅、無理を強いてしまってるのは僕のほうだから」

 ベッドの横のいすに腰掛けたハーンは優しく笑うと娘の手をぎゅっと握った。先ほどに比べればずいぶんと回復しているのが分かる。顔色もだいぶ良くなってきていた。薬に頼らずとも、栄養のある食事をとって十分休めばさらに快方に向かうだろう。

「今日はもう、ゆっくりお休み。明日の昼にどうしようか考えよう。大事なのは自分を責めないこと! エリスが責任感の強い性格に育ってくれて、それは父としても嬉しいんだけれど、自分を追い詰めちゃだめだ。分かった?」

「ん……分かりました」

 エリスメアは笑みを浮かべた。父が自分の心配をしてくれているのが嬉しいのだ。


 部屋の入り口の木扉が叩かれ、きいと小さな音を立てて開かれる。“凪の聖女”号船主のディリスコンツ男爵の顔がのぞいた。

「……ああ、失礼。妹さんの具合はどうだろうか?」

「あ、船長」

 エリスメアが起き上がろうとしているところを男爵は制止した。

「大丈夫なのかね?」と言って、男爵は部屋に入った。

「お医者様を呼んでいただいてありがとうございます」

 エリスメアは上半身を起こし、船長に頭を下げた。

「――お医者様の話だと、栄養をとってゆっくり休めば問題ないと。過労……ですね」

「おお、そうか。彼は腕の立つ医者だから信用していい。――君が船で倒れて気絶したときはどうしようかと思ったのだが、これで一安心だな。うちの荒くれども――水夫連中もやきもきしていて――ようやくほっとするだろう。伝えてやらんとな」

 ディリスコンツ男爵はそう言って破顔した。

「デュンサアルに行くんだろう? 話はつけておいた。ここの宿の主人に言えば案内してくれる――そう、ラバを二頭と旅の備えを準備したんだ。これは貸しではなく、我々の単なるお節介だと思ってくれると嬉しい。好きなときに主人に言うといいよ」

「船長!」

 エリスメアの顔にぱあっと赤みが差した。

「いいんですか、船長? なにからなにまで……」と、ハーン。

「いやいや、これくらいのことはさせてほしい。我々も貴重な体験をした。“海の司”ならともかく“風の司”の仕事ぶりをこの目で間近に見たのは初めてだし、航海日誌を書いていて楽しいと思ったのは久方ぶりだよ。今日はこれで失礼するが、まだ三週間はここに滞在するつもりだ(海はまだ荒れているからね)。なにかあったら我々が力になるよ。では私は波止場に戻る。エリスメア、道中本当にありがとう。船員を代表してこのボアール・ロイド・ディリスコンツが深く御礼申し上げる」

 そう言って深く頭を下げたあと、ディリスコンツ男爵は部屋から出て行った。


「さて、僕も下に降りるよ。安心して、夜までゆっくりお休み」

「うん……じゃあ眠ります。お休みなさい、父さま……いえ、兄さま」

 ハーンは笑みを浮かべ、そして部屋をあとにした。

 ひとり残されたエリスメアは天井を見つめる。ふかふかと柔らかく暖かい毛布にくるまるなど、久しくなかったことのように思えた。四日ばかりの航海中、時間はとても長く感じられたものだった。常に神経をぴんと張り詰めたまま魔法を駆使した彼女は、安らぎの到来をまだかまだかと待ち望んでいたのだ。

 今、ようやくその時が来た。航海という名の、エリスメアにとってはじめての冒険、挑戦は終わったのだ。

 次第次第にまぶたが重くなっていき――いつしか彼女は幸せな夢の世界へと旅立っていくのだった。


◆◆◆◆


 翌日の昼、水夫達と食事を共にした後、ティアー父娘はウォレをあとにした。一晩の休養を経て、エリスメアの気力体力はすっかり回復した。“凪の聖女”号の船員達とは手を振り合ってさわやかに別れることができた。

 父娘は商人達に同行することにした。大陸中部――ガルディス地方からもたらされた望外の商品を荷馬車にたくさん載せて、ウォレの港町からデュンサアルに向かうドゥロームの商人達。知らない土地をたった二人で歩くのはとても心細いものだが、地理に詳しい者達が一緒だとこれほど心強いものはない。また商人達にとっても戦士ハーンは頼りがいのある存在だと言えた。


 ゆるやかな丘陵地を登っていく道中、ハーンがデュンサアルの様子を尋ねたところ、商人達は最近起こった出来事を口々に答えるのだった。どうやら人に聞かせたくてしようがないらしい。

 彼らは語った。ひとりのドゥロームの若者がデュンサアルの古めかしい戒律に風穴を開けたことや、そのドゥロームがアイバーフィンの娘と共に“炎のデ・イグ”に赴き、“司”の称号を得たこと。アザスタンというドゥール・サウベレーンがやってきたことなど。

「久方ぶりにドゥロームによるいさおしができあがるんだよ。“ミスティンキルの勲”がね! デュンサアルの私の知り合いに詩を書く者がいるんだけれども、彼を中心にして曲と詩を練ってるところと聞いている」

 商人のひとりが言った。

「む、それは興味深いねえ!」

 と、ハーンが即座に話に乗る。戦士である彼は、一方で音楽家でもあるからだ。

「ぜひともあって話をしたいな。さらにできれば、歌を織る作業にも携わりたいものだけど……」

 そう語らいながらエマク丘陵の道を南にとる彼ら。だがハーン達はまだ知らない。ミスティンキル達がデュンサアルをすでに離れ、あろうことかラミシスへと冒険の足を伸ばしていることを。この旅の終着地がデュンサアルでなくなるとは、ディトゥア神のレオズスといえども予期せぬことだった――

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