終章 (二)
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ミスティンキル達がマイゼーク達と対峙しようとしている、その同じ刻。
世界東南の地デュンサアルから遙か離れたこの場所においても、魔導復活の物語に関係するであろう人物が動こうとしていた。
暖炉のある部屋でひとり、安楽椅子にもたれかかって茶の香りを楽しんでいたその老人は、周囲の空間に異変が生じたのを察知した。案の定、彼のすぐ横の空間の一部が黒く染まり、細かな電光がその周囲を覆う。
だがその異変は、この老人にとっては驚くに値しないこと。“彼”が次元を越えて出現する兆候だ。老人は茶を一口含むと、ゆっくりと香りを楽しんだ。
「……無事に帰ったか」
白髪の老人は、まなじりにしわを寄せて友人の帰還を喜んだ。
空間の闇の中からひとり、細身の青年が姿を現した。
「どうも。意外とすんなり話が通りましたよ。いや、思ったより話せるお方だったようでねえ」
老人の友――癖のある金髪が映える青年は、相も変わらず穏やかな口調でそう返答し、円卓脇の椅子に腰掛けた。老人は青年と向き合った。
「……ああ、今日はいい天気だ。こんな日はあのニレの木のもとでタールでも弾きたくなるな」
青年は窓の外の景色を眺め、楽器を弾く仕草を見せる。その口調はさわやかなものだった。昨日“炎の界”へと旅立つときは、やや緊張の色が見えていたというのに、今は全くそれを感じさせない。
「うん。よかった。無事に“色”が戻ったようですね。ほら、離れの館を見てください。昨日まで病気のように褪せていたツタが、見事に緑の色を取り戻していますよ」
青年はにこやかに微笑むと、卓にあった瓶を手に取ると、手元のカップに茶を注いだ。
「今朝未明に色の流れは本来あるべき摂理に戻ったのだよ。だが、それと同時に、魔導も復活した……これは間違いないのか?」
老人が身を乗り出して訊く。
「ええ、あなたの言ったとおりでしたね。色が褪せていった――これは魔導と深い関わりがあるものであり、当世において最も優れた魔力を持つ者が事態の収拾にあたるだろう。しかしそれはあなたやあの子ではない……ってことがね。事にあたったのは全く別の人間です。その人間がこれから運命を切り開くのか、それとも弄ばれるのか――それはその個人の行動いかんによって変わってきてしまいますが」
「なるほど。だが、私の存命中にその者が現れたのは幸いだ」
老人は目を閉じると大きく息を吐いて、言った。安堵という名の穏やかな空気が彼ら二人を取り囲む。とりあえず、事は成就したのだからよしとするべきだろう。老人は続けて言った。
「魔導の力は諸刃の剣。しかるべき者が扱うべきだ。運命に弄ばれるような意志の弱い者に魔導を任せておく訳にはいかない――“魔導の暴走”の再来だけは避けねばならないからな」
彼の持つカップが震えているのは、彼自身が恐れをなし、震えているからだ。“魔導の暴走”を知る、数少ない者の一人だから。
「これは早々にも旅立たなければならないでしょうね。龍王イリリエンが言うには、“彼ら”はドゥロームの聖地、デュンサアルにいるっていうんですから」
「デュンサアル……あまりにも遠いな。“ここ”からもっとも離れている場所ではないか……。私が出向くには少々厳しいものがあるが、やむを得ぬか。魔導を解き放った者に会いに行かねばならぬ」
「いや。ここは僕が行きましょう。あなたにとってはあまりにも長旅になる。必ず、身体に障ることでしょう。あなたはここで待っていてください」
老人はしばし考え込んだ。そして口を開く。
「……失礼だが、君は魔導についての知識はほとんど持ち合わせていないはずだ。君がデュンサアルまで転移するのはそう時間がかからないだろうが、帰路はどうする? その地にいる魔導の継承者は、人間だ。君と同じ道を通って私の館までたどり着くことなど出来ないだろう。そうすると帰りは……陸路と海路あわせて……少なくとも三ヶ月以上の時が必要だと思うのだが、もしその間に、かの者それと知らず身勝手に強力な魔導を発動させてしまったとき、君ひとりで抑え込めるか? やはり私が……」
青年は、カップを卓に置いて答えた。
「いえ、むしろ帰路の方が安心できます。彼らと一緒に龍がついていますからね。龍の翼だったらここまで辿り着くのにそう時間はかからないはず、です。……というより問題はやっぱり往路ですねぇ。僕ひとりで行ってもいいんだけれども……あなたの言うとおりだ。魔導を持つ者に対してどう対処すればいいのか、正直分かりません。……エリスは今どこに?」
「エリスメアはアルトツァーンの王都、ガレン・デュイルにいる。あの娘を連れて行くのか?」
「はい。あなたと“彼ら”以外に魔導を知る者といえば、あの子しかいないでしょう。まだ腕の方は確かではないかもしれないけれども、僕にとって大きな支えになることは間違いない。出来ればエリスと合流した後にデュンサアルへ向かいたいのですが、よろしいですか?」
「それは私の決めることではないだろう。エリスメアは君の娘だ」
「そしてあなたの弟子でもある」
「……それはそうだが……。私が行かないとなると、彼女が君と共に行動するのがもっとも望ましいだろう。それに、彼女自身の魔法修行になるのは間違いないから……分かったよ。我が弟子を付き添わせるとしよう。よろしく頼む」
「分かりました。……しかし僕らの運命っていうやつも、やっぱり数奇なものなんですねぇ。魔導と切っても切れない関係にある、とはね。……もう少しのんびりとさせてくれても良さそうなものを……このぶんじゃあ、万が一、冥王が復活したときにも、真っ先にかり出されそうだな、僕は」
青年は苦笑して答えた。
こうして、いにしえより魔導と深い繋がりのある者達も、また動き出した。
魔導の復活。それはアリューザ・ガルドの諸国家や一般人にとっては何ら興味を引く事項ではないだろう。
だが、魔法使いにとっては違う。魔導封印後も、一部の魔法はこれまで細々と受け継がれていた。威力の弱いそれらは“まじない”とか“術“などと呼称されていた。そこに突如、魔導の継承者が現れたのだ。その者は魔導を行使するに相応しい魔力と、手段を持っている。しかし、自然界の摂理や魔導の発動原理の知識となると全く無知だ。
復活した魔導は――そしてミスティンキルは、アリューザ・ガルドにおいて、この後どのような物語を紡いでいくことになるのだろうか?
それを知る者は誰一人としていない。
もし予言に精通した魔導師が現世におり、このあとの筋道を語ったとしても、いざその局面に実際に立ったとき、予言がすべて現実のものになるかどうかは定かではないのだ。
人間達の行動いかんによって、未来とはどのようにも変化していくなのものだから。
◆◆◆◆
……。
ソシテ……。
ヨウヤク“私”ハ目覚メタ……。
ソウ。
……望ンデイタ時ガ、遂ニ来タノダ……!
〈第一部・了〉




