逃走の先にあったもの
爽は走りながら考えたていた。
遠隔操作する機械を捕まえたところで、操縦席とをオフにすれば、爽子安全は守られる。
「………」
ただ、一つ心配があった。
なぜ、ロボット操縦する爽子を追う理由があるのか。
あのロボットに狙われる理由…何か『とんでもない物』が埋め込まれていない限りは、回収されても、どうって事ないけれども…。
「………。
この考え、当たっていたら、どうしよう」
口から出た独り言に、不安を感じてしまった爽だが、慌てる余裕はなかった。
「…」
爽は、再度振り返り追っ手を確認した。
追っ手は、大男が一人…。エリート達も冷静に考え二手に分かれたらしい。
「…小さい方か」
大男とは言ったが、追っ手二人は体格の良い方であり、爽の発言は片方と比べてであった。
しかも、その大きさで、同じ高校に通っているから嫌でも名前を覚えてしまう。
名橋 洵
もう一人の三森格士よりは穏和だが、あくまでも、爽の見た目で判断しただけで話したこともない。
本当の事はわからず、下手すれば応見みたいな性格かもしれないのだ…。
適当な所を見つけ身を隠すか、相手の動きを封じこめるまで戦うかの二つしか考えていなかった。
爽は人をかき分け、人の多い通路を探した。大男と違い、人ごみにまぎれようと考えたが、身を隠せるほどの人ごみは見当たらず、差を縮められないよう、走り続けるしかなかった。
見慣れない町。
こういう時、地図機能を持つ未来の携帯電話がいてくれたら、どう進めば迷わず相手から逃れることができるのだが。爽子優先である以上に渡したため、爽は運を任せ闇雲に走るしかない。
「…迷った…」
正確には、曲がった先が行き止まりになっていた。
相手をまこうと狭い所に選んだばかりに…。
「………」
苦笑するしかないと、振り返ってから爽は思った。
相手は数メートル先まで近づいていたから。
浮遊する茶色い携帯電話をお供にして。
「…………」
大男が背にする道以外は建物の壁に挟まれた行き止まり。
さて…戦うしかないか。
血の気の多い性格もあり、決断した瞬間にはもう爽は飛び出していた。
突進して、拳にした右手を相手に向ける。
爽は『話し合う』という選択は考えてなかったようだ…。
応見の話では『相手は檻から逃げだした』という、以上、何をしでかすかわからないと判断したからであり。
目の前にいる、その穏和そうな顔で笑みを作り、話し合いモードに見せかけ、攻撃する…可能性だってある。
そこまで爽が考えすぎるのは、一体の冷血ロボット(応見)が良くつかう戦術の一つらしいからだろう…。
「…」
第一撃は、空を切るだけだった。
大振りに舌打ちすることもなく、爽は第二撃を向け、第三、第四と続けた。
相手、名橋 洵はでかい図体をしているわりにはすばしっこく、後退するだけだった。
反撃は、今のところしてこないが、爽は焦りを感じていた。
こんな大男を武器なしで倒すのは困難である。爽は戦うふりして、なんとか大男の背後にまわり、再び逃げだせないかと思案した。
「はっ」
声をあげ、拳当てを繰り返していたのを突然やめた。
爽は、体をひねりながら跳んで蹴りをかました。
回し蹴りは男の後退によって失敗し。次の蹴りも同じだった。
「……」
相手は後退するのみで、攻撃をしかけようとしない。
『こっちを疲れさせようとしているのか』そう判断した私は、左側に寄ってから、再び回し蹴りをかました。
ただし、飛び上がるのではなく、回りながらしゃがみ、左脚をまっすぐにのばした。
簡単に言うならば『下降回し蹴り』
回転により後ろに回った脚で相手の膝の後ろを突き、体勢を崩すことにした。
後ろに回った以上、後退はできない。
ましてやでかい図体をしているんだから。
「……」
でかい図体は、重いはずの体で軽々と飛び上がっていた。
背を後ろに曲げて一回転し、体操選手のように両足で着地した。
「………」
こいつ…徹底して後方を守りやがっている。
『たん』と両足が地面に到着した時、爽は動かなかった。
「負けたわ」
差がはっきりとわかった以上、無駄に戦う気は爽になかった。
「………」
苦笑を浮かべているが、諦めたわけではない。
相手の要求を聞いて…聞きながら背後を狙って逃げ出す…という案を考えていた。
やはり、狡猾なロボットの元でバイトしている影響からだろうか。
「さすがはエリートだけあるわね」
「いや、俺が強く見えるのは、防御しかしてないからだ。攻撃をしかけようとすれば、茶果木さんの反撃をまとも受けるよ」
『茶果木さん』…と爽を名字で呼ぶ大男の顔は穏やかなままで、敵意というものはなかった。
「………」
爽は何も言わず、相手がどうでるか、何を口にするのか待つことにした。
彼等がここに来た以上、爽子について何か手がかりがつかめるかもと考えたからである。
「……」
「君は、応見の使い魔みたいな存在だから、情報は流れているはず。
先に言っておくが、檻に閉じこめられたのは、何の理由もなく、応見かやった事だ」
穏やか青年とはいえ、管理者を呼び捨てにしているのは、爽にとって少し安心できたが。それよりも、常用な問題が浮上していた。
「ちょっと使い魔ってどういう事よ。私は『あれ』から仕事をもらっているだけよ。付属物みたいに言わないで」
そういうことである。
「……」
爽の反論に、大男は穏やかな表情のまま、眉を少しだけ動かした。
「てっきり、応見側の人間と思っていたが、違うようだな」
「当然でしょ」
即答に、向こうは笑みを浮かべたが、急にそれを消した。
「ならば、教えてもらおうか。尭実さんの居場所を」
「た、たかみさん…って、あの陽本尭実」
その名前に、爽は全身が凍り付いていくのを感じとった。
陽本 尭実
彼女は、洵や格士ら『特別任務』に就くエリート達にとって重要な人物だった。
『特別任務』は、ある人の所に行き、地球以外の全て星人が喉から手が出るほどほしい『ある物』を手に入れなければならない。
それを持っているのが陽本尭実である。
「………」
そんな重要人物が、爽子だと、洵は言っているのだ。
「尭実さんが行方をくらました時、紅子と茶果木さんの姿が見えなくなった。
茶果木さんは『応見の使い魔』という噂があるから、もしやと思い追跡しようと思ったら」
「応見に閉じこめられた」
「そういう事だ」
「………」
苦笑する大男こと、名橋洵の顔に隠された表情は見当たらず、爽は信じていいものか、眉間に岩を寄せた。
彼の話は納得できるが、…ただ一つ。一人の人物に引っかかってしまう。
紅子
やはり、彼女の行方がわからなくなっているらしい。
爽は思案をめぐらせた。
紅子の行方不明と、今回の仕事に何か関わっているのかわからない。
でも、何か引っかかっるところがあった。
「とりあえず、茶果木さんとは信じていいようだな」
爽は目の前に大男がいたことを思い出し、穏やかな声に考えをやめた。
名橋洵は大きな右手を差し出していた。
「……」
爽は彼の顔を見つめた。
さきほどと同じく穏やかな顔。何かを隠しているものはなく、笑みを作れば将来いい『保父さん』になれそうと思えるほど、優しい顔をしていた。
この人、個人だけならば信じていいかも…と、判断した爽は、洵の手を握った。
「爽でいいよ。私も洵と呼んでいいなら」
「もちろん」
手を離した時、ようやく洵は後ろを空けた。
「まずは格士さん達と合流しよう。バーチャル・ライフを操作しているのが本当に尭実さんならば、一緒にいるはずだ」
洵は上空で待機させていた茶色の球体電話を呼んだ。
歩き始めた洵の大きな背中を見つめ