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未来携帯物語  作者: 楠木あいら
目覚めた後
14/16

釈放

 銃口を向けられたものの、爽は生きていた。

 ものすごい偶然がなければ、自分自身すら守ることができなかった。

「……ふう」

 携帯電話すら話し相手のいない部屋にとじこめられれば、自問するのは当然のこと。

「…こうこ…」

 爽は寝返りをうち、視線を白い天井から白い壁に移した。

 紅子は、

 彼女は、私より何でもできて、エリートになるのは明らかだった。

 ただ、孤独で目にする限り一人でいるように見えた。物事を表面に出すことはなく、押さえ込むタイプだから、紅子こうこにとって彼女はどんな存在だったんだろう。


「応見。あんたにとって、紅子は…彼女はどんな子に見えた」

 食事を運んできてくれた時、応見に聞いたことがある。

「俺と同じように見えたな」

 彼はそれ以上は語らず、トレイを置くと去ってしまった。

「……」

 それは襲撃を阻止した事を思いだし、問いつめられないようにするためか。故人を思い出したくないからかは、わからないけれども。



 2、3日の時が流れた。


 眠り続ける爽子さんを見守らなければならない時と違って退屈を感じなかったのは、自分自身、精神的に疲れていたからだと思う。


「爽。釈放だ」

 囚人の様に言う応見の後ろに一人の男がいた。

 4、50代の男で、赤に近い茶髪からして爽と同じ星のの人だろう。上質のパーツでできた顔は高い地位を表していた。

「爽、預かっていた携帯だ。もう、電源を入れても構わない」

 ベッドから降りた爽に携帯を渡すと、応見は男に一礼し退出した。

「君が、茶果木爽さんだね」

 男は扉が閉まるのを確認してから(もちろん鍵はかけられていない)手を差し出し、爽もそれに応じた。

「私は新しく就任した、赤い星の議事長アルハ=タバイだ」

「は、はあ」

「今回の襲撃事件を巻き起こした連中はガルゼ派の者たちだったが、一掃した。もう、茶果木さんが狙われることはない。安心してくれ」

「はあ…はい」

 見えないところで、派閥争いというものがあったらしい。と爽の頭でも判断できた。

 まあ、あれだけ人目につく騒動を起こしたのだから、上の者たちが黙っているわけにはいかないだろう。

「それから、おめでとう」

 議事長は手を離さないまま、そう言葉を唱えた。

「へ?」

廼布紅子のふ こうこの交通事故が認められた。

 『特別任務権』の第8案、特別任務者の入れ替えが認められたんだ。

 だから、君は新しき我が星の希望だ」


 時が止まった。


 その言葉を聞くまでは、爽子さんと会えるかどうかわからないが、また、純粋に接することができると、思っていた。

 運良くば、また、バーチャル・ライフ時のようにとはいかないけれども、彼女を世話する仕事がくるんじゃないかと考えていた。

 でも、それが、もろくも崩れ去って行ったのだ。


「応見。どういう事よ、これは」

 偉い人から解放した私はまっすぐ応見の所に向かった。

 応見は、私が来ることを知ってか、人気のない…私たち以外誰もいない待合室にいた。

「どうして、紅子が交通事故なのよ」

「いや、聞き違いだ。彼女は、間違いなく交通事故だ」

 座っていたベンチから立ちあがり、小さな声で話を続けた。

「確かに、廼布紅子が不穏な動きをすると、情報を聞いて、俺は陽本尭実の周辺で見張っていた。そして彼女は来た。だが、道路を横断中に急発進してきた車に接触、即死した」

 しれっとした顔で淡々と語る応見に、手を振り上げずにいられなかった。

 乾いた音が響き、応見は僅かによろめいたけれども、反撃しようとはしなかった。

「あんただけは、間違ったことはしないっと思ってたのに…。

 そりゃ、冷血で歪んでいるのはわかっているわよ。でも、こんな、汚い真似はしないと思ってた」

「…」

 応見は何も言わなかった。

 彼は、私がいる赤い星の偉い人達から賄賂を受け、紅子を事故と唱えたのだ。

 それが許せなかった。

 多分、今までの。私や紅子たちを物の様に扱っていた大人たちの怒りが加わっていたのは確かだろう。

 でも、こんな身近まで汚染が広がっていたなんて。

 まだ、信じたくなかった。

「応見。もう一度聞くわ。本当に彼女は事故だっていうの?」

「何度聞いても同じだ。何度でも殴れ。気のすむまで」

「……」

「……」

 応見の冷血な態度に、爽の手に力が入ったが、それは実行することはなかった。

 床に視線を落とす、応見の表情に違和感を感じたのだから。

「爽。

 あんたが俺のことをどう思おう思っても構わない。

 だが、紅子を事故と思ってくれ。彼女は、…確かに、可哀想だった。

 だが、中立派でいなければならない俺にとって何もできない。

 俺は、ただ管理するだけのロボットだ」

 応見は目を閉じて首を振った。

「あんたの星から、この話が持ちこまれた時。最初は、当然断った。

 だが、気づいたんだ。

 この先。また。むごい事件が起こるだろうと。紅子のように、選ばれた人間が物のように散って行く事件が。

 星の偉い者たちとって選ばれた者は駒にすぎない、と。

 それを俺は、永遠に見届けなければならないと」

「………」

 爽は何も言わず、応見の言葉を聞き、途絶えた後に聞こえてくる静寂を感じ取った。

「別に俺は構わない。感情を消すことができる機械だから、嫌になれば、その記憶を削除できる。

 だが、あの人は別だ」


 陽本 尭実


「あの人は、永遠にそれを目の当たりにしなければならない。

 俺以上に接し、愛情を注いでいるのに。決して報われることはないんだ」

「………」

「なあ、爽。あんたはどう思う?自分に好意を持っていた者が、突然襲いかかってきたら。

 それが、永遠に続いたら」

「………」

 爽の口が開くことはなかった。

「俺は…あの人を救いたい。

 だが、俺が星の代表として選ばれることはない。俺ができることは『その物体』をあの人から奪い取る人間を見つけることしかできない」

「ちょっと待って。まさか、それが私だっていうの?」

「ああ」

 応見はまっすぐ爽の目を見つめた。

「そうだ。俺が長いこと異星人の高校生を管理していた間、お前以上に適格な者はいない」

「そんな事…できるわけないじゃない」

「いや。あんたならできる。洵も格士も優しすぎてだめなんだ。爽、後はお前しかいない」

「ちょっ…」

 応見の両手が素早く爽の両肩を掴んでいた。

 その目は大きく開き、何かを求める子犬のように弱々しものを感じた。

「頼む。

 あの人を救ってくれ。

 もう、嫌なんだ。傷つき絶えながらも、それでも、愛情を注ぐ。あの人の姿を見て入れない。頼むっ」

 冷静な応見が理性を失い、大声で訴えていた。

「頼む…」

 うなだれた応見の頭が肩にのしかかった。電車で爽子がしたように。


『あの時と同じく、私は何もできないでいた』



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