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未来携帯物語  作者: 楠木あいら
目覚めた後
12/16

屈辱

 爽が目を覚ましたのと同じ頃。脱走した2人の大男達も同じ建物の中、牢屋戻りとなった。

 再犯を恐れ別の牢屋部屋に変わったのだが、そこには上質なソファーがあった。広々とした空間に快適な空調設備が整い、食料いっぱいの冷蔵庫やテレビ、机の上には『現代』に存在する従来型と、先の未来で発明されたヘルメット型画面のパソコンが備えられ、ネット環境も万全に整えられている。

「いやだー。俺は、こんな部屋なんて冗談じゃねぇ」

 しかし、不満を唱える男がいた。

「贅沢すぎるぞ格士。これ以上に何を望むものがあるんだ」

 呆れて言う応見を、格士は指さした。

「お前だ。何で24時間一緒の部屋にいなければならないんだっ」

 格士の言葉通り、二人が再度脱走しないよう、応見の監視がつくようになった。

「諦めましょうよ、格士さん」

 格士は、ソファーでくつろぐ共犯者をにらんだ。

「洵。お前、男として何とも思わないのか?閉じこめられて、自由のない生活を送らないとならないんだぞ。

 男だったらなあ、野心を持て!

 鎖を引きちぎって、冒険の旅に出るんだ!」

「だんだんと、話の軸がずれているな、格士よ。

 第一、その鎖に繋がれるような事をしなければ、こんな事にはならなかったんだからな」

「…」

 応見に軽くあしらわれた格士は、腹いせに洵の頭を殴った…。

「痛い。八つ当たりしないでください」

「うるさい。元々と言えば、お前が悪い」

「俺が何をしたって言うんですか。

 今回の脱走案も、牢屋の扉を壊したのも。待ちかまえていた応見さんと対戦したのも、みんな格士さんですよ」

「うるさいっ。洵が参戦して応見に体当たりなんかしなければ、脱出は失敗に終わって。こんな部屋にブチ込まれる事はなかったんだ」

 自分の事を棚にあげての、八つ当たりである…。

「そういえば、その直後『日頃の恨み』とか言ってさらなる攻撃を加えたんだっけなぁ」

 大きくはない応見の声が、部屋中に響いた。

「まあ、俺はロボットだから、すぐに直るから気にしてはいない。安心しろ」

 『気にしていないなら、わざわざ口にすることはないのに』と思う洵に対し、格士は同じ事を声に出した。

「気にしてはいないが、俺は『男』だ」

 と、応見は答え、洵はその言葉の中に含まれている意味を読みとったのであった。

『男のプライドが許さない。売られた喧嘩は倍にして返してやる』という事か…。

 悪寒が走る洵であった。

「………」

 一方、応見は二人の様子を伺っていた。

『どうやら知られていないようだな。爽の一件に、紅子の従兄弟たちによる襲撃については』

 もし、聞いていれば、こんな穏やか(?)ですまされることはないだろう。

 応見の行動を避難することはできないが、張りつめた空気が漂うのは確かなこと。


「格士様。お電話です」

 格士の浮遊する携帯電話が着信を告げた。

 爽と違い大男たちには携帯の使用が認められている。

 応見は窓側に向かった格士を観察したが、運悪くその情報が入ったようではない。

 しかし、電話の相手は別の意味で応見の興味をひいていた。

「おー。カナじゃないか。久しぶりだな」

 格士の黒い球体電話内に、映し出された映像は10才くらいの少女だった。

 少女の名は静海カナ。

 カナは小学生であるが、格士や洵同様『特別任務』に選ばれたエリートである。

 同胞者にとってカナは、妹のような存在であり、とりわけ格士にとっては『妹』を通り越して娘か、目に入れても痛くない孫のようなかわいがっている。

 仲間達から『カナに好きな人ができたら、実の親よりも反対するだろう…』と、ささやかれているほどに…。

『まあ、幼女好きじゃない限り、問題はない』

 応見は特別任務関係者の高校生を管理しているので、小学生のカナをデーターとして知っているが、面識はない。

「…うん。連合の建物にいるんだ。…うん…」

 格士は通話しつつ、前方にある窓を観察した。

『牢屋だけあって窓に鉄格子があるが…俺の体当たりなら、窓ガラスごと一気に壊せるな』

 と、判断した上で格士はカナの遊ぶ誘いを堂々と承諾した。

「大丈夫だ、カナ。今からすぐに行くから、な」

 応見と洵がその言葉を聞いた時には、もう格士は窓に体当たりをするところであった。

 どすん。と鈍い音がしたのは、それから一瞬後。

 鉄格子が折れることも、窓ガラスにヒビすら入ることなく…。

 窓には格士がめりこんでいた…。

「そうそう。言い忘れていたが、ここは地下で窓はない。窓に見えるのは外の映像を移している窓型スクリーンだから。窓から逃げだそうと、考えないように」

 にこやかに、淡々と言う応見であった。

「おう…み、てめぇ…」

 せめても幸いといえば、通話を切っていたからカナに目撃されずにすんだことだろう。



「冗談じゃねぇ。こんな部屋、一秒たりともいらんない」

 それから数時間後、格士はおさまることはなかった。…いや、よく数時間もここにいられた事がすごいと思うが…。

「………」

 従来型パソコンに向かいネット検索…のフリをしている洵はホームページの掲示板画面で、隣のイスにどすんと座った格士に言葉を打った。

 もちろん、出入口付近に一人用ソファーを運び、くつろいでいる応見に聞かれないため。

『無茶、言わないでください』

 洵が最初に打ち込んでから、正論を指でとなえる。

『ここは窓のない地下室で、唯一の出入口前で見張っているんですよ』

 洵の文章を見て『ふん』と声をあげ、キーボードを叩いた。

『応見だって本当に24時間、見張ってられない。その時を狙えばいいんだ』

『応見はロボットです。食べなくても、寝なくても動いてられます』

『ふっ。甘いなぁ。

 応見が管理職だということを忘れたのか?』

 洵は格士の顔を見た。

『奴は連日、会議や裏工作をしなければならないんだ』

『裏工作は…わかりませんが、関係者との話し合いはありますね』

『平日は6時から、始まる会議がある』

「あれ?」

 洵は今が同じ日の同じ時間を10分ほど過ぎていることに気づき、親切心から立ち上がって応見に教えようとしたが、それよりも早く格士が立ち上がり、応見のいるソファー後ろで止まった。

 そして赤子の手をひねるように応見の後ろ襟をつかみ、持ち上げた。


『脱走疑惑、発生。ただちに連絡します。だっそう…』

 応見であるはずの体から感情のない声が聞こえた。

「応見が性能の低いロボットになっている…」

「代わり身だ。さっき席をたった時、こいつと入れ替わって、会議に向かったんだろう」

 格士は、持ち上げたロボットを洵の前にさしだした。

 洵の目には冷血ロボットと変わらないが、よくよく見てみると表情というものがなく、同じ言葉を繰り返す口は腹話術の人形みたいに開閉するだけであった。

「おおかた、応見が損傷した時に使う予備をくっつけただけだろう。

 ふん、洵は簡単に騙せても、俺には通用しないんだよ」

 格士はロボットをほおりなげ、ドアノブをつかんだ。

「鍵はかかっていても、俺にはないのと同じことだ」

 にやっと笑みを向けた格士は、その言葉の理由を体当たりて表した。

 扉を壊せば鍵なんて意味がないことを…。

 再び鈍い音が二度三度響いた。

 その『鈍い音』は、前と違い壁ではなく、扉が木製の音であった。

 その音は格士の人間離れした能力によってきしみ、解放の鐘を鳴らした。

 洵の体当たりにより、部屋から扉が消えたのである。

「はっ。俺が本気になればドアぐらい開けられるんだ。洵、行くぞ」

 薄暗い通路に出た格士は、階段があると勘で思いこんだ左に向きを変え、一気に走した。

 突き当たりの角を曲がろうとした時、突進する影があった。

『ふん。ねちっこい応見の事だ。ロボットを配置していることぐらい、お見通しよ』

 突進してきた物体を難なく交わした格士は、戦闘モードに入り、さっそくストレートパンチを叩きこもうとしたが格士は動く力を失った。

 無防備になった格士の顎に跳び蹴りが当たり、格士は走ってきたばかりの通路に飛ばされた。

「格士さ…カナ…」

「格士お兄ちゃんに洵お兄ちゃんまで…何やってるの」

 突き当たりで現れた影、カナは両手を腰に当て睨んでいた。

 格士の動きがとれなくなったのは、もちろん『目にいてれもいたくないカナ』と判断したからである。

「か、カナ。何でお前がここにいるんだ?」

「応見さんから聞いたの。二人とも悪いことをしたから、閉じ込められているんだけれども。さらに脱走しようとしているんだって」

「俺がいくら言っても止めようとしないから、カナちゃんに頼んだんだ」

 穏やかな声と共に、爽やかな顔をした冷血ロボットが姿を表した。

「応見…会議はどうした?」

「会議?ああ、あれは毎週月曜日と隔週金曜日にある。毎日あるわけじゃない、残念だったな」

「ぐううう…」

「それで、二人とも。何、悪いことをしたの?」

「そ、それは」

 洵は返答に窮した。

 事件の裏側を知らない者たちは、ただ陽本尭実は体調を崩しているとだけ知らされているだけで、カナもそれを信じている。

 まさか『尭実さんが事件に巻き込まれたから、様子を見に言った』と言えず。

「食い逃げだよなぁ、洵、格士」

 応見の助け舟に、うなづくしかなかった。

 もちろん、それを知った上での『助け船』である。

『この人は、サディストだ。人間以上の…』

 怒り出すカナの声を聞きながら、心の奥に刻む洵であった。

「いーい、二人とも。こんなに優しくて、格好いい、応見さんを困らせちゃ、だめだからね」

 応見の性格を知らない純粋なカナの言葉は格士にとどめを刺し、それ以降、格士が脱走することはなかったという。


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