目覚めた後
爽の目に白い世界が現れた。
「生きている…」
爽は目が覚めた時、ここが現実であることに気づいた。
視界いっぱいの白色は、シーツに布団に枕カバーに壁。どれも純白ではなく、少し黒ずんいるが、ここが現実世界である事を実感することができた。
「本当にしぶといよ、お前は」
白い世界にたたずむ大きな影がゆらりとゆれて、爽は苦笑する応見を認識した。
応見の手には、電源を切りっぱなしにしている赤い球体電話を手にしていた。
「…応見が地獄の死者に転職していなければ、ここは、現実っていう事ね」
「お前が憎まれ口をたたけるのは、これのお陰だよ」
応見はベッドサイドを指差して壊れた武器に気づかせた。
鉄よりも丈夫な棒には亀裂が入っていて、先端は粉々になっている…。
「爽のことだ。打たれた瞬間、棒を胸の前にもっていったんだろう」
応見は呆れた顔をしながら、棒を立てにして胸の前に持っていく仕草をした。
「………うそ。私、そんなすごい事していたの?」
「していなければ生きてはいない。まったく、驚いた」
応見の言葉に納得するしかないが、この棒、長さは一メートルあるが、直径は三センチもない。
「……………」
爽は棒を見つめ、無意識に行動した自分に驚く事しかできなかった。
公園で爽は、銃の衝撃を受けた後、両膝をついて倒れた。
未来製の武器とはいえ、致命傷を放つ武器である。まともにくらえば後方に飛ばされる。
なのに、爽は両膝を突いて倒れたのだ。
「……………。
このものすごい無意識力が、期末テストにも使えれば…」
「…。生命とテストはどうレベルなのか…」
応見は呆れ顔を浮かべたが、爽が呆然から戻ってきた事を知った。
「…。あ」
爽は、忘れていた情報を思い出して、応見を見上げた。
「聞きたいことはわかっているが、後にしてくれ。俺は、忙しい」
開きかけた口から出る言葉をすべて読み取った応見は、くるりと背を向けた。
「ちょっと、危険にさらされた哀れな女子高生にそれはないんじゃないの。
「自分が哀れと思うのならば、もっと大人しくしてろ。
爽。この部屋には鍵をかけある。自ら空けようとする馬鹿げた事をするな。自分の置かれている立場はわかってるだろう。
それから携帯は預かっておく。間抜けやって電源が入ったらおしまいだからな」
爽の携帯には、登録された主人の居場所を発信する機能があるので、電源を入れた途端、爽の居場所が同朋者たちにみつかってしまう。
「もちろん、脱走するなど思うなよ。この前の一件で監視体勢が強化されたのを教えてやろう」
洵たちは無事に合流し、牢屋に入れられてしまったらしい…。
「応見。あの人は?」
背を向けて歩き出した応見の動きが止まることも、振りかえることはなかったが『無事だ』と言葉を返した。
扉の閉まる音がして、鍵のかかる音が部屋に響き渡った。
あの人が無事ならば、それでいい。
ほっとした爽は、もう一眠りすることにした。
鍵がかかる音を確認した応見は、ドアノブの上にある黒い板から手を離した。
黒い板は緑色の線で右手をかたどってあり、5本の指と手相全てが当てはまらない限り開くことはない、厳重なものになっていた。
「とはいえ、これ見たら怒るな」
応見が扉に書かれていたプラスチック製のネームプレートには
『第7保管庫・危険物につき関係者以外立ち入りを禁ずる』
と、書かれていた。
だから厳重な鍵にしても誰も疑うことはないだろうが。
応見たちがいる建物は『異星連合』という異なる星から地球に来た者は必ず訪れなければならない。管理施設で、他国に行くように異星人が必要なパスポートやビザを紛失した時の処理もしている。
とはいえ『異星連合』が取り締まる一番のものは星々がほしがる、特別な物の争奪ゲームの監視であった。
応見は、その争奪ゲームに参加する資格のある者たちの、高校生だけを管理している。
争奪ゲームに参加しない存在である応見は『中立派』としての存在であった。どの星に加担することも差別することもなく、忠実に、冷血に立つ。
紅子の襲撃を阻止するのも、同じ星の爽を保護するのも。
彼にとっては仕事の一つでしかない。
「………」
しかし、鉄とプログラムで作られたロボットとはいえ、人間に近く作られている以上、表情を崩す。
されども、彼はロボットだった。
応見は崩した表情を一瞬で戻し、隣の部屋で足を止めた。
そこには『第6保管庫』とあるが、こちらは『貴重品につき』と書かれている。
応見は辺りを伺い、人がいない事を確かめてから、ノックした。
許可する声を耳にしてから、隣同様ドアノブ上にある黒い板に手を当て鍵を解除する。
扉を閉め、さらに内側から鍵をかけてから、応見は中を進んだ。
「爽が、目を覚ましましたよ」
隣の白い部屋と違い、こちらはパステル色調の柔らかい空間になっていた。
新緑色の淡いカーペットを踏みしめながら、応見は奥にいる者に声をかけた。
奥に配置されたベッドの周りには、水色のカーテンに囲まれ、その者のシルエットだけが目にはいる。
「…。良かった。本当に怪我はないんですね」
「ええ。呆れてしまうほど元気ですよ」
それから、応見は右側にある白く大きな物体をちらりと見つめた。
150センチ近い卵型の物体。それがロボットを遠隔操作できる『バーチャル・ライフ」の操縦席であった。
「残念ながら、あなが操縦していたロボットを回収することができませんでした。
襲撃者たちが回収していったでしょうが、ここを嗅ぎつけることはありませんので、ご安心を」
「…。そう。
もう2度と、戻れないのね」
「ええ。どんな権力者とはいえ、時を逆にすることはできません」
「……」
応見の返答に、何も言わなかったが、シルエットはうなづいていた。
「応見さん。私、決めました」
「では。いいんですね」
「ええ。時は、戻らないのですから。進むしかありません。
それが闇であっても」
最後の言葉に、応見はうなづいた。