ラスタの守護竜
王の広間には王族や上位貴族、魔法省や教皇が集まり、戴冠式を終えたラジールが王冠を被り、その玉座に座っていた。
あのナスディ国の襲撃から二日、犠牲者も多かったが、ラジールとルーナ皇后の指揮のもと、国の機能が滞ることはなかった。
王の間の扉が開き、赤い絨毯の上を騎士の甲冑を身に着けたまま、ジェイドが真っ直ぐに歩く。そして玉座の前に跪き、頭を下げた。
「…ラスタの太陽、ラジール国王に報告します」
形式ばった挨拶をし、ジェイドは一枚の誓約書をラジールに見せた。
「ラスタ王国の襲撃、故マクベス王の殺害の報復にナスディ国を制圧して参りました。ナスディ国の王は現在、この城の地下牢に幽閉されているのでナスディ国の政府と誓約を交わしました。ナスディ国を、ラスタ王国の属国とする。もし…謀反やクーデターをラスタに対し起こした場合、ナスディ国の王族や貴族の命と引き換えるよう、誓約魔法をかけてきました」
ジェイドの報告に参列していた王族や貴族達が歓喜し、拍手がわいた。
あの襲撃から二日しか経っていない。平静を装ってはいるが、ジェイドの身体はもう魔力が殆ど残っておらず、ボロボロだ。
「本当に…よくやってくれた。礼を言う。ラスタを襲ったあの巨大魔竜を退治し、ナスディ国への報復をたった一人で成し遂げたジェイド・アレース・ハルクに魔聖騎士の称号と二つの報奨を与える。異論はないな?」
ラジールの問いに王族も貴族も拍手をした。
「一つ目の報奨は…爵位と領土を。二つ目の報奨はハルク卿の望むものを与えよう。…何を望む?」
ラジール国王はジェイドの目を見つめそう言った。
「…私の望むものは…」
ジェイドはそう言って王族のいる方を見た。
「ピアナ・アンティア・ルシュタフ様のネダート国への輿入れを中止して下さい」
「!」
ピアナは驚いて目を見開き、ジェイドを見た。王族や貴族達がざわついている。
「…それはなりません、国王」
ハミルトン宰相が耳打ちする。ざわつく貴族達の言葉を打ち消すように、ルーナ皇后が扇子をバチンと閉じ、皆を黙らせた。
「ネダート国との友好を一刻でも早く取り付けねば、また他国からの奇襲があるやも…まして今さらネダート国に対して花嫁の輿入れを取り消せばネダート国との関係は悪くなるはずです」
ルーナ皇后のきつい物言いに王の間は静まり返った。
ラジール国王はジェイドを見つめる。その目は騎士学校で授業をサボる時に見せていた何か悪巧みをするような瞳だった。
ジェイドはルーナ皇后の目を見る。言い方はきついものの、ジェイドと目が合った瞬間、目尻が一瞬緩んだ。
ジェイドはフッと笑い、ルーナ皇后に言った。
「…発言をお許しいただけますか?」
「ええ、許すわ」
「…今回のナスディ国への報復、制圧で他国には我がラスタ王国への警戒を強めたはず。うかつには手出しはしないでしょう」
「確かに…そうかもしれないわ」
「ネダート国もしかり…花嫁を輿入れしなかったからと言って、ラスタ王国に戦争をしかけてくるならば…その時は、私が一人でネダート国を滅ぼして見せましょう」
ジェイドの言葉に王族や貴族達が再びざわついた。
「…ハハ。恐ろしいな…ラスタの守護竜。ルーナ皇后、ハルク卿はたった二日で…しかもたった一人でナスディ国を制圧した強者。その強さは大陸一かもしれない。そんな男を…ラスタ王国の敵に回す勇気はありますか?」
ラジール国王の言葉にルーナ皇后はクスッと笑った。
「そうですね。大陸一の魔聖騎士を敵にするならば、ネダート国を敵に回す方がまだマシでしょう」
ラジール国王とルーナ皇后の言葉に王族も貴族達も何も反論できない。騎士団達が思わず拍手をした。
「…ハルク卿、そなたの望み、聞き入れよう。ただし、もしピアナ嬢にふられても、ラスタ王国を破壊するなよ?」
ラジール国王の言葉にジェイドは苦笑し、胸に手を当てた。
「ありがとうございます。ジェイド・アレース・ハルク、生涯ラスタ王国、ラジール国王に忠誠を誓います」
その瞬間、泣き崩れたのはピアナの母親だった。ピアナが見たこともない泣き顔で、まるで子供のようにピアナに抱きつき、泣いている。そしてピアナの父親も母親の肩に手をかけ、涙を堪えている。ピアナはその二人の姿を見て、自分が娘として愛されていたと自覚した。
報告式が終わり、ピアナは急いでジェイドの元へと駆けつけた。
「ジェイド!」
ピアナは花がほころぶ程の笑顔でジェイドに抱きついた。ジェイドは驚いてピアナを抱きとめる。
「ジェイド! ジェイド…私、私!」
騎士達が見ている。ジェイドは少し照れながらピアナを身体から離した。
ナスディ国から帰って来てそのままの姿で報告会に出た為、甲冑はボロボロで埃まみれだ。
「ピアナ、ドレスが汚れるよ」
「平気よ、そんなことより…」
「ただいま」
「…お帰りなさい」
ピアナは目を潤ませてジェイドを見上げた。
「…あなたは…なんてことをしてくれたの?」
「余計なことをしてしまったかな?」
ジェイドはからかうようにピアナを見つめる。
「幸せよ、とても」
ジェイドを見上げる幸せそうな笑顔にフッと笑う。
「それは良かった」
「でも…一つ不安があるの」
「?」
「ネダート国の輿入れがなくなったとしても、またすぐに違う国へと輿入れが決まったらどうするの?」
そんなことはもうない、ラジールもルーナ皇后もそんなことはしないだろう。二人ともそれは分かっている。
「それは困ったな。一つ提案があるんだが」
「何かしら?」
「丁度爵位も貰うことだし…ただ君の沢山の時間を奪った后教育を無駄にしてしまうが…」
ジェイドはそう言って笑い、ピアナの前に跪き、右手を差し出した。
「ピアナ、俺と結婚してください」
少し照れくさそうにジェイドがそう言うとピアナは本当に嬉しそうにその手を取り満面の笑みで言った。
「…喜んでお受けします。あなたに…ラスタ王国を破壊されたら困るもの」
ジェイドはその手にキスをした。騎士や遠巻きに見ていた貴族達から惜しみない拍手が浴びせられた。
二人の結婚式は国を挙げて盛大に行われた。慎ましやかな結婚式を望んでいた二人だったが、王室も教会も、何より王都の街全体が二人を盛大に祝福し、パレードまで行われた。
二人はアテネ広場の噴水の縁に座り、街の人々が音楽に合わせて楽しそうに踊る姿を見つめていた。
「本当は…ナスディ国が攻めて魔竜に襲われた時、このままあそこで死んでもいいのにって思ったの。」
ピアナはそう言って笑った。
「ネダート国に行きたくなかった。あなたの手を取り、誰も知らない国で暮らしたかったけど、あなたの未来を奪うのも嫌だった。両親が責められ、国が危険に晒されるのも。でもあの時…誰かを守って死ねたら、誰も非難されず、その方が幸せだと思ったの」
ピアナの口から行きたくないと言ったことは一度もなかった。自分の立場をわきまえていた。
「あなたがネダート国の輿入れを取り消してくれた時…お母様がまるで子供のように泣いてたの。お父様も。厳しいだけだと思っていたのに…」
ピアナはジェイドの手を握った。
「あなたは何度も助けてくれた。…まさか人生まで変えてくれるなんて」
ジェイドはその細くて柔らかな手を握り返す。
「手を伸ばしても手に入らないと思ってたんだ」
夕焼けに染まるアテネ広場は屋台や踊る人々で賑わい、初めて二人で来た時と同じ雰囲気だ。
「平民の俺が君を手に入れるなんてありえないって思ってた。君が身勝手な人なら、奪うこともできたけど、君は自分の役割をちゃんと理解して…いつも凛としていた。王族のくせに…侍女を助けたり、短剣で立ち向かおうとしたり、危険を顧みず平民を城の中に誘導したり」
ジェイドはフッと笑う。
「こんなお転婆な令嬢は見たことなかった」
「お、お転婆なんて言われたことないわ。これでも…淑女の鑑なんて言われてたのよ?」
「ああ。でも、俺の前だけでは違う。君は
勇敢で…大胆で、凛として…誰よりも魅力的だ」
ジェイドの言葉にピアナも、言った本人も顔を真っ赤にする。
「ナスディ国が攻めて来て君が俺にキスした時、身体の中で何かが弾けたんだ。ピアナを守りたいって強く思って、力が溢れたんだ」
「き、キスで?」
あの戦火の中、自分から思わずキスしたことは忘れていた。
「ああ。何でもできる気になった。魔竜を倒すことも、ナスディ国を制圧することも…君を守るためなら何でもできるって思ったんだ」
握った手から熱が伝わり、ドキドキと心臓が波打つ。ジェイドはピアナの顎にそっと手を触れ、キスをした。
「…あなたがここで私の幸せを願ってくれたから」
「うん。ピアナも俺の幸せを願ってくれた。でも、俺の幸せにはピアナが必要だから」
「…夢みたい」
「ああ」
ジェイドは優しく微笑み、ピアナに手を差し伸べた。
「踊ろう」
「ええ」
二人は手つなぎ、踊り始めた。花の香りが辺りに漂い、春の月は二人を照らし続けた。
***おわり。




