即位
その日は朝から黒い雲が空を覆い、生温い空気が漂っていた。
バンデル国王の崩御が報せが国中に知れ渡り、驚く間もなく翌日にはマクベス新王の戴冠式を迎えた。
神殿での儀式と戴冠式を無事に終え、国民に新しい王の誕生を知らしめるため、街が見渡せる城の参賀の間からマクベスは金の王冠をかぶり、国民達の前に現れた。
マクベス新王の横にはルーナ皇太后とヘラルド第三王子が並び、その後ろには王族達が控えていた。ラジールは騎士団長のハームと共に近衛兵と同様、王族の近くで警護をしている。
若き新王を一目見ようと集まった群衆に、宰相であるハミルトンがこう告げた。
『偉大な先王の功績をさらに塗替え、わがラスタ王国を率いてくださる我らの新王が今日誕生した。新しい時代が幕を明け、このラスタ王国が更に発展するための力を持たれたマクベス新王だ』
群衆からは歓声が上がり、ラスタの国旗を振る。
昨日まで不安な表情を隠せなかったが、吹っ切れたのか、戴冠式を終えたマクベス新王は覚悟を決めた表情に変わっていた。
ジェイドは城外の警備に当たっていた。王や王族を一番近くで守るのは近衛兵と貴族出身の騎士達だ。
城下の広場に集まる群衆は参賀の間にずらりと並ぶ王族を見上げ、旗を振っている。不審な人物がいないかジェイド達は警備にあたる。
「若い王か、それも楽しみだな」
「バンデル国王とは違い、マクベス新王は平民にも慈悲深いと言う噂よ」
「バンデル国王は好戦的だったが、マクベス新王はどうだろう」
「温厚なイメージしかないわ。戦争を仕掛けに行くタイプではないでしょう」
口々に噂をしながら一目、その姿を見ようと人が集まってくる。
ジェイドは振り返り、参賀の間を見上げた。王の親族として並ぶピアナの姿が見えた。華やかな水色のドレスを纏い、凛とした姿で立っていた。
まさにマクベス新王が群衆の前に立った時だった。生温い、瘴気を含んだ霧が急に視界を悪くした。五十センチ先さえ見えない濃い霧に気付いた時には、空には魔竜が飛び交い、空間の歪みから魔物があちこちに発生し始めた。
「ま、魔物だ! いや…敵襲だ!」
いきなり黒い旗が霧の中に現れた。別の空間の歪みから甲冑を着た兵士が続々と参賀の間に降りたつ。ナスディ王国の紋章が描かれた黒い旗が群衆が見上げる参賀の間にはためく。
「奇襲だ!王を守れ!!」
ハーム騎士団長が叫び、霧の中、剣を抜いた。
群衆は恐怖におののきながら逃げまどう。空間の歪みからは魔物が這い出て来る。空からは魔竜がその鋭い爪で人々に襲いかかって来た。深い霧の中、あちこちから悲鳴があがる。
身動きの取れない近衛兵を飛び越え、ラジールはマクベス新王を守ろうと剣を抜き、駆けつけた。
「兄上!城の中に!」
霧の中、群衆の方を向き、呆然と立っているマクベス新王の腕を掴んだ瞬間、その身体はぐしゃりと倒れ、ラジールの足に何かが当たった。
「!?」
金の王冠とマクベスの首だった。ラジールは全身の力が抜け、その場に膝から崩れ落ちた。
「我はナスディ国のシュルエツ王だ。王自らラスタの王の首を獲ったぞ!」
霧の中、青白い顔の青年が薄ら笑いながらそう言ってラジールの目の前に転がる首を拾いあげ、高く掲げた。
「…兄上と言ったな。じゃあお前も死ね!」
シュルエツと名乗った青白い顔の青年は呆然とするラジールの首を跳ねようと剣を振り上げた。
「今すぐ逃げろ! 建物の中へ!いや!城の中に!」
霧は一気に濃くなり、不安を感じた群衆達が散らばり始めた。
「きゃあ!」
空間の歪みから魔物や魔獣が現れ、人々を襲って行く。霧の中から悲鳴が聞こえる。参賀の間を見上げると黒い旗が掲げられている。
「敵襲だ!戦え!」
ジェイドは赤軍の騎士達に叫んだ。霧が濃く、視界が悪い。人々に襲いかかる魔物を引き剥がし、斬り裂く。
「クソ!霧が邪魔だ!」
ジェイドは強風を起こし、霧を一掃し、大きな防御膜を張った。空には魔竜の大群がいる。
防御膜に入りこんだ魔物を人々から引き剥がし、城の門番に駆け寄った。
「門を開けろ!城の中に避難させるんだ!」
「しかし…!」
「防御膜は範囲が広すぎてすぐ破られる!人々を城内に!」
ジェイドの言葉に門兵が躊躇う。城の中は結界が張ってある。王族の許しなく、門を開けていいのか判断がつかない。
「門を開けなさい!王の命令です!人々を中に入れて!」
ピアナの声だった。上にいたはずのピアナが逃げ惑う群衆の為に駆けつけた。
門兵達はピアナの姿に慌てて門を開放した。
「城の外で私が皆を誘導します!」
「ピアナ!」
ジェイドが城の外に飛び出そうとするピアナの腕を掴んだ。
「君は中に…」
「国民を守るのが私の仕事よ!ジェイドは参賀の間に行って!霧が濃くて混乱してるわ!」
ピアナの勇ましい瞳にジェイドは頷いた。
「…わかった!ピアナ、気を付けて!」
ジェイドはそう言って参賀の間のラジールの心繋を辿り、空間移動をした。
濃い霧の中、跪き、うなだれるラジールがいた。
「!?」
ジェイドは咄嗟にラジールに斬りかかろうとする人影に水弾を放った。人影は飛び散り、霧に紛れ、また人の形を成す。
歳はジェイド達と変わらないように見えたが、青白い顔、生気のない、よどんだ瞳、まるで死人だった。
ジェイドは、振り返り、呆然としているラジールの胸ぐらを掴み、叫んだ。
「…死ぬ覚悟はいらない。ラジール!生きる覚悟を持て!」
霧の中、ジェイドはシュルエツと闘う。
「お前は騎士だろ。剣を取れ!国民を守れ!」
ジェイドは再び強風を起こした。
「!」
霧が一瞬吹き飛ばされ、視界がクリアになった。ラジールは立ち上がり、剣を手に取った。
「ヘラルド!皇后を連れて城の中に!」
ラジールはそう叫び、ヘラルドに襲いかかる魔竜を火弾で撃ち殺した。ナスディ国の兵士が王族を襲う。騎士や兵士が応戦するが、再び霧が立ち込める。
「急いで城の中に!」
ラジールが襲われる貴族達を助け出し、叫びながら敵兵や魔物を斬り裂く。
「ラステル!城の結界を強化しろ!あの空間の歪みを閉じてくれ!」
「任せろ!」
ジェイドの指示にラステルはそう言って結界を強化し、空間の歪みを閉じた。
霧の中からラジールを狙い、再びシュルエツが剣を振るう。
「させるか!お前の相手は俺だ!」
ジェイドはそう言ってシュルエツに水砲を撃った。また霧に溶けようとするところを何発も撃ち込む。シュルエツは瞬間移動で姿を消し、ジェイドの背後に移動した。
「!」
ジェイドは背後から斬りかかるシュルエツの脇腹に振り向かずに剣を突き刺した。
「くふっ!」
血を流し、跪く。だが次の瞬間、ジェイドが斬ったその傷から黒い煙のようなものが現れ、傷を修復して行く。
「…魔物に完全に取り込まれてるな」
「ジェイド!そいつはナスディ国の王だと名乗った!」
__王だと?王太子ではなく?
ジェイドやラジールとそう変わらない年齢にしか見えない。
攻撃をするとまたたく間に霧に紛れてしまう。かと思うと瞬間移動でジェイドの背後を取り、斬りかかる。
「…埒が明かない」
ジェイドはそう呟き、シュルエツが斬り掛かってきた瞬間、防御膜を自分とシュルエツに張った。
「!」
防御膜の中に閉じ込められたシュルエツは霧になるが、ジェイドは防御膜の中に大量の水を張った。ジェイドは自分の防御膜から抜け、シュルエツを水の中に閉じ込めた。
「! ゴボッ…」
水中で息ができず、シュルエツは水を飲み込み、姿を現した。
「ラステル! 魔物がこいつの身体から逃げないようにしてくれ!」
城の結界を強化しているラステルにそう叫ぶとラステルは杖でシュルエツを閉じ込めている防御膜に魔法陣を描き、呪文を唱えた。
『ヤメロ…』
割れた声がし、シュルエツがもがくが魔法陣は光りながら鎖になり、シュルエツの身体をはビッシリとがんじがらめに縛られた。
「ラステル!そいつを地下牢に!ラジール!城下に降りるぞ!」
「ああ!」
二人は参賀の間から城下に飛び降り、人や街を襲う魔物や敵兵を切り捨てた。
空は黒い魔竜が数を増やし、火を吹いて街や人を襲っている。騎士や兵士たちが必死で闘うがその数に追いつけない。
「ジェイド!あれを見ろ!」
空間の歪みから空を飛んでいる魔竜の十倍はある巨大な魔竜が体半分、こちら側に来ようとしていた。
人々はその巨大さに足がすくみ、動けない。
「早く!急いで城の中に!」
立ちすくむ平民達を引っ張るようにピアナが叫んでいた。ドレスは泥まみれになり、顔にはすすが付いていた。
ほとんどの平民達が城に避難する中、逃げ遅れた子連れや老人達を必死に城へと誘導している。
魔竜が手当たり次第に火を吹き、ピアナ達に襲いかかった。ピアナは足の悪い老婆をかばうように覆い被さり、死を覚悟したのか、目を閉じた。
「ピアナ!」
ラジールが叫んだその時だった。ジェイドが空間移動でピアナの側に立ちはだかり、防御膜を張った。そしてすぐさま魔竜を魔法で爆発させる。
「ジェイド…!」
「ピアナ…ケガは?」
「あリがとう…平気よ」
ピアナの頬にはどこで付いたのか、小さな切傷があった。
「もう皆、避難した。頼むから…安全な所にいてくれないか?」
自分が危険に晒されればジェイドが思い切り戦えないのはわかっている。ピアナは頷いた。
ジェイドはグローブを外し、ピアナの頬にそっと手をかざし、小さな切傷を治癒した。頬が温かい。
「ジェイド…」
行ってほしくない、ピアナはその一言をぐっと飲み込んだ。ジェイドが死ぬかもしれないと言う不安と恐怖で身体が震える。
噴水で会ったあの日が最後のはずだった。もう二度と会わないと覚悟を決めたのに、ジェイドがあの大きな魔竜と闘うと思うとピアナは胸が痛くて死にそうに苦しい。
「戦うの…?あの魔竜と…、、あなたがやらなくても…」
「俺がやらなきゃ、誰がやる?」
ジェイドは不安そうなピアナの頬に手を当てたまま、笑った。
「…ジェイド」
ピアナはジェイドの手を握り、顔をグッと近付けた。
「!?」
ピアナの柔らかな唇がジェイドの唇に触れた。唇から伝わる熱と気持ちにジェイドの胸の奥がドクンと大きく脈打ち、何かが弾けた。ジェイドは顔を赤くし、びっくりして動けない。
「お願い…死なないで」
ピアナの不安が伝わる。
「…死なないよ」
ジェイドはそう言って今にも泣きそうなピアナの額に自分の額をくっつけた。
「死んだら…君を守れない。必ず君と…君の大事なものを守るから」
「約束よ?」
「ああ」
ジェイドは懐からハンカチを取り出し、ピアナの頬に付いた血とすすを拭く。
「俺の大事な物だ。預かっといてくれ」
そう言ってハンカチをピアナに渡した。それは初めてピアナに会った時に渡されたフリージアの刺繍が付いたハンカチだった。
「!…分かっわ。必ず…必ず無事で帰って来て」
「ああ。早く城に入って」
ピアナと老婆に防御膜を張る。ピアナはしっかりと頷き、老婆に肩を貸し、城の方へと歩き出した。




