ファーストダンス、ラストダンス
バンデル国王の四十五歳の生誕パーティが開かれた。貴族達は着飾り、王の機嫌を取るために珍しい贈り物を競って贈った。
バンデル王は領土を広げようと、あれから三回も辺境の地や小国を侵略し、その勢力は大陸で三本の指に入るほどだった。
「ほら、ピアナ様よ。相変わらずお美しいわね。淑女の鑑だわ」
「でもお可哀そう…まさかあのネダート国に嫁ぐなんて。まだ十五歳よ、成人も迎えてないのに…」
「ネダート国の第三妃なんて。ムフト王は歳も五十に近い上にあの噂は本当なのかしら…」
「あら、噂って?」
「ご存知ないの?ムフト王はかなりの暴君で、酒に酔って、第二夫人を殴り殺したと言う噂…」
「他にも、愛妾が何人もいて、気に入らなければ奴隷にしたとか…」
貴族令嬢達が心無い噂話で盛り上がっている。
ピアナはそれを聞こえていても、気にする様子もなく、毅然とした振る舞いをしていた。
「…もう噂が回ってるとはな」
ラジールはイライラしながら、ジェイドにそう言った。二人は十七になり、騎士団に入った。入ってそうそう、ジェイドは赤軍の隊長に任命され、本日の国王生誕パーティにも呼ばれた。
久々に見る十五歳のピアナは前よりも大人びて、美しかった。薄い黄色のドレスはまるでフリージアのようだ。
ジェイドはその横顔を見つめながら呟く。
「よりによってネダート国とは…」
「ピアナを差し出すことで、ネダートと軍事的に同盟を結ぶんだ。欲深いな…俺達の命なんて駒としか思ってない。我が父ながら恐ろしいよ」
「…お前が進言しても?」
「ああ、鼻で笑われたよ。成人した途端に政治に口を出すのかって」
「…お前も婚約させられるのか?」
「ああ、前はキケの姫と婚約してたが、今はサリニアの姫と婚約中だ。会ったこともないし、その時の情勢でコロコロ変わる。人権なんてあったもんじゃない」
「…」
ジェイドは遠くにいるピアナの横顔を見つめ、唇を噛んだ。
「…ダンスを誘ってやってくれないか?」
ラジールがそう言った。
「無理だろ」
「関係ない。ダンスを踊るだけだ。騎士学校でも習っただろ?」
「…后になるピアナを俺みたいな平民がダンスなんか誘ったら迷惑だろ」
「お前はもう騎士として名を挙げてるし、現に貴族の令嬢達から人気じゃないか。ダンスに誘って下さいと何人か言って来たんだろう?」
「誰も誘うつもりはないよ、授業で二回習っただけだ。ダンスは苦手だ」
「ピアナは妹みたいなもんだ。…お前だから…頼んでるんだ」
ラジールは寂しそうにそう言った。
三十歳以上も歳の離れたネダート国のムフト王に嫁ぐことが決まって、ラジールはピアナに何も言ってやれなかった。好色で残虐、そんな噂は前々から聞いたことがあった。幸せなど期待できない。
「…」
ジェイドはグラスのワインを飲み干し、ラジールの肩に手を置いて微笑った。
「一曲しか踊れない」
「ああ、頼むよ」
ジェイドは覚悟を決めたようにヘラルドと話しているピアナの元に行った。
「ジェイド…来てたのね?」
ピアナはそう言って微笑った。初めて見るジェイドの騎士の制服姿をマジマジと見つめている。
「久しぶりね。…騎士の制服、似合ってるわ。すごく…その…カッコイイ」
ピアナの態度に横にいたヘラルドがあからさまに顔をしかめた。
「ピアナも…その…フリージアみたいだ」
不器用な褒め方にピアナはクスッと笑う。
「ピアナ…ダンスは何曲目が空いてる?俺と踊ってほしいんだけど」
「!」
ジェイドの言葉にピアナは少し驚き、顔を赤くした。
「も…もちろんよ。ファーストダンスはヘラルドが誘ってくれたから…それ以外は空いてるわ」
「…平民のくせに踊れるのか?」
ヘラルドが不機嫌そうに尋ねると、ジェイドはクシャッとした笑顔を見せた。
「騎士学校の授業で二回習っただけだ。初めて女性と踊るんだけど、大丈夫かな?」
ピアナはその笑顔につられる。
「…大丈夫よ。だって私、ヘラルドを相手に踊れるんですもの」
「な、どう言う意味だよ!まるで僕が下手みたいじゃないか!」
ヘラルドはそう言って怒ったが、クスクスと悪戯っぽく笑うピアナを見てからかわれたことに少し恥ずかしくなる。
「…ラストダンスがいいわ」
ピアナが呟いた。
「?」
「ジェイドと踊るなら、ラストダンスがいい」
「わかった。じゃあ、よろしく」
普通の貴族なら右手を差し出し、ピアナの手にキスをするところが、ジェイドは握手をするように手を差し出した。ピアナはクスッと笑い、嬉しそうにその大きな右手を握り返した。
ラストダンスの曲が始まった。ピアナとジェイドのカップルに周りがざわめく。
思った以上に近い距離に二人とも心臓の音が聞こえないか心配になる。ピアナからは甘いフリージアの香りがした。
華奢で柔らかなピアナの身体に触れ、ジェイドの心臓は高鳴る。
ピアナも自分の腰に添えられたジェイドの手の熱を意識してドキドキしている。
「…想像してたより、上手だわ」
「授業の時はラジールが女性役で教えてくれたんだが…」
「え?ラジールが?」
「ああ。でも身体のサイズが君と全然違ってゴツいし、重たいし。君とのほうが踊りやすい」
ピアナはクスクスと笑う。
「二人が踊ってるところ、想像しただけで笑っちゃう」
ピアナの笑顔にジェイドは心臓をキュッと掴まれたような感じがした。二人は軽やかにステップを踏む。
ラジールは二階のキャットウォークから、踊っているピアナの笑顔を見つめていた。
「二週間後…ネダート国に行くの」
「…うん」
「ネダート国はラスタより南だから、暖かいし、色んな果物があるみたい。アイスクリームのような果物もあるって本に書いてあったわ」
ピアナは踊りながらそう言った。その笑顔はどこか無理しているようだった。
「でも冷たくないんだろ?」
「木になってる時は冷たくはないわよ。冷やせばアイスクリームになるんじゃないかしら」
「ぬるいアイスクリームは美味しくはないだろうからね」
「…ジェイドと食べたアイスクリーム、美味しかったわ。クレープも…串焼きも…多分、どんなご馳走が出ても、あれ以上に美味しい物はないんでしょうね」
「…」
曲も終盤に差し掛かり、ピアナの口数は減った。ずっと曲が終わらなければいいのに、二人はそう思って踊っていた。
「楽しかった…。あなたのファーストダンスは…私のラストダンス。きっともう…こんな気持ちで誰かと踊ることはもうないわ」
曲が終わり、ピアナはそう言って笑った。胸が苦しかった。唇をキュッと噛み締め、笑顔を見せているピアナにジェイドは跪き、右手にキスをして何も言わずに立ち去った。




