第5話
バルカスの怒鳴り声と、重い岩を砕く音が、すぐ目の前で響いていた。看守たちが曲がり角から姿を現すまでの時間は、もはや数秒もない。トウマは瀕死のリーファを壁に寄りかからせ、全意識を知識の貯金箱に集中させた。
『石質識別』と『採掘技術』は、岩盤の構造的な弱点と、魔石が埋蔵されている場所を特定する。 『微細な魔力感知』と『有毒ガス知識』は、坑道深くにわずかに溜まっている可燃性ガスと、魔力の流れの集中点を示した。
トウマの頭の中に、採掘場全体を巻き込む、巨大な破壊計画が完成した。
「リーファ、俺が合図したら、出口の方へ向かって、全力で這ってでも進め!」
トウマは周囲を見渡した。彼の目の前には、廃棄された油ランプと、古びた魔石の削りカスがあった。
バルカスと看守たちが曲がり角から姿を現した。
「この採掘場ごとバラバラになってみろ!」
トウマは叫び、まず『採掘技術』で特定した、岩盤の最も薄い一点めがけて、油ランプから炎のついた小さな布片を投げつけた。そして同時に、彼は『簡単な道具作成』で即席で作った木の棒を使い、『テコの原理』で、坑道の天井を支える古い支柱の根元をわずかにずらした。
炎のついた布片は、岩盤の隙間から、内部に充満していた可燃性のガス溜まりへと到達した。
地を揺るがす轟音と、強烈な爆風が坑道全体を襲った。
「ぐああああ!」
「嘘だろ!この雑役が……!」
バルカスたちの悲鳴が響き渡る。
トウマが仕掛けたのは、魔力による爆発ではない。可燃性ガスの爆発と、支柱の崩壊による大規模な崩落だった。バルカスたちは、トウマの物理的な力ではなく、採掘場という環境そのものを利用した知恵と罠によって、瓦礫の下敷きとなった。
トウマはリーファを抱え、非常用の出口を、雑スキルで解除し、採掘場の外へと飛び出した。
外は、久々の眩しい日の光だった。
しかし、彼の喜びは、リーファの冷たくなっていく体温によって、すぐに打ち砕かれた。
トウマはリーファを抱きかかえたまま、外の光の下で彼女の顔を覗き込む。
「大丈夫だ、リーファ。外に出られた。必ず医者に、ちゃんとした治療を受けさせるから!」
トウマは焦って叫んだが、リーファは静かに首を横に振った。
「……よかった。生きてて、よかった、トウマさん……」リーファは弱々しく微笑む。
トウマは、彼女の回復魔術師としての力が、自己治癒に使われることなく、彼のために理不尽な看守たちを塞ぐために、限界を超えて使い果たされたことを知っていた。彼女は元々、満足な医療もないこの地獄で働かざるを得なかったのだ。その積み重なった負荷と、魔力枯渇による致命的なダメージが、彼女の命を容赦なく奪っていた。
「あなたは……生きて。ここを出て、理不尽に負けないで……」
リーファは力を振り絞り、トウマを見つめた。
「私の死を、無駄にしないでね」
その言葉を最後に、彼女の手が、トウマの頬からゆっくりと滑り落ちた。トウマの腕の中で、彼女の命の光は、まるで油が尽きたランプのように静かに消滅した。
トウマは、彼女の亡骸を強く抱きしめ、天に向かって咆哮した。彼の頭の中には、勝利の達成感ではなく、「なぜ、自分は知識を持っていても、この命一つ救えなかったのか」という、強烈な無力感と怒りが渦巻いていた。
(バルカスだけじゃない。俺を見下し、リーファを死に追いやった、この悪徳な奴隷組織。そして、こんな理不尽が罷り通る世界……必ず、必ず報いを受けさせる!)
トウマは立ち上がり、リーファの亡骸を抱いたまま、復讐を誓う目を、広大な異世界に向けた。彼の旅は、今、「理不尽に命を奪われた者」の怒りを背負った「反逆」として始まった




