第2話
魔石採掘場──そこは、トウマが想像していた地獄絵図そのものだった。
到着したトウマを待っていたのは、薄暗い洞窟の奥深くまで続く迷路のような採掘坑道と、劣悪な環境、そして無表情な奴隷たちだった。
トウマを連行してきた奴隷商人の代理らしい、体格の良い看守はトウマの首元の枷を強く引き、大声で宣告した。
「ここがお前の終着点だ、雑役!ノルマは一日一塊の魔石。ノルマを達成できなければ、飯は抜きだ!死にたくなければ、手足を動かせ!」
ノルマは厳しく、筋力Eのトウマには達成不可能に思えた。他の奴隷たちは皆、疲労と絶望に顔を歪ませながら、つるはしを振るっている。トウマは初めてつるはしを握り、硬い岩盤に打ちつけたが、腕が痺れるだけで、岩は微動だにしない。
絶望的な状況の中、トウマは自分のスキル**【遅延成長】**を改めて確認した。
(経験値は溜まっている。でも、レベルは1のまま。これじゃ、いつまで掘っても筋力は上がらない……。いや、待て。レベルを上げるのが目的じゃない。生き残るのが目的だ)
トウマは思考を切り替えた。もしレベルアップが遅れるなら、その分、知識と技術を貯め込むしかない。彼は採掘場の片隅にひっそりと浮かんだステータスウィンドウの、スキル欄に意識を集中した。
彼は、他の奴隷たちが効率良く魔石を掘り出す様子を観察し始めた。特に注目したのは、古参の奴隷が、つるはしを振るう前に岩盤の特定箇所を指で叩く動作だった。
トウマがその動作と、岩盤のわずかな色の違いを真似て観察し続けた、その時。
頭の奥で、古びた本をめくるような、カサッという静かな音がした気がした。同時に、ステータスウィンドウのスキル欄に、新たな情報が追記される。
【スキル習得:採掘技術Lv.1(習得率100%)】 ——岩盤の効率的な割り方に関する、最も初歩的な知識。
【スキル習得:石質識別Lv.1(習得率100%)】 ——魔石の含まれる鉱石と、無価値な石を見分ける基本的な能力。
トウマは驚愕した。通常の冒険者が何日もかけて習得するようなスキルが、観察だけで瞬時に頭に流れ込んできたのだ。
(これが【遅延成長】の本当の能力なのか? 経験値は成長に回らないが、知識として貯蔵し、瞬時に理解できる……?)
トウマは興奮を覚えながら、習得したばかりの**「採掘技術Lv.1」**をステータスウィンドウ内で選択し、詳細情報を確認した。
【スキル:採掘技術 Lv.1】
詳細: 岩盤の耐久度が低い箇所を見分ける。
特性: 消費経験値:微量
【遅延成長】ステータス: 活性化
備考: このスキルは現在、【遅延成長】スキルにより**「知識の貯金箱」内に隔離されています**。肉体へのフィードバックは非常に限定的です。
これらの微細な知識は通常、すぐに他のスキルに統合されるか忘れ去られるものだが、【遅延成長】スキルはそれらを消さずに、スキル枠の奥にひたすらストックし続けた。トウマはこれを「知識の貯金箱」として利用し始めた。
その日の夜、当然ながらトウマはノルマを達成できず、配給されたのは硬いパン一切れだけだった。空腹と疲労で意識が朦朧とする。
その時だった。
「これ、よかったら」
静かな声がして、トウマの目の前に、温かいスープが差し出された。
顔を上げると、そこにいたのはリーファという名の少女だった。年頃はトウマより少し若く見えるが、疲労の色が濃い。彼女は採掘場で働く唯一の**回復魔術師**だったが、病弱な家族を養うために低賃金で働かされており、自身も満足な食料を得ていない様子だった。
「ノルマが未達だと知って。無理しないで、少しでも回復して。じゃないと、明日を生き残れないわ」
トウマは驚いてスープを受け取った。そのスープは味が薄かったが、トウマの冷え切った体に染み渡った。
「どうして……こんなことしてくれるんだ?」
「……私、あなたみたいな転移者が、酷い目に遭わされているのを何度も見てきたから。何も持たず、いきなりこんな場所に放り込まれて。見ていられなかったの」
リーファの言葉は、トウマの硬く閉ざされていた心の扉を、少しだけ開いた。彼は初めてこの世界で、理不尽ではない優しさに触れた。
その優しさが、トウマの心に新たな炎を灯した。
(恩を返さなきゃ。このままここで死んでしまったら、スープを分けてくれたこの子の優しさまで無駄にしてしまう)
トウマは、まずは自分の生存率を上げることに集中することにした。そのために、誰も見ていないところでスキル収集を続ける。
翌日以降、トウマの行動は変わった。彼はもはやただ怯えるだけでなく、**「恩を返すために生き抜く」**という小さな動機を持った。
トウマは休憩時間も惜しみ、リーファが怪我人を治療する様子を観察し、**「簡易な止血術」「薬草の知識」**といった雑スキルを【遅延成長】の中にひたすらストックし始めた。
彼は知っていた。この採掘場から脱出するには、最強のスキルではなく、誰もが軽視する知識と、それを応用する知恵が必要なのだと。
(大丈夫。今は雑魚でも、この頭の中のスキル貯金箱は、いつか必ず役に立つ)
しかし、トウマの地道な努力の裏で、リーファは採掘場のボスである看守たちから不必要な注目を集め始めていることに、トウマはまだ気づいていなかった。




