表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/23

4-2.裏辻の聴取

「やれやれ。客人を放置していくとは、とんだ御嬢様方だぜ」


 裏辻は先刻まで嘉多子が座っていた椅子に座り込むと煙草を取り出して銜えるが、部屋に灰皿がないことに気付くと諦めて煙草を懐に戻した。


「どうだ。少しは落ち着いたか」

「ああ。どうやら私は()いていたらしい。済まなかったな。改めて救援、感謝する」


 龍臣が謝辞を述べれば、別にいいってことよ巡回のついでだからな、と裏辻は掌をヒラヒラと振った。


「それより早速本題に入ろうか。単刀直入に聞くぜ。昨日何があった?」

「金色姫にやられた」

「そんなことはこちとら百も承知だよ。いつだ。下宿屋を出てすぐか?」

「そうだ。湖畔に立っていた。大方私を待ち伏せていたのだろうな」

「それで戦闘になったというわけか。しかしだ」


 裏辻は龍臣が握る軍刀を見る。業物でありながらも、特別な装飾もない鉄拵えの品である。


「手前は強いんだろうが。あの酒呑童子をたったひとりで討ったんだろ。そんな奴が田舎の祟り神風情に負けるとは思わねえ。もう一度聞くぜ。何があった?」

「裏辻殿。貴殿はひとつ誤解をしている」

「誤解だあ?」

「私は確かにこの刀を(たまわ)るに相応しい軍功を上げた。だがそれは所詮偶然の産物だ。士官学校上がりの陸軍准(じゅん)()だった男にしか過ぎない。しかも白兵戦闘漬けの歩兵科でもなければ、花形の騎兵科でもない。不人気かつ不名誉の()(ちょう)(たい)配属だ。特高にいる貴殿には分かりにくいかもしれないが、駄馬の世話をして、運搬車輌(トラック)二輪車(バイク)機関(エンジン)を整備しては、暇な連中だと嘲笑されるような部隊だぞ」

「それならなぜ酒呑童子討伐の決死隊に志願した?」

「裏辻殿。調査屋の貴殿のことだ。()うに分かっているのではないのか」

「いや、俺が知っているのはこの館の人間だけだ。あんたのことはこれっぽっちも知らねえよ。知らねえから聞いているんだろうが」

「妹がいたのだ」

「ほう。幾つだ」

「生きていれば姫子と同じくらいになっていたはずだ。鬼に攫われたのだ。少なくとも当時の私はそう思った。だから私は妹を探すために志願したのだ。輜重隊らしく後詰めの兵隊でしかなかったが我慢できずに乗り込んだら敵も味方も全員勝手に死んでいた。酒呑童子以外はな。あとはその鬼の首を落としてきたというわけだよ。誰にだってできる簡単な仕事だろう」

「で、肝心の妹は見付かったのかよ」

「ああ。戦闘に巻き込まれたのだろうな。心臓を抉り取られて死んでいたよ。だから結局、私のしたことはただの徒労だったというわけだ。いや、済まない。つまらぬ話をしてしまった」

「謝ることはない。聞いたのは俺だからな。しかし、それでもやっぱり分からねえ」


 裏辻は言った。何がだ、と龍臣が聞けば、あんたがコテンパンにやられた理由だよ、と裏辻が答える。


「言っておくが、俺が発見したとき、相当酷い有様だったぜ。別に、恩に着せるために言うわけじゃねえ。制服を着ていなかったらあんたとは分からなかっただろうよ」

「私はそんなに手酷くやられたのか」

「病院につれていくか警察を呼び付けるか迷ったくらいだ。ああ、そうだ。嘉多子嬢には正式に詫びを入れておいた方がいいだろうよ。今朝からずっと深刻そうな顔をしていたからな。相当気を揉んだんだろうな」

「分かった。時間を作っておくとしよう」

「それで話を戻すが、何がどうなりゃ、あんたがあそこまでやられるんだ。返答次第によっては課長に報告して追加の応援を頼まなければならない事態だ。隠し事はナシにしようぜ」


 龍臣は覚悟を決める。


「最初は有無を言わせず斬った。心の臓を貫き、四肢を捥いだ。腹を割って内臓を引き摺り出した。だが無駄だった」

「流石、特務課の修羅はやることが違うな。しかし無駄ってのはどういう意味だ?」

「貴殿も初日の立ち会いを見ていたのだろう。初めて遭遇したときと同じく蚕蛾となって散るだけだった。否、それだけじゃない。金色姫は化けたのだ」

「化けた? 何にだ」

「姫子にだ」


 手帳に鉛筆を走らせる裏辻の動きがピタリと止まった。


「裏辻殿。驚くのは分かるが私は正気だ」

「分かっているよ。いや、待て。金色姫が化けたのは納得してやる。神も妖も化けるのが仕事だからな。だがなぜ金色姫は姫子嬢に変化した。変化できた」

「そこまでは分からぬ。だが相手は堕ちても神だ。神通力とでも言うのか、私の心を見透かして、最も困る相手を見付けたのかもしれない」

「かもしれない、か。人外が絡むと途端に推測が多くなるからいけねえ。やっぱり尋問するなら人間だけにしてもらいたいものだな」


 裏辻は愚痴を(こぼ)すように言った。


「すると、つまりだ。あんたは相手が惚れた女になったから手出しができなくなったというわけか」

「見くびってくれるな。私の心情を弄んだ返報に切り刻んでやろうとしたら、嬉々とした笑顔で取引を持ちかけてきたのだ」

「何だよ取引ってのは」

「金色姫曰く、姫子の躰を傷付けたら、本物の姫子が同じだけ傷付くという呪いをかけた、と。それでも良いなら殺してみろ――と金色姫は笑った。それを聞いたら、流石においそれと殺すわけにはいかなくなってな。考えてもみてくれ。私が偽物の姫子を斬殺したら、本物の姫子まで死んでいたなど笑うに笑えないだろう」

「だが単なる脅しという可能性だってあるじゃねえか」

「無論それも考えた。だが相手は化けることができる程度には姫子のことを知っているのだ。それに現し身という媒介を用意する呪い自体はそう難しいものじゃない。藁人形と五寸釘を用いる(うし)(こく)参りや、その人形を燃やす厄除けの祭事など、挙げればきりがない。ゆえに私は、どうしても手出しができなくなってしまったのだ」

「なるほどな。考えれば考えるほど厄介な相手だな。呪いなど門外漢ゆえに細かいことは分かりかねるが――いや、待てよ。どうして逃げなかった。まさか腰が抜けたわけでもあるまい」

「それこそまさかというものだ。言っただろう、取引とな。奴は私に言ったのだ。ここで私が死ねば、代わりに姫子を――贄を見逃してやる、とな。ゆえに私は逃げも隠れもできなくなったというわけだ」

「そういうことかよ。よく分かったぜ。しかしよく生きていたな。相当な怪我だと思ったが」

「殺すことは無論、死ぬことは極力避けたかったからな。抵抗は続けていたのだ。それに陸軍時代から躰は丈夫なのだ。朝日が出た途端、奴は諦めたらしくどこかに消えてしまったな」

「ふむ。奴さんは夜に活動する祟り神というわけか」

「どうやらそうらしい。いずれにせよ、そういう経緯があったからこそ、私は姫子に会って無事を確認したかったのだが、そこに裏辻殿が来て尋問が始まってしまったのだ」


 恨めしそうに龍臣が言えば、悪かったな畜生、と裏辻は小さく詫びた。


「まあ姫子嬢に関しては妹と女中に任せておけ。手前が首を突っ込んでも絶対に碌なことになりゃしねえ」

「それはどういう意味だ」

「怪我人は黙ってろってことだよ、馬鹿野郎の唐変木」


 必要以上に毒吐いた裏辻は、一瞬だけ背後の扉を見るが、すぐ前方に向き直る。


「それよりも問題は今後のことだ」

「今後とは」

「手前はこの通り怪我人だ。満足に動けねえだろ。望もうとも望まざるとも上に報告をしなきゃならん。あの課長が素直に寄越してくれるかは怪しいが応援を頼まなければなるまい。そもそも応援が来てくれることになっても帝都からだ。今日明日でどうにかなる話でもねえ」

「裏辻殿。私は応援要請には反対だ」

「一応理由は聞いてやる。なぜだ?」

「姫子に蟲の呪いがあることを。事実、繭に篭もっていることを知られるわけにはいかない。これを知られたら、課長を始め、特務課の人間は姫子まで殺そうとするだろう」

「特務課の人間には修羅しかいねえのかよ」

「それが事実なのだから仕方あるまい。裏辻殿はどうだ。部下はいないのか」

「いるにはいるが、どいつもこいつも戦闘が得意じゃねえ。貸し出すことはできねえぞ」


 裏辻は首を横に振った。


「そんじゃあ手前の意見を尊重してやるとして、だ。姫子嬢が捧げられる儀式までには、少しは動けるようになってくれねえと困るぜ」

「分かっている。しかしいつになるかが定かではないのだ」


 龍臣が頷いた時、客間の扉が開かれる。

 入ってきたのは嘉多子と白菊であった。


「嘉多子君。姫子君の様子はどうだったかね」

「今夜ですわ」


 龍臣を無視して嘉多子は言った。

 驚いたのは裏辻だった。


「今夜とはまた随分急な話じゃねえか。前々から決まっていたのか?」

「はい。お父さまが出張からお戻りになって、姉さまが繭に篭もったときになるだろうと、他でもない姉さまが仰っておりましたわ。そのお父さまが帰られるのは本日の夕方です。きっと、嬉々として準備をなさるでしょう」

「おい、どうするよ。こうなりゃ俺達だけでどうにかするしかなさそうだな」

「元より承知していた。何も問題などない」

「どこがだよ。問題だらけじゃねえか」

「嘉多子君。姫子君に会わせてもらうことは可能かね」


 龍臣は自身の無事を誇示するために右脚を庇いながらも立ち上がる。膝が割れてしまったかのように痛むが、おくびにも出さない。


 嘉多子は龍臣を見遣る。困ったような顔をしていた。その何かを訴えんとする眼差しは姫子によく似ていて、やはり姉妹なのだなと龍臣は(やく)(たい)もないことを考える。


「どうして、ですか。先刻の件なら姉さまに伝えましたわ」

「それは有り難い。姫子君は何と」

「何も仰りはしませんでした」

「それはどういう意味だ」

「姉さまは既に繭に篭もってしまいましたの。今は五度目の眠り――蛹になっていることでしょう。ですから姉さまとお会いになるのは控えてください。何かがあって、羽化に影響があると大変ですので。死に篭もりになってしまう可能性もあるのです」


 どうかご理解ください、と嘉多子は言った。そんな嘉多子を、白菊は何か言いたげ見詰めていたが、死に篭もりという単語の衝撃に打ちのめされた龍臣には気付くことができなかった。


「さて。俺はそろそろお暇させてもらうぜ」


 重い空気を払拭するように、軽い調子で言った裏辻はすっくと立ち上がる。


「龍臣殿。この件については、やはり課長に報告させてもらうぜ」

「待て、裏辻殿。それは話が違う」

「案ずるな。応援要請じゃない。あんたの事情も伏せておく。報告するのはあんたの怪我と、今夜にケリがつくであろうことだけだ。というより、これを報告しなければ罰せられるのは俺の方だ。理解してくれ」

「分かった。上手く説明してくれ」

「おう、任されよ」


 裏辻が部屋を出ようとすれば、お待ちください、と白菊が引き留める。


「お構いもできずにすみませんでした。お見送りいたしますわ」

「そうかい。そりゃ助かる。ああ、そうだ。龍臣殿。夕方にまた下宿屋を訪ねてくれ。作戦会議をしたい。それにあんたもこの屋敷を出た方が良いだろう。天涯殿にいらぬ警戒をさせるわけにもいくまい」


 確かに伝えたぜ、と言って裏辻は白菊を伴って今度こそ部屋を出て行った。


「お兄さまはこの家を出て行ってしまうのですか」

「ああ。今は天涯殿の好意で、こうして家に置いてもらっているが、これ以上迷惑をかけるわけにもいかないからな」

「そんな。誰も迷惑だなんて思っておりませんわ。ずっと、ずっとこの家にいたら良いじゃありませんか」

「それはできない。先程裏辻殿が言った通り、私がここに残ることで異例な事態を招くかもしれない。そうなれば姫子君だってどうなるか分からない。何より、私は帝都の人間で、人に求められぬ神を討ちに来た――それだけの者だ。引き留めてくれるのは嬉しいが、私は任務を終え次第帰らねばならぬのだ。どうか分かってくれないか。私がここにいて良い人間ではない。遅くとも夕刻までだ」


 龍臣が(なだ)めれば、嘉多子は(しょ)()たように俯いてしまった。掛ける言葉を持ち合わせぬ龍臣は軍刀を枕元に立て掛けて寝台に横になる。目を閉じればたちまち睡魔の泥濘(ぬかるみ)に引き摺り込まれる。自分でも思っていた以上に消耗していたようである。だが嘉多子が龍臣を揺さ振ることで意識は喪失の一歩手前で踏みとどまる。


「どうしたのだね。すまないが酷く眠いのだ。このまま眠らせてくれないか」

「それならせめて着替えてからにしてくださいな。立派な制服も繕わなければなりませんし、綿布や包帯だって交換しなくてはなりませんわ」

「着替えなど持ってきていないよ」

「お父さまの着流しを持ってきましたからどうぞお着替えになってください。制服は私が縫って差し上げますわ」


 嘉多子はいつ持ってきたのか藍染めの着流しと、新品の包帯を龍臣の(かたわ)らに置いた。そこまでさせては無視するわけにもいかず、渋々起き上がった龍臣は手早く着流しに着替える。


「嘉多子君。君は怪我の手当だけでなく裁縫もできるのかい」


 手際よく右脚の包帯を交換してくれる嘉多子を見下ろしながら、龍臣は思ったことをそのまま口に出す。包帯を結び、他に擦過傷がないか検めた嘉多子は。


「女学校で習いますもの。それに絹糸ならいくらでも取れますもの」


 と笑いながら言った。


 その発言を、ここが養蚕を営む家だからと。他人の役に立つことを素直に喜ぶなど献身的な娘だなと素直に考えた龍臣は、特に疑問に思うこともなく微睡(まどろ)みの中を漂っていた。きっと自白剤を打たれた者はこのような心持ちなのだろうと意味のないことまで考えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ