■令嬢からの手紙
一筆申し上げます。
桜花匂う頃、輝かしい春をお迎えのことと存じます。
唐突なお手紙をお許しください。帝都を騒がせた酒呑童子という鬼を討った坂ノ上龍臣さまへお願いしたいことがあり筆を手にした次第です。
率直に要望を申し上げますと、あなたさまに蟲の呪いを受けた私たち姉妹を救っていただきたいのです。いきなりの身の上話となり恐縮なのですが最後まで読んでいただけると幸いです。
ときに、坂ノ上さまは蚕という蟲をご存知でしょうか。
蟲とは書きましたが、あれは蟲などではありません。家畜なのです。人間に飼い慣らされて、独りでは立ち行かなくなったどうしようもない魍魎なのです。幼虫は脚が弱く、桑の枝葉に捕まることもままなりません。風に吹かれればポトリと落ちて蟻の餌になってしまいます。
よしんば桑木にしがみついていても、烏の糞のような色ですから目立って仕方ありません。雀に啄まれてそれこそ本当の糞になってしまいます。たとえ多くの天敵の目を掻い潜り、繭を営み蛹になることができたとしても、嗚呼、そうです。坂ノ上さまは蛹の中身というものをご存知でしょうか。私もつい最近知ったのですが、本当に不思議なものです。海の向こうの学士さまがお調べになったそうですが、蛹の中で、幼虫の躰はそのほとんどがドロドロに溶けてしまうのだそうです。そして粘土の如く零から捏ね回し成虫の躰を創るというのです。
なんとも形容し難い恐れを覚えるものです。蚕もそうですが、それを究明せんとした学士さまも。なぜ蛹の中身を調べることができたのかと坂ノ上さまはお思いでしょう。簡単な話です。学士さまは蛹を真っ二つに刻んだのです。白い液体が溢れ出したと聞いております。
話が逸れてしまいました。蚕は成虫となってもやはり生きてはいけません。あれはそういう形に造り替えられた可哀想な蟲なのです。なにぶん口を持ちません。正確には口吻が退化しているのですが、まあ宜しいでしょう。物を食むことができず、飢えて死ぬしか路がありません。加えて、あの子たちには翅がありますが、悲しい哉、あれは飾りでしかありません。羽搏くだけの筋力を持ち合わせてはいないのです。ゆえに、あの子たちは稚児のような足取りで這い廻り、番を見付け、交合することしかできません。それで蚕というものは生涯を終えてしまいますが、残念ながら綺麗な終わりなんかではありません。
雄と雌は繋がったまま、動く気力も失せております。すると一体どこから湧いたのか蝿が集ってしまうのです。もっと放っておけば、いつ産み付けられたのか、蚕の腹を食い破り、別の蟲が這い出てくるのです。蜂か虻の類だったと思います。酷い個体ともなれば、黒い眼を突き破って、針金のような茸が生えてくるのです。蚕の面倒を見ている女中さん曰く、膿と黴が混じったような臭いだというのです。
さて、ここまで書いたのですから、既に覚っていただけたことでしょうが、蚕という生き物は未来をもちません。生まれた時分より、否、生まれる前から人間に繭を提供して煮殺される宿命を背負っております。よしんば交配組に選ばれ生き長らえたとしても、結局は惨たらしい死が待ち受けているだけなのです。
蚕とは、餌であり、繭であり、贄なのです。
蚕に幸福な未来など間違つても訪れやしないのです。
それが、生まれながら蟲の呪いを身に受けた私たち姉妹の教訓です。お父さまから斯くあるべしと言い聞かされて、育てられ、つい先日、私の姉さまが神の妻となる儀式が執り行われることを伝えられました。
病弱ではありますが、誰よりも優しい姉さまを人柱として神に捧げるなど私には到底納得できることではございません。ですが、私には父さまを説得することも、姉さまを食らわんとする神を退ける力もありません。
坂ノ上さま、改めてお願いがございます。どうぞ、私たち一族を呪う神を祓っていただけないでしょうか。私たち姉妹に幸せな未来を授けてはいただけないでしょうか。父さまに内緒の企みゆえにお支払いできる報酬は多くはありませんが、この身を捧げる覚悟はあるつもりです。
どうかご承知くださいますよう切にお願い申し上げます。
かしこ
大正十年四月二十日
蚕影 嘉多子
坂ノ上龍臣さま
追伸 盛岡へお越しになる日取りなど決まりましたら私宛てにご返事くださいますようにお願い申し上げます。また東北ゆえに肌寒い日が続きます。温かい格好でお越しください。お目にかかる日を楽しみにしております。




