エピローグ
「結局、あの試合ってなんだってんでしょうね?」
窓の向こうは気怠い残暑の中を行き交う人々の群れ。
「そうだねぇ。」
窓のこちら側は冷房完備の喫茶店、ムサイ顔のオジサン二人が向かい合って座っている。
二人のテーブルの上に置かれているのは、過日の高校野球で繰り広げられた『GIANT KILLING』に関する原稿とスコアーブック。
あの試合は、ちょっとした語り草になっている。
優勝候補を倒したという『GIANT KILLING』もさる事ながら、『ヒット一本で四得点を獲得する』という離れ業をやってのけた快挙こそが話題の中心となっていた。
「三振振り逃げから始まる一連の逆転劇…。」
スコアラーがアイスコーヒーを口に含めば
「重盗に始まる一連の走塁戦。」
ベテラン記者は自分のレモンティを取り上げる。
「「それにしては、試合巧者過ぎるんだよねぇ。」」
二人は溜息を付いた。
「重盗に、本盗…しかも、本盗をカモフラージュするためのスクイズモドキ。
本当に、走塁を駆使した展開でしたよね。」
ベテラン記者が持ち掛ければ
「外野フライからのタッチアップも絶妙だったね。
あの走塁があったからこその三得点だったからなぁ。」
スコアラーも答える。
「試合巧者ぶりもさる事ながら…やはり気になりますよねぇ。」
ベテラン記者が自身の書いた記事に視線を落とす。
「ああ、そうだね。」
スコアラーも、同じ記事に視線を落とす。
『勝者の居ない、勝利インタビュー』と銘打たれた記事。
そこに書かれている内容は、監督も含む選手全員が異口同音に答えているのである。
『私達は、あの試合に参加していません!』と。
ある者は『身体が勝手に動いた!』と言えば、他の者は『誰かに操られていた!』と言う。
監督自身も、マネージャーの記したスコアーに一切の記憶が無い!ときている。
事実、次の試合で彼らは最善を尽くしたが、相手投手の完封劇に敢え無く敗退している。
しかも、走塁は殆ど行わず、前の試合で期待を持っていた常連客を落胆させる一幕まであった。
「結局、あの試合ってなんだってんでしょうね?」
堂々巡りの質問をかけるベテラン記者。
「そうだねぇ…。」
答えに窮するスコアラー。
結局二人の口から溢れることは無かったのであるが…。
昔から『甲子園には魔物が住んでいる!』という逸話がある。
その言葉に思い当たったのであろうか、二人は互いに顔を見合わせ、店内の雰囲気を顧みず、大笑いをするのであった。
終わり