傍観者とスコアーブック
「退屈な試合展開だ…。」
プロ野球スコアラーの一人がボヤく。
「仕方ないですよ、守備の素晴らしさで選抜されたとは言え、名もなき学校ですからね。」
相席のベテラン記者が嗜める。
彼らの手にしたスコアーブックには、三回までの試合の攻防が記録されている。
「特別枠で選抜されるだけあって、投手も打たせて取るピッチングに集中し、野手もよく守り立てているよ。」
スコアラーが関心しきりで話すのだが。
「相手が悪いですよ、対戦相手は今大会優勝候補筆頭の高校。
おまけに、どこからでも加点できるという強力打線…まぁ、得点がソロホームラン三本というのは、彼らにとっても歯がゆいばかりでしょうけどね。」
溜め息混じりに答えるベテラン記者。
「…そうだな。」
スコアラーも納得するしかなかった。
この試合は、まだどちらが優位というわけではない。
ただ、優勝候補が三点リードしているという事実だけである。
さて、四回の表が始まると、微妙な空気感がバッテリーを支配し始める。
毎回ランナーを背負ったピッチングを繰り返していた投手が、打たせて取るピッチングはそのままに、細かな投球をするようになる。
この回は三者凡退で切り抜けるのであるが、打者を相手にしているというよりも、球審のストライクゾーンを探っているような配給なのだ。
厳しいコースへ投げられれば、打つ気満々の打者は手を出してくる…結果、凡打の山が出来るのだが。
「どうしたんですか?急にスコアーブックに書き込む内容を増やして?」
スコアラーの筆記姿に不思議そうな顔のベテラン記者。
「…」
スコアラーは筆記を続ける。
四回の裏、こちらは変わらず三者凡退に終わるのだが、三回までとは内容が大きく異なる。
大きな外野フライが飛び出したり、内野の守備に助けられたものの、投手としては痛打を浴びる展開になっていた。
「このぐらいの展開が無いと、味気ないですよね。」
満足そうなベテラン記者だったが。
「…すまない、ちょっと席を移動する。」
そう言って、球審の背後に陣取るスコアラー…その目は真剣そのものだった。
五回の表、いよいよ凡打の山を築き始める野手陣。
バットを振らされているという意識はなさそうであるが。
「打ち気を煽るあたりが憎らしいねぇ。」
スコアラーがニヤリと笑い、配球内容の詳細がスコアーブックに書き綴られていく。
五回の裏、この回は先発投手が踏ん張って、三奪三振の快投を披露する。
しかし、打者の三人が三人とも共振して見せるので、バッテリーには嫌な感覚が残ってしまう。
そして、シーソーゲームに突入するわけでもなく、先制三点で逃げ切りに入っていく相手校を嵌めるべく、第17小隊の面々は本領を発揮し始める。